もう、あなたを愛することはないでしょう

春野オカリナ

文字の大きさ
21 / 48
第一章

※ この罪は誰のもの

 初夜の夜、ルシーラは僕の耳元でそれは甘く優しい言葉で囁いた。

 「ねえ、レイノルド様。知っています。フェリシア王女様が亡くなった訳を…」

 「どうして、そのことを君が知っているんだ」

 「だって聞いたんです。本人から」

 「本人?フェリシアは学園には通っていなかった」

 「いやだ。違いますよ。フェリシア様を例の場所に誘導した人物にですよ。誰だと思います」

 甘ったるい声でピンクブロンドの髪を指で弄びながら、クスクスと嗤う姿は魔女のようだった。

 「チェスター公爵令嬢だと知っている」

 「ええ、半分正解ですわ。でもチェスター公爵令嬢ってどちらでしょうねぇ」

 その言葉にハッとなった。確かに言われてみれば、証言したメイドもチェスター公爵令嬢とは言ったがベアトリーチェだとは言わなかった。まさか…。僕は嫌な予感がして、ルシーラの首を掴んで叫んだ。

 「いえ!!一体誰なんだ。僕の妹を死に追いやったのは!!」

 「く…殿下。手を緩めて…それでは上手く喋れませんわ」

 僕は首から手をのけた。

 「クスッ、ジュリア・チェスターですわ。なんでもそこに行けば宝石眼が手に入ると聞いたと伝えたそうですよ。デビュタントの日に…」

 「デビュタントだと」

 「ええ、偶々王宮のデビュタントの日に隠れるように様子を伺っていた憐れな王女様に最高のプレゼントを差し上げたのよと言って、わたくしに話しましたの。お馬鹿さんですよね。最悪の贈り物を最高だなんて、しかも王女様が亡くなっても彼女は罪悪感も無いのでしょうね。傷心の殿下に付け込んで異母姉の代わりになろうとしたんですもの」

 厭らしく赤い唇で耳障りなクスクスという嗤い声を上げ「今夜は楽しかったですわ」と寝室を出て行った。

 残された僕は、寝台で一人手を顔に当て、憎しみ、怒り、そして後悔で心の中はかき乱されていた。

 フェリシアの死にジュリアが関わっているとは思ってもいなかった。

 僕はもう一度、証言した者達を呼び出し、事実を確認した。

 多くの者はフェリシアとベアトリーチェが時々言い争う声を聞き、その言葉の端々に「紫蘭宮が」とか「行ってはいけない」という声を聞いていたと証言した。

 一番、肝心のメイドは僕に真実を話した。

 「確かにチェスター公爵家の二番目の令嬢が、フェリシア王女様と話している事を聞きました。内容はよく分かりませんが、そこに行けば王女様が欲しがっている物が手に入ると、それを王妃様の侍女が話しているのを聞いたので確かだと言っていました。どうかお願いです。嘘は申しておりません。命はお助け下さい」

 メイドは泣きじゃくりながら、僕に命乞いをした。メイドが公爵家の二番目の令嬢という言葉を言った時、僕は得心がいった。

 どうしてそんなことをジュリアが言ったのか。

 メイドが顔を覚えるぐらい、ジュリアは母に呼ばれていたのだ。その証拠にメイドは母の宮仕えの者だ。

 全て母の仕業だったのだ。最初は愛する夫の形代として、僕を愛していたのだろう。だが、成長するにつけて僕は父に似すぎてしまった。姿形だけでなく声までも。母の底なし沼のような執着が父から僕に移るのに時間かからなかった。

