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第三部
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しおりを挟む嫌だ嫌だと思っていた勉強には慣れてきた。ご褒美もあるし、同じことを何度も繰り返せば猿でも覚えられる。俺は猿以上の知能は持っている悪魔だということが証明されたというわけだ。
しかしこんなに俺は頑張っているというのに、秋名どころか春樹やイウディネに全然かまってもらえなくなった。しかも夏は部活が忙しくなったらしく、休み時間すら会えていない。
3人が俺を放っておくほど何か大事なことをしているのだとはわかっている。
秋名達はともかく、イウディネに関しては察することはできた。きっと海月の身体、その出処の調査だろう。
叔父上の返事によると、人間の身体は3人分しかなく、1つは叔父上、もう2つは俺とイウディネに渡したものだということだった。ならば海月は何者なのか。味方になりえる者なのか、それとも敵か。俺は王子とはいえ利になりにくい立場のため高確率で後者になるだろう。イウディネの忙しさはその対策もかねているのかもしれない。
人間の身体を短期間で作成する技術。
羽根持ちなら自分で作れるものなのだろうか?
しかしあの体は特殊なもので魔力がない。人間そのものだ。
肉体を作成できる者は少ないが魔界にも存在している。しかし魔力無しに作成することはできず、魔力を伴わない肉体を作成できるのは神やそれに追随する者しかいない。そうなると、叔父上がどこから肉体を手に入れたか、ということになる。人間に作らせた可能性もあるが、大穴は天使だ。
叔父上なら人間だけではなく、天使と交流があっても不思議ではない。本来なら天使と悪魔は相容れないものとしてお互いの領土を不可侵とし、無視を決め込んでいる。しかし叔父上は好奇心の塊だ。天使と接触していても不思議ではない。海月も天使と交流を持っているのだろうか?
考えれば考えるほど頭がこんがらがっておかしくなってしまいそうだ。
自分の頭の悪さをここまで恨んだことはない。
誰からも相談がないのは、俺に言っても状況は何も変わらず、役に立つと思えないからに違いない。不甲斐ないことだが、俺より優秀な三人がそう結論付けたならそれが正しいのだろう。まわりが優秀すぎるとこうも置いてきぼり気分になるのか。難しいことはできるものがやればいいと思っていたが、とても寂しい。
「静海くん」
「……海月」
放課後、玄関に向かう廊下を歩いていると海月がやって来た。ゾロゾロと後ろには取り巻きがいる。皆海月の魅了にやられているのだろう。瞳の中にはエロ漫画のようなハートマークが見えそうだった。
「呼び捨てにしないの。海月先生、だろ? 今日はお勉強会しないんだ?」
「しない。家族から暫くは家に早く帰れと言われている」
「そう。保護者のお兄さんは心配性通り過ぎて病的な過保護だな」
「……」
どうやら海月はイウディネが俺の保護者だとどこかから聞いたようだ。ということは自習室で邪魔されたのが故意だとも気付いたのだろう。言葉選びからイウディネへの明らかな敵意を感じる。どうやら海月に『取り繕う』という言葉はもう無いらしい。
「過保護ではあるが、病的ではないぞ」
「いいや、過保護だね。モンスターペアレンツとは彼のためにある言葉だと思うよ」
海月は笑っているけれど額に青筋を浮かべている。いつぞやかのイウディネのようだ。一体イウディネは海月に何をしたのだろうか。それについても俺には何も報告もない。う、なんだか寂しくなってきた。
「静海くん……」
「うわッ」
海月の手が伸びて、思わずその手を払う。
「す、すまん」
「ううん。構わないよ。兎みたいで可愛いからつい触りたくなっちゃって、ごめんね?」
「いや、だが急に触るのはやめてくれ。それでは、俺はもう帰らねばならないのでな……」
「送っていこうか?」
「ッ!」
甘い声色だ。
声を聞いただけなのに耳が熱く、溶けてしまいそうになる。
「せんせぇ……」
「海月先生、俺もう我慢できないっ」
「おっと、後ろにいたの忘れてたな」
5人もいるのに忘れてやるな。俺は耐えたが、後ろについてきていた生徒達はみんな海月の身体にくっつき、熱い瞳で海月を見上げている。股間のあたりが膨らんでいるのが見えた。効果てきめんだな。
