見ず知らずの(たぶん)乙女ゲーに(おそらく)悪役令嬢として転生したので(とりあえず)破滅回避をめざします!

すな子

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(とても疲れましたわ……)

 学園からの帰り道。
 ザワザワしたままの胸の内を持て余し、真っ直ぐ帰る気にもなれなくて、わざわざ遠回りをさせゆっくり馬車を走らせているのに、いつまでも動揺が収まりません。

(セーラ様がとんでもないことをおっしゃるから……!)

 誰の顔を思い浮かべたか、なんて。
 いつものように何もわからないふりも、とぼけて誤魔化すこともできずにまともに絶句してしまったわたくしに、その後は皆さま深く追求なさらないで、お茶会の話題は星の探索に移りました。

 次に行くのがスコルピオーネ領くらいは頭に残っておりますけれど、その後はほとんどお話が耳に入ってきませんでしたから覚えておりません。

 どういうことですの?
 名前すら出していないのに、その手があったと目からウロコのように皆さまそろって納得してしまうなんて。
 あたたかい眼差しで、ここから先は無粋ですわね、なんて。
 
 そもそもわたくしの新しい恋の話題を嗜むための集まりだったように思うのですけれど、それは無粋ではないのです?

 ぎゅっと握り続けているハンカチが、見るも無惨にシワシワになっております。

 ジワジワとあちこちに火が灯るような感情を、いったん取り出しては慌てて仕舞うことを繰り返し、わたくしは自分自身を信じられない気持ちです。

「驚いただけですのよ、そう、寝耳に水、いきなり思ってもみないことを言われて、それで驚いて、びっくりして、動揺しただけで、言われたから意識するなんてそういうことではありませんのよっ」
「お嬢様、考えていることがすべて口から漏れております」

 一人だったはずの馬車の中、当たり前のようにイザイアが斜め向かいの席に座っておりました。

「いつから聞いておりましたの?!」
「はじめからです」

 そうですわ、イザイアは常にわたくしの影にいるのですから、お話はすべて筒抜け、女子会には遠慮して距離をとってくれることがほとんどですのに、今日はずっと側にいましたわね!

「聖国の人間との関わりは最大限の注意を払わないといけませんので」

 わたくしの思考を読んだようにイザイアは言い、情報収集です、と悪びれもなく長い足を組んでわたくしを流し目に見つめてきます。

「…………ほかに何かおっしゃりたいことがありますの?」
「いえ。お嬢様が国外に出るとしても私は付いていきますが、近隣でステラフィッサ国の公爵令嬢と釣り合うだけの嫁ぎ先は、どの国でも直系の王族しかいないだろうな、と」

 鋼色の目が揶揄うように細められ、そんなことは絶対に起こらないだろうという確信が込められているのが明らかです。

「隣国の王子殿下はどんな方かしら?」
「お知りになりたいのでしたらお調べいたします」
「……言ってみただけですわ」
「そういえばお嬢様は王族に嫁ぐことを厭うていらっしゃるようにお見受けしていたのですが、母国の王族でなければ問題ないのでしょうか」

 こんな見え透いた会話になんの意味もありません。
 わかっているくせに、今日のイザイアは意地悪ですのね。

「お姉さまたちにあれほど引き留められたのですから、わたくしが国外に活路を見い出すのは最後の手段です」

 サダリ湖の向こうの国では、王子殿下が無理な婚約破棄をしようとして返って廃嫡になった、なんて乙女ゲームからのざまぁが起こっているような話も伝え聞いておりますから、わたくしはやはりこれからも油断なく破滅回避を目指さなければなりませんのに。

「何も見えない遠くに無理に形を探すより、近過ぎて見えていなかったものと距離を測って輪郭をつかむほうが早くはありませんか?」

 イザイアまで見透かしたようなことを言って、わたくしを煽るのはやめていただきたいわ。

(悪役令嬢に虐げられる義弟おとうと枠……、転生悪役令嬢もので、家族仲の冷え切った設定でもなければ例に漏れなく義姉あねを恋い慕うようになっておりましたわ。
 それを避けようと、邪険にしてもらうつもりで、ワガママで暴君な姉をめざして……)

「…………ファウストには、そんなつもりひとつもないはずですもの」
「ファウスト様の顔を思い浮かべられたんですね」

 ハッと、イザイアの言葉に俯かせていた顔を上げると、そこにもうイザイアはおりませんでした。

(あの場では決して出されなかったその名前を、わたくしに暴露させるだけさせてまた影に潜るなんて……!)

 はっきりと口に出してしまえば、そこからまた燃え広がるように噴き出してくる感情は、消しても消しても熾火は残ったまま。

(ヤンデレパターンに繋がらないようにと気をつけておりましたのに、わたくしが義弟おとうとに倒錯的な感情を抱いてどうしますの!)

