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0-4 どうせ生かしておく気はないのだ!!
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(……あれ? あたし、寝てた……?)
寝ぼけ眼をこすりながら、ゆっくりとウリスは目を開けた。
粗末なボロ小屋にあった藁のベッドの中で、少し寝ぼけたまま体を起こす。寝るつもりはなかったのだが、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。というのも、やることが何もなかったからだ。なのでベッドで寝そべってボケっとしていたら……というわけだ。
(月は……もう高いな。まだ帰ってこないのか? あいつら)
格子窓から差し込む月明りに、ふとそんなことを思う。
辺りを見回したが、家の中に人の気配はなかった。ここはガラルドたちの家だと聞いていたが、彼らが帰ってきた様子はない。月の昇り具合を見るに、そこそこ時間が経ったはずだが。まだ獣狩りにいそしんでいるのかもしれない。
一人では結局やることもない。だから寝てしまおうと思ったのだが、目が冴えてしまった。目を閉じても眠れそうになく、だから時間を持て余して、どうでもいいことばかり考える。
明日は何をするんだろうか――ガラルドたちってどうして冒険者になったんだろう――冒険者ってどれくらい儲かるのかな――あたしはこれからどんな冒険をするんだろう――
そうしてふと、好奇心がうずいた。
(そういや村の中がどうなってるかって、まだ見てないな)
ガラルドは勝手に出かけるなと言っていたが、村の中くらい問題ないだろう。そもそも帰ってくるのが遅い彼らが悪いのだ。村に危険があるはずもないのだから、ちょっとであるくらい問題ないはずだし。
だから、ウリスは初めての冒険に出かけることにした。知らない村を――しかも夜に!――見て回る、たったそれだけの。
でも、心が躍るほどの――冒険。
決断すればあとは早い。帽子と肩下げをしっかりと身に着けると、ウリスは小屋から飛び出した。意味もなく足音を忍ばせるが、反比例するように心は弾む。人目から隠れることを意識していたが、それがなければスキップでもしたかもしれない。
だがすぐに、その勢いは失速した。
(なんだろう……静かすぎる。というより、暗い?)
村は静まり返っていた。夜ともなれば、それも当然のことではあるが。
村の生活は朝も、夜も早い。日の出とともに始まり日の入りとともに終わるのが農村の生活だ。明かりを用意するのにもお金がかかるのだから、寒村では夜の仕事などない。だから村が静かなのは、何もおかしいことではないが……それにしたって静かすぎる。
近くの民家に忍び寄ると、ウリスはそっと窓から中を覗いた。
ちょうど寝室だったのか、中では男が眠っていた。
ただし、まるで人形のように。あおむけに横たわったまま、身じろぎ一つしない。ただ呼吸するだけの死体。ウリスにはそう見えた。
「なんだこれ……なんか変だ。でも、何が……?」
ひとまず民家から離れると、ウリスは足音を忍ばせて歩き出した。
探したのはガラルドたちだ。彼らに会いたい。
この村は何かがおかしい。何がおかしいのか。それを言葉にすることはできないが。直感と本能が意味もなくウリスを責め立てるが、それをウリスはどうすることもできない。肌が寒気にひりつくが、それがどうしてかもわからない。
衝動に突き動かされて歩き回って――ウリスはふと、足を止めた。
村の中で、最も大きな民家。おそらくは、村長のものだろう。大きさだけでなく、建材も他のボロ小屋よりはるかに立派なものを使っている。間に合わせで作ったものではない。
それがなぜ目についたかと言えば、窓から明かりが漏れていたからだ。
それはこの夜の村の中で初めて見つけた、人の気配だった。
だから、足音を殺してそっと窓に忍び寄る――
「――聖女ヨランダ、だと?」
(……!?)
聞こえてきたのは老人の声だ。いかめしいしわだらけの老人が、話している相手を睨んでいる。
ウリスが驚いたのは、その老人の相手がガラルドたちだったからだ。上座から睥睨する老人にひざまずきながら、青い顔をしている。
言い訳するように、ガラルドが言った。
「あ、ああ。あの聖女が帰ってきてるらしい。俺たちが目をつけられたら、あんただって困るだろう? 危険を冒すわけにはいかなかったんだ。だから――」
「だから、役に立つようにも思えん子供一人で我慢しろと? 儀式の添え物にもならんあの程度で満足しろと、貴様はワシにそう言いたいわけか?」
(……子供?)
