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第三部

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「そもそも俺はお前とどこかで会っていたか?」
「御母堂様のお葬式でお会いしました!」
「あぁ……そうか……」

 母上の葬式か。大分昔の話だ。俺も幼かったのでうっすらとしか覚えていない。しかし俺の母上の葬式は身内のみの小規模なものだったと聞くから、それに呼ばれたベロア家は王族に連なる一族なのかもしれない。身内にも羽根持ちがいるので、もしそうだとしても不思議ではなかった。

 しかし幼い俺を見て一目惚れしたのかこいつ。俺が大成していたら先見の明があるとも言えるが、実際はそうでもないのでただの変態だな。

「ロマリュイ、愛してもらえるのはありがたいが、俺は羽根持ちが駄目なんだ。正直お前が悪魔に戻ったあたりから調子が悪い」
「あ~~、やっぱりそうですか……。人間の体の時はどうでしたか?」
「不快感はそこまでじゃない。性欲がわかないから相手が羽持ちだとわかる程度だな」
「バレてたんですねぇ! さすがアルファリア様! でも完全に人間の体にならなければ貴方様の傍にはいられないってことですよねぇ! う~ん! 研究を進めなくては!」
「は? 俺の傍にいられない? 研究?」
「自分の研究はアルファリア様の傍にいるためのものですよ? 色々試すために人間界にやって来たんです」

 そんな当たり前でしょ、みたいなきょとん顔をされても困る。
 しかしわざわざ人間になるため魔界から出てきたとなれば、気狂いと言われても仕方ない。ベロア家が厄介払いしたい気持ちが何となく理解できてしまった。勿論俺はそれを良しとは思わないが。

「悪魔が人間になんてなれるのか?」
「憑依までならいけそうなんですが、長時間経つと魂は弾かれてしまいますね~。欲にまみれた魂で作った肉体じゃないと定着率も低くて……」
「へぇ……」

 ロマリュイは俺やイウディネにどうやって体を練成するか、その際の魂の定着率の違いについて早口で説明してくれる。その様子はオタクが好きなものに対して熱弁する様に酷似していた。俺がハマってるアニメを話す時はこんな感じなのか。
 なるほどな。もう二度とすまい。

「ゴーレムを作れる悪魔は聞きますが、別種族を一から作成するなんてそうできるものではないですね」
「自分は天才ですからね! おかげで家の財産を半分使い込んで追い出されたけど! アッハー!」
「狂人には過ぎた脳みそです」

 ロマリュイは人間の体を作るために悪魔達から欲深い人間の魂を買い漁ったらしい。ロマリュイはベロア家が隠していた財産(これ俺達に言っていいのか?)を見つけ、それを全て使ってしまったそうだ。それを当主である父親が気付き、勘当された。当の本人は笑いながらそれを説明してくれる。

 とはいえ、勘当されたと言ってもまわりはロマリュイをベロア家の悪魔だと認識している。そんな悪魔が人間界にいて、しかも人間の体を作っているなんて、ベロア家としては醜聞でしかない。叔父上はベロア家当主から頼まれ、わざわざロマリュイがベロア家の悪魔であることを口外しない契約をさせられたのだ。

 俺も人のことは言えないが、相当迷惑だなこいつ。

「有!?」
「有くん!?」
「え、何この惨状……!?」

 俺が服を着ていると秋名達がやって来た。
 部屋に入ってきてすぐ、床が羽根やら筆などの備品やらでぐちゃぐちゃになっているのが見えたらしく、皆顔を歪めていた。俺は机に座ったまま軽く手をあげる。イウディネがその袖のボタンを留めながら俺の足に縋り付くロマリュイの蹴り続けていた。仲が良いな。

「秋名、あぁ夏と春樹……梅雨もか。大人数だな」
「何だこのコスプレ野郎」
「あぁ、こいつは海月冬夜だ。本名はロマリュイ・ベロアだそうだ」
「は!?」

 俺の足元にいるロマリュイを見て、夏達は瞠目したまま固まってしまった。対する海月は特に気にもせず、俺の足に舌を這わせてイウディネに鳩尾を蹴られ呻いている。

「それで、お前達は何かあったのか?」
「え、えー……有、そっちから色々説明すべきじゃないの?」
「俺に黙って勝手に動いていたくせに」
「有が意地悪言う……」

 秋名はしぶしぶ経緯を説明する。春樹から説明を受けていた通り、秋名はセックスした人間を虜にする能力が目覚めているらしい。連れてきた梅雨に『有きゅんしゅきしゅき』と言わせてみたり、俺にキスするように指示してみたが、嫌そうにしながらもきちんと言葉を口にしたし、俺にキスしようとして春樹に引っぺがされていた。なお、梅雨はキスしろと言われて泣いていた。失礼極まりない。でも泣くほど嫌なのに指示されたとおり動くなんて、間違いなく何か魔法にかかっているな。

 ただこの魔法は淫魔族の使える魔法の範疇を超えている。上位悪魔であろうと使えるものは聞いたことが無い。洗脳が一番近いが、それを使える悪魔は上位悪魔の一握り、しかも限られた種族だけだ。勿論色欲の悪魔は該当しない。

