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第五話 ギルドの受付嬢
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白い石畳を歩くたび、足元から不安がじわじわと滲んでくる。ギルドの大きな門構えの前で立ち止まり、私は深呼吸した。
――いよいよ、冒険者としての本当の始まりだ。
両手で荷物の紐をぎゅっと握る。手首には、妹エリナが作ってくれたブローチ。強くなって、守れる力を得て、きっと立派に帰るんだ。そう、自分に言い聞かせる。
「いってきます、エリナ」
心の中でそっと告げてから、ギルドの大扉を押し開けた。
中は思ったよりも静かで、空気が澄みきっていた。
天井が高くて光がよく入り、白い壁と床は丁寧に磨かれている。
広いホールには数人の冒険者がいるだけで、地方ギルドのような喧騒や活気は感じられない。
受付カウンターの奥では、スタッフたちが静かに事務作業をしている。
どこか落ち着いた、格式ある雰囲気だった。
(地方のギルドは、朝から冒険者たちで賑わっていたのに……ここでは、みんな静かにしている)
ホールにいる数人の冒険者も、それぞれ静かに談笑するか、淡々と事務手続きをしている。
なんだか、まるで違う世界に来たみたいだった。
私は背筋を伸ばし、少し戸惑いながらカウンターへ向かった。
「いらっしゃいませ」
ふわりと柔らかい声が響く。
受付に立つのは、私より少し年上の女性――明るい茶色のボブカットに、ギルドの制服がよく似合う人だった。穏やかな緑の瞳で、私を見つめて微笑む。
「……あの、冒険者登録に来ました。セレナ・フェルシュタインです」
「はい、お待ちしておりました。私はオリヴィアと申します。これからよろしくお願いしますね」
彼女の物腰は優しく、言葉の端々からどこか“お姉さん”らしい余裕が漂っている。
「登録証と、ランクD昇格の証明書をお持ちですか?」
「はい、これ……です」
鞄から、ギルドで渡された証明書を取り出す。が、少しシワが寄っていて恥ずかしくなった。
オリヴィアさんはまったく気にした様子もなく、手早く内容を確認しながら「立派ですね」と褒めてくれる。
(でも、ギルドの中がこんなに静かで落ち着いているなんて……やっぱり王都は特別なんだ)
「地方ギルドでの評価も、とても良いみたいですね。では、王都での登録手続きと、スキル付与儀式のご案内もご一緒に進めていきましょう」
「はい!」
緊張で、返事が少し大きくなってしまった。
「こちらの申請書に、お名前と年齢、出身地を……」
オリヴィアさんが差し出してくれた紙とペン。
私は早速書き始めるが――
(あれ、……この字、なんだったっけ)
どうしても思い出せない字がある。焦るほど、手が止まる。
手元に汗がじっとり。
「……あの、ごめんなさい。この欄の字が……」
「大丈夫ですよ。慣れないですよね。ここは“王都ルヴァンデル”って書けば大丈夫です」
オリヴィアさんはカウンターの中から身を乗り出し、私の隣にすっと寄ってくる。細い指が、私の手の上に重なった。
「ゆっくりでいいですよ。間違えたら、消しますから」
思わず顔が赤くなる。まるで子どもに戻ったみたいで、少し恥ずかしい。
「ありがとう、ございます……」
「いえいえ、みんな最初はそうでしたから。私も新人の頃は全然字が書けなくて、先輩にいっぱい助けてもらいました」
ほんのり自虐を交えたオリヴィアさんの声は、魔法みたいに私の緊張をほどいてくれた。
(この人、すごいな……)
「セレナさんは地方のギルドから来られたんですね。ご出身は?」
「はい、ブラニスタという街です。田舎ですけど……」
「まあ! 私の先輩も、ブラニスタのギルドで働いているんですよ。“カレン”っていう方なんですけど、ご存知ですか?」
カレンさん――あの優しくて頼れる受付嬢だ。
名前を聞くだけで、あの日の温かい声がよみがえる。
「知ってます! すごくお世話になりました。まさか、オリヴィアさんの先輩だったなんて」
「はい、昔はよく手紙をやりとりしていたんです。カレンさん、本当に素敵な方ですよね」
ふたりで笑い合う。
王都の空気が、急に身近になった気がした。
「こうやって地方から来てくれる冒険者さんを見ると、私も新鮮な気持ちになれます。王都は何かと物騒なことも多いけれど、ギルドのみんなで支え合ってますから、安心してくださいね」
「……はい。なんだか、心強いです」
