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番外編
長の番ルフト
しおりを挟む金竜の城から少し離れた場所には同じ形の四角い建物がいくつも並んでいる。唯一違うことがあるとすれば、その建物にはそれぞれ異なる番号が振られていることだろう。
その建物の前には大きな広場があり、竜が何匹も空から降りてくる。降りてきた竜はその巨体を揺らしながら建物中へ入り、しばらくすると竜人となって建物からでてくるのだ。ここは竜人が竜化や竜化解除をする際に用いる場所で、裸でうろつくのを防ぐためのものである。
ジルヴァラは姿勢よく立ちながら待ち人が出てくる扉を見つめていた。ほどなくして扉が開き、中から薄紅色の髪に灰と緑の混ざった美しい目を持つ竜人が出てくる。刺繍の施された白いシャツに深緑のパンツはシンプルだが彼によく似合っていた。ありとあらゆる者の目を惹きつけるほどの美しい男は、歩いているだけで匂い立つような色気を持ち、切れ長で不思議な色合いを持つ瞳にはこちらを見てほしいと思わせる魅力があった。
「ジルちゃん」
「ルフト様。おかえりなさいませ」
ルフトと呼ばれた美しい竜人は金竜の長の番であり、ハウデンの母親でもあった。ルフトはジルヴァラの母の幼馴染ということもあり、小さな頃から実子のようにジルヴァラを可愛がってくれている。
「ただいま。あぁ、なんて可愛いお顔なんでしょうね。どんどんお母様に似ていくから目が離せません」
ルフトは花笑みながらジルヴァラに駆け寄り、その頬に両手を伸ばした。うっとりと眺める様子は相変わらずジルヴァラ越しに誰かを探しているが、ジルヴァラもすっかり慣れてしまっていた。
「ジルちゃんに見つめられると、天国のナハトが私を見つめてくれているような気持ちになります」
「そうですか?」
「貴方の瞳は日が落ちて橙に染まる前の、黄昏の空を宝石にしたように美しいです」
ナハトはジルヴァラの母親の名前だ。もう朧気にしか覚えていないが、ルフトが言うにはこの世の宝であり、最も愛らしい人だったと言う。ルフトはジルヴァラの母であるナハトを溺愛していたらしく、その言葉に信ぴょう性はない気がした。
幼かったジルヴァラはルフトの言う母親が本当にそのとおりだったのかと父親に聞いてみたが「ルフトが言うならそうなのだろう」と父にしては珍しく投げやりな言葉が返ってきたのを覚えている。
「レーヘンのことは聞きました。このようなことになってしまって、とても残念です……」
「申し訳ございません。ご迷惑をおかけしております」
人通りのある場所で細かい話はできず、ジルヴァラは絞り出すように謝罪をすると、ルフトはジルヴァラを優しく抱きしめて背中を撫でた。ルフトの甘い香りと体温にじわりと涙腺が緩むが、咎められるべき自分が泣いていてはいけないと、涙を我慢してそっとルフトから体を離す。
「私達銀竜族は勤勉で努力家です。あとは時間とその努力が解決してくれるでしょう。元気を出してください。あぁ、そうだ。ジルちゃんにもお土産を沢山持ってきたんですよ? あとで部屋に運ばせましょう。今回もナハトの霊廟に飾ろうと思って置物も買ってきたんです。白いキマイラの像です。ナハトが見てみたいって言っていた名所の像のミニチュアなんですよ」
「あ、ありがとうございます。母上もお喜びになるでしょう」
「……本当は、一緒に色々な国を見てまわりたかった」
ジルヴァラの母親のナハトは生まれながらに病弱で、その人生の殆どを寝台の上で過ごしている。ルフトはナハトのベッドの上に地図を広げ、少しでもナハトの世界を広げようとしていた。ナハトと行ってみたい場所に印をつけ、どうやって旅をしようかと話すのが楽しかったとルフトはよくジルヴァラに話してくれていた。彼は今外交官として様々な国をまわり、その度にその国の置物やお土産をナハトのために買ってくる。おかげでナハトの霊廟は賑やかだ。色々な置物がとりとめなく飾られている。
