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番外編
運動をしよう
しおりを挟む銀竜族の長であったレーヘンが失脚し、その席には本来であれば引退を撤回したジルヴァラの祖父が戻ってくる予定であった。
しかし祖父からは叔父も説得して連れ行くと手紙がきたきりで、ジルヴァラはいつも以上に仕事に追われている。多分叔父がこちらに来るのを渋っているのだろう。彼は研究が命の典型的な銀竜族だ。
「先生、今日お休みって聞いてたのにまた仕事してるの!? ヴァルトから寝言でも仕事の話してるって聞いたんだけど!?」
「ヴィト……」
「頭もいいけど体動かそうよ! ね? 夢も見ないくらいすっきり眠れるよ!」
休みの日にも仕事を手放さないジルヴァラを見かねたヴィトが気分転換をした方がいいとジルヴァラの腕を引っ張った。部屋で休むからと一度は断ったものの「どうせ執務室に戻るでしょ」とヴィトに全てを見透かされてしまい、しぶしぶジルヴァラは動きやすい服装に着替えて外に出た。真っ青な空と輝く太陽が眩しくて、ジルヴァラは目を細める。
「ほら! いい天気だよ! 絶好の運動日和!」
「そうだな。……久々に空を見た気がする」
「仕事中毒……!!」
ジルヴァラがヴィトに連れて行かれた場所は城の修練場だった。何度もハウデンとヴァルトによって瓦礫にされた場所である。屋内にこもりがちなジルヴァラにとっては縁遠い場所だ。顔見知りも少なく少々気後れしていると、ジルヴァラ達のもとに上背のある赤い髪の男が気さくに片手をあげてやってきた。
「ヴィト殿! おぉ、ジルヴァラ殿も、どうしたんですか? 珍しい」
「隊長、おはようございます!」
「ロード隊長、お久しぶりです」
やって来たのは壮年の男性だ。顔の真ん中には刃物で傷つけられたような大きな傷がある。整えられた顎鬚を撫でながらにこやかに話かけてくれる気さくな態度はいかにも人に好かれそうで、ヴィトやヴァルトとも仲が良いことからその人柄が察された。
「まーた美人になりましたな。お母上に似ていらっしゃる」
「恐れ入ります」
「今日は隅っこを貸してほしいんだ。先生と気分転換に運動しようと思って」
「あぁ、構いませんぞ。だが怪我をしないように注意してください。ジルヴァラ殿が怪我をしたのを見たら、ヴァルト殿が修練場にも大穴を開けてしまいそうだ」
「も、申し訳ございません……」
ジルヴァラの危機に怒り狂って城の床をぶち抜いたヴァルトの件は城に勤める皆が知っている。ジルヴァラは申し訳無さと恥ずかしさと、いつも修練場をヴァルトが壊している罪悪感から頭を下げて謝罪した。
横から「すっかりヴァルトの番が板についてきてるねぇ」とヴィトにからかわれ、ジルヴァラは黙ったまま頬を染める。嬉しくもむず痒い。
二人はロードへ挨拶を済ませると修練場の隅で準備運動を始めることにした。
「じゃあまずはストレッチから」
「あぁ」
ジルヴァラが少し体を捻ったり、屈伸するだけでバキバキと関節が異様な音をたてる。ヴィトはその様子にどれほど運動不足なのだと苦笑いを浮かべた。
「先生、背中押して~」
「いいぞ。……柔らかいな」
「へっへー」
ヴィトはぺたんと上半身が足につくほど体を折り曲げることができる。傭兵時代は斥候のような真似もしていたらしく、縄抜けもできると自慢げに語った。ジルヴァラが感心していると、ヴィトは胸をはり、「今度教えてあげる」と嬉々としている。生徒と先生という立場が逆になることが嬉しいらしい。
「じゃあ次は俺が押してあげるよ。…………体かったぁ!!」
「いて、痛い痛い! ヴィト! 待ってくれ痛い!」
ジルヴァラが腕を地面に伸ばして上半身を曲げても、手が地面につかない、どころか指先がかすりもしない。ぎゅうぎゅうと力任せに押されると関節と一緒に本人も悲痛な叫びをあげる。
「んっ! いたッ……ぁ、お願いだからっ……もっと、優しくしてくれッ……!」
「えっろ」
「馬鹿者!!」
本当に痛いんだ! と騒ぐジルヴァラとヴィトを遠目から何人もの目がざわざわしながら見つめていた。
ジルヴァラの美貌は城内でも有名だ。ハウデンの婚約者であることも勿論有名だったが、それ以前から銀竜族の長が連れてくる息子が大変美しいと噂になっていた。
しかし書類仕事をするジルヴァラを間近で見たことがない兵卒は多く、噂で聞いた本人が目の前にいるなら、気になって見てしまうのが人の性だ。
また、一緒にいるヴィトも貴重な白竜族として城では有名だ。元傭兵ということもあってよく修練場に遊びにくるため、話したことのある兵卒も多い。白い髪はさらさらで、風が吹くと絹のカーテンのように揺らめく、赤い大きな瞳はウサギを思わせ、庇護欲をくすぐる可愛さがあった。本人は雄だと言い張っているが、あまり雄らしく見えないヴィトにときめく者は多い。
その二人が仲良くしている様子は目の保養だ。
そんな二人をちらちらと横目で見ていれば、ジルヴァラが急にいやらしい声をあげ始め、彼らは見ていいのか迷ってしまうほど動揺しつつも目が離せなかった。
「お、ジル? ヴィト? 何でこんなところにいるんだよ」
「ヴァルトじゃん。おはよ~。先生に運動させようと思って」
