ポケットに牛若丸

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 トン、と高下駄を履くその人は空から舞い降りてきて、橋の欄干に立った。

「そもそも御前に罷り出でたるそれがしは、如何なるものかと思うらん」

 しゃらん、とどこからか鈴の音が鳴り、衣被がふわりと揺れる。その下にあった顔があがり、ひたりとこちらを見据えた。



「…………ゆめ……」

 耳元で、ポップな目覚まし音がジャンジャカ鳴っている。朝からうるさいやつだと、自分でセットしたくせに黙らせて、しばらく天井を見て、夢の余韻にひたっていた。
 ふわっとした綺麗なものが、目の前に現れた、そんな夢だった。と、詳しく思い出そうとするが、時間が経つごとに、霞のように記憶が薄れて消えていく。

「……ああ、仕事行きたくない」

 行きたくないと言いつつも、行く支度を始める。朝は毎日その繰り返しだ。

「おまえも起きたの。はいはい、ごはんね」

 ベッドの足元で寝そべっていた猫のちいかま、普段はチイと呼んでいる、が、伸びをして起き上がり、すねに何度も体を擦り付けてきた。
 ざらざらとお皿にキャットフードを出してやり、チイはそっちに飛びついた。
 ささっと身なりを整えて、昨日放っておいた仕事カバンを持ち、ケータイをポケットに入れる。

「猫の水ある、ケータイ持った、財布もある、定期もある。オッケー、いってくるね!」
「なぁん」

 ちいに声をかけて、ドアを開けた。



 昼をコンビニ飯で済ませ、少しの残業をし、帰路に着く。暦は十一月。そろそろマフラーが必要かな、とタートルネックを引っ張り上げながら考える。
 本屋に立ち寄り、今年の本屋大賞はなんだろうなと棚に陳列する中でも目立つポップを探す。あれこれ見て、気になる表紙があればめくって冒頭を読み、違うなあと手放したり、もうちょっと読み込んだり。大賞受賞ではなかったが、するっと一章分、目を通してしまえた本があって、それがまた心あたたかな優しい本だったので、買うか悩んだ。
 棒立ちで悩むこと数分。家の汚部屋状況を鑑みて、今回は見送ることにした。どうしても気になるようなら、最近は電子書籍という、何冊買っても嵩張らないすばらしい文明の利器があるし。
 本屋の奥へ進むと、ガシャポンがずらりと並んでいるコーナーがあって、今度はそれを見て回る。懐かしい子ども映画のキャラクターガシャポンに思わず足を止めて、ひとりで興奮したり、最近のアニメのかわいいデフォルメフィギュアに眺めたり。その中に、猫のゆるキャラのペーパーウェイトがあって、二百円で安いというのもあり、回してみることにした。
 ガシャ、ガシャ、と回す時に鳴る音を聞きながら、なんだろうなあとわくわくする。
 ころん、と出てきた手のひらサイズの丸いカプセル。上下に分かれている半球をひねるようにして開けると。

「なにこれ……」

 猫が入っているはずなのに、猫じゃなかった。五センチほどの小さい木槌だ。
 自分が回し間違えたのか、実はラインナップにあったのかと、回したガシャを確認するが、間違いはなかった。

「ええ……」

 よく見ると、木槌の柄のおしりから鎖が伸びてついている。一寸法師の昔話を思い出して、三回振ってみたけれど、何も起きなかった。それはそうだ。出てきてしまったものは仕方ないので、アウターのポケットに入れる。
 不運だ。シークレットですらない、入れ間違いの品を引いてしまった。二百円を無駄にしてしまったダメージが意外と大きくて、とぼとぼと本屋を出る。隣がコンビニになっているので、そこで夜ご飯を見つくろった。
 今日の夜ご飯もコンビニ飯だ。あったかいものが食べたいから汁物にしよう。ご飯だけは帰って炊こう。レジ店員さんの「あたためますか?」を断って、袋と割り箸だけつけてもらう。
 ぶらぶらコンビニ袋を揺らしながら、暗くなった帰り道を歩く。あと五分くらいで着くかな、と思った時、背後で何か動いた気がした。
 ぱっと振り向くと、近くに黒いものがいた。犬でもイノシシでもクマでもない。
 しかし大きい。きっとクマくらいはある。けれど動物じゃあなかった。変にうめき声をあげて、細長い腕が何本もあり、輪郭がモヤモヤしている、黒い塊。
 それから目を離さずに周りを見れば、わたし以外に人影はない。
 こういう時って、悲鳴さえあげられずに息を呑むことしかできないんだって、今知った。
 突然、カッカッと軽快で素早い足音がした、かと思うと、私とモヤの間に誰かが割って入ってきた。それとともに、キィンと甲高い何かがぶつかる音がした。街灯で光を反射したのは刀で、現れた人の手によって、黒いモヤに切り付けられていた。