 しっかりしなさい、ルクレツィア・ガラッシア!
 これまで丁寧に築きあげてきた家族としての絆を、セーラ様に少し言われたくらいで揺らがせているなんて、そんなのはあまりにも簡単で無分別な女です!

 さらに強くハンカチを握りしめて、わたくしは千々に乱れた心を落ち着けるために深く深く息を吐き出しました。
 窓の外に流れる景色をなんとはなしに眺めて、黄昏色に染まる通りに落ちている馬車の影だけを無意味に追いかけることにいたします。

 公爵邸のある貴族街を走る馬車通りは、人の気配がありませんでした。
 いつもの登下校の時間なら似たような馬車がにぎやかに行き交っておりますが、少し時間が遅れただけで、自身の乗る馬車の蹄の音だけがよく響いて聞こえます。
 王都の中心にある王城と大聖堂ドゥオモ、そこから広がる市街地とは反対の方向に伸びる道ですから、貴族の乗る馬車の為だけにあるようなもので、広い道の両脇に建つ邸宅の高い塀だけが聳えて見るものは他にありません。
 時おり警邏の騎兵とすれ違うこともありますが、今の時間帯はこの通りに姿は見えず、ただ広い道を、わたくしの乗る馬車だけがゆっくりと進んで行きます。


 ────不意に心細いような気持ちが湧き上がり、わたくしは来た道を窓から振り返りました。


 もうとっくに行き過ぎている公爵家の別邸は、王城からも、学園からも近いのです。
 ファウストがそちらに移ってから、一度も訪れたことはございません。
 今日は学園で遠目にも姿を見られず、ファウストの姉離れがどこまでなっているかわたくしが知る術はありませんから、邸に帰りましたら、仕舞い込んだ手鏡を引っ張り出してお話だけでもできませんかしら?
 お父さまから弟離れをするように告げられた時、それが手の届くところにある限りつい使ってしまいそうで、ドンナに言って片付けてもらったのですけれど、これほど言葉を交わさない時間が長いせいでわたくしが妙な気を起こしているのなら、少しだけお話しすれば落ち着くかもしれません。

(幼い頃は、不安なときや緊張しているときは、いつだってファウストが手を繋いでわたくしを励ましてくれておりましたわね)

 何も言わない代わりに幼い手から温もりを伝えてくれていたのに、最後にそれを感じたのはいつでしたかしら?

(結局、心を落ち着かせようと考えるのもファウストことですのね……)

 今度は嘆息の長い息を吐き出し、よくやく頭の芯が冷えてくるのを感じました。

 今まで本当の弟として大切に思ってきたことは間違いありません。
 ファウストにだって、姉として大切に思われていることは確信しております。
 そこに血の繋がりがないからといって、わたくしたちが姉弟として過ごしてきた日々に偽りはなにもないのです。

 そこにセーラ様から一石を投じられて、自分でも思ってもみないほどに動揺してしまったことは確かですけれど……。

 今まで一度だってファウストをそんな対象として見てきていなかったのですから、それで驚いてしまったのであって、自分でも知らない心の奥深くにあった感情がついに顔を出したとかそういうことではなくて、そういうことでは……ない……はず、で…………。

 エンディミオン殿下たちに、いくら甘やかなお顔でどんな口説き文句を言われようと、攻略対象との関わりは破滅に繋がるのだからと少しも靡かなかったわたくしの心が、こんなにも揺らいでしまっているのはどうしてですの。
 いつものように、ありえないことと頓着もしないで聞き流せばよかっただけのこと。
 そう、ファウストだって攻略対象の一人のはずですもの、ファウストルートには婚約者が見当たらず、虐げてきたわけでもありませんから断罪の可能性ももうほとんどないのですけれど、だからといって今さら恋愛対象として意識するなんて、わたくしどうかしてしまったのではないのかしら。

(ファウストにだって、引かれてしまうかもしれませんわね)

 姉だと思っていた相手に思慕を向けられたら、きっと困ってしまうでしょう。

(きっと、恋愛結婚する計画がうまくいきそうになくて、どうやって、誰に恋していいかもわからなくなって、そうして示された選択肢に思わず飛びついてしまっただけなのですわ……)

 自分でも説明がつかない感情の起伏をそう結論付けて、わたくしはいそいそと手の中のハンカチを丁寧に撫で伸ばしました。
 そうでもしないと、シワシワのハンカチのような心にまたすぐに戻ってしまいそうで。

(ファウストと話すのは、もっとわたくしが冷静になってからのほうがよろしいわね)

 手鏡は大事に仕舞ったままにしておきましょうと、少しだけ名残りを惜しむようにもう一度窓から行き過ぎてきた通りを見やると。

(あら……?)

 馬車が走りやすいよう整備された白い石畳と、貴族の屋敷のうず高い煉瓦塀が暮色に包まれるその中に、ぽつりと、寂しそうな小さな影が漂うように歩いているのが見えました。

 こんな時間に、あんな小さな子が一人で、と心配になってよく見ると、その小さな影は見知った人物のようでした。
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