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第三部

44 秋名視点

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 四季坂学園の寮は学園の敷地の外、徒歩10分ほどの場所にある。
 見た目は普通のマンションで、大浴場と食堂がある以外殆どマンションと変わりない。自炊もできるし、付属の家具もついている。俺はそのまま使っているが、お坊ちゃまばかりのこの学校では家具を自費で購入して入れ替えることも珍しくない。中学でそれを目の辺りにしてすごく驚いたことも懐かしい思い出だ。

「うーん、さすがにそろそろテスト範囲の勉強したいんだけどな……」

 有の頭脳は最初こそ酷かったものの、今ではちょっとヤバイな、程度まで良くなっている。これも勉強方法を変えた成果だろう。元々頭はそんなに悪くないのかもしれない。やる気がないだけで。

「……ッ」

 ドクン、という心臓の音が身体に響く。そしてじんわりと身体に疼きが広がった。下半身に熱が篭る。多分先生あたりと有がえっちなことをしているのだろう。俺達がヤッてても有は影響を受けないのに、俺達は影響を受けるなんてあんまりだ。あ~ムラムラする。有がいたら襲いたいけど生憎ここは寮だ。もうどこでもいいから穴にちんこ入れたくなってきた。適当に見繕っちゃうかな……。

(でもヤッた後が怖いんだよな……)

 最近俺とセックスした後の人間はどこかおかしい。普段は問題ないのだけれど、俺がちょっとしたことを頼みたい時にタイミングよくやってきて、必ずお願いを聞いてくれる。おかげで逃げ出した有を簡単に捕まえることができたし、頼んでもいないのに、有がどこにいるかな? と思うと誰かが教えてくれる。

 それは全員、俺と寝たことがある奴らばかりだ。

 最初はファンクラブの人数も増えるしラッキー! ぐらいに思っていたけど、いい加減怖くなってきた。

 今俺に夢中になっている奴らは、俺が頼めば命すら捨てるんじゃないかと思える盲愛っぷりで、神と信者のようだ。彼らは俺を心から愛してくれる。かといって俺を独り占めするために俺や誰かに危害を加える感じでもない。見返りを求めないのだ。俺に都合が良すぎる。

「父さん、俺は帰らないって……」

 人の声が聞こえて俺は足を止める。進行方向の先は曲がり角になっているが、そこから話し声が聞こえた。この先は自販機が置かれている談話コーナーなのだが、現在の時間は点呼が近付いているため人はいないようだ。

「それよりもアメリカの姉妹校の件はちゃんと処理しておいてよ。あの人、ちょっとやりすぎたみたいだし」

 かなちゃんの声だと気付いて背中に嫌な汗が流れた。
 昔付き合っていた恋人は俺が邪険に扱っても元鞘に戻ろうと必死にアピールしてくる。最近はところかまわず身体をくっつけてくるのですごく困っていた。有が見ている場所でそういうことをされるのは、有がよくても俺が嫌だ。

「わかってる。父さんのところには明日行かせるよ。楽しみでしょう? 先生のテクニックすごいしね」

 先生? テクニック?
 聞こえる単語で思い出すのは井浦先生だ。あの先生なら生徒の家族の一人や二人食べていても不思議ではない。同じ教師の先生達だって、井浦先生が歩いているとよく目で追っている。男女関係なく目を引く美しい人だ。そんな人が有の奴隷だなんて、誰が思うだろうか。

「本当……静海有さえいなければ……」

 聞き捨てならない言葉に息を呑む。かなちゃんが有のことを気に食わないのは知っていたが、こんな台詞を言う奴が次にすることはろくでもないことだってわかっていた。

「まぁ、どうにかすればいいか……」

 ほら。案の定だ。どうにかってなんだよどうにかって。まさか金で雇った奴らに輪姦させる気じゃないだろうな。有めっちゃ喜ぶけど、反比例して会長が無茶苦茶機嫌悪くなる未来しか見えない。絶対にやめて欲しい。どうにか止めなくては……。

「あ、かなちゃん?」

 足音を立てずに一度離れ、わざと足音を出して近付きなおす。曲がり角の先にいたかなちゃんにわざとらしく目を大きく開いてみせた。

「白州先輩!」
「寮長の点呼始まるよ」
「寿々木先輩? あぁ、あの人融通きかないよね。口うるさくて嫌になる」

 副会長は馬鹿がつくほど真面目なので点呼の時間に部屋にいないと後日面倒なペナルティがある。ちなみに三年は既に点呼が終わっているので、もう二年生が点呼を受け始めているはずだ。

