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第一話 旅立ちの誓い
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――誰かを守れる力があったなら、どれほど世界は変わるだろう。
そんな子どもじみた夢想を、私はまだ手放せずにいる。
私の名はセレナ。十七歳。生まれてからずっと、妹のエリナと二人きりで小さな街に暮らしてきた。
両親はいない。物心つく頃にはもう、二人しかいなかったから――家族は、妹だけだった。
その日、私は駅馬車の前に立ち尽くしていた。
細い手首に巻かれた、色褪せた青いリボンのブローチ。
それは妹が夜なべして作ってくれた、唯一無二のお守りだった。
「ねえ、セレナ姉ちゃん。本当に行っちゃうの?」
泣きそうな声を必死で押し殺して、エリナが私の手を握った。
小さな掌は、昔よりずっと頼りなくて、でも今は少しだけ温かい。
「行くよ、エリナ。……でも、必ず帰ってくる。
王都でスキルをもらって、もっと強くなって――今度こそ、絶対にエリナを守れるようになるから」
本当は、私だって怖かった。
小さな街から一歩も出たことがない私が、あんなに遠い王都まで一人で行くなんて。
でも、この手をもう二度と離さないために。
私は、力が欲しかった。
エリナは、顔を俯けたまま首を振った。
「スキルなんて、いらないよ。お姉ちゃん、ここにいてくれれば、それでいいのに……」
その言葉が、胸に突き刺さる。
でも、私はエリナの手をそっと離して、精一杯の笑顔を作る。
「……大丈夫。きっとすぐ帰ってくるから。約束するよ、エリナ。
今度こそ、私が絶対に、エリナを守るから」
空は薄曇りで、春の朝の空気が少し冷たい。
馬車の車輪が軋む音と、街の人々の話し声が遠くで混ざる。
行き先を知らない子どもの頃、私はただこの場所が全てだと信じていた。
でも今は違う。この場所を守るために、私は外の世界へ出ると決めたのだ。
馬車の御者が「そろそろ出発だよ」と声をかける。
私は大きく深呼吸して、乗り込む。
窓から振り返れば、エリナが小さな体で必死に手を振っている。
(大丈夫。私は、もう泣かない)
腕に巻いたブローチの青が、春の光の中で小さく揺れた。
「力を得る」――それは、きっと私たちには過ぎた夢なのかもしれない。
でも、それでも。誰かを守るためには、何かを犠牲にしなければいけない。
――守ることは、同時に何かを失うこと。
私はその覚悟を、きっとまだ半分しか持っていない。
馬車の中はほの暗くて、荷物の匂いが鼻につく。
向かいの席には、見知らぬ老商人が座っていた。
私は小さく会釈して、窓の外に目をやる。
街並みがゆっくりと遠ざかっていく。
エリナの姿はもう見えなくなった。
馬車が走り出すと、車輪のリズムに合わせて、私の心臓も少しずつ落ち着いていく。
窓から見える田園風景。新芽の草の匂い。春の風。
「嬢ちゃん、王都へ行くのは初めてかい?」
不意に話しかけられて、私は驚いて顔を上げる。
老商人は優しげな目で私を見ていた。
「は、はい……」
「ほう、勇気あるね。王都は大きいよ。商売も多いし、教会や騎士団も力が強い。
最近は景気もいいし、でも――物騒な噂も絶えなくてね。殺人事件も増えてるそうだ。
特に、力を持った者には責任が伴う。覚えておきなさい」
その言葉に、私はハッとした。
(力を持つ者の責任――)
それは、父が生きていたころ、よく私に話してくれた言葉だった。
「強くなるってことは、それだけ人を助けたり、頼られたりすることなんだよ」と。
でも私は、その“責任”が何なのか、まだわかっていない。
「でも、私は……妹を守りたいんです」
気づけば、私は小さな声で呟いていた。
「それは立派な理由さ。でもね、人を守るために強くなれば、時には誰かを傷つけたり、何かを失うこともある。
覚悟がいるよ。――嬢ちゃんは、その覚悟があるのかい?」
私は黙って、ブローチをそっと握りしめた。
答えは、まだ出ていない。
馬車はやがて森の道へ入り、光と影が窓を滑っていく。
ガタン、と揺れるたび、私の決意も少しずつ強くなっていく気がした。
窓の外は、もう見慣れた街ではない。
遠ざかる家々。知らない世界。
その全てが、私を試そうとしている。
(それでも、進まなきゃ――)
ブローチを握る指先に、ほんの少し汗がにじむ。
「ねえ、お姉ちゃん……」
耳の奥に、エリナの声が蘇る。
「本当に、帰ってきてくれるよね?」
「……もちろんだよ。絶対、帰る」
私は誰もいない馬車の窓に向かって、小さく呟いた。
