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第一部
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しおりを挟む俺は色欲の悪魔である。
もっと簡単に言えばいやらしいことが大好きで、それを生業とする悪魔だ。
名をアルファリア・リアレクトという。由緒正しき魔王の末息子である。
二ヶ月前、父王が亡くなり、腹違いの兄達との王位継承権争いから離脱すべく、継承権を放棄して人間界へとやってきた。長兄がとてつもない暴れん坊なので、俺のことなど他の兄達は気にしないだろう。現に今、俺はのんびりと日本で暮らすことが出来ている。
「我が君、おはようございます。もう朝でございますよ」
声をかけられたと同時にカーテンが開き、明るい日差しが部屋に入ってくる。俺はベッドで身動いだ。
「あぁ、もうか。興奮して眠れなかった」
「……昨晩散々私を抱かれた後もですか?」
美しい顔を歪めている男はイウディネという。城にいた時は俺の教育係だった男だ。
彼も頭一つ飛び抜けた優秀な悪魔で、男も女も虜にする美丈夫である。長く美しい黒髪はサラサラと混じり気のない砂のように溢れ落ち、瞳は天上から堕ちた翡翠と言われた翠色だ。
イウディネが俺の教育係についたその日に俺はイウディネを抱いた。イウディネは俺よりもずっと年上であったが『これも教育係の務めですから』と俺が何度も果てるまで抱かせてくれ、色々と教え込んでくれた相手でもある。優男の面を被った剛の者。実のところ、俺は死んだ両親よりも、イウディネの方が怖いのだ。
「初めての時はこうなるものだ。俺も初めてが久しいからな。許せ」
「私は貴方を許せる立場ではありませんよ」
「良い子だなディネ」
「……時間がなくなりますよ我が君」
ちょっかいをかけようと尻を撫でれば叱られた。これ以上やってはイウディネの機嫌を損ねそうなので、仕方なく洗面所に向かう。
(慣れぬな……)
鏡に映る自分の姿に違和感を覚える。今の俺の姿は顔こそ悪魔の時の俺のものだが、髪の色や肌色が違って雰囲気が異なる。前は血の気のない白だった肌が生成色になっている。髪は人間達の中に交わりやすいよう、赤からくすんだ茶色になっていた。アッシュブラウンという色らしい。
目の色も魔界の美を注ぎ込んだ琥珀と言われていたのに、もっと薄い、橙が混じったシンハライトのような色になっていた。うーん。慣れぬ。
「我が君、お着替えください」
寝室戻ると綺麗に整えられたベッドの上に制服が置かれていた。漫画で見ていたやつではないか! と俺は満面の笑みを浮かべて制服を着る。チェック柄のズボン、真っ白いシャツ、胸ポケットに校章の入った上着。
ネクタイ、というものが結べず、イウディネに結んでもらった。なるほど。全然わからんから今後もイウディネに結んでもらおう。
「やはり寝室よりもこの部屋の方が明るくて良い。寝室はちと暗いな」
「家を変えますか?」
「良い。眺めは気に入っている」
今住んでいる家はイウディネが見繕ってくれたタワーマンションというマンションの最上階だった。以前の数え切れないほど部屋があった城とは違い、このマンションは4LDKというこじんまりとしたものだ。
見晴らしがよく、東側には海も一望できる。その近くにはレジャーパークや商業施設が幾つも並んでいた。その反対、西側には住宅街だ。同じようなタワーマンションも何棟か建っているが、近くはまだ山で、木が生い茂っている。真正面の南側には駅と商店街の小さな集合体が並んでいた。
「この部屋の一番良いところは呼べばディネがすぐに来ることだな」
「ふふ、私は未だにこんな狭苦しい部屋は我が君には不釣り合いだと思いますけれどね」
髪をイウディネに整えてもらい、俺はダイニングに移動する。隣にあるリビングには大きな絵画が飾られ、俺の肩までありそうなテレビがある。画面はつけっぱなしになっており、様々な情報が読み上げられていたが、特に気になる話題は無い。
「今朝は紅茶とパンケーキになります」
「イチゴは?」
「のせてありますよ。もちろん生クリームも」
「ディネ……そなたが愛おしい」
「ありがとうございます」
俺は甘党なので朝から甘いものを腹いっぱいに食べることができる。日本の良いところはサブカルチャーだけではなく食事もだ。魔界よりも断然美味い。イウディネも料理が好きなので、毎日美味いものが食べられる。今食べているパンケーキも紅茶も香り高く、品があって美味しい。本当はココアを飲みたいが、体型が変わると言われ、出してはもらえなかった。しょんぼりである。
「私は先に学校に参りますので、我が君は後ほど向かってください」
「あぁ、わかった」
「今日は体力測定というものがあるそうですので、決して遅刻などされませんよう」
そう、今日から俺は高校生というものになる。今一度制服を眺めて、ニヤニヤした。
俺は177cmとこの国の高校生としては少し身長が高めなので高校3年生ということになったらしい。俺は身長など関係ないし、せめて2年生にしたかったが、イウディネに面倒があったら困るから在校は1年だけにしろと言われてしまったので泣く泣く断念した。多分身長などはなから関係なく、イウディネは俺を1年しか同じ組織に所属させたくなかったのだろう。何とまわりくどく面倒な……。
「何かあればすぐにでも保健室にきてくださいね」
「わかっている」
イウディネの心配症は年々酷くなっている。世話係として学校についていけないと知るやいなや、何やら続きを始め、気付いたら俺がこれから通う四季坂学園高等学校の養護教諭として赴任することになっていた。何をどうやったかは知らんが、行動力はさすがと言えよう。
しかし男子校に赴任する色気のある養護教諭か……。イウディネなら申し分なく白衣が似合うだろう。色欲を司る悪魔としてはぜひとも保健室で一発ヤっておかなければなるまいと心に決めた。
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