この手に“力”を、心に責任を――王都冒険譚

しらすの灯

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第四話 見知らぬ味方

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背後から風を切るような音がした。

反射的に身を捻ろうとしたけれど、遅かった。首筋に鈍い衝撃が走り、膝ががくりと沈む。世界が一瞬だけ傾いて、私は地面に手をついた。

(あ、これ、まずい……)

目の前に、靴のつま先が並んでいる。ならず者たちの野卑な笑い声が響く。

「へへ、女にしてはやるじゃねぇか」

「でもよ、所詮は女一人。なあ?」

にじり寄る足音。私は歯を食いしばって剣を握り直す。

(――まだ、負けたくない)

その時。

「やれやれ、朝っぱらから元気がいいな。そこの君たち。いい加減にしときなよ」

路地の入口に、**フードを目深に被った男**がひとり、立っていた。

外套の影で表情はほとんど見えない。

両手はポケットに突っ込まれ、逆光とコートのフードで、その人物の顔立ちはほとんど分からない。

その場の空気が、一瞬ぴりつく。

「なんだテメェ、通りすがりか? 朝から首突っ込むと――」

だが、男がゆっくりとフードの下から彼らを見やるだけで、ならず者たちの顔色がさっと変わった。

特にリーダー格の大男が、青ざめて後ずさる。

「ま、まさか……あんた……!」

「何やってるかは見ていないが、これ以上はやめておいたほうがいい」

男が落ち着いた低い声で告げると、ならず者たちの間に微妙な緊張が走る。

一瞬の沈黙の後――

「ひ、引けっ!」

「やばい、こいつは……!」

リーダーが叫び、全員が一斉に散り散りに逃げ出した。

まるで大物に睨まれた小動物のように、蜘蛛の子を散らすようだった。

呆然とその背中を見送りながら、私は息を呑んだ。

(えっ……どうして、あんな一言だけで?)

男はそのまま、私の前まで歩み寄る。

私は警戒しながら顔を上げた。フードの陰からは、年齢も表情もよく分からない。

ただ、鍛えられた体躯と、どこか只者ではない雰囲気だけが伝わってくる。

「大丈夫かい?」

その声は、思いのほか優しく、少しだけ微笑んでいるようにも感じた。

「あ、ありがとうございます……」

自分でも驚くほど、情けない声が出た。

男はフードの下で、ほんのわずかに口元だけ緩めた気がする。

「少しやられたみたいだな。すぐ立てるか?」

「……大丈夫、です」

私はゆっくりと立ち上がり、改めて男の顔を覗き込もうとしたが、フードの影でほとんど見えない。

だが、なぜか妙な安心感があった。

「随分強かったじゃないか。剣の動きも素人じゃなかった。冒険者か?」

「はい。地元じゃ多少は……」

「地元、ね。……この王都は、地方とはいろいろ勝手が違うから、気を付けるんだな」

男は肩の埃を払ってやりながら、柔らかい声で言う。

「助けていただいて、本当にありがとうございました」

「気にしないでくれ。俺も昔は、ああいうのによく絡まれてね……まあ、いい経験だったよ」

冗談めかした口調なのに、どこか影がある。

「君の名前は?」

「セレナです。……セレナ・フェルシュタイン」

「セレナ、か。いい名前だ。俺は……アラン、とでも呼んでくれ」

「アランさん……」

「今日はギルドに用か?」

「はい。登録の手続きに行こうとして、道に迷って……」

「なるほど。王都の道は入り組んでるからな。ギルドは管理区の南端にある。案内してやるよ」

「えっ、でも……お仕事とか……」

「気にするな。俺も久しぶりに管理区を通りたかったところさ」

その言葉に甘えることにした。

手首のブローチをそっと握り直し、深呼吸。

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

歩き出すと、アランは意外なほど気さくに話しかけてくる。

「ところで、さっきの剣さばき――あれは自己流か?」

「えっと、地元の師匠に習いました。型とかは苦手で……でも、妹を守るために頑張ってきたんです」

「妹がいるのか。……年は?」

「五つ下です。エリナって言います」

「ほう、いい名前だな。君は、妹さんのために強くなりたいのか?」

ふと、歩く速度がゆるむ。

私は言葉を選ぶ。

(どうしても、妹の話になると胸が詰まる)

