この手に“力”を、心に責任を――王都冒険譚

しらすの灯

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第二話 初めての王都

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馬車の窓を流れる景色は、どこまでも新しく、どこまでも遠かった。

ガタガタと揺れる車内。春の匂いと荷物の埃っぽさが入り混じるこの空間で、私は小さく息を吐く。まだ指先には、妹がくれたブローチの感触が残っている。

老商人は隣の席で大きな欠伸をひとつ。白髪の眉毛が揺れた。

「嬢ちゃん、緊張してるね」

「……やっぱり、分かりますか?」

「分かるとも。王都に向かう娘さんは、みんな同じ顔をしてるよ」

私は思わず笑ってしまう。ほんの少しだけ、心が軽くなる。

「王都って、どんなところなんですか?」

「大きいさ。店も人も山ほど。騎士団と教会が中心で、冒険者ギルドも一応あるけど、力関係はずいぶん違う。特に、ここから先は教会騎士団が治安を守ってる。何かあったら、冒険者より騎士団に頼ったほうがいい」

(騎士団か……王都には、強い人たちがいっぱいいるんだろうな)

「冒険者も、王都じゃ肩身が狭いってことですか?」

「まあ、そんなもんだ。王都のギルドは主に地方の管理や調整役。普通の冒険者は、魔物退治も依頼も地方任せになってる」

商人は懐から小さな地図を広げて見せてくれる。王都を囲む城壁、川沿いに並ぶ工業区、整然とした管理区、豪奢な王宮、そして貧民街の細い路地。

「嬢ちゃんが用があるのは、管理区だな。ギルドと教会と騎士団――どれも立派な建物さ」

私はその地図を目でなぞる。きっと、想像よりもずっと広い。きっと、迷ってしまうだろう。

「教会の本部って、王都にあるんですよね?」

「そう。オルディナ聖堂。スキル付与の儀式を受ける場所だ。最近は受けに来る若者も多いみたいだが……」

老商人は声を潜めた。

「実は最近、王都では物騒な事件が続いていてね。殺人だとか、盗賊だとか、ちょっと前じゃ考えられなかった話さ。表向きは平和でも、裏ではいろいろあるもんだよ」

心臓がひゅっと縮む。

(王都は、夢や希望だけじゃなく、危険もいっぱいなんだ)

それでも――私は前を向く。

強くなりたい。守れる力が欲しい。

この手で妹を、家族を、失わないために。

「ありがとう。気をつけます」

商人は満足げにうなずき、帽子を深く被り直した。

馬車はやがて、大きな橋を渡る。青く広い川――セントリス運河だ。荷船や小舟が行き交い、遠くに白い城壁が見え始める。

(あれが……王都、ルヴァンデル)

胸がどくどく高鳴る。

門前は騒がしい。馬車が列を作り、荷車や旅人が道を埋め尽くす。門番の騎士団員たちは隙のない甲冑姿で、淡々と入城チェックをこなしている。

馬車が停まると、私は外の空気を深く吸い込む。

新しい場所の匂いがする。石畳と花の香り、人混みの熱気。

「ここからは歩きだ。頑張りなよ」

商人に見送られて、私は馬車を降りた。

街は――眩しいほどに活気があった。

賑やかな工業区では鍛冶屋の槌音が響き、道端で商人たちが元気に呼び込みをしている。色とりどりの野菜、魔物の素材を並べる露店。遠くで子どもたちのはしゃぐ声が聞こえ、犬が走っている。

(私の街とは、全然違う……!)

でも、その賑やかさの裏側で、貧民街の方角だけは雰囲気が違って見えた。路地は暗く、人影もまばらで、どこか緊張感が漂う。

(油断は禁物、か――)

私は荷物をしっかり抱え、管理区へ向かって歩き始める。

歩きながら、周囲の景色をできる限り目に焼き付けていく。教会の尖塔、ギルドの立派な門、街を警備する騎士団員の姿。

「すごいな……全部、本で読んだよりも大きい」

管理区の中心には、大理石のように白い聖堂がそびえていた。その前の広場では、祭りでもないのに人が集まり、歌うような話し声が響いている。

---

(ここが、私の冒険のはじまりなんだ)

不安もあるけど、それ以上に期待が膨らむ。
力を得て、変わりたい。
エリナに、胸を張って帰りたい。

――そう思いながら歩いているうちに、あたりはすっかり夕暮れになっていた。
街に差し込む夕陽が石畳をオレンジ色に染め、人々の影が長く伸びている。

私は慌てて安宿を探し、慣れない大きな街で一夜を過ごすことにした。
宿の窓から見下ろす王都の夜景は、昼間とは違う静けさと光に満ちている。

(明日は、まずギルドを訪ねてみよう――)

ベッドの上で地図を広げ、管理区の方角をもう一度確認する。

(エリナ、見ててね。必ず、強くなって帰るから)

私はそっと、手首のブローチを握る。
王都の夜は静かに更けていく――

(つづく)
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