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第三話 路地裏の罠
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王都の朝は、私の想像以上に騒がしかった。
陽が昇りきる前から、石畳の通りには露店の声と荷馬車の音、職人たちの掛け声が絶え間なく響いている。
私は地図を片手に、管理区のギルドを目指して歩いていた。
だけど――王都の道は複雑すぎる。
「ええと……この道をまっすぐ、だよね……?」
地図をくるくると回してみても、目の前の景色と頭の中の線がどうにも合致しない。見上げれば、左右の建物はどれも似たような造りで、通りの名前を示す札も小さく、私の目にはほとんど判別できなかった。
(まいったなあ……)
昨日、商人さんが言っていた“王都で迷う冒険者は多い”という言葉を思い出して、苦笑いしかける。
私がうろうろしていると、周囲の人たちは忙しそうに自分の仕事へと向かっていく。
観光客らしき少女グループも、家族連れも、誰もこちらを気に留めない。
(ギルドの場所……管理区の北側だったはず。でも、管理区ってどっち?)
焦れば焦るほど足は空回り、気がつけば路地の奥深くまで入り込んでしまっていた。
「……どうしよう」
そんなときだった。
「お嬢さん、迷子かな?」
背後から、ひょいと声をかけられた。
振り返ると、背の高い男性が立っていた。年は二十代の半ばくらい、ややくたびれた旅装束。口元に人懐っこい笑みを浮かべている。
「……あ、えっと……」
(不審者? いや、でも困ってるのは事実だし――)
私はとっさにブローチに触れ、軽く会釈する。
「すみません、ギルドを探していて……」
「ギルドね。管理区のだろ? あそこはちょっと分かりづらいんだよ。初めての王都かい?」
「……はい。昨日着いたばかりで」
「そうかそうか。それじゃ、案内してやろう。俺もちょうど近くに用事があってね」
その親切さに、私は少し安心する。
「ありがとうございます!」
「はは、気にしないで。こっちだよ」
男の人は先に立ち、迷いなく路地を進んでいく。
しばらくして、人気の少ない細い裏道へと入った。
「えっと、もしかして近道なんですか?」
「そうそう、こっちを抜ければ大通りを通らずに行けるからさ。みんな知らないんだよな、こっちの道」
私はその言葉を疑いもせず、足を早める。
(やっぱり王都の人は親切だな。大都会ってもっと冷たいイメージだったのに)
……それが、世間知らずな私の最大の油断だった。
――道が、だんだんと薄暗くなっていく。建物は年季が入り、窓や壁の一部には穴が開いている。ごみ捨て場の臭いと、どこか湿った空気が漂っていた。
「……ここ、貧民街?」
「ん? まあ、王都じゃ端っこのほうさ。すぐに抜けるよ」
(なんだか嫌な予感……)
と、その時。
「――おう、そこの嬢ちゃん。どこに行くんだい?」
進行方向の先、壁際からひとり、またひとりと男たちが現れる。
日焼けした皮膚、ぼさぼさの髪、襤褸のような服。
何人もが、まるで獲物を囲い込むように私を取り囲んでいく。
男の人は、知らないうちに私の後ろに回っていた。
その目は、さっきまでの人懐っこさを消し、冷たい光を湛えていた。
(しまった……!)
「嬢ちゃん、いいもの持ってるな。旅人か?」
「――ええ。すぐに立ち去りますから、道を開けてください」
言い切った自分の声が震えていないか、不安になる。
「へえ、強気だなあ。どこから来たんだい?」
「……」
私は一歩下がり、腰の剣に手を添える。
「なあに、ちょっとした“通行料”だよ。王都は物入りだからな。旅人には協力してもらわないと――」
男たちがじりじりと距離を詰めてくる。
顔の片側に傷のある大男が、私の腕を掴もうと手を伸ばす。
「っ……!」
私は反射的に腕を引く。その瞬間、男の腕が横薙ぎに振り下ろされ――
私は剣を抜き、刃を男の腕の下に滑り込ませた。
「痛っ……!」
「……危ないですよ。下がってください」
驚き、男が一歩下がる。
(大丈夫、魔物に比べれば……。冒険者として、こんな奴らに負けるわけには――)
私は自分に言い聞かせ、背筋を伸ばす。
しかし、周囲の男たちは怯まない。逆に「女のくせに」「舐めやがって」とざわめき、全員で一斉に襲いかかってきた。
――次の瞬間。
私は、一人の男の腕を跳ね除け、素早く足元を払う。
背後の気配に気づき、振り返りざまに刃を交わす。
長い棒を振り下ろす男には、腰を低く落としてすれ違いざまに膝裏を蹴り、剣の柄で脇腹を叩く。
「ぐっ――!」
「おい、こいつ、ただ者じゃねえぞ!」
私は呼吸を整える。心臓は早鐘のよう。
だけど、不思議と恐怖はなかった。
むしろ頭の中は冷静で、動きがゆっくりに感じられる。
(……私、怖がっている場合じゃない)
私は剣を構え直し、声を張り上げる。
「これ以上近づいたら、本気で反撃します! 私は冒険者です。素人じゃありません!」
「なにィ、冒険者……?」
「だとしても女だろ、数で押せば……!」
(甘く見られてる――でも、なめるな)
次の一瞬、私は相手の中心に突っ込む。
剣の峰で相手の手首を打ち、バランスを崩した隙に体を回転させて背後に抜ける。
壁際の男が短刀を抜いたが、その手首を踏みつけて動きを止める。
「くっ……やりやがったな!」
「もうやめてください。これ以上やるなら――」
その時だった。背後から鋭い気配。
(――危ない!)
