二代目銭ゲバ聖女ちゃんと、保護者なため息僧兵さん

アマサカナタ

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0-5 やられて〝チクショウ!〟ってなあ!!

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 ――ハァッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ――

 月明りさえ通さない、闇に包まれた森の中。喘鳴を上げてウリスは一人、走っている。息も絶え絶えで額からは汗が流れ、肺は限界に悲鳴を上げているというのに――止まらない。
 いや、止まらないのではない。止まれないのだ。必死の形相で走り続けるウリスの頬に、汗だけでなく涙が伝う。悲しみから出た涙ではない――それは恐怖から流れた涙だった。

(――嫌だ。まだ、死にたくない――)

 それだけ。考えられるのはただそれだけだ。だからウリスは逃げている。月明りさえ通さない、闇に包まれた森の中を。背後から近づく死の恐怖から。
 ――だから、ウリスは足元の大地から盛り上がる木の根に気づけなかった。

「ひ、ぅっ!? ――あぐっ!?」

 何かにつまずいた。その瞬間に体が浮いて、ウリスは地面を転がった。被っていた帽子が落ち、肩下げを装ったそれがちぎれ、中から爬虫類の尾がまろび出る。
 痛みは感じなかった。ただ、息がもうできなかった。ぜぃ、ぜぃと息を吸っても、苦しさがなくならない。
 逃げなければならないのに、もう体が動かない――
 その背後から聞こえた、声。

「――鬼ごっこは、もう終わりか?」
「ひっ……!?」

 心臓が跳ねる。恐怖に体がひきつる。怯えながら背後を振り向けば、そこにいたのは二人の男だった。鍛え上げられた体をした壮年の大男と、マフラーで顔を隠した、まるで盗賊みたいな小男の二人。
 大男は森の隙間から。小男は樹上を飛び移って、闇から姿を現した。
 相手のことを深く知っているわけではない。それでも、その男たちは知り合いだった、はずだった。仲間とまではまだ呼べなくても、これから同じ〝同僚〟になるはずだった。
 なのに、今――その二人に、殺されようとしている。
 無表情な、のっぺりとした顔で大男が呟いた。

「まさか、〝悪魔混じり〟だったとはな……そりゃ、キャスバドも喜ぶわけだ」
「……!!」
「悪いな。そういうわけだから、死んでくれや」
「――……ゃだ、やだっ……やだぁっ……!!」

 もう立ち上がれない。それでも逃げようとして、ウリスは必死に後ずさった。土をつかんで、震える足で押しのけて、どれだけ無様でも生きようとした。
 だが、もう下がれない。どん、と背中に何かが触れた。
 ただの木だった。だがウリスは呼吸を止めた。悲鳴すら上げられなかった。もう逃げられないと、わかってしまったからだ。

(――どうして)

 どうしてこうなったのか。それがわからない。何が悪かったのか。どうすればよかったのか。何をしたからこんなことになったのか。わからない。そんなこと、わかるはずがない。
 生きていくために、冒険者になろうとしただけなのに。
 涙で歪んだ世界の先で。ばつが悪そうに大男が言った。

「そんな目で見るなよ。悪いとは思ってんだ。だが……俺だって、まだ死にたくねえんだ」

 ――だが、ウリスは聞いていなかった。
 そんな意味のない言葉よりも。

「――おお、天秤よ――」

 はっきりと聞こえた声があったからだ。

「――我が愛しのアバズレよ!! 裁の雷矢、断の火句、廻り束ねて咎人を討て!!」

 その、声が。
 ただ力の身を宿した声が、夜の闇に轟いた。
 そして雷が。夜を裂いて小男を打ちつける。
 矢のように放たれた雷だ。直撃した男はひとたまりもない。悲鳴すら上げられずに、小男は炎上しながら樹上から落ちた。

「なに、が――」
 
 起きたのか。
 わからないまま呆然としているウリスが聞いたのもまた、声だ。
 
「――“殺して奪ってハック&スラッシュ大儲けゴールドラッシュ”――」

 とうに枯れ果てた、老婆の声――だが童女のように、心底愉快だと弾む声。

「――“夢見たフーリッシュマヌケがトラッシュ、やられてマッシュドチクショウ!〝ガッシュ!〟”ってなぁ!!」

 声のほうへとウリスが振り向けば、そこにいたのもまた、二人分の人影だった。
 神官服を窮屈そうに着ている老婆と、どこか呆れ顔をした旅装の青年。
 いつの間にそこにいたのか。どうしてそこにいたのか。それはウリスにはわからなかったが。
 老婆は凄惨に頬を吊り上げると、ウリスに向かってこう言った。

