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クロエの事
しおりを挟む「本当に、すまなかった。」
場所を変え、ディランが改めてフィオナさんに謝罪している。
「ま、まあ。
私が紛らわしい身なりをしているので、仕方がありませんよ。
ほら、1年に1回くらいはお客様のお相手の男性に誤解されることはありますし。」
「掴みかかられるようなこともあるのか?」
イリスが、クロエにも分かるように手話で通訳しながらわざわざ突っ込みを入れる。
「まあ、あそこまで死を覚悟したことは初めてですけど。」
フィオナさんは眉をたらしながら困り顔で答えている。
「マスター、大分残念さがマシになったと思っていたが、まだまだだったな。」
それも、手話で訳してる。
容赦ないな。
「すまない。
扉を開けた瞬間ルキアと男性が触れ合っていると思い込んでしまったのだ。
必死で…つい。」
「悪気がなくても、フィオナがけがを負っていたかもしれないだろ。
今後くれぐれも慎重に行動しろ。
ルキアのためにな。」
「ああ、承知した。
何も言い訳はない。」
さすがイリス。
次期女王だった人は人を叱るときも貫禄が違う。
「しかし…、イリス…俺はこれでも軍人だ。
俺の必死の突破を止めるその手腕、どういうことだ?」
「クロエの師を守るためにこちらも必死だっただけだ。
それに、今はそのような話をしていない。」
必死という割には凄い冷静だし、何か慣れているような感じだったけどな。
ディランも色々納得しきれていない顔だった。
空気がちょっと重いよ~。
「えっと、ディランが来る前に採寸してもらって、私の好みを聞いてもらったの。
これ以上の事はディランとフィオナさんで進める予定だったかな?」
明るいトーンで場を切り替える。
「あ、ああ。そうだな。
ここから先は俺の希望を盛り込んでもらう予定だ。」
「じゃあ、私は修道院に行ってくるね。
理事長に呼ばれてるから。」
「なら、私が送って行こう。
こちらも終わればマスターが迎えに行くだろう。」
イリスが送ってくれると言うけど、子供じゃないんだから大丈夫だし。
「いいよ、修道院、すぐそこだし。」
「妻が無事かどうか心配になれば話し合いが上手く進まんだろう。
なあ、マスター。」
「イリス、一言が多いぞ。
ルキア、イリスに送ってもらってくれ。
俺はここでクロエとフィオナ氏にドレスの件を話し合わせてもらう。」
「まあ、じゃあ、そうします。」
みんな過保護だなあ。
修道院に着くと、理事長が聞きたいことがあると言って別室に案内された。
へ~こんな場所があるんだ。
ぜったい盗聴されない仕様になってるんだって。
何か盗聴されて困るような事を聞かれるんだろうか…。
その前に、ちょっとお手洗いに行かせてもらおう。
理事長が別件で呼び出されたみたいだから、断りを入れることも出来ず、そっと部屋を出た。
お手洗いはすぐに見つかったんだけど、廊下を歩いていたら吹き抜けから奇妙な光景を目にした。
下の階に小さな出入り口があり、そこから明らかに貴族であろう女の人が出入りしているのだ。
1人だったり、母親と一緒に若い女性が連れらているような二人組もいた。
何だろう、あれ。
何であんな場違いな人たちがこの修道院を出入りしているのかしら?
ああ、いけない、すぐ部屋に戻らなくちゃ。
部屋に戻るとまだ理事長は戻ってきてなかったのでホッとした。
けど…さっきの光景って何だったのかしら…。
そんな事を考えていたら、理事長が忙しそうに戻ってきてくれた。
「ルキアさん、ごめんなさいね。
術後に容態が変わった方がいたので対応してきました。
お待たせしたでしょう?」
術後?
容態?
ここで何が行われてるんだろう?
何か関わっちゃダメな奴だよねこれ。
今は何も聞かないでおこう。
「いいえ、大丈夫です。
それで、私にお話とは?」
「ああ、そうでした。
ルキアさんにお聞きしたいのですが、クロエさんの魔力は癒しの能力でしょうか?」
理事長にズバリと聞かれてしまった。
ええ?
