夫婦で異世界放浪記

片桐 零

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第1章

第55話 ゆっくり食べたい朝ご飯

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昨日のこともあり、何があるか分からないからと、今日からは毎朝すべてのものを片付けて、優子マメやぬいぐるみ達と一緒に行動することになった。

今朝は、キャナタさんが特別に早くご飯を出してくれるとのことで、村人に囲まれて質問攻めにあうのは避けられそうだ。
落ち着いて食べられるのはありがたい。

なので、いつもより少しだけ早く、優子マメと一緒に階下に降りたのだが…

「お、おはようございます。」

「おはようシーちゃん。」

「はよー」

「zzzz…」

朝ご飯を食べに降りると、他に誰も居ない店内に1人で座るシーホがいた。
優子マメと彼女に抱かれているしろまは、特に驚いた様子はなく、普通に挨拶している…

「おはよう…なんでシーホがいるんだ?」

「ん?だって、昨日約束したからね。」

「は、はい。」

いつのまにか約束していたらしい…
知ってる人間なら気を使うこともないだろうし、別にいいんだけど、驚くから教えておいて欲しかった。

「おはよう、今日は、昨日教えてもらったマヨネーズってやつを使ってみたぞ。パンに付けても美味かったから試してみてくれ。」

俺や優子マメからすると、普通のことなんだが、キャナタさんは嬉しそうに教えてくれた。
持ってきてくれたパンとポテサラの横には、キャナタさん達が作ったマヨネーズが盛られていた。

「ん?ご飯?食べるよー。」

焼けたパンの匂いで、でっかちゃんも目を覚ましたようだ。
シーホがいたのは予定外だったが、それでも朝ごはんを食べながら、のんびりとした時間を過ごしていると、大扉を勢いよく開けて、誰かが店内に飛び込んでくる。

「いた~!」

入ってきた人は、ザッと店内を見渡し、俺と目が合うと、こちらに駆け寄ってきた。

「やっと見つけた!ね、昨日の話、受けてくれるでしょ?ね?ね?」

駆け寄ってきたのは、昨日門の外で出会った冒険者の片割れだった。
名前は忘れた。
仲間になれって言われた気はするけど、そもそも冒険者なんかになるつもりはない。

「誰?知ってる人?」

「…昨日の迷惑な冒険者だよ。って、おい!」

優子マメの質問に答えていると、不審者の女が腕を絡めてきた。

「一緒に行きましょうよ。ボンなら絶対一流の冒険者になれちゃうんだから!ね?ね?」

「やめろ!ちょ!キャナタさん、不審者ですよ!」

無視されたと思ったからなのか、彼女は腕を抱き抱えるようにホールドし、体を密着させてくる。
無駄に力が強くて、引き離すことができない…

「不審者じゃないよ。私はルルヘット!本当はこんな可愛い子に抱きつかれて嬉しいくせに、照れなくてもいいってばー」

「な、嬉しいわけないだろが!離れろよ!ちょ、キャナタさん!キャナタさんってば!」

なんなんだこの人…若作りしてるけど、仕草や喋り方、何もかもが胡散臭くて、そんなに若くないのだけは分かる。
それが15、それも子供に間違われるような見た目の男にしなだれ掛かるとか…こえーよ!普通に恐怖しかないわ!

「なんだうるさ…あんた昨日の…」

「ちょ!キャナタさん、見てないで助けて下さいよ!」

「あ、おお。ちょっとあんた!まだ開店前だ、勝手