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第六話 聖堂への案内
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ギルドのカウンターで、手続きを終えて深く息を吐いた私を、オリヴィアさんはふんわりとした微笑みで見つめていた。
「これで、冒険者としての準備はひとまず完了ですね」
「はい、ありがとうございます!」
――でも、これからはひとりだ。
いよいよ、本当に、私は王都で暮らしていくのだ。
「さて、セレナさん。これから宿に向かうんですよね?」
私は頷いて、「はい、自分で地図を見て行けると思います」と言いかけた。
でも――その瞬間、脳裏に先ほどの迷子地獄と路地裏の罠がよぎる。
「あの、もしかして……ちょっと、道に迷いやすいですか?」
オリヴィアさんがやさしく首を傾げてくる。
図星だったので、私は思わず目を逸らしてしまった。
「その、……地図を読むの、ちょっと苦手で」
「ですよね。もしよかったら、私が宿まで案内しますよ。ギルドは他の職員に任せてきますので、少しだけ待ってもらえますか?」
「えっ……でも、お仕事中じゃ――」
「大丈夫です。たまには外の空気も吸いたいし、ギルドのみんなも手伝ってくれますから」
彼女のさらりとした気配りに甘えることにした。
「じゃあ……お願いしてもいいですか?」
「もちろんです。ちょっと待っててくださいね」
オリヴィアさんはギルドの奥へ小走りに消え、同僚に何やら伝えている。
すぐに戻ってくると、制服の上に明るい色のショールを羽織り、書類鞄を脇に抱えていた。
「準備できました。行きましょうか?」
ギルドの扉を開け、夕方の王都の空気が頬をなでる。
管理区の静けさから外へ出ると、人通りの多い通りや、子どもたちが駆けていく広場――
全てが、どこか非日常に見えて胸が躍った。
「王都は、どの道もにぎやかなんですね……」
「そうですね。時間帯によってはもっと混むんですけど、今は落ち着いている方ですよ。あ、あそこのパン屋さん、焼きたての匂いがしますね」
オリヴィアさんが路地を曲がるたびに、街の空気が少しずつ変わっていく。
(やっぱり、一人だったら絶対迷ってた……)
案内されるまま歩くうち、目指す“旅人の宿”が見えてきた。
「ここですよ、セレナさん」
オリヴィアさんが指差す先には、レンガ造りの小さな宿屋がぽつんと建っていた。
入り口には手書きの木製看板と、可愛い花の植木鉢が飾られている。
「こんにちは、旅人さん! いらっしゃい!」
扉を開けると、元気な声が迎えてくれた。
宿主の女性はふくよかで優しそうな人。オリヴィアさんと目が合うと、にっこり微笑んだ。
「あら、オリヴィアさんじゃない。今日はどうしたの?」
「こんばんは、レーナさん。こちら、地方から来られた新しい冒険者のセレナさんです。今夜からしばらくお世話になります」
「まあ、初々しい! ようこそ王都へ。うちの宿は冒険者さんに人気なのよ」
レーナさんは私の手を両手で包みこむように握ってくる。
その手のぬくもりに、思わず緊張がほぐれる。
「旅の疲れもあるでしょう? 今日はゆっくり休んで、明日に備えてね。……オリヴィアさんの紹介なら、特別にちょっと安くしてあげる!」
「ありがとうございます!」
レーナさんは、部屋の鍵を手渡してくれた。
「二階の一番奥。静かで落ち着くお部屋よ。遠慮せずにどうぞ」
オリヴィアさんは私の肩を軽く叩いてくれる。
「これでひと安心ですね。何かあれば、いつでもギルドに来てください」
「……本当に、色々ありがとうございました。オリヴィアさんがいてくれてよかったです」
「ふふ、そんな風に言ってもらえると私も嬉しいです。……じゃあ、また明日」
オリヴィアさんは扉の前で手を振り、街の灯りの中へ帰っていった。
部屋に入ると、窓から見える王都の夜景が美しかった。
荷物をほどき、机の上にブローチを置いて、静かに息をつく。
(王都……人も街も大きいなあ。みんな親切だし、優しい。私、大丈夫かな……)
ベッドに寝転び、今日一日をゆっくりと思い返す。
妹のこと、馬車のこと、アランとの出会い、オリヴィアさんの優しさ――
全部がぎゅっと詰まった、不思議な一日だった。
(明日は、いよいよスキル付与の儀式……)
どんな儀式なんだろう。どんな風に“力”を授かるんだろう。
不安と、期待と、ほんの少しの怖さ。
(……でも、私、きっと乗り越えられる)
そっと目を閉じる。
ふかふかのベッドが背中を包み、あっという間に眠りに落ちた。
* * *
翌朝、早起きして窓を開けると、王都の空は高く、どこまでも澄んでいた。
朝食を取って、身支度を整えると、手首にブローチを巻く。
(エリナ、ちゃんと見ててね――)
心の中でそう呼びかけてから、ギルドへ向かう。
