もう、あなたを愛することはないでしょう

春野オカリナ

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第一章

消えた王女

 翌日、レオンハルトの元に王宮からフェリシアの準備が整ったとの連絡を受け、ホテルの馬車で向かった。

 朝から蛍の様に部屋中を騒がしく飛び回る闇の精霊。

 その様子にベアトリーチェは嫌な予感がした。

 「お父様。一緒に行ってはいけないですか?」

 「今日は、許可を貰えていないからな。無理だと思う」

 「でも、闇の精霊が今日に限って、何かを知らせる様に飛び回っているのが気になるんです」

 「そうだな。いつもより何だか様子が変だ」

 「何かあったんでしょうか?」

 ベアトリーチェの手をぎゅっと強く握ってリリエンヌも心配そうにレオンハルトの方に目を遣る。

 「取り敢えず、会えるかどうかは分からないが、頼んでみよう」

 「ありがとうございます」

 ベアトリーチェは、レオンハルトに王女は人見知りが激しいので、顔馴染のベアトリーチェが一緒の方が安心するだろうと伝えてほしいと言った。

 確かに理由がなければ許可が下りないだろう。

 レオンハルトは、ベアトリーチェの考えに同意した。

 王宮に着いたレオンハルトは、門番に名前を名乗り、護衛騎士のレジェスにベアトリーチェが王女に会いたいとの旨を伝えさせ、返事を待っていたのだが…。

 何かがおかしかった。門近くまで騎士達が大勢で、何かを捜索している。いつもになくざわついている様子に門番も何があったのか気になる様で、二人いる内の一人が騎士に何事かと訊ねている。

 だが、騎士は門番に対して逆に質問してきた。

 「ここを10才位の少女が通らなかったか」
 
 「いえ、見ておりませんが…それが何か?」

 「知らないなら構わない。大したことではないからな」

 大したことが無いと言っても、大人数で動いている時点で、説得力はないに等しい。

 レオンハルトとベアトリーチェは、10才位の少女と聞いて、何となくピンときた。

 きっとフェリシアの事だろう。

 もしかしていなくなった?

