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第一章
※ 呪われた紫蘭宮
僕と兄は同じ日に生まれたせいか、姿形が双子の様に似通っていた。
兄の左の口元にある小さな黒子。僕の右目の下の黒子を除けば、本当に瓜二つだった。そして、母が愛してやまない父ジルベスターとも…。
声までも似ていた僕たちは、本当に見分けがつかない程だった。
あれは5才の誕生日の夜。
その日、父は盛大な舞踏会を開いて、兄レイノルドを王太子の座に据えたことを発表した。
父の寵妃であり、兄の生母エリノア様は父に肩を抱かれて、幸せそうに微笑んでいた。その隣に立つ兄レイノルドも当然のように、臣下の祝辞を受けている。
傍で見ている僕らには見向きもしない。兄の影のような僕の誕生を祝ってくれたのは、2才年下のフェリシアだけだった。
そんな僕の隣でぎりぎりと扇を握りしめている母は悪鬼の如き形相で、微笑ましい家族を睨みつけていた。
だが、何を思ったのか。突如、母は微笑みながらエリノア様に近付くと、祝いの言葉を述べていた。
母に警戒していた父ですら呆気にとられたように、怪訝な表情で母を見つめている。
母にとって、例え憎しみの対象であろうとも、父に自分を意識してもらえ、その瞳の映してもらえるだけで幸福だったのかもしれない。
舞踏会は順調に進み、その日は何事も無く終わるはずだった。
ところが、深夜すぎに父は紫蘭宮専属の騎士から、突如として発現した魔法陣から黒い霧が辺りを埋め尽くして、命という命を吸い取っていると報告があった。
すぐさま、王宮魔術師たちが現場に向かったが、殆どの使用人達が息絶えており、生き残った者も恐怖でまともな聞き取りが出来ない状態だった。
その中で、レイノルドを守る様に倒れていたエレノア様は、奇跡的に命は取り留めたものの、髪は一夜にして白くなり、ぶつぶつと何かを呟いている状態。
レイノルドは呪いを全身に受けて、皮膚には黒いシミが広がっていた。
いくらアルカイド屈指の魔術師といえど、その力には限度がある。
父は、隣国フロンティアを頼ったが、次期「賢者」と呼ばれるフロイトとその弟子レオンハルトは、古代遺跡の発掘に駆り出され、留守だった。
どうにか、呪いを押えることが出来たレイノルドの姿は、別人の様に代わり果てた。
黄金の髪は黒くなり、光り輝いていたアクアマリンの宝石眼は灰色の瞳になってしまった。
全身に渦巻く呪いを隠す為に包帯を巻かれた姿は、誰が見ても痛々しかった。
将来を嘱望され、皆から賛辞を受けていた少年はどこにも存在しない。そこには黒魔術に侵され変わり果てた憐れな少年だけ…。
そして、美貌の第一妃エリノア様も狂ってしまった。誰の事も分からず、ただただ、怯えて部屋の隅に縮こまっているだけの存在となった。
数日後、父から呼び出された僕は、表に出られない兄の代わりを命じられた。
この日から僕の名は「ウィルウッド」から「レイノルド」に変わったのだ。
まともに呼ばれた事がない名前だったが、でも確かに僕の真実の名だった。
今は誰にも呼ばれなくなったその名をいつか呼ぶ人は現れるのだろうか?