振り返る間もなく、後ろから何かが迫る――
(つづく)
陽が昇りきる前から、石畳の通りには露店の声と荷馬車の音、職人たちの掛け声が絶え間なく響いている。
私は地図を片手に、管理区のギルドを目指して歩いていた。
だけど――王都の道は複雑すぎる。
「ええと……この道をまっすぐ、だよね……?」
地図をくるくると回してみても、目の前の景色と頭の中の線がどうにも合致しない。見上げれば、左右の建物はどれも似たような造りで、通りの名前を示す札も小さく、私の目にはほとんど判別できなかった。
(まいったなあ……)
昨日、商人さんが言っていた“王都で迷う冒険者は多い”という言葉を思い出して、苦笑いしかける。
私がうろうろしていると、周囲の人たちは忙しそうに自分の仕事へと向かっていく。
観光客らしき少女グループも、家族連れも、誰もこちらを気に留めない。
(ギルドの場所……管理区の北側だったはず。でも、管理区ってどっち?)
焦れば焦るほど足は空回り、気がつけば路地の奥深くまで入り込んでしまっていた。
「……どうしよう」
そんなときだった。
「お嬢さん、迷子かな?」
背後から、ひょいと声をかけられた。
振り返ると、背の高い男性が立っていた。年は二十代の半ばくらい、ややくたびれた旅装束。口元に人懐っこい笑みを浮かべている。
「……あ、えっと……」
(不審者? いや、でも困ってるのは事実だし――)
私はとっさにブローチに触れ、軽く会釈する。
「すみません、ギルドを探していて……」
「ギルドね。管理区のだろ? あそこはちょっと分かりづらいんだよ。初めての王都かい?」
「……はい。昨日着いたばかりで」
「そうかそうか。それじゃ、案内してやろう。俺もちょうど近くに用事があってね」
その親切さに、私は少し安心する。
「ありがとうございます!」
「はは、気にしないで。こっちだよ」
男の人は先に立ち、迷いなく路地を進んでいく。
しばらくして、人気の少ない細い裏道へと入った。
「えっと、もしかして近道なんですか?」
「そうそう、こっちを抜ければ大通りを通らずに行けるからさ。みんな知らないんだよな、こっちの道」
私はその言葉を疑いもせず、足を早める。
(やっぱり王都の人は親切だな。大都会ってもっと冷たいイメージだったのに)
……それが、世間知らずな私の最大の油断だった。
――道が、だんだんと薄暗くなっていく。建物は年季が入り、窓や壁の一部には穴が開いている。ごみ捨て場の臭いと、どこか湿った空気が漂っていた。
「……ここ、貧民街?」
「ん? まあ、王都じゃ端っこのほうさ。すぐに抜けるよ」
(なんだか嫌な予感……)
と、その時。
「――おう、そこの嬢ちゃん。どこに行くんだい?」
進行方向の先、壁際からひとり、またひとりと男たちが現れる。
日焼けした皮膚、ぼさぼさの髪、襤褸のような服。
何人もが、まるで獲物を囲い込むように私を取り囲んでいく。
男の人は、知らないうちに私の後ろに回っていた。
その目は、さっきまでの人懐っこさを消し、冷たい光を湛えていた。
(しまった……!)
「嬢ちゃん、いいもの持ってるな。旅人か?」
「――ええ。すぐに立ち去りますから、道を開けてください」
言い切った自分の声が震えていないか、不安になる。
「へえ、強気だなあ。どこから来たんだい?」
「……」
私は一歩下がり、腰の剣に手を添える。
「なあに、ちょっとした“通行料”だよ。王都は物入りだからな。旅人には協力してもらわないと――」
男たちがじりじりと距離を詰めてくる。
顔の片側に傷のある大男が、私の腕を掴もうと手を伸ばす。
「っ……!」
私は反射的に腕を引く。その瞬間、男の腕が横薙ぎに振り下ろされ――
私は剣を抜き、刃を男の腕の下に滑り込ませた。
「痛っ……!」
「……危ないですよ。下がってください」
驚き、男が一歩下がる。
(大丈夫、魔物に比べれば……。冒険者として、こんな奴らに負けるわけには――)
私は自分に言い聞かせ、背筋を伸ばす。
しかし、周囲の男たちは怯まない。逆に「女のくせに」「舐めやがって」とざわめき、全員で一斉に襲いかかってきた。
――次の瞬間。
私は、一人の男の腕を跳ね除け、素早く足元を払う。
背後の気配に気づき、振り返りざまに刃を交わす。
長い棒を振り下ろす男には、腰を低く落としてすれ違いざまに膝裏を蹴り、剣の柄で脇腹を叩く。
「ぐっ――!」
「おい、こいつ、ただ者じゃねえぞ!」
私は呼吸を整える。心臓は早鐘のよう。
だけど、不思議と恐怖はなかった。
むしろ頭の中は冷静で、動きがゆっくりに感じられる。
(……私、怖がっている場合じゃない)
私は剣を構え直し、声を張り上げる。
「これ以上近づいたら、本気で反撃します! 私は冒険者です。素人じゃありません!」
「なにィ、冒険者……?」
「だとしても女だろ、数で押せば……!」
(甘く見られてる――でも、なめるな)
次の一瞬、私は相手の中心に突っ込む。
剣の峰で相手の手首を打ち、バランスを崩した隙に体を回転させて背後に抜ける。
壁際の男が短刀を抜いたが、その手首を踏みつけて動きを止める。
「くっ……やりやがったな!」
「もうやめてください。これ以上やるなら――」
その時だった。背後から鋭い気配。
(――危ない!)
振り返る間もなく、後ろから何かが迫る――
(つづく)
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