自分のことだろう。それは間違いない。
だが怪訝にウリスは眉根を寄せた。儀式とは何のことだろう。ウリスがガラルドについてきたのは、冒険者の〝体験学習〟をするためだ。儀式の話など聞いていない――
と、遅れて気づいた。老人の言葉に打擲されたように、ガラルドが震えていることに。その顔にあるのは怯えだ。ガラルドはあの老人を恐れている……何故?
わからないまま会話が続く。ガラルドが悲鳴のような声を上げた。
「違う! 仕方が――仕方がなかったんだ!! 俺たちはもう表には出られない! あんたがそうしたんだ――聖女に見られたら一巻の終わりだ。人目につかずに人を集めるのが、どれだけ――」
「それは貴様の都合だろう。ワシに何の関係がある?」
「……俺たちがしくじったら、あんただってまずいだろう」
「そうだな。確かにまずい。だから、そんなヘマをするような木偶などいらん。話の結びは、だから殺してほしいという懇願か?」
「ちが――違う! そういうわけじゃ!!」
それこそ必死に懇願するように、慌ててガラルドが立ち上がるが。
腕の動きだけでそれを制すると、老人はクックと、喉を鳴らして楽しげに嗤った。
だがその目だけは……笑っていない。
その暗い目で、老人が囁く。
「ワシはどちらでも構わんぞ。貴様ら程度の木偶などいくらでも用意できる。役に立たんというのなら、村の連中と同じにしてやったほうが何倍も役に立つというものだ」
「…………」
「にしても貴様ら、よくもあの娘をワシに差し出そうなどと思ったな?」
「……?」
話が不意に飛んだが、これは予想してなかったらしい。ガラルドが一瞬、呆けたような顔をする。
その顔に言葉を突き刺すように。老人は嘲笑した。
「ワシに捧げれば、末路などわかっておろう? 心は砕かれて、残るのは何の価値もない肉体だけ。その肉体も、一生ワシの傀儡だ……可哀想になあ。まだ年端もいかぬ子供ではないか。お前たちを慕っていたようだぞ? 心苦しくはないのか?」
「…………」
「死んだまま、死ねぬまま、ワシの奴隷になれと。自分は死にたくないから代わりにお前が死んでしまえと。酷い。酷い男だな貴様らは。なんてかわいそうな娘なのだろう。なあ。ええ?」
嬲るような微笑みに……だがガラルドは、答えない。
小男も。今だけは、逃げるように老人から目を逸らしていた。そんな様を見て老人は笑う――嗤う。だが。
(こいつら、何を言ってるんだ……)
わからない。ウリスには何も。ただウリスにとってよいことではないことだけは分かっていた。
まともじゃない。老人も、この村も――ガラルドたちも。それだけは分かった。
だから、ウリスは逃げ出そうとして。
「ふむ……まあ、弱い者いじめはこの程度でよかろう」
(……?)