丁度修練場にやって来たのはヴァルトだった。髪を高く結い上げており、長い棒を肩に担ぎながら二人に近付いてくる。兵卒達は慌ててジルヴァラ達から視線を外して事なきを得た。
「ベッド以外で運動しねぇもんな……いってぇ」
「すまない。足が長くて邪魔だった」
「先生、褒めながら蹴るなんて器用だねぇ」
ジルヴァラの足がヴァルトのふくらはぎを蹴った。ヴァルトも本当だったら躱せたのだろうが、相手がジルヴァラなので甘んじて受け入れているらしく、痛いと文句をいいつつも笑みを浮かべていた。
ヴァルトは無理するなよと二人に声をかけると広場の真ん中ですごい速さで棒を振り回し始める。風圧に吃驚するジルヴァラの肩をヴィトが叩いた。
「行くよ~。じゃあちょっと走ってきまーす」
「おう、気を付けてな」
「は~い。先生、身体強化無しだからね?」
「わかっている。行ってまいります」
ロードに見送られ、二人は城の外周を走ろうと小走りで修練場を出ていく。ジルヴァラは日ごろの運動不足を自覚しており、顔に不安がでてたのだろう。少なめにするとヴィトが苦笑いを浮かべていた。
最初は城の周りの木の種類を話しながらのんびり走っていた。二周目は最近あった面白い話をヴィトが面白可笑しく話してくれた。三周目はヴァルトが修練場を壊していないか心配だという話で、四周目はロード隊長やステルク副隊長の話をする。しかし五周目に入るとジルヴァラの口数は明らかに減った。六周目は無言だった。七周目は息が荒く、八周目、九周目は立ち止まることもあった。
「っはぁ、ぁ……ッ……」
「先生、大丈夫? 水場までいける?」
「ん、ぁ、も、だめッ」
ジルヴァラはヴィトに肩を貸されてようやっと修練場にたどり着いた。ふらふらとしながらようやっと水飲み場にたどり着き、ヴィトが備え付けられたグラスに水を注いで渡してくれる。
「頑張った頑張った。はいお水だよ」
「っはぁ、……ぁ……ッ……」
「……先生、エロい声出すのやめて?」
「だ、してないッ……!」
ジルヴァラは息を整えるので精一杯だった。喉がひりつき、心臓がバクバクと跳ねている。身体強化無しと言われたので律儀にジルヴァラは限界まで走った。足は痛いし、胸は苦しいし、最悪だ。ぐったりしているジルヴァラはベンチに座って胸を抑えており、白い肌は火照っているように紅潮していた。
「おい、ヴィト……こいつに何したんだ?」
ぐったりしたジルヴァラの様子にいち早く気付いてやってきたのはヴァルトだった。軽く準備運動がてらロード隊長と打ち合いをしていたらしく、額にうっすらと汗をかいている。
「残念ながら城のまわりを身体強化なしで十周しただけですね」
「……マジかよ」
人間より圧倒的な力を誇る竜人が、走っただけでこんなにぐったりするものかとヴァルトは己の番の体力の無さに驚愕していた。ヴァルトなら同じ時間で確実に三倍は走れてしまう。
ジルヴァラは汗に濡れ、頬を上気させながらハァハァと一生懸命息を整えようと苦しんでいた。目が潤み、唇から見える赤い舌が酷く艶めかしい。
「……ちょっとこいつ休憩させてくるから、上手く誤魔化しといてくれ。五時間くらいで戻る」
「ナニする気だよ!? 駄目! そんな目で先生を見ないで!!」
ヴァルトが自分の愛する番をさらに堪能しようとすれば、察しの良いヴィトに何を考えていたのか見透かされてしまう。
「いやだって……こんなんえろすぎ……はっ!?」
言い訳しようとしたヴァルトはいくつも視線を感じて振り返った。
ぎく、と大袈裟なほど反応する兵卒達が何を考えていたのか、ヴァルトには手に取るようにわかる。わかるがゆえに蟀谷に血管をうっすら浮かせ、まわりを威圧するように手の指の関節をバキバキと鳴らし始めた。
「今ジルを見てたやつ、俺が模擬戦付き合ってやるから前に出ろ」
ヴァルトの金色の目がゆらりと不気味に光る。太陽を背にしたヴァルトは逆光で顔が見えないものの、光った目にこもる殺気が理不尽に兵卒達の寿命を縮めていた。怒りを無理矢理治めようとするせいで異様に低くなった地響きのような声に、まわりからはヒィイイイと大きな悲鳴があがる。
「ちょっと! ヴァルトは修練場ボロボロにしないでよね!! ……先生、大丈夫?」
「動線……効率が悪い……倉庫と、水場をこちら側にも、増設して……」
「仕事中毒!」
何のために運動したの!? とヴィトはジルヴァラの肩を揺するがジルヴァラはそのままぐったり動かなくなった。(しかし後日きちんと修練場の利用効率の改善案が提出された)
***
「……おい、ジル」
「……」
その日の夜、ジルヴァラは運動をしたおかげかすやすやとよく眠っており、ヴァルトが軽く肩を揺らしてみても起きる気配すらなかった。夢も見ないほど熟睡しているのか寝顔は穏やかで、無理矢理起こすのも忍びない。特にジルヴァラは仕事のしすぎで、たまに夢の中でも仕事をしている。
「俺のコレはどうすりゃいいんだ……」
あれからヴィトによってジルヴァラと隔離されたヴァルトは悶々としたまま夜を迎え、放置されている。無事いろんなものを持て余したままジルヴァラの寝顔を見つめる羽目になった。めでたしめでたし。
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