海の夢

inaby

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少女、いや少年だろうか。ともかく彼は、座って問いかけてきた。
こんなところにお仕事できたの?
いや、仕事は中断してるんだ。
はじまった会話は、とても自然だった。その横顔は、通った鼻立ちで風に真っ黒な髪が揺れて情緒に溢れていた。いつからいたのだろう。
ずっといたよ。
声に出したつもりもなかったが、どうやら今日は声が漏れ出してしまうようだ。
此処に住んでいる子かい。すまなかったね、少し雨宿りをするつもりだったんだ。雨が弱まったら行くよ。
別に此処に住んでいるわけじゃないよ。ゆっくりしていけばいいのに。
住んでいないのに、ずっといるというのはよくわからないが、地元の子だろうか。大方、夏休みに涼みに来ているのだろう。
おじさん、なんかしんどそうだね。
おじさんと言われるほど歳をとっているつもりはないぞと、言いかけたが、この子の年齢から見ればもう立派なおじさんなのだ。いや、別に立派ではなかった。現に職場からの連絡を吹っ飛ばして急に小旅行に興じているのだから。
しんどい、か。しんどいのかな。それもわからないくらいに何も無くなってしまったよ。
言葉に出してしまってから、こんな年下の子に、何を弱音を吐いているのだと、恥ずかしくなった。今のはなかった事にしてくれと言うと、比喩し難い哀しいような笑顔で答えてくれた。
何も無いかあ、僕は羨ましいなあ。大人って難しいんだね。
なんと答えたものか。次の返球を考えてみたが、何も浮かばない。沈黙は雨の音に助けられて、気まずさを薄れさせてくれた気がする。
おじさんはさ。
沈黙を割ったのは彼だった。
頑張っても頑張っても、いつも誰かの方がすごくて。そんな時ってどうしたらいいか知ってる?
困った。そんなものはこっちが知りたいくらいだった。少し悩んで、先のある若者に、何か言葉を掛けなければという年長者の意地が言葉を捻り出させた。
頑張るってのは、誰かのためにするんじゃないんだよ。結果より過程を大事にとまでは言わないけど、自分を納得させるために、一生懸命やる事自体が自分を救うんじゃないのかな。
こんな事、思ってもいない。けれど、未来のある若者には耳触りのいい言葉だろう。そんな、浅はかな考えを見越したかのように、彼は言葉を返してきた。
なら、おじさんは、今すごく幸せなんだね。幸せになる方法を知っているんだから。
その言葉ではっとした。何を言っているのか分かっているのか。そんなものはこの世界には存在していないと、そう思わずにはいられないほど打ちのめされてきたのに。この期に及んで、自分をよく見せようと心にもない言葉を発していた自分が、どうしようもなく情けなくなった。そんな自分に憤って、泣くまいとしていた最後の分水嶺を越えてしまった。涙が止まらなかった。
すまない。今のは無しにしてくれ。本当の事を言おう。頑張った人間が報われる。いつか人は幸せになれるなんてのは大嘘だ。報われるかどうかなんてわからないんだ。けど、それでも生きていくしかない。どれだけ満たされないかわかっていても、みっともなくても歩みを止めれない。それが人生なんだ。だから、もし君が報われないと思っているのなら、それは正しい。悔しい思いをして、寂しい思いをして、それでも埋められない人生もある。理由は簡単だよ、怖がっているからだ。現状が変わる事も、挑戦して失敗する事も、人から嫌われることも。怖がって、諦めてしまったら絶対に報われない。幸せにはなれないんだ。君は若い。だからまだ間に合う。こうなってはダメなんだよ。俺は、できるならやり直したい。幸せになりたいよ。
おじさん。それがわかってたら大丈夫だよ。まだ間に合うよ。
そう言って彼は境内を去っていった。いつのまにか、雨も止んでいた。
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