春の光に包まれた街路を、少し背筋を伸ばして歩く。
ギルドの前には、昨日と同じあたたかな日差しが差し込んでいた。
(つづく)
「これで、冒険者としての準備はひとまず完了ですね」
「はい、ありがとうございます!」
――でも、これからはひとりだ。
いよいよ、本当に、私は王都で暮らしていくのだ。
「さて、セレナさん。これから宿に向かうんですよね?」
私は頷いて、「はい、自分で地図を見て行けると思います」と言いかけた。
でも――その瞬間、脳裏に先ほどの迷子地獄と路地裏の罠がよぎる。
「あの、もしかして……ちょっと、道に迷いやすいですか?」
オリヴィアさんがやさしく首を傾げてくる。
図星だったので、私は思わず目を逸らしてしまった。
「その、……地図を読むの、ちょっと苦手で」
「ですよね。もしよかったら、私が宿まで案内しますよ。ギルドは他の職員に任せてきますので、少しだけ待ってもらえますか?」
「えっ……でも、お仕事中じゃ――」
「大丈夫です。たまには外の空気も吸いたいし、ギルドのみんなも手伝ってくれますから」
彼女のさらりとした気配りに甘えることにした。
「じゃあ……お願いしてもいいですか?」
「もちろんです。ちょっと待っててくださいね」
オリヴィアさんはギルドの奥へ小走りに消え、同僚に何やら伝えている。
すぐに戻ってくると、制服の上に明るい色のショールを羽織り、書類鞄を脇に抱えていた。
「準備できました。行きましょうか?」
ギルドの扉を開け、夕方の王都の空気が頬をなでる。
管理区の静けさから外へ出ると、人通りの多い通りや、子どもたちが駆けていく広場――
全てが、どこか非日常に見えて胸が躍った。
「王都は、どの道もにぎやかなんですね……」
「そうですね。時間帯によってはもっと混むんですけど、今は落ち着いている方ですよ。あ、あそこのパン屋さん、焼きたての匂いがしますね」
オリヴィアさんが路地を曲がるたびに、街の空気が少しずつ変わっていく。
(やっぱり、一人だったら絶対迷ってた……)
案内されるまま歩くうち、目指す“旅人の宿”が見えてきた。
「ここですよ、セレナさん」
オリヴィアさんが指差す先には、レンガ造りの小さな宿屋がぽつんと建っていた。
入り口には手書きの木製看板と、可愛い花の植木鉢が飾られている。
「こんにちは、旅人さん! いらっしゃい!」
扉を開けると、元気な声が迎えてくれた。
宿主の女性はふくよかで優しそうな人。オリヴィアさんと目が合うと、にっこり微笑んだ。
「あら、オリヴィアさんじゃない。今日はどうしたの?」
「こんばんは、レーナさん。こちら、地方から来られた新しい冒険者のセレナさんです。今夜からしばらくお世話になります」
「まあ、初々しい! ようこそ王都へ。うちの宿は冒険者さんに人気なのよ」
レーナさんは私の手を両手で包みこむように握ってくる。
その手のぬくもりに、思わず緊張がほぐれる。
「旅の疲れもあるでしょう? 今日はゆっくり休んで、明日に備えてね。……オリヴィアさんの紹介なら、特別にちょっと安くしてあげる!」
「ありがとうございます!」
レーナさんは、部屋の鍵を手渡してくれた。
「二階の一番奥。静かで落ち着くお部屋よ。遠慮せずにどうぞ」
オリヴィアさんは私の肩を軽く叩いてくれる。
「これでひと安心ですね。何かあれば、いつでもギルドに来てください」
「……本当に、色々ありがとうございました。オリヴィアさんがいてくれてよかったです」
「ふふ、そんな風に言ってもらえると私も嬉しいです。……じゃあ、また明日」
オリヴィアさんは扉の前で手を振り、街の灯りの中へ帰っていった。
部屋に入ると、窓から見える王都の夜景が美しかった。
荷物をほどき、机の上にブローチを置いて、静かに息をつく。
(王都……人も街も大きいなあ。みんな親切だし、優しい。私、大丈夫かな……)
ベッドに寝転び、今日一日をゆっくりと思い返す。
妹のこと、馬車のこと、アランとの出会い、オリヴィアさんの優しさ――
全部がぎゅっと詰まった、不思議な一日だった。
(明日は、いよいよスキル付与の儀式……)
どんな儀式なんだろう。どんな風に“力”を授かるんだろう。
不安と、期待と、ほんの少しの怖さ。
(……でも、私、きっと乗り越えられる)
そっと目を閉じる。
ふかふかのベッドが背中を包み、あっという間に眠りに落ちた。
* * *
翌朝、早起きして窓を開けると、王都の空は高く、どこまでも澄んでいた。
朝食を取って、身支度を整えると、手首にブローチを巻く。
(エリナ、ちゃんと見ててね――)
心の中でそう呼びかけてから、ギルドへ向かう。
春の光に包まれた街路を、少し背筋を伸ばして歩く。
ギルドの前には、昨日と同じあたたかな日差しが差し込んでいた。
(つづく)
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