不意に変わった声のトーンに、つい聞き入ってしまった。
先ほどの怒りから一変して、猫でも撫でるかのように上機嫌に。どこかうっとりとしたものを含ませて……老人が言う。
「実を言えば、だ。別にワシは怒ってなどおらん。貴様らが小娘一人を連れてきたときは殺してやろうと思ったのだがな……喜ぶがいい。お前たちは当たりを引いた」
「……当たり?」
ガラルドたちには心当たりがなかったのだろう。顔を強張らせたままだが。
そんなものなど眼中になく、老人は嗤ってみせた。
「捨て子と言ったか。それも当然だ。帽子と肩下げで隠そうが、匂いでわかる。アレは――あの娘は、〝悪魔混じり〟よ」
「…………!?」
動揺が――
思わず、足を滑らせた。姿勢が崩れて、慌てた拍子に足音が響く。それはこの村にはあるはずのない、生の音で。
――だからこそウリスは、この時初めて死の匂いを嗅いだ。
「――誰だ!?」
「……!!」
誰何の怒号に心臓が跳ねる。怒りに歪んだ老人の目が、ウリスを見た。
何も考えられないまま、だが咄嗟にウリスは逃げ出した。その後を追ってくる声と――二人の男の気配。
「小娘か――追え!! どうせ生かしておく気はないのだ!! 逃げるのならば……殺してしまえ!!」
寝ぼけ眼をこすりながら、ゆっくりとウリスは目を開けた。
粗末なボロ小屋にあった藁のベッドの中で、少し寝ぼけたまま体を起こす。寝るつもりはなかったのだが、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。というのも、やることが何もなかったからだ。なのでベッドで寝そべってボケっとしていたら……というわけだ。
(月は……もう高いな。まだ帰ってこないのか? あいつら)
格子窓から差し込む月明りに、ふとそんなことを思う。
辺りを見回したが、家の中に人の気配はなかった。ここはガラルドたちの家だと聞いていたが、彼らが帰ってきた様子はない。月の昇り具合を見るに、そこそこ時間が経ったはずだが。まだ獣狩りにいそしんでいるのかもしれない。
一人では結局やることもない。だから寝てしまおうと思ったのだが、目が冴えてしまった。目を閉じても眠れそうになく、だから時間を持て余して、どうでもいいことばかり考える。
明日は何をするんだろうか――ガラルドたちってどうして冒険者になったんだろう――冒険者ってどれくらい儲かるのかな――あたしはこれからどんな冒険をするんだろう――
そうしてふと、好奇心がうずいた。
(そういや村の中がどうなってるかって、まだ見てないな)
ガラルドは勝手に出かけるなと言っていたが、村の中くらい問題ないだろう。そもそも帰ってくるのが遅い彼らが悪いのだ。村に危険があるはずもないのだから、ちょっとであるくらい問題ないはずだし。
だから、ウリスは初めての冒険に出かけることにした。知らない村を――しかも夜に!――見て回る、たったそれだけの。
でも、心が躍るほどの――冒険。
決断すればあとは早い。帽子と肩下げをしっかりと身に着けると、ウリスは小屋から飛び出した。意味もなく足音を忍ばせるが、反比例するように心は弾む。人目から隠れることを意識していたが、それがなければスキップでもしたかもしれない。
だがすぐに、その勢いは失速した。
(なんだろう……静かすぎる。というより、暗い?)
村は静まり返っていた。夜ともなれば、それも当然のことではあるが。
村の生活は朝も、夜も早い。日の出とともに始まり日の入りとともに終わるのが農村の生活だ。明かりを用意するのにもお金がかかるのだから、寒村では夜の仕事などない。だから村が静かなのは、何もおかしいことではないが……それにしたって静かすぎる。
近くの民家に忍び寄ると、ウリスはそっと窓から中を覗いた。
ちょうど寝室だったのか、中では男が眠っていた。
ただし、まるで人形のように。あおむけに横たわったまま、身じろぎ一つしない。ただ呼吸するだけの死体。ウリスにはそう見えた。
「なんだこれ……なんか変だ。でも、何が……?」
ひとまず民家から離れると、ウリスは足音を忍ばせて歩き出した。
探したのはガラルドたちだ。彼らに会いたい。
この村は何かがおかしい。何がおかしいのか。それを言葉にすることはできないが。直感と本能が意味もなくウリスを責め立てるが、それをウリスはどうすることもできない。肌が寒気にひりつくが、それがどうしてかもわからない。
衝動に突き動かされて歩き回って――ウリスはふと、足を止めた。
村の中で、最も大きな民家。おそらくは、村長のものだろう。大きさだけでなく、建材も他のボロ小屋よりはるかに立派なものを使っている。間に合わせで作ったものではない。
それがなぜ目についたかと言えば、窓から明かりが漏れていたからだ。
それはこの夜の村の中で初めて見つけた、人の気配だった。
だから、足音を殺してそっと窓に忍び寄る――
「――聖女ヨランダ、だと?」
(……!?)
聞こえてきたのは老人の声だ。いかめしいしわだらけの老人が、話している相手を睨んでいる。
ウリスが驚いたのは、その老人の相手がガラルドたちだったからだ。上座から睥睨する老人にひざまずきながら、青い顔をしている。
言い訳するように、ガラルドが言った。
「あ、ああ。あの聖女が帰ってきてるらしい。俺たちが目をつけられたら、あんただって困るだろう? 危険を冒すわけにはいかなかったんだ。だから――」
「だから、役に立つようにも思えん子供一人で我慢しろと? 儀式の添え物にもならんあの程度で満足しろと、貴様はワシにそう言いたいわけか?」
(……子供?)