秘密にしておくようにとイリスに言われたのにバレてるじゃん。
「えっと、何故そう思われるんですか?」
「以前、この修道院で慈善の催しでバザーがありましたよね。」
「え、ええ。ありました。」
「あの時クロエさんが作ったぬいぐるみを買った方々から、このぬいぐるみを抱いて寝ると睡眠の質が格段に上がり健康になったと皆さんおっしゃられるんです。
初めは偶然かと思いましたが、立て続けに同じようなお話を頂くのでこれは確認しておこうと思いまして。」
やばい、バレてる。
確かに、そうだ。
私もクロエからもらったぬいぐるみで深く眠れるようになってたわ。
「も、もしクロエが癒し手だったら理事長先生はどうされるんですか?」
「今はイリスさんが護衛という形で安定した生活を送っていますよね。
けれど、もし世間に癒しの能力があると知られればあらゆる組織からクロエさんは狙われるでしょう。
自分が作った物に癒しの能力を移せるくらい強力な力ですから、道具のように扱われ休む暇もなく能力を使わされる可能性もあります。
耳が聞こえない分更に不利な環境下に置かれるかもしれません。
昔同じような扱いを受けた子供を保護したことがあります。
力を使い果たしたからと捨てられるようにこちらに送り込まれました。」
「そ、そんな…。」
「今後、国が癒し手を聖女のように保護対象にするかもしれません。
保護と言えば聞こえはいいですがあの世界も足の引っ張り合いで醜い争いが絶えない場所です。
耳の聞こえないクロエさんがどのような扱いを受けるか…。
幸いにして彼女は貴族登録をされていませんよね。
国はまだクロエさんの存在自体を把握していない状態です。
このまま平民として能力を隠して生きていくのが得策だと思います。
まあ、クロエさんが癒し手であればの話ですが。」
「理事長…。」
ここまでバレているのなら、もう仕方がない。
理事長にクロエが癒し手であることを認め、
今後癒し手にまつわる話を耳にしたら教えて欲しいと協力を仰いだ。
理事長は快く了承され、クロエのお母様が彼女を隠すように育てたことが結果的に彼女を守ったとおっしゃった。
それでも散々エリザベスからひどい虐待は受けてたけどね。
あともう一つ確認しておかなくちゃいけないことがあった。
「理事長、クロエは今フィオナさんのお店で縫製をしています。
癒しの能力についてフィオナさんにもお伝えした方が良いでしょうか?」
理事長が柔らかい笑顔で答える。
「そのことなら、大丈夫ですよ。
先ほど伝えた癒し手で保護した子供がフィオナですから。」
「ええええ?そうだったんですか?」
「彼女の能力はクロエさんほどではありませんでしたから、早い段階で見切りを付けられたんですようね。
結果的にそれが良かったのかもしれませんが。
それでも受けた心と体のダメージは相当でした。
ほぼ監禁状態で商品を縫い続けることを強要されたと言っていましたからね、この場所に来てしばらくは針や糸を見ると身体が緊張して動けないほどでした。
けれど、癒しの能力を抜きにしても彼女の縫製技術は素晴らしかった。
着るものに困っていた修道院の子供を見かねて、つぎはぎの布で服を作ってあげてたのです。
その服をもらった子供たちが涙を流して喜び、フィオナに感謝したことをきっかけに彼女は辛い体験を乗り越えて今の職を手にしました。
彼女ならクロエさんの状況を必ず理解できますよ。」
「そうだったんですね。」
「ちなみに、フィオナは今でもわずかですが癒しの能力を持っていますよ。」
「そうなんですか?でも、能力は枯渇したって…。」
「体調が戻り、能力が少し戻ったと本人から聞きました。
けれど、また監禁されないよう能力のコントロールして隠す技術を身に着けたとも。
クロエさんにも教えるように私からもフィオナに言っておきますね。」
「あ、ありがとうございます。
何から何まで…。なにかお礼を…。」
「それなら、クロエさんの縫い上げた作品を今後少しずつで良いのでこちらに頂けないかしら。
小さいもので良いの。
ここに来る人はみんなそれぞれの事情で傷ついているから、少しでも癒しになる物があるとありがたいわ。
もちろんクロエさんが作ったとは口外しませんから。」
「分かりました。クロエにそう伝えておきます。
この修道院に繋がっていて良かったです。
じゃなかったら今頃どうなっていたか。」
「クロエさんのお母様に感謝ですね。
彼女も今のクロエさんをきっと空の上で喜んでますよ。」
「そうですね。
そう言って頂けると嬉しいです。」
「もう一人の息子さんの事も、空の上からヤキモキして見ているかもしれませんね。」
「ディランの事ですか?
立派な軍人になって素敵な紳士になりましたよ。
ヤキモキとはどういう意味ですか?」
「あなたたちの距離感の事ですよ。
まあ、私が言う話でもないので、当人同士これからお互いを分かり合ってくださいな。」
「距離感?
どういう事でしょう?」
「ふふふふ。この話はおしまいです。
さ、そろそろ旦那様が迎えに来る頃でしょう?
玄関で待って差し上げてください。」
「あ、はい…。」
何だか気になる言い方するよね。
けど、確かにそろそろディランが迎えに来てくれそうな時間だし…。
まあ、良いか。
玄関でしばらく待っているとディランが迎えに来てくれた。
「あ、ディラン。
迎えに来てくれてありがとう。」
手を振りながらディランの方へ向かう。
少し小走りでディランのもとに駆け寄ると、そのまま抱きしめられてしまった。
「ディ、ディラン。どうしたの?」
私はディランの腕にすっぽり囲われた状態だ。
「いや、駆け寄って来てくれるルキアが可愛いと思い、つい…。」
何それ?
ああ、自宅に帰ったら飼い犬が『わ~っ』て歓迎してくれる感じの可愛さって事かな?
私、犬じゃないんだけどね。
それにしても、最近ディランのコミュニケーションがダイレクトになってきたなあ。
「ゴホンッ!ここは修道院前ですよ。
男女が抱き合うような場所ではありません。」
後ろから理事長とは別のシスターに怒られてしまった。
「す、すみませんでした。
あの、理事長によろしくお伝えください。では、失礼します。」
ああ、恥ずかしい…。
早歩きでディランを引っ張り、修道院をあとにした。
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