「それで……うちのハウデンと婚約解消したっていうのも本当ですか? 最初にそれを聞いて慌てて戻ってきたんですよ」
「……はい。申し訳ございません」
「何てことでしょう。ジルちゃんが私の息子になるのを夢に見るほど楽しみにしていたというのに……」
ルフトは心底がっかりしたような悲痛な面持ちをしていた。ジルヴァラは頭を下げようとしたが、ルフトに二の腕と肩をがしりと掴まれる。頭を下げられずに目を丸くしていると、ルフトが優しい顔で微笑んでいた。
「それで、どこの強姦魔だったんですか?」
「ルフト様?」
ここでジルヴァラはルフトがある種の誤解をしていることに気付いた。
ジルヴァラはヴァルトと想い合って番になったが、ルフトはジルヴァラがヴァルトに無理矢理手籠めにされたと思っているようだ。
「将来的には安全に番を解消できる方法ができるんじゃないかという話もあるんですよ。それでも駄目なんですか?」
「あの……」
話がどんどん飛躍していきそうなので、ジルヴァラはじっとルフトを見つめてから頭を振る。
「俺はその……今の番の彼を心から愛しているんです」
「!」
ルフトは顔を真っ青にして胸を抑えた。今にも膝をつきそうなっているルフトの様子は尋常ではなく、ジルヴァラも顔を青ざめさせる。
「ルフト様……!?」
「だ、大丈夫です。ナハトがレーヘンを愛していると言った時と同じ衝撃を受けているだけです。……なぜ私の愛する子達は雄の趣味がこう……複雑なのか!」
「言葉を選んで頂き恐縮です。ですがその、ヴァルトは本当に良い雄ですよ」
「ハウデンよりも?」
「……比べるものではないとわかっているのですが、俺はもうヴァルト以外は考えられません」
自分に触れる手がヴァルトでないと嫌だ。そしてヴァルトの手がジルヴァラ以外の他の雌に触れるのも嫌だった。ヴァルトのような素晴らしい雄を欲しいと思う雌も沢山いるはずで、ヴァルトだって他の雌を番にする権利があるのに、ジルヴァラはそう考えるだけで胸が痛んで、自分だけを見ていて欲しいと願ってしまう。
「ジル!」
ジルヴァラはヴァルトの声が聞こえた気がして空を見た。ヴァルトのことを考えすぎて幻聴まで聞こえるようになったかと思っていたが、建物の上から滑るように降りてきたのはなぜかびしょ濡れになったヴァルトだった。
「……ヴァルト!? どうしてここへ? なぜずぶぬれなんだ?」
「補佐官のやつにここにいるって聞いたんだよ。ちょっとそこの川ででっけぇ魚を釣ったら飲み込まれかけてな。腹やぶってでてきたんだ。ほら。魔水晶」
「ヴァルト……それは本当に魚だったのか? そしてそれは飲み込まれかけたではなく飲み込まれていないか?」
ヴァルトは濡れた髪や黒いシャツが肌に張り付き、いつも以上に色気があった。ぴったりと肌に布が張り付いているせいで、その肢体がどれほど筋肉質で逞しいかがよくわかる。ヴァルトが邪魔そうに髪を撫でつけると綺麗な額が晒され、ジルヴァラは貰った大きな魔水晶で顔を覆った。これ以上直視すると好きすぎて頭がおかしくなりそうな気がしたのだ。
「ジル、何で顔を隠してんだ? お前の綺麗な顔が見えねぇなんて、空から太陽がなくなっちまったみたいな気持ちになる」
ジルヴァラは逃げ出したい気持ちになったが、後ろにはルフトがいて動けなかった。顔を真っ赤にしていると、大きな咳払いの音が聞こえ、慌ててジルヴァラはヴァルトの横に立った。
「ヴァルト、金竜族の長様の番であるルフト様だ。ハウデンの御母堂様の」
「これは失礼を。黒竜族の長の次子、ヴァルトと申します。お見苦しい格好で申し訳ございません」
目上の相手へのヴァルトの対応はなかなかに堂に入ったものだ。何より絶世のがつく美しいルフトを見てもきちんと挨拶できたことが素晴らしい。中には見惚れて挨拶を忘れるものだっているくらいなのだ。
