もう、あなたを愛することはないでしょう

春野オカリナ

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第二章

箱庭ゲーム

 そのまま、屋敷に帰っても胸の中に残るもやっとした気持ちは晴れない。

 買ってきた教科書を予習しながら、ベアトリーチェはため息をついていた。

 隣にいたフェリシアが、

 「大きなため息をつくと幸せが逃げるって聞くけど?」

 きゅるんと大きな青い目で見つめてきた。

 「聞こえたのね…」

 「うん。もしかして、今日のこと」

 「そうね。なんだかもやもやして、気分が晴れないの」

 「じゃあ、勉強を止めて気晴らしに箱庭ゲームをしようよ。小父様が面白いものが出たっていってかして下さったのよ。じゃーーん、これ」

 「なに…これって」

 「そう、最近貴族の間で流行っているゲームなんだって」

 「どういうもの」

 「なんでも双六で駒を進めて、そこに書かれている条件をクリアしていけばゴールするもの。きっと気晴らしになるよ」

 「そうね」

 ベアトリーチェは、気が進まないが心配するフェリシアを安心させるために、箱を開けた。

 箱を開けと暗闇が広がり、四角い板の様が沢山繋がっている道が光っている。二人はスタートと書かれた文字の上に立っていて、その前にはいくつもの扉が立っていた。

 道の果ては暗闇で見えない。

 ベアトリーチェ達は、目の前に現れた指令分文を読んだ。

 「最初は、サイコロを振ってその数の合計分進む、そして、そこで出された問題をクリアしていくことね」

 サイコロには6面に1から6までの数字が書いてある。フェリシアが最初にサイコロを振ると6と3が出て、

 「きゃあーーーっ」

 目の前の扉が開くと、フェリシアの体は何かに引っ張られるように吸い込まれていき、ベアトリーチェがフェリシアを掴もうとした瞬間に目の前の扉が閉じた。

 「大丈夫なのーーー?」
 
 ベアトリーチェが大きな声でフェリシアの安否を確認すると、

 「うん平気。でもなんにもないよ」

 良かったと安堵したのも束の間、次はベアトリーチェの番だった。

 ベアトリーチェがサイコロを振ると6と5が出て、また先ほどと同じように引っ張られていく。

 目の前の扉が勝手に開いてフェリシアを追い越して、止まった。

 ベアトリーチェの目の前に、文字が浮かんできた。

 「一回休憩?」

 どうやら、フェリシアが2回サイコロを振るまで、ベアトリーチェは先に進めないらしい。

 何度も何度もサイコロを振りながら、出されたお題をクリアしていくとフェリシアが先にゴールした時点でゲームオーバーとなった。

 二人とも元の部屋の中に帰っていた。

 「面白かったね」

 「そうね。ところでフェリシア?その手に持っている物は何?」

 「げっ…まだあったんだ。実はね…」

 と、フェリシアがクリアしたお題の中に、眠っているオジサンの鬘を取って来ることという物があったらしく。無事クリアしたので、ゲームの景品としてプレゼントされたようだ。

 「こんなもの何に使うのよ」と二人は大笑いした。

 ベアトリーチェの方も何だか分からない洞窟になる光る石を取ってこい。とか落書きの様な絵に何が描かれているかを当てるもの等、子供の悪戯の延長の様なお題が多かった。

 確かにしてはいけないことを大ぴらに出来るから、ストレス解消になるかもしれないとベアトリーチェは思った。

 何だか眠くなってきた二人は、ゲームの余韻が残っているのか。ああだこうだとお喋りをしながら眠りについた。

 でも、興奮しているのかなんだか寝付けないベアトリーチェはバルコニーに出て、中庭を見下ろしていた。

 誰かが、下の小路を歩いている姿を見つける。その人物に目が合ったベアトリーチェは慌てて手すりの下に隠れたが、

 「なんで隠れるんだよ。お嬢…」

 「だって…」

 「だって、何?」

 ベアトリーチェの顔を覗き込みながら、不敵な笑みを見せている。月明かりに照らされた黒髪は青みがかっている。

 その鼻筋の通った整った顔が近くにあるだけで、ベアトリーチェの心臓は激しく鼓動した。

 「わたし、こんなか…格好をしているから」

 「今更…」

 もう見慣れたとでも言いそうな口ぶりにベアトリーチェは頬を膨らませた。

 14才で大人の仲間入りを果たしたこの少年からすれば、13才のベアトリーチェはまだ子供だと言いたのだろうかと…。

 「ところで、昼間会ったのに、なんで帰ったんだ。声を掛けてくれれば良かったのに、それに俺の剣舞も見て欲しかったし」

 「それは…」

 隣の少女と仲良さ気にしている少年を見ていたくなかったとは言えないベアトリーチェは、

 「は…早く帰りたかっただけよ。疲れたから」

 「そっか、それなら仕方がない。まあ、見ろよ」

 そう言って、少年はまた下の小路に戻ると、剣を取り出して剣舞を見せてくれた。

 月に照らされて、剣が青白く光り、舞っているその姿も幻想的…。

 ──綺麗…。

 心の中で自然とそう呟いていた。

 一振り舞って少年は、

 「どうだった?」

 「そうね。じょ…まあまあなんじゃない」

 「まあまあ…か」

 どうにも素直になれないベアトリーチェは本音を言えない。

 「次はもっと上手に舞えるように頑張るよ」

 「次…」

 「ああ、2カ月後にまた大会があるんだ。それに参加しようかと思ってる」

 「2ヶ月…」

 ベアトリーチェの中に何か濁った黒い感情が湧いてきた。

 また、あの子と2カ月後にも一緒にいるのかと…。

 「大丈夫か?」

 心配そうに覗き込む少年の袖を掴んでベアトリーチェはハッとした。

 ──わたし、今何を言おうとしたの?

 デミオンが誰と親しくしようとわたしには関係がないのに…。

 自分の感情に困惑したベアトリーチェは誤魔化す様に、

 「ちょっと待ってて」

 部屋に帰って自分の引き出しからある物を取り出した。

 「これ…」

 「なに…」

 「誕生日でしょう」

 「ああ、くれるのか。サンキュー」

 ほくほく顔で、中身を確認して、

 「すげーーっ、これ今日発売の箱庭ゲームの新作か。中々手に入らないって聞いたけど、うれしい、ありがとな」

 ベアトリーチェの頭をポンポンと軽く叩く少年にベアトリーチェは、また子供扱いをしてと辟易した。

 「それでは、またな」

 別れの言葉を口にしながら、少年はベアトリーチェの指にキスをする。

 これって、淑女にする紳士の挨拶…。

 意識が…全ての感覚が指先に集中していくのを感じる。そして、顔から熱さを感じるのはきっと火照っているからだとはっきりと分かる。

 月が雲に隠れていなければ、きっとこの少年にも今のベアトリーチェの表情が丸分かりになるだろう。

 さっと、また視界から消えた少年の後ろ姿を見送りながら、部屋に戻って窓を閉めると、ベアトリーチェは限界だったのか、その場にへたたり込む。

 「デミオンの馬鹿…」

 ベアトリーチェは、先ほどから熱を持っている指先を自分の唇にあてながら呟いた。


 雲から再び顔を出した月がベアトリーチェの部屋の方を見つめるデミオンを照らす。

 その表情は、月とは対照的に翳りを見せていた。


 「ベアトリーチェ…君が彼女・・なら良かったのに…」

 そう呟いて、デミオンは闇の中に消えた。
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