「そもそも御前に罷り出でたるそれがしは、如何なるものかと思うらん」

 その人が発した言葉を、どこかで聞いたことがあるような気がした。

「それがしは牛若丸なり」

 月明かりが差し込む。刀を構えて、わたしを背にして立っていたのは、少年に見えた。
 少年が叫んだ。

「そこな女!」
「はい!」

 反射的に返事をしてしまった。

「何か唱えるのだ!」
「唱えるったって、なにを⁉︎ 南妙法蓮華経も分からんが⁉︎」

 会話をしている間も、少年は刀をたくみに操り、モヤのバケモノを切り付けているが、刃が通っていない。

「気持ちがこもればそれで良い! 良き唱えを!」
「ええ、そう言ったって、」

 幼い頃、ファンタジー児童文庫を真似て、九字を唱えたことしかない。考えれば考えるほど、思い出せなくなる。唱えるってことは、曲じゃだめなのだ。
 目の前で戦う少年と、黒い怪物みたいなモヤ。現実離れしすぎて、思わずその場にしゃがみ込んでしまう。
 と、じゃらり。何かがポケットから落ちた。それを見れば、帰り道に引いたガシャポンから出てきた、謎の鎖の木槌だった。鎖を持って、くいっと引っ張り上げると、木槌は宙へ跳ね上がって、重力で落ちる。それを見て、思い出した。
 ……なんでもいいのなら。
 すう、と息を吸う。
 

 いのこ いのこ いのこさんが御座った
 いちで 俵を踏ん張って
 にで にっこり笑うて
 さんで 酒を作って
 よっつ 世の中良いように
 いつつ いつもの如くなり
 むっつ 無病息災に
 ななつ 何事ないように
 やっつ 屋敷をひろめたり
 ここのつ ここらで蔵を建て
 とおで とっくり納めたり
 えーどっさ えーどっさ 繁盛せえ 繁盛せえ
 昨日の餅と 今日の餅を
 比べてみたら 昨日の餅が
 大けえこたあ大けえが きな粉が少のうて
 えーどっさ えーどっさ 繁盛せえ 繁盛せえ


 小さな声は、大きなうた声へ。懐かしい思い出とともに、抑揚も思い出され大きく強くなっていく。
 頭の中で、子どもたちがきゃらきゃら笑ってうたっていた。丸い亥の子石を囲んで、八人ほどが石から伸びる鎖の手綱を持つ。うたいだしとともに、鎖は引っ張り持ち上げられ、亥の子石は空へ舞い上がる。
 じゃん、じゃん、と亥の子石から伸びた鎖が鳴り、空に放られては地面に力強く叩きつけられる石が、地面をつく度へこませ、ど、ど、と鳴く。
 

 牛若丸は笑った。

「ーーええうたよ。のう、」

 疫病や。

「ゔぁ、アァア、」

 モヤは苦しそうにもがいていた。ぼこぼこと、輪郭が歪んでいる。
 牛若丸は刀の構え方を変えた。

「大天狗様小天狗様にならった技、披露してつかまつらん」

 高下駄の音もなく跳び上がり、刀をモヤに向かって振りかぶった。
 ズ、と刀が突き刺さる。さっきまで弾かれていたのが嘘のように、深く食い込んだ。そのまま袈裟斬りをするように刀が振られ、切られたバケモノは、裂けた箇所からハラハラと霞となって消えていく。
 空にチリになっていくそれを、少年と私は何も言わずに見ていた。

「ーー無病息災のうたを持ち出すとはなあ」
「……えっ、そんな意味があるの」

 小学生の頃、何も知らないまま行事に参加して、年上の子達がうたうのを、耳で聞いたままを覚えた亥の子うた。家内繁盛のうただと思っていた。

「自分でうたっとるじゃあないか。むっつ、無病息災に」
「ああ、ほんとだ……」
「後半の餅は、ちいとよく分からんが」

 くすっと少年は愉快そうに笑う。

「女」
「小野喜代ですけど」
「小野喜代、それにてそれがしを三回叩いてくれたまえ」

 意味が分からないまま、言われた通りに木槌で彼の肩を三回叩いた。すると、牛若丸はぐんぐんと縮んでいき、りんご一個分ほどの大きさになった。

「……やっぱり打ち出の小槌じゃん」

 思考回路を放り出しながら、喜代はそれだけつぶやいた。


「ここで会ったのも、魔芽(マガ)と遭遇したのも、何かの縁じゃ。小野喜代。それがしを連れてゆきたまえ」
「……嫌です」
「なにゆえ!」

 小さな人形みたいな人間が、足元でわーわー言っている。聞き取りにくいので、仕方なしにしゃがんであげた。

「逆にどうしてあんたみたいな訳のわからないものを連れて行かないといけないのよ」
「たった今、命を救うたではないか。その礼によかろう」
「いや、まあそうかなとは思ったけど……あれってそんなにやばいものなの」

 カツコツ、と足音と喧騒が周囲に戻ってきたのに、ふと気づく。とっさに手のひらを差し伸べて、そこによじ登ってきた少年を、そっとポケットに入れた。
 万が一、潰れたらいけないので、片手はそのままポケットにいれて、小さな少年を守るように手で膨らみを作る。そうやって、ゆっくりと、ひとまずは家を目指したのだった。
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