 父に見向きもされない現実から逃れる為に、段々夫に似てくる僕を手に入れる為にフェリシアを始末したんだ。ジュリアを利用して。

 ジュリアの性格なら親切だと思って教えたのだろう。憐れな境遇の王女を助けようという自分の中の正義という名の欲求を満たす為に…。

 そう言えば、ベアトリーチェにも母は辛く当たっていたな。普通でない妃教育を施されたベアトリーチェには、僕とフェリシアだけが救いだったんだろう。

 フェリシアに僕とベアトリーチェが必要だったように僕にもベアトリーチェとフェリシアが必要だった。僕たちはお互いを必要とした仲間だった。

 僕が久しぶりに母の元を訪ねると、母は嬉しそうに僕を歓迎した。

 「何故、フェリシアを殺したんです」

 「ふふふっ、だって邪魔なんですもの。わたくしのものを獲ろうとする者は皆いらないのよ。殺すのよ。だから、あの女、エリノアもレイノルドもフェリシアもそしてベアトリーチェもね。これからはずっと一緒よ。ウィルウッド。あなたは私の夫ジルベスターになるの。わたくしだけがあなたを本当に愛している。これで邪魔者はいなくなったわ。もう、わたくし達だけよ」

 その言葉に背筋が凍り付くのを感じた。

 「では、母上が紫蘭宮を呪わせたのですか。一体誰に、どうやって!!」

 「それは、言えないわ。だって契約ですもの」

 「契約?」

 僕はその言葉で、ある書物を思い出した。禁書の中でも一番、恐ろしい呪いの本。そこには悪魔と契約して人に呪いをかける方法だ。

 母は父一人を手に入れる為に、躊躇うことなく禁忌の術に手を染めたのだ。

 何を代償にしたのかは分からない。

 知りたくもなかった。

 久しぶりに会った母は、もう幼い頃のおぼろげな記憶の中の面影すら残っていない。痩せこけ、窪んだ目だけが爛々と光り、愛する者を捕らえて離さなかった。

 僕は結局、両親に愛されていなかった。父は兄の代わりを…母は父の代わりを…誰かの代わりでない僕自身を見てくれていたのは、あの二人だけだった。

 僕は、ベアトリーチェに関わる者達を処罰した。

 そして、何もかも終わった時、無性にベアトリーチェに会いたくなって、何日も馬で駆けて彼女のいる修道院に向かった。

 そこで、見た物は寂れた修道院の薄汚い埃まみれの部屋で、花嫁のベールを被った女性が横たわっている。

 最後に彼女を見たのは何時だったのか?

 裁判の時、彼女は狂ったようにジュリアを罵っていた。その姿があまりにも醜悪で、僕は彼女の顔をまともに見なかった。いや、目を逸らしたんだ。変わっていく彼女を見たくなくて、現実を受け入れたくなくって、逃げて逃げて逃げて、僕は彼女の執着から逃れる為に…。

 その結果はどうだろう。

 誰かが僕に話し掛ける。

 ──これがお前の望んだ結果だろう──「違うこんなことは望んではいなかった。」

 ──選択したのはお前だ──「違う。それしか選べなかった」

 ──それは本心か?本当に他に選択余地がなかったのか?お前は選べたはずだ。こうなる前にきちんと知るべきだった。そして、ベアトリーチェの許しを得るべきだった。


 僕は選択を間違えた。選んだ先の未来は絶望しか残っていなかった。

 彼女は幸せそうな笑みを浮かべている。傍に落ちていた手紙には、僕とルシーラが婚姻した事を知らせが書いてあった。これが誰の仕業か僕には分かっていた。

 冷たくなった痩せこけているベアトリーチェの遺体を抱き上げた時、彼女の指から枯れた花弁がひらひらと床に落ちて行く様は、咲き終わった花が散るように、ベアトリーチェの儚い初恋の終わりを告げているようだった。

 
 
感想 35

あなたにおすすめの小説

そんなに幼馴染を優先したいですか? あなたの隣はいりません

夏生 羽都
恋愛
 レーデン王国、王立学院の貴族科に通うセレスには、想い人であり婚約する予定の辺境伯家次男のヒューゴがいる。しかし騎士科に通うヒューゴの隣には彼の幼馴染みであり、侯爵家令嬢のニーナがいつもいるのだった。  子爵家に後見をしてもらう事で学院へ通っているセレスは、高位貴族であるニーナとヒューゴに強く言えず、二人の距離が近過ぎても見ている事しかできなかった。  ヒューゴとの交流会の日、セレスはヒューゴと観るために両親が送ってくれた歌劇のチケットを用意していたのだが、ヒューゴに付いてきたニーナにチケットを強請られてしまう。 「ニーナに譲ってくれないか?」ヒューゴのひと事でチケットを譲る事になり、帰りの馬車がないセレスは徒歩で帰る事になる。日が落ちかける街の中を歩くセレスは、帰り道が分からずに迷子になってしまう。そんなセレスを偶然見かけて声をかけてくれたのが、帝国からの留学生でセレスと同じクラスのアルウィンだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になる方は、ブラウザバックをお願い致します。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