「あ、そうそう。宿のご案内もしておきますね」
オリヴィアさんはカウンター下の地図を取り出し、いくつか丸を付けていく。
「ギルドの近くにも安い宿はありますが、最近はどこも混んでまして。貧民街の手前にある“旅人の宿”が、冒険者向けでおすすめです。宿主さんも優しい方ですよ」
「……本当ですか? あまり路銀が多くないので、できれば安いところが……」
私が困った顔をすると、オリヴィアさんはまたクスッと笑ってうなずいた。
「それなら大丈夫。事情を話せば、少し安くしてくれますよ。それと、宿主さんの娘さんがとっても可愛くて、よく冒険者さんにおまけしてくれるみたいです」
「本当に助かります。王都って、物価も高そうだし……」
「確かに地方より高いですね。お金が足りなくなったら、ギルドで相談してください。困ったときはお互い様ですから」
優しい声に、ふっと肩の力が抜ける。
「ありがとうございます、オリヴィアさん」
「どういたしまして。……あ、そうそう、明日は教会でスキル付与儀式がありますよね。案内役はアリアナちゃんが担当になります。少し気が強いところがあるけど、根はいい子だから、心配しなくて大丈夫」
「アリアナさん……はい、分かりました」
「何か分からないことがあったら、遠慮なく私に聞いてくださいね。これから、いっぱいお世話することになるかもしれません」
私の緊張がすっかりほどけて、自然と笑顔がこぼれる。
「……ギルドって、もっと冷たくて事務的な場所かと思ってました」
「ふふ、よく言われます。でも、冒険者さんがいないと王都は守れませんからね。私たちも、できるだけ力になりたいんです」
(この人に頼れば、きっと大丈夫)
そんな確信が、胸に灯った。
「手続きも全部終わりましたし、あとは宿でゆっくり休んでください。明日はいよいよスキル付与の日ですから」
「はい! 本当に、ありがとうございました」
ペコリと頭を下げると、オリヴィアさんがにっこりと手を振ってくれた。
カウンターの横を少し離れた場所で、他の冒険者たちが静かに話している。
私はブローチをそっと握りしめ、胸の奥にじんわりと温かい気持ちが広がる。
(王都のギルドは、地方とは全然違う。でも……私にも、きっと居場所ができるはず)
そんな確信が、静かな空間にそっと灯る。
オリヴィアさんの優しい声が、ふたたび背中を押してくれるようだった。
――ここからが本当のスタートだ。
(つづく)
――いよいよ、冒険者としての本当の始まりだ。
両手で荷物の紐をぎゅっと握る。手首には、妹エリナが作ってくれたブローチ。強くなって、守れる力を得て、きっと立派に帰るんだ。そう、自分に言い聞かせる。
「いってきます、エリナ」
心の中でそっと告げてから、ギルドの大扉を押し開けた。
中は思ったよりも静かで、空気が澄みきっていた。
天井が高くて光がよく入り、白い壁と床は丁寧に磨かれている。
広いホールには数人の冒険者がいるだけで、地方ギルドのような喧騒や活気は感じられない。
受付カウンターの奥では、スタッフたちが静かに事務作業をしている。
どこか落ち着いた、格式ある雰囲気だった。
(地方のギルドは、朝から冒険者たちで賑わっていたのに……ここでは、みんな静かにしている)
ホールにいる数人の冒険者も、それぞれ静かに談笑するか、淡々と事務手続きをしている。
なんだか、まるで違う世界に来たみたいだった。
私は背筋を伸ばし、少し戸惑いながらカウンターへ向かった。
「いらっしゃいませ」
ふわりと柔らかい声が響く。
受付に立つのは、私より少し年上の女性――明るい茶色のボブカットに、ギルドの制服がよく似合う人だった。穏やかな緑の瞳で、私を見つめて微笑む。
「……あの、冒険者登録に来ました。セレナ・フェルシュタインです」
「はい、お待ちしておりました。私はオリヴィアと申します。これからよろしくお願いしますね」
彼女の物腰は優しく、言葉の端々からどこか“お姉さん”らしい余裕が漂っている。
「登録証と、ランクD昇格の証明書をお持ちですか?」
「はい、これ……です」
鞄から、ギルドで渡された証明書を取り出す。が、少しシワが寄っていて恥ずかしくなった。
オリヴィアさんはまったく気にした様子もなく、手早く内容を確認しながら「立派ですね」と褒めてくれる。
(でも、ギルドの中がこんなに静かで落ち着いているなんて……やっぱり王都は特別なんだ)
「地方ギルドでの評価も、とても良いみたいですね。では、王都での登録手続きと、スキル付与儀式のご案内もご一緒に進めていきましょう」
「はい!」