普段なかなか聞けない敬語やヴァルトの丁寧な物腰に勝手に悩殺されたジルヴァラは目がハートになってやいないだろうかと思うほど熱心にヴァルトを見つめている。ルフトはそれを見て眉間に皴を寄せた。
「金竜族の長ストルムの番のルフトです。うちの愚息とジルちゃんが世話になっていますね」
「……うちの?」
「うちのです。私はこの子の婚姻に口を出す権利がありますから」
ルフトは金竜族の長であるストルムの番であり、その美しさとカリスマ性から信者と言っても過言ではないほどファンが多く、絵姿が高値で取引されているほど人気だ。そして雄社会であるこの国で、最も権力を持つ雌でもある。
「私はこの子の母親であるナハトとは幼馴染です。彼がジルちゃんを産んだ後も『やぁ今日もきてくれたの? ありがとう。毎日来るのは大変じゃないかい? ルフトにはいつも心配ばかりかけてごめんね。ほら、可愛いだろう。僕とレーヘンの子供だ。きっと彼に似て賢くて優しい子供になる。幼馴染のルフトに何でも頼んでしまうのは申し訳ないけれど、僕に何かあった時はこの子のことをお願いしていいかな?』とジルちゃんを託されました。つまりジルちゃんは私の子であるも同然です! 変な雄のもとに嫁がせる気はないということをお分かり頂けますか?」
「それは暴論じゃねぇか?」
「……ルフト様は記憶力が良いですね」
多分実際にあったであろうナハトとの会話を再現するルフトにヴァルトは驚きと呆れで敬語が消え、ジルヴァラはルフトに的外れな誉め言葉を口にしている。
「何なら私には二人の婚姻を中止させられるほどの力だってあるんですよ」
「ルフト様……」
「いえ、何を言われようと、絶対に認めたりなんか……」
「……」
「…………ジルちゃん、そんなナハトと同じ顔で悲しそうにしないでくれませんか?」
「どうしても反対されますか? 俺は心からヴァルトと添い遂げたいと思っているのです」
「ジル……」
ヴァルトは嬉しそうにジルヴァラの肩に手を回そうとして躊躇った。その手が濡れていたからだ。ジルヴァラはそれに気付くと自分から濡れたヴァルトに寄り添った。ヴァルトが嬉しそうにジルヴァラの肩に触れて自分に引き寄せる。完全に二人の世界に入った二人をルフトは腕を組み、不満そうに見つめていた。
「ダメっていわれたら駆け落ちでもするか? 国外でも俺はジルがいるなら構わねぇぜ?」
「……俺も、ヴァルトがいるならどこでも良い」
「!?」
二人が国を出ていくと聞いたルフトはこの世の終わりを表現したような顔をしていた。待ってくれ、と慌てて二人に手を伸ばす。
「……わかりました。二人が想い合っているのなら、反対はしないように努力を」
「努力? やっぱりどっか別の国に行こうぜ。二人きりで未開の地を開拓するか?」
「未開の地か。……善処しよう」
ジルヴァラは少し考えたが、引継ぎは三ヶ月あればと具体的な期間を口にして頷いた。それを見たルフトはとんでもないと両手を振る。
「わかりました! 反対しません! だからジルちゃんを変な国に連れて行ったりなんて絶対にしないでください! ただでさえ繊細なのに変な病気になったらどうするんですか!?」
「繊細なのは認めるけどよ。こいつはそこまで弱かねぇよ。頭が良いのに俺についてくるって即答できるってことはどうにかできるって確信があるからだしな?」
「……本当にあいつの血筋は油断ならない者しかいませんね」
「まさか親父と一緒にされてるのか? あれよかマシだ」
「どうだか」
ジルヴァラがヴァルトとルフトの様子を見て幸せそうに笑う。それを見たルフトは泣きそうな顔をしながら微笑んでいた。
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