片手ほどの生徒達が皆海月にくっつけば身動きも取れなかろう。さっさと逃げなければ……。
「待って」
「うっ」
足が動かない。帰らねばいけないのに、海月に引き止められると体が熱くなって身動きが取れなくなる。こんなおおっぴらな場所で魅了をかけられるとは思わなかった。誰か通って欲しいが夏は部活だ。秋名は梅雨と遊びにいっているし、他二人は何をしているかもわからん。
「皆、静海くん具合が悪そうだからちょっと場所移動しようか」
「本当だ……」
「静海くん……こっち行こう?」
「静海くん……大丈夫だよ……」
「何も怖くないから……」
頬を染めた生徒達が俺の身体に触れる。振り払おうとも俺の腕をぎっちり掴んで離さない。完全に海月の虜になっているようだ。何たること。万事休すである。
このままでは海月達の乱交パーティに連れ込まれてしまう。
乱交パーティ自体は大変魅力的だが、海月がいるとなれば話は別だ。ことが終わった後のイウディネが怖い。海月に襲われた日、痛いと泣き叫ぶほど身体を洗われたのだ。もし性器や中まで洗われていたら身体も心も死んでしまうところだった。
「静海くんは良い子だね。あぁ保護者さんは忙しいから迎えには来れないんじゃないかな? 今頃保健室が病人だらけでてんてこ舞いだと思うしね」
「病人……?」
「心配しなくても大丈夫だよ。皆すぐ元気になると思うしね」
俺の頭を撫でる海月の言葉にげんなりする。
自慢げな海月の言葉を鵜呑みにするのであれば、魅了した人間達を保健室に誘導し、イウディネを足止めしたのだろう。彼の言う通りならイウディネの助けは見込めそうにない。
「ちなみに夏義は今頃俺が作ったハードなメニューこなしてるんじゃないかな? かなりギリッギリの作ったから倒れてるかもしれないね」
海月はニコニコしながら夏もここには来れないと否定する。最近夏が俺にさっぱりかまってくれなくなったのはこのせいであったか。海月は魅了に抵抗している俺の心を折ろうとしているのか、俺の耳を撫でながら囁く。
「何も怖いことはないよ。大丈夫、彼らがいなくても君には俺がいる」
「ッ!」
意識があるうちに俺はどうするかを選ばねばならない。
この場で俺に選べるのは二択。
このまま海月とその信者に犯されるか、俺が魔法で皆をねじ伏せるかだ。
どちらもリスクが高い。しかし自分の立場を考えれば、大人しく犯されるべきだろう。
(まずいな……)
息を吸うたび、意識が薄れていく。海月が俺の頬を撫でるので、頭を振って俯く。抵抗にもならない。それどころか、海月が笑っている声が聞こえた。あぁ、うっかり煽ってしまったか。
「静海?」
名前を呼ばれ、俺は顔を上げる。
誰の声だったか、とぼんやりした頭を再び稼働させる。海月の声とは違う、甘すぎず優しいテノール。
俺の目の前、そこに立っていたのは手にファイルを持った汐だった。
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=井浦と海月の冷戦=
「井浦先生、おはようございます」
「……海月先生。おはようございます。何のご用でしょう?」
「他の先生から聞いたんですが、井浦先生って静海くんの保護者だったんですね。酷いなぁ。ちゃんと教えてくれれば良かったのに……」
「まわりには内緒にするように言われていますので」
「あれ? 何だか冷たい対応ですね。傷ついちゃうなぁ」
「(チッ)……ところで海月先生、校長先生からバスケ部の副顧問の他にボランティア部の顧問もお願いすると仰っていましたよ」
「は? あのやたらめったら申請業務だらけのボランティア部ですか?」
「えぇ、活動がやたら多く、申請書類も報告書類も保護者の許可も多い、大変難易度の高い部活動です。前任者がお年なので交代も仕方がないですね。あぁでも海月先生に決まったと校長先生が仰った際、まわりにいた先生達が涙を流しながら拍手されていましたよ。さすが海月先生。見込まれていらっしゃいますね」
「……俺は何も聞いてないんですが?」
「そうなんですか? ……あぁ、でも残念ですね。自習室で一生懸命勉強する可愛らしい生徒とお話する時間もなくなってしまいそうで」
「……まさか俺を顧問に推薦したの井浦先生じゃないですよね?」
「では、私は保健室に戻りますので失礼します(スルー)」
「……」
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