緊張で、返事が少し大きくなってしまった。
「こちらの申請書に、お名前と年齢、出身地を……」
オリヴィアさんが差し出してくれた紙とペン。
私は早速書き始めるが――
(あれ、……この字、なんだったっけ)
どうしても思い出せない字がある。焦るほど、手が止まる。
手元に汗がじっとり。
「……あの、ごめんなさい。この欄の字が……」
「大丈夫ですよ。慣れないですよね。ここは“王都ルヴァンデル”って書けば大丈夫です」
オリヴィアさんはカウンターの中から身を乗り出し、私の隣にすっと寄ってくる。細い指が、私の手の上に重なった。
「ゆっくりでいいですよ。間違えたら、消しますから」
思わず顔が赤くなる。まるで子どもに戻ったみたいで、少し恥ずかしい。
「ありがとう、ございます……」
「いえいえ、みんな最初はそうでしたから。私も新人の頃は全然字が書けなくて、先輩にいっぱい助けてもらいました」
ほんのり自虐を交えたオリヴィアさんの声は、魔法みたいに私の緊張をほどいてくれた。
(この人、すごいな……)
「セレナさんは地方のギルドから来られたんですね。ご出身は?」
「はい、ブラニスタという街です。田舎ですけど……」
「まあ! 私の先輩も、ブラニスタのギルドで働いているんですよ。“カレン”っていう方なんですけど、ご存知ですか?」
カレンさん――あの優しくて頼れる受付嬢だ。
名前を聞くだけで、あの日の温かい声がよみがえる。
「知ってます! すごくお世話になりました。まさか、オリヴィアさんの先輩だったなんて」
「はい、昔はよく手紙をやりとりしていたんです。カレンさん、本当に素敵な方ですよね」
ふたりで笑い合う。
王都の空気が、急に身近になった気がした。
「こうやって地方から来てくれる冒険者さんを見ると、私も新鮮な気持ちになれます。王都は何かと物騒なことも多いけれど、ギルドのみんなで支え合ってますから、安心してくださいね」
「……はい。なんだか、心強いです」
「あ、そうそう。宿のご案内もしておきますね」
オリヴィアさんはカウンター下の地図を取り出し、いくつか丸を付けていく。
「ギルドの近くにも安い宿はありますが、最近はどこも混んでまして。貧民街の手前にある“旅人の宿”が、冒険者向けでおすすめです。宿主さんも優しい方ですよ」
「……本当ですか? あまり路銀が多くないので、できれば安いところが……」
私が困った顔をすると、オリヴィアさんはまたクスッと笑ってうなずいた。
「それなら大丈夫。事情を話せば、少し安くしてくれますよ。それと、宿主さんの娘さんがとっても可愛くて、よく冒険者さんにおまけしてくれるみたいです」
「本当に助かります。王都って、物価も高そうだし……」
「確かに地方より高いですね。お金が足りなくなったら、ギルドで相談してください。困ったときはお互い様ですから」
優しい声に、ふっと肩の力が抜ける。
「ありがとうございます、オリヴィアさん」
「どういたしまして。……あ、そうそう、明日は教会でスキル付与儀式がありますよね。案内役はアリアナちゃんが担当になります。少し気が強いところがあるけど、根はいい子だから、心配しなくて大丈夫」
「アリアナさん……はい、分かりました」
「何か分からないことがあったら、遠慮なく私に聞いてくださいね。これから、いっぱいお世話することになるかもしれません」
私の緊張がすっかりほどけて、自然と笑顔がこぼれる。
「……ギルドって、もっと冷たくて事務的な場所かと思ってました」
「ふふ、よく言われます。でも、冒険者さんがいないと王都は守れませんからね。私たちも、できるだけ力になりたいんです」
(この人に頼れば、きっと大丈夫)
そんな確信が、胸に灯った。
「手続きも全部終わりましたし、あとは宿でゆっくり休んでください。明日はいよいよスキル付与の日ですから」
「はい! 本当に、ありがとうございました」
ペコリと頭を下げると、オリヴィアさんがにっこりと手を振ってくれた。
カウンターの横を少し離れた場所で、他の冒険者たちが静かに話している。
私はブローチをそっと握りしめ、胸の奥にじんわりと温かい気持ちが広がる。
(王都のギルドは、地方とは全然違う。でも……私にも、きっと居場所ができるはず)
そんな確信が、静かな空間にそっと灯る。
オリヴィアさんの優しい声が、ふたたび背中を押してくれるようだった。
――ここからが本当のスタートだ。
(つづく)
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