 どうやらベアトリーチェの嫌な予感は的中したようだ。

 馬車から飛び出す様にベアトリーチェは降りた。

 巡回の騎士が制止したが、ベアトリーチェは振り切って走り出す。

 「お待ちください。許可がない者の王宮への入宮はできません」

 「急いでいるの。わたしには心当たりがある」

 ベアトリーチェには確信めいたものがあった。その証拠に闇の精霊もこっちだと言わんばかりにベアトリーチェの周りを徘徊している。

 「ベティ、何処に行こうとしているんだ」

 レオンハルトに尋ねられたベアトリーチェは、

 「多分、紫蘭宮よ」

 「なるほど…」

 レオンハルトが闇の精霊の方を見ると頷くように飛んでいる。

 騎士達を扇動して、ベアトリーチェ達は紫蘭宮に急いだ。

 遠目から紫蘭宮の門前に金髪の少女とフードを被った人間が並んでいるのが見える。

 慌ててベアトリーチェ達も後を追う。

 人のいない紫蘭宮は埃まみれで、蜘蛛の巣が張ってあり、薄暗く何かが焼け焦げたような臭いと黴臭さが入り混じっていた。

 あの事件から誰も立ち入らない用にしていたのだからそれも無理はない。

 カーテンから漏れる外の明かりを頼りに、騎士達と奥へ奥へと足を運んで行った。

 奥の方から灯りが見える。

 近づくと部屋の中央にフェリシアが気を失って倒れていた。

 ベアトリーチェが慌てて駆け寄ろうとするのをレオンハルトは腕を掴んで止めた。

 「ベティ!!よく見るんだ!!!」

 レオンハルトの大声でベアトリーチェは少し冷静さを取り戻した。

 よく見ると、ベアトリーチェの足元に何かの文字が描かれている。落ち着いて部屋全体を見回すとフェリシアは何かの魔法陣の中央に横たわっていた。

 それが意味するものは……。

 「王女を生贄にするつもりなのだろう」

 レオンハルトの声色は緊張しているようにとれた。

 「どうすれば、シアを助けられますか?」

 「今、思案中だ。少し黙っててくれ」

 ベアトリーチェは、何もできない自分が歯痒くて仕方がない。ギュッと唇を噛み締めて、悔しさを表情に出していた。

 一緒に到着した騎士達も、その異様な魔法陣の前で右往左往して狼狽えていた。

 彼らの中には6年前の事件を覚えている者もいるのだろう。

 下手に動けばフェリシアの身に何が起きるか分からない。最新の注意を払いながら、騎士達は徐々に魔法陣を囲う様に間合いを詰めて行った。

 「ふむ…何を目的にしているのかは分からないが、狙いは王女ではないようだ」

 「では、何故こんなことをしているの」

 「誰かをおびき寄せる為…一体誰を…」

 レオンハルトは困惑していた。フェリシアが目的なら直ぐに魔法を発動させたはずだ。態々こんな手の込んだ事をしなくても、誰を待っている。

 その時、遅れて陛下とレイノルドが紫蘭宮に入ってきた。

 「フェリシア…」

 レイノルドはフェリシアの横たわる姿を見て動揺した。そして魔法陣に足を踏み入れてしまった。

 ほぼ同時に黒い霧の様なものが魔法陣から発して、レイノルドとフェリシアを取り囲むように覆っていく。

 意識のないフェリシアを抱きかかえながら、レイノルドはなんとか魔法陣の外に出ようと試みる。

 ベアトリーチェは、無意識だった。

 レオンハルトが止める間もなくベアトリーチェは、レイノルドの方に駆け寄って、一緒にフェリシアを抱き起して、魔法陣の出口に近付いた。

 黒い霧は獲物を逃すまいと蛇の様に必要に3人の周りを囲もうとする。

 レイノルドが先に出て、次にフェリシアの体が霧から出た。しかし、ベアトリーチェの姿が見え始めた時、吸い込まれるように黒い霧がベアトリーチェを闇に閉じ込めようとした。

 必死で、手を伸ばして助けを求めているが、その手がレオンハルトに届くことはなかった。

 暫くして、霧が消えるとそこにはベアトリーチェの姿がない。

 レオンハルトは後悔した。

 いくらベアトリーチェの頼みでも王宮に連れてこなければ、こんな目に遭わなくて済んだのにと……。

 そして、己の未熟さを呪いもした。

 娘一人守れないなんて…なんと情けない親なのかと……。

 


 それは、ほんの数分…。しかし、その場にいる者はもっと長い時間に感じたことだろう。

 魔法陣の中央が僅かに光り出した途端、光に包まれたベアトリーチェが何かを大事そうに抱いている。

 レオンハルトがベアトリーチェを抱き上げると、

 「お…お願いです。この子を…たすけて」

 か細い声で、レオンハルトに両手を開いた。

 そこには羽や身体がボロボロになった小さな精霊がいる。

 何より目に付いたのが、精霊の体にはどす赤黒い液体のようなものが塗ってある。

 「これは獣の血か?」

 傍にいた夜の精霊も傷ついた同種族の周りを忙しなく飛び交っている。

 ほんの少し、レオンハルトには光が見えた。

 「光の精霊か…」

 その言葉にベアトリーチェは理解した。

 どうして、生まれた王子に宝石眼があって、今の王太子レイノルドが4才の時に宝石眼を持ったのかを…。

 きっとあの子・・・が本物の第一王子レイノルド殿下なのだと。

 レオンハルトが身に付けている古代の精霊石の指輪が光る。

 指輪を傷ついた精霊の近付けると、精霊は僅かに微笑んで石の中に吸い込まれて行った。

 ベアトリーチェも疲れたのか、レオンハルトの腕の中で意識を手離した。



 

 
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