「よお、ルーキー。地獄の沙汰も、金次第だぜ――助けてほしけりゃ金出しな!!」
「……それは聖女のセリフじゃないよ、ヨランダ」

 呆れたようにうんざりと、青年がぽつりとつぶやく。というより、実際に呆れていたらしい。半眼が老婆に突き刺さるが。
 だが老婆は全く取り合わなかった。鼻で笑って言い返しさえした。

「バッカかお前。銭稼ぎに聖女も売女もあるかよ。稼げるときに稼がなくてどうすんだ? ああ?」
「特に否定したいわけじゃないけど、相手を見なよ。子供に吹っ掛けてどうすんのさ?」
「ああ!? ガキだから吹っ掛けてんだろ? ガキとジジイならガキのが値打ちは高いだろうが!!」
「そいつは奴隷商の理屈だよ……」

 諦めたようにげんなりと、青年。対して老婆は勝ったとばかりに豪快に笑う――
 殺意渦巻く森の中だというのに、この二人は何も気にしていない。殺されかけていた当のウリスはといえば、呆然とその二人を見つめることしかできなかった。
 何もかもが理解できない。感情すらも追いつかない。呼吸さえ忘れて二人を見やるしか――

「てめえら……!!」

 ハッと。その声で忘我から覚めた。
 声を上げたのはガラルドだ。顔を憎々しげに歪めて、乱入者を睨んでいる。
 仲間の小男がやられたからか――と、ふと思い出してウリスは辺りを探った。
 雷に打たれた小男はどうなったのか。打ち出された雷は――あれも魔法だろうか――見た限り、尋常ではなかった。打たれた小男はひとたまりもなかったはずだが。

「……え?」

 小男を見つけたウリスは、だが呆然と呟いた。
 雷に打たれた小男は、地面に倒れて動かない。だがその体は、まるで粉で出来ていたかのように砕け始めていた。
 血など出ない。吹き抜けた風が、小男の体を少しずつさらっていく――……

「アンデッドさ」
「え?」

 囁くように。老婆が言ってきた。

「死にぞこないだよ。普通なら〝動く死体リビングデッド〟が関の山だがね。魔法使いが新鮮な死体に細工をすると、こいつらみたいな〝生きている死体アンデッド〟が出来上がる。自由意思があるところを見ると、悪い魔法使いにでも屈したか?」
「…………」

 ガラルドは――答えない。だがだからこそ、それが答えなのだろう。
 ハッと、鼻で笑って老婆はまくしたてた。それこそ面白がるように――だが真実、心の底から軽蔑するような声色で。

「ありがちな話さ。死にたくないからって魔法使いに命乞いした結果、死ぬよりひどい目にあわされる。死ねば終わりだったのに、死んでも働かされるなんて、夢見たマヌケにゃちょうどいい末路じゃないか。なあ?」
「テメエ!!」

 痛いところを突かれたか。激昂したガラルドは――背中に背負っていたのだろう――剣を振り抜いて構えるが。
 牽制するように、青年が前へ――ウリスさえ超えて前へ出た。彼もまた同様に、どこに隠し持っていたのか、剣を抜いている。
 気配はまさに一触即発。にらみ合う男たち二人の間で空気が張り詰めていくが。
 老婆はやはり、気にも留めなかった。むしろ畳みかけるように嘲笑しさえした。

「ハッ――粋がるんじゃないよ木っ端風情が。ちんけな仕事増やしやがって!! テメエのケツもろくに拭けない青二才風情が、でかいツラしてんじゃないよ――そこのバカ娘!! お前もだ!!」
「へ!?」

 まさかこちらまで怒られるとは思わず、つい素っ頓狂な声を上げる。
 それも気に食わなかったのだろう。噛みつくように言ってきた。

「なに驚いてんだい。もとはと言えば、馬鹿なお前が馬鹿なことしたせいでバカを相手にしなきゃいけなくなったんだ。アタシをこき使うとどんな目に合うか、後で思い知らせてやるからな」
「……押し売りって言うんじゃないかな、それ。この子は依頼主じゃないんだし」
「うるさいよラスティ!! 能書き垂れる暇があるなら、さっさと揉んでやんな!!」
「はいはい。仰せの通りに、いつもの通りに」

 大げさに肩をすくめると。
 剣を構えたまま、青年――ラスティはウリスに言ってきた。

「下がって。ヨランダの後ろ辺りくらいまで。そこが一番安全だから」
「え? でも……」

 でも――なんだというのか。つい出てしまった言葉の先を継げないでいる間に、青年は苦笑したらしい。
 子供にでも言い聞かせるように、こう言ってきた。

「さっきヨランダが言ってたでしょ――青二才は、意地を張らなくていいんだよ。困ったら人に頼るのも、ルーキーの特権さ」
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