【完結】前代未聞の婚約破棄~なぜあなたが言うの?~【長編】

暖夢 由
恋愛
「サリー・ナシェルカ伯爵令嬢、あなたの婚約は破棄いたします!」 高らかに宣言された婚約破棄の言葉。 ドルマン侯爵主催のガーデンパーティーの庭にその声は響き渡った。 でもその婚約破棄、どうしてあなたが言うのですか? ********* 以前投稿した小説を長編版にリメイクして投稿しております。 内容も少し変わっておりますので、お楽し頂ければ嬉しいです。

十八年前の赤子の取り違え——婚約破棄された「養女」が、公爵家のただ一人の正統な令嬢だと判明した日

歩人
ファンタジー
メリルは、レイクハート公爵家に引き取られた「遠縁の養女」として育った。社交界に出ることも許されず、領地の治療院で病人の世話に明け暮れる日々。義姉ソフィアが王家に嫁ぐまでの「つなぎ」として第二王子の仮の婚約者に立てられても、メリルは「いずれ退く身代わり」と承知していた。 けれど治療院に通う第二王子リオネルと、メリルは本当に心を通わせてしまう。義姉ソフィアと後見人ライラは「養女が分を超えた」と激怒し、婚約を破棄してメリルを治療院ごと辺境へ追放した。 だが、辺境で疫病が広がったとき、王都は気づく。病を癒せる「聖癒」の力を持つ者が、もう一人も残っていないことに。 十八年前、ひとつの嘘があった。公爵令嬢の赤子と、後見人の娘の赤子がすり替えられていたのだ。社交界の令嬢ソフィアではなく——治療院の「養女」メリルこそが、公爵家のただ一人の正統な令嬢だった。 日陰で生きてきた手が、王国を救う。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

夫の幼馴染に家も財産も奪われたので、彼女が捨てた兄妹を連れて出ていきます〜辺境伯家の住み込み家政婦になった今、戻れと言われてももう遅い~

他力本願寺
ファンタジー
夫の幼馴染に家も財産も奪われ、身一つで追い出されたアリシア。 しかし雨の宿場町で、その幼馴染が実子の幼い兄妹を置き去りにした現場を目撃する。 「私が守る」――血の繋がらないエミルとリリィを連れ、彼女は辺境伯家で住み込み家政婦として生き抜くことを選んだ。 帳簿と観察力、揺るぎない実務能力を武器に屋敷を立て直し、偏屈だが真っ直ぐな辺境伯ヴィルヘルムの信頼を得るアリシア。 子どもたちに「先生」と呼ばれ、家族のような温かさに包まれながら、彼との心の距離も静かに縮まっていく。 やがて王都から元夫と幼馴染が「戻ってきてほしい」と懇願してくるが――。 アリシアは静かに微笑み、こう告げた。 「もう、遅いわ」 追放された有能妻が、子どもたちとの家族愛と辺境伯との恋で本当の幸せを掴む、ざまぁと甘さの両方を味わえる完全復讐再生ラブストーリー。

【完結】貴方をお慕いしておりました。婚約を解消してください。

暮田呉子
恋愛
公爵家の次男であるエルドは、伯爵家の次女リアーナと婚約していた。 リアーナは何かとエルドを苛立たせ、ある日「二度と顔を見せるな」と言ってしまった。 その翌日、二人の婚約は解消されることになった。 急な展開に困惑したエルドはリアーナに会おうとするが……。

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。 ※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31 *らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.11/4に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。