春の風に乗って、出発の鐘が遠くに鳴る。
私の物語が、今、静かに動き出した。
(つづく)
そんな子どもじみた夢想を、私はまだ手放せずにいる。
私の名はセレナ。十七歳。生まれてからずっと、妹のエリナと二人きりで小さな街に暮らしてきた。
両親はいない。物心つく頃にはもう、二人しかいなかったから――家族は、妹だけだった。
その日、私は駅馬車の前に立ち尽くしていた。
細い手首に巻かれた、色褪せた青いリボンのブローチ。
それは妹が夜なべして作ってくれた、唯一無二のお守りだった。
「ねえ、セレナ姉ちゃん。本当に行っちゃうの?」
泣きそうな声を必死で押し殺して、エリナが私の手を握った。
小さな掌は、昔よりずっと頼りなくて、でも今は少しだけ温かい。
「行くよ、エリナ。……でも、必ず帰ってくる。
王都でスキルをもらって、もっと強くなって――今度こそ、絶対にエリナを守れるようになるから」
本当は、私だって怖かった。
小さな街から一歩も出たことがない私が、あんなに遠い王都まで一人で行くなんて。
でも、この手をもう二度と離さないために。
私は、力が欲しかった。
エリナは、顔を俯けたまま首を振った。
「スキルなんて、いらないよ。お姉ちゃん、ここにいてくれれば、それでいいのに……」
その言葉が、胸に突き刺さる。
でも、私はエリナの手をそっと離して、精一杯の笑顔を作る。
「……大丈夫。きっとすぐ帰ってくるから。約束するよ、エリナ。
今度こそ、私が絶対に、エリナを守るから」
空は薄曇りで、春の朝の空気が少し冷たい。
馬車の車輪が軋む音と、街の人々の話し声が遠くで混ざる。
行き先を知らない子どもの頃、私はただこの場所が全てだと信じていた。
でも今は違う。この場所を守るために、私は外の世界へ出ると決めたのだ。
馬車の御者が「そろそろ出発だよ」と声をかける。
私は大きく深呼吸して、乗り込む。
窓から振り返れば、エリナが小さな体で必死に手を振っている。
(大丈夫。私は、もう泣かない)
腕に巻いたブローチの青が、春の光の中で小さく揺れた。
「力を得る」――それは、きっと私たちには過ぎた夢なのかもしれない。
でも、それでも。誰かを守るためには、何かを犠牲にしなければいけない。
――守ることは、同時に何かを失うこと。
私はその覚悟を、きっとまだ半分しか持っていない。
馬車の中はほの暗くて、荷物の匂いが鼻につく。
向かいの席には、見知らぬ老商人が座っていた。
私は小さく会釈して、窓の外に目をやる。
街並みがゆっくりと遠ざかっていく。
エリナの姿はもう見えなくなった。
馬車が走り出すと、車輪のリズムに合わせて、私の心臓も少しずつ落ち着いていく。
窓から見える田園風景。新芽の草の匂い。春の風。
「嬢ちゃん、王都へ行くのは初めてかい?」
不意に話しかけられて、私は驚いて顔を上げる。
老商人は優しげな目で私を見ていた。
「は、はい……」
「ほう、勇気あるね。王都は大きいよ。商売も多いし、教会や騎士団も力が強い。
最近は景気もいいし、でも――物騒な噂も絶えなくてね。殺人事件も増えてるそうだ。
特に、力を持った者には責任が伴う。覚えておきなさい」
その言葉に、私はハッとした。
(力を持つ者の責任――)
それは、父が生きていたころ、よく私に話してくれた言葉だった。
「強くなるってことは、それだけ人を助けたり、頼られたりすることなんだよ」と。
でも私は、その“責任”が何なのか、まだわかっていない。
「でも、私は……妹を守りたいんです」
気づけば、私は小さな声で呟いていた。
「それは立派な理由さ。でもね、人を守るために強くなれば、時には誰かを傷つけたり、何かを失うこともある。
覚悟がいるよ。――嬢ちゃんは、その覚悟があるのかい?」
私は黙って、ブローチをそっと握りしめた。
答えは、まだ出ていない。
馬車はやがて森の道へ入り、光と影が窓を滑っていく。
ガタン、と揺れるたび、私の決意も少しずつ強くなっていく気がした。
窓の外は、もう見慣れた街ではない。
遠ざかる家々。知らない世界。
その全てが、私を試そうとしている。
(それでも、進まなきゃ――)
ブローチを握る指先に、ほんの少し汗がにじむ。
「ねえ、お姉ちゃん……」
耳の奥に、エリナの声が蘇る。
「本当に、帰ってきてくれるよね?」
「……もちろんだよ。絶対、帰る」
私は誰もいない馬車の窓に向かって、小さく呟いた。
春の風に乗って、出発の鐘が遠くに鳴る。
私の物語が、今、静かに動き出した。
(つづく)
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