「もう淫魔どころではなくなってきたな」
「上位悪魔並の能力! アルファリア様の器の不具合と何か関係有るかもしれませんねぇ!」

 ロマリュイはキラーンと目を輝かせながらもやはり俺の足を舐めている。それを見た夏義と春樹が口を押さえたまま沈痛な表情を浮かべていた。かつての想い人の正体がこれでは浮かばれまい。俺まで居た堪れない気持ちになってきた。

「……ところでロマリュイ、梅雨との契約はどうなっている?」
「通常のものですよ? 魂の契約ですね!」

 梅雨は名前を呼ばれ、ビクリと体を跳ねさせると秋名の後ろに隠れた。
 魂の契約は願いを叶えたら魂をもらえるオーソドックスな契約書だ。基本願いを叶えてもらう者は叶える者より下の立場が多い。

「梅雨の願いはもう既に叶っているのか?」
「はい! 容姿を美しくすることでしたから! 自分はさっさと要梅雨を殺して、研究材料にするつもりです!」
「は!? 殺すって何!? 死んでから魂持っていくって話じゃないの!?」

 梅雨の目に生気が戻り、怒鳴るような声を上げた。ロマリュイは人間に擬態しながら梅雨の顎を指先で撫でる。

「さすが梅雨ぴっぴは人生舐めてるね~。本来なら願い叶ったら即終了に決まってるジャン。精気と実験用の魂が欲しかったから生かしたおいただけだよ?」
「ふ、ふざけんなっ!!! 絶対認めない!!」
「アッハー! 負け犬の遠吠え~!」

 絶対に認めないと喚こうが、梅雨の末路は決まっている。契約は絶対だ。魂の契約を交わしているならば、どこで死んでも契約主から逃れることはできない

「そうか。ではその魂は俺に寄越せ」
「それは契約主を自分から貴方様に書き換えろということで?」
「今回の件、叔父上に連絡を返さず、しかも使者に手をだしているのだろう? それは王族への謀反と捕らえられてもおかしくない……が、俺が叔父上に口添えしてやっても良い」

 対価を寄越せ、と俺はロマリュイの前に手を差し出す。本来ならこれは恐喝行為に値するのだが、別に俺はロマリュイを脅しているわけではない。

「俺を好いているのだろう?」

 ただ欲しいとお強請りしているだけだ。
 ロマリュイはにっこり笑う俺を眺め。うんうんと頷いて両腕を広げる。

「アルファリア様は自分に貢がせたいってことですねぇ! 愛しているなら物で示して欲しいタイプですか? なるほど勉強になります! では、アルファリア様の望み通りに致しましょう。なんせ自分はこう見えて尽くすタイプの悪魔ですので」

 いつかは隷属してくださいね、と満面の笑みを向けられたので、そのうちな、と適当に言葉を濁す。勘当されたとはいえベロア家の悪魔に下手な言葉は使えない。しかしそれを聞いた秋名がロマリュイの羽根の下から俺に突進してきた。

「ちょっと待って有! 俺達何も説明されてないんだけど!?」
「え?」
「それなら僕も言いたいことがあるよ。有くん、正体バラした上に、今の会話は何? まさか海月こいつを本気で隷属する気じゃないよね?」
「勿論私も反対ですよ我が君」
「あ、あぁ、えっと……」
「あ? こいつが同列なんてぜってぇ許さねぇぞ」
「夏義は本当すぐカッとなるね~。そういうところ昔と全然かわんな~い。早漏チャ~ン」
「殺す!!!!」
「許す!!!」
「殺すな夏! 許すなディネ!」
「あ、かなちゃんが倒れてる……」

 急に部屋が騒がしくなる。イウディネと春樹がイライラしながら現状について打ち合わせを始め、ロマリュイは夏義を煽り、秋名はどういうことなのと俺の肩を揺さぶる。梅雨はこのカオスに耐えかねたのか意識を手放して昏倒していた。

「ちょっと有くん! 井浦先生から聞いたけど海月に抱かせたって本気!?」
「あ!? 抱かせたのか有!?」
「アルファリア様とのえっち激しかったですよぉ」
「えっちとか言うな汚らわしい。貴様の痕跡は私が全て消していますからね」
「はいはい。自分がアルファリア様を抱いた経験と事実は消せませんけどね」
「……夏義、今すぐそのゴミを縛り上げなさい。嬲り殺してやります。春樹、死亡診断書の偽造は任せますよ」
「はい。うちの病院でよろしければ手配します」

 ああああ! 美術準備室が拷問室に変わってしまう!
 『やめてここには何もいないったら!』と某姫姉様ばりにロマリュイをかばったら、秋名を除く3人の額に青筋が浮かんだ。怖い!!

「あーーもう!! 皆、一先ず落ち着いて!」

 秋名が声を上げ、パンパンと手を叩くと煩かった声が収束する。

「俺達には海月先生なんかよりも凶悪な敵が待ってるでしょ!」

 腰に両手をあて、仁王立ちする秋名を皆が見つめていた。
 海月を超える凶悪な敵? 一体何の話だ?
 
「来週はテストだよ!! 俺が今まで勉強会に参加できなかった分、きっちり取り戻さないと!!」

 笑みを浮かべる秋名の言葉に俺は上靴も履かずに部屋を駆け出した。逃げんな! と声が聞こえたが俺は一切振り向かなかった。





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