自分のことだろう。それは間違いない。
だが怪訝にウリスは眉根を寄せた。儀式とは何のことだろう。ウリスがガラルドについてきたのは、冒険者の〝体験学習〟をするためだ。儀式の話など聞いていない――
と、遅れて気づいた。老人の言葉に打擲されたように、ガラルドが震えていることに。その顔にあるのは怯えだ。ガラルドはあの老人を恐れている……何故?
わからないまま会話が続く。ガラルドが悲鳴のような声を上げた。
「違う! 仕方が――仕方がなかったんだ!! 俺たちはもう表には出られない! あんたがそうしたんだ――聖女に見られたら一巻の終わりだ。人目につかずに人を集めるのが、どれだけ――」
「それは貴様の都合だろう。ワシに何の関係がある?」
「……俺たちがしくじったら、あんただってまずいだろう」
「そうだな。確かにまずい。だから、そんなヘマをするような木偶などいらん。話の結びは、だから殺してほしいという懇願か?」
「ちが――違う! そういうわけじゃ!!」
それこそ必死に懇願するように、慌ててガラルドが立ち上がるが。
腕の動きだけでそれを制すると、老人はクックと、喉を鳴らして楽しげに嗤った。
だがその目だけは……笑っていない。
その暗い目で、老人が囁く。
「ワシはどちらでも構わんぞ。貴様ら程度の木偶などいくらでも用意できる。役に立たんというのなら、村の連中と同じにしてやったほうが何倍も役に立つというものだ」
「…………」
「にしても貴様ら、よくもあの娘をワシに差し出そうなどと思ったな?」
「……?」
話が不意に飛んだが、これは予想してなかったらしい。ガラルドが一瞬、呆けたような顔をする。
その顔に言葉を突き刺すように。老人は嘲笑した。
「ワシに捧げれば、末路などわかっておろう? 心は砕かれて、残るのは何の価値もない肉体だけ。その肉体も、一生ワシの傀儡だ……可哀想になあ。まだ年端もいかぬ子供ではないか。お前たちを慕っていたようだぞ? 心苦しくはないのか?」
「…………」
「死んだまま、死ねぬまま、ワシの奴隷になれと。自分は死にたくないから代わりにお前が死んでしまえと。酷い。酷い男だな貴様らは。なんてかわいそうな娘なのだろう。なあ。ええ?」
嬲るような微笑みに……だがガラルドは、答えない。
小男も。今だけは、逃げるように老人から目を逸らしていた。そんな様を見て老人は笑う――嗤う。だが。
(こいつら、何を言ってるんだ……)
わからない。ウリスには何も。ただウリスにとってよいことではないことだけは分かっていた。
まともじゃない。老人も、この村も――ガラルドたちも。それだけは分かった。
だから、ウリスは逃げ出そうとして。
「ふむ……まあ、弱い者いじめはこの程度でよかろう」
(……?)
不意に変わった声のトーンに、つい聞き入ってしまった。
先ほどの怒りから一変して、猫でも撫でるかのように上機嫌に。どこかうっとりとしたものを含ませて……老人が言う。
「実を言えば、だ。別にワシは怒ってなどおらん。貴様らが小娘一人を連れてきたときは殺してやろうと思ったのだがな……喜ぶがいい。お前たちは当たりを引いた」
「……当たり?」
ガラルドたちには心当たりがなかったのだろう。顔を強張らせたままだが。
そんなものなど眼中になく、老人は嗤ってみせた。
「捨て子と言ったか。それも当然だ。帽子と肩下げで隠そうが、匂いでわかる。アレは――あの娘は、〝悪魔混じり〟よ」
「…………!?」
動揺が――
思わず、足を滑らせた。姿勢が崩れて、慌てた拍子に足音が響く。それはこの村にはあるはずのない、生の音で。
――だからこそウリスは、この時初めて死の匂いを嗅いだ。
「――誰だ!?」
「……!!」
誰何の怒号に心臓が跳ねる。怒りに歪んだ老人の目が、ウリスを見た。
何も考えられないまま、だが咄嗟にウリスは逃げ出した。その後を追ってくる声と――二人の男の気配。
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