「はい。両親を早くに亡くして、二人きりで……ずっと、私が守らなきゃって思ってました」

アランはしばらく黙ったまま、前を歩く。

「強くなりたい理由が、誰かを守るため――か。悪くない理由だ。……でも、それだけじゃ難しいこともある」

「え?」

「たとえば、スキルだな。君はスキルを得るために王都に来たのか?」

「はい。ランクDになることができたので、王都でスキルをもらえれば、もっと――」

「それが君の“目標”か」

私は立ち止まり、首をかしげる。

「……いけませんか?」

「いや、悪いことじゃない。けど、力を持つってことは、それだけ責任も増える」

「責任……」

「君の街に、スキル持ちは何人いる?」

「一人、です」

「そうか。地方じゃ珍しい。だが、スキル持ちになると周囲の目も変わる。頼られるし、嫉妬もされる。いいことも悪いことも――全部、自分に返ってくる」

アランは淡々と、でもどこか遠い目で言う。

「……スキルを持つことは、誇りだ。でも、同時に“背負うもの”が増える。君は、その覚悟があるか?」

私はしばらく黙る。

うつむきながら、思い返すのは妹エリナの涙顔。

「……私、まだよくわからないです。でも、妹を守るためなら、どんな苦労も受け入れたいです」

「本当に守りたいのは、妹さん自身か? それとも、“守る自分”か?」

胸に、鋭く突き刺さる問いだった。

「わ、私は……」

言葉が詰まる。

アランはそれ以上は問い詰めず、優しく笑った。

「ま、急に答えを出せなくて当たり前さ。君はまだ若い。でもな――」

アランは少し歩を進めて、こちらを振り返る。

「力を持つと、自分の周りの景色は必ず変わる。妹さんも、君自身も」

「……そんなものですか?」

「ああ。力の大きさだけ、孤独も増える。でも、その孤独の中でしか見えないものもある。……俺も、昔はそうだった」

彼の横顔に、一瞬だけ影が走った。

「大事なのは、“何のために強くなるか”だよ。君は、妹さんを守るって言った。けど、力を持てば持つほど、守る範囲も、責任も、広がるんだ」

(責任、か……)

「そういえば、さっき“スキルを得たら、街に帰る”って言ったよな?」

「はい。スキルを手に入れたら、妹とふたりでまた暮らしたいんです」

「でも、それは今でもできていたんじゃないか?」

「……」

「本当は、強くなる理由って、もっと“今を守ること”にあるのかもしれないな。君は既に、十分強い」

思わず、私は反発する。

「そんなことないです! 私は……まだまだ未熟で、失敗も多くて。エリナを危険な目に遭わせたくなくて、だから……」

「……うん。君はきっと強くなるさ」

アランは微笑む。

「俺が初めて王都に来た時も、怖かった。誰も知り合いはいないし、言葉も通じない。でも、その分だけ世界が広がった。君も、この街でいろんな出会いがあるはずだ」

通りは、少しずつ明るくなっていた。

遠くで鐘の音が鳴り、人々が活気を取り戻していく。

私は改めて、アランの横顔を見上げる。

「……私、絶対にあなたが驚くような冒険者になります」

「そいつは楽しみだな」

アランは大げさに肩をすくめて笑った。

管理区の入り口が見えた。白い石畳と、立派なギルドの建物。

アランはそこで立ち止まる。

「ここから先は大丈夫だな?」

「はい。……本当に、ありがとうございました!」

「また会うこともあるだろうさ。冒険者は、世界を広げる仕事だからな」

別れ際、私は一歩だけ後ろを振り返る。

アランはもう、路地の人混みに溶けて見えなかった。

(強さって、なんだろう)

妹を守りたい。

そのために、私は力を求めてここまで来た。

でも、その“力”にはきっと――責任も、孤独も、ついてくる。

私はギルドの大きな扉の前で、もう一度深呼吸した。

(大丈夫。私は、もう迷わない)

ブローチの青いリボンが、春の風に揺れた。

そして私は、新しい一歩を踏み出した。

(つづく)
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