そんなことを考えていた。
一向に回復の兆しの見えない兄は、10才の年に王宮を離れ、別の場所に移された。その日は、本来ならば兄『レイノルド』の為の妃選びの日。
そして、僕がベアトリーチェと初めて会った日でもあった。
中庭で、僕を本物のレイノルドだと疑わない貴族令嬢達は、獲物を狙うような目で僕を見ていた。
色々な貴族が媚び諂う姿は滑稽で、僕は「本物が現れたら僕になど見向きもしないだろうに」と心の中で思っていた。
既に歪んでいた僕の心にそっと入ってきたのは、ベアトリーチェだった。
仮面で覆いかぶされた見せかけだけのお茶会に嫌気がさした僕は、フェリシアの所に向かった。途中、フェリシア付きの侍女から、フェリシアが会場の方に行った事を聞いた僕は焦った。
もし、母オパールがこの事を知ったら、またフェリシアを閉じ込めてしまうかもしれない。僕は慌てて元来た道を戻ろうとした時に、きゃらきゃらと少女の笑い声が聞こえてきた。
夢でも見ているのだろうか。僕の目の前には、金と銀の対の様な少女たちが楽しそうにお喋りをしている姿が見えた。
人見知りの激しいフェリシアが初対面で誰かとあんなに打ち解けるなんて信じられなかった。
「ここで何をしているの?」
「え…あ…その、王太子殿下。ちょっと道に迷ってしまって、同じように迷った子と少し話を…」
僕の事はお茶会で紹介されたから知っているが、公に出てこないフェリシアを王女と知っている者は少ない。ベアトリーチェは、真っ赤な顔をして、道に迷った事を恥じながら、フェリシアを同じ貴族の令嬢だと思っていた。
「フェリシア、駄目じゃないか。侍女が君を探していたよ」
「ごめんなさい。おにいちゃま。でもシアもおともだちがほしくて、ちょっとのぞきにいこうとしたの。そしたら、ベティがおともだちになってくれるっていうから、おはなしをしていたのよ」
「え…もしかして…王太子殿下の妹…では王女殿下ですか」
サーッと血の気を引かせたベアトリーチェは、物凄い勢いでフェリシアに謝った。
「も…申し訳ありません。王女殿下とは知らずに、親しそうな口調でお話しいたしまして」
「ええ、ベティはもうおともだちになってくれないの?シアのこときらいになった」
「ち…違います。決してそんな事はありません。こんなふわふわ綿毛のかわいいしょ…いえ王女殿下を嫌う人なんていませんよ。額に入れて持ち歩きたいぐらいです」
必死で言い訳しているベアトリーチェがおかしくて、僕は「ふふふっ」と笑ってしまった。
「あーー。おにいちゃまがわらっているのよ」
僕が本当に笑ったのは何時だっただろうか?そのくらい笑えていない。年々作った笑顔だけは上手になっているが。
僕はこの日、本当に心から楽しいと思えた。だから、彼女が気になり調べたのだ。
彼女の母親はフロンティアの出で、今は侯爵位にまで上り詰めた精霊学の第一人者エドモンド・オーウェストを伯父に持つ。
それなら、僕と婚姻しても宝石眼の発現の心配等ないだろう。
しかもチェスター公爵令嬢だ。
妃選びにはルールがあり、第一妃を公爵令嬢もしくは他国の王女。第二妃は侯爵家から第三妃を伯爵家から選出する事になっている。
公爵家は四家あるが、何処の家門から妃を出すのか定められているのだ。
僕の年にはチェスター公爵家に決まっていた。
これは運命なんだ。僕とベアトリーチェが出会う事は神が定めた縁なのだとこの時は信じていた。
だが、それが本物のレイノルドとの縁だと気付いた時に、僕は全てを失っていた。
運命の歯車はいつ狂ったのだろうか?
僕の複雑な立場が、ベアトリーチェを不幸にするとはこの時は思ってもいなかったのだ。
兄の左の口元にある小さな黒子。僕の右目の下の黒子を除けば、本当に瓜二つだった。そして、母が愛してやまない父ジルベスターとも…。
声までも似ていた僕たちは、本当に見分けがつかない程だった。
あれは5才の誕生日の夜。
その日、父は盛大な舞踏会を開いて、兄レイノルドを王太子の座に据えたことを発表した。
父の寵妃であり、兄の生母エリノア様は父に肩を抱かれて、幸せそうに微笑んでいた。その隣に立つ兄レイノルドも当然のように、臣下の祝辞を受けている。
傍で見ている僕らには見向きもしない。兄の影のような僕の誕生を祝ってくれたのは、2才年下のフェリシアだけだった。
そんな僕の隣でぎりぎりと扇を握りしめている母は悪鬼の如き形相で、微笑ましい家族を睨みつけていた。
だが、何を思ったのか。突如、母は微笑みながらエリノア様に近付くと、祝いの言葉を述べていた。
母に警戒していた父ですら呆気にとられたように、怪訝な表情で母を見つめている。
母にとって、例え憎しみの対象であろうとも、父に自分を意識してもらえ、その瞳の映してもらえるだけで幸福だったのかもしれない。
舞踏会は順調に進み、その日は何事も無く終わるはずだった。
ところが、深夜すぎに父は紫蘭宮専属の騎士から、突如として発現した魔法陣から黒い霧が辺りを埋め尽くして、命という命を吸い取っていると報告があった。
すぐさま、王宮魔術師たちが現場に向かったが、殆どの使用人達が息絶えており、生き残った者も恐怖でまともな聞き取りが出来ない状態だった。
その中で、レイノルドを守る様に倒れていたエレノア様は、奇跡的に命は取り留めたものの、髪は一夜にして白くなり、ぶつぶつと何かを呟いている状態。
レイノルドは呪いを全身に受けて、皮膚には黒いシミが広がっていた。
いくらアルカイド屈指の魔術師といえど、その力には限度がある。
父は、隣国フロンティアを頼ったが、次期「賢者」と呼ばれるフロイトとその弟子レオンハルトは、古代遺跡の発掘に駆り出され、留守だった。
どうにか、呪いを押えることが出来たレイノルドの姿は、別人の様に代わり果てた。
黄金の髪は黒くなり、光り輝いていたアクアマリンの宝石眼は灰色の瞳になってしまった。
全身に渦巻く呪いを隠す為に包帯を巻かれた姿は、誰が見ても痛々しかった。
将来を嘱望され、皆から賛辞を受けていた少年はどこにも存在しない。そこには黒魔術に侵され変わり果てた憐れな少年だけ…。
そして、美貌の第一妃エリノア様も狂ってしまった。誰の事も分からず、ただただ、怯えて部屋の隅に縮こまっているだけの存在となった。
数日後、父から呼び出された僕は、表に出られない兄の代わりを命じられた。
この日から僕の名は「ウィルウッド」から「レイノルド」に変わったのだ。
まともに呼ばれた事がない名前だったが、でも確かに僕の真実の名だった。
今は誰にも呼ばれなくなったその名をいつか呼ぶ人は現れるのだろうか?
そんなことを考えていた。
一向に回復の兆しの見えない兄は、10才の年に王宮を離れ、別の場所に移された。その日は、本来ならば兄『レイノルド』の為の妃選びの日。
そして、僕がベアトリーチェと初めて会った日でもあった。
中庭で、僕を本物のレイノルドだと疑わない貴族令嬢達は、獲物を狙うような目で僕を見ていた。
色々な貴族が媚び諂う姿は滑稽で、僕は「本物が現れたら僕になど見向きもしないだろうに」と心の中で思っていた。
既に歪んでいた僕の心にそっと入ってきたのは、ベアトリーチェだった。
仮面で覆いかぶされた見せかけだけのお茶会に嫌気がさした僕は、フェリシアの所に向かった。途中、フェリシア付きの侍女から、フェリシアが会場の方に行った事を聞いた僕は焦った。
もし、母オパールがこの事を知ったら、またフェリシアを閉じ込めてしまうかもしれない。僕は慌てて元来た道を戻ろうとした時に、きゃらきゃらと少女の笑い声が聞こえてきた。
夢でも見ているのだろうか。僕の目の前には、金と銀の対の様な少女たちが楽しそうにお喋りをしている姿が見えた。
人見知りの激しいフェリシアが初対面で誰かとあんなに打ち解けるなんて信じられなかった。
「ここで何をしているの?」
「え…あ…その、王太子殿下。ちょっと道に迷ってしまって、同じように迷った子と少し話を…」
僕の事はお茶会で紹介されたから知っているが、公に出てこないフェリシアを王女と知っている者は少ない。ベアトリーチェは、真っ赤な顔をして、道に迷った事を恥じながら、フェリシアを同じ貴族の令嬢だと思っていた。
「フェリシア、駄目じゃないか。侍女が君を探していたよ」
「ごめんなさい。おにいちゃま。でもシアもおともだちがほしくて、ちょっとのぞきにいこうとしたの。そしたら、ベティがおともだちになってくれるっていうから、おはなしをしていたのよ」
「え…もしかして…王太子殿下の妹…では王女殿下ですか」
サーッと血の気を引かせたベアトリーチェは、物凄い勢いでフェリシアに謝った。
「も…申し訳ありません。王女殿下とは知らずに、親しそうな口調でお話しいたしまして」
「ええ、ベティはもうおともだちになってくれないの?シアのこときらいになった」
「ち…違います。決してそんな事はありません。こんなふわふわ綿毛のかわいいしょ…いえ王女殿下を嫌う人なんていませんよ。額に入れて持ち歩きたいぐらいです」
必死で言い訳しているベアトリーチェがおかしくて、僕は「ふふふっ」と笑ってしまった。
「あーー。おにいちゃまがわらっているのよ」
僕が本当に笑ったのは何時だっただろうか?そのくらい笑えていない。年々作った笑顔だけは上手になっているが。
僕はこの日、本当に心から楽しいと思えた。だから、彼女が気になり調べたのだ。
彼女の母親はフロンティアの出で、今は侯爵位にまで上り詰めた精霊学の第一人者エドモンド・オーウェストを伯父に持つ。
それなら、僕と婚姻しても宝石眼の発現の心配等ないだろう。
しかもチェスター公爵令嬢だ。
妃選びにはルールがあり、第一妃を公爵令嬢もしくは他国の王女。第二妃は侯爵家から第三妃を伯爵家から選出する事になっている。
公爵家は四家あるが、何処の家門から妃を出すのか定められているのだ。
僕の年にはチェスター公爵家に決まっていた。
これは運命なんだ。僕とベアトリーチェが出会う事は神が定めた縁なのだとこの時は信じていた。
だが、それが本物のレイノルドとの縁だと気付いた時に、僕は全てを失っていた。
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