「ねぇ、本当に白州先輩は静海有と付き合ってるの? 僕のことはもう何とも思ってないわけ?」
「え」
「少しだけでも、心に残ってないの?」

 かなちゃんは部屋に戻る気がないらしく、俺に寄り添いながら潤んだ瞳で俺を見上げる。かなちゃんは本当に可愛くなった。中学に入ったばかりの時は地味で純朴な感じの子だったのに、今は手足がスラリと長く、黒目は子犬のように大きい。明るい茶色の髪はいつもサラサラだ。
 出会って一年後にはすれ違う人間が皆振り向くような美少年に成長した。

 そんなかなちゃんに好きだと言われた当時、俺はまだ高校デビュー前の中学三年生。恋愛にも不慣れで、すごくドキドキして、嬉しかった。でもそれはもう過去の話だ。

「俺が家のことで困った時、お家の弁護士さんまで呼んで助けてくれたこと、すごくありがたかった。それに、かなちゃんはすごく可愛くなったし、優しくて可愛いかなちゃんが俺のことを好きって言ってくれたのはすごく嬉しかった」
「白州先輩……」
「でもかなちゃん、俺に何の相談もなく留学しちゃったでしょ? 俺、相談する価値もなかった?」
「あれは何度も説明したけど、僕も急だったの! でもどうしてもいかなきゃいけなかっただよ! 僕が白州先輩以上に欲しいものなんてないんだよ? わかってるでしょう?」

 かなちゃんが急に留学したのは今から丁度三年くらい前だった。
 俺はかなちゃんと付き合い始めたばかりで、何も聞かされずにかなちゃんが消えたことがただただショックだった。

「先輩をこんな姿にした奴らを僕は認めない。中学の頃の先輩は人気者で、純粋で、綺麗だった。あぁ、耳にまた穴が増えてる。嫌だ……こんな白州先輩……校長に頼んで学校の校則変えてもらっちゃおうかな……そしたら白州先輩もピアス塞いでくれるでしょう?」
「かなちゃん……」
「……冗談だよ」

 かなちゃんの声は低くて、とても冗談には聞こえなかった。元々我儘な子だったけれど、最近は親の力を使うことに一切躊躇がない。留学してばかりなのがその証拠だ。高校に入ってからいつもアメリカやヨーロッパをフラフラして、次期生徒会長だというのに生徒会の仕事も殆どやっていない。

「まぁ理由はあったんだろうなって思ったけど、だんだん連絡もなくなったし、そういうことなんだなって俺はわりきったつもり。もう良いんだ。欲しいものはもう十分貰えてる」
「欲しいもの……? それは……静海有がくれてるってこと?」
「うん。俺は有がいればいいんだ」

 有は俺に居場所をくれる。愛してくれる。有のことを想うだけで、胸が温かくなって幸せな気持ちになる。好きなんて気持ちじゃ足りない。愛している。俺は有のために生きたい。彼のために何でもしてあげたい。

「白州先輩」

 かなちゃんは背伸びして俺にキスをしようとする。俺はその唇を掌で抑えた。かなちゃんは眉間に皺を寄せながら俺の手を払う。

「駄目だよ」
「嫌だ。もう一度僕達はやり直すべきだ。先輩に一番ふさわしいのは僕だよ。静海有じゃない。絶対にそうなんだ」

 かなちゃんは俺の腰に股間をすり寄せてくる。物凄い美少年に迫られているのに、俺は少しも嬉しくならない。むしろ嫌な予感がして顔を顰めてしまう。

「ね、ほら、お願い。抱いて?」
「かなちゃん、駄目だよ」
「大丈夫。僕、頑張るから」
「駄目。かなちゃんははっきり言わないと、引きずっちゃうタイプだもん」
「……」

 いい加減きっぱり断らないといけないとは思っていた。そうでないと有まで巻き込まれて酷い目にあいそうだ。かなちゃんは俺がはっきり断ると驚愕の表情を浮かべ、白い歯が唇を噛んだ。

「じゃあ、一回だけ、これで最後にする」
「本気?」
「本気だよ」

 かなちゃんは一度だけ抱いてくれたらもう俺に近づかないと約束するという。
 一回か、それで本当にすむなら安いものだ。しかし、かなちゃんの執念深さを考えるとそう上手くいくかちょっと不安だな……。

「……わかった。これで最後だよ。もう次はないから」

 でも有に何かされるよりは俺に何かされた方が良い。懸念点はあるが、そう酷いことにはならないだろう。俺は楽観的に頷き、かなちゃんの腕を引っ張る。今かなちゃんの部屋にいけば副会長に捕まってしまうし、俺の部屋の方がいいだろう。かなちゃんは笑顔を浮かべると俺の腕にしがみついた。

「そうだね。僕は・・二度と誘わないよ」

 自信満々のかなちゃんに俺は溜息を吐く。この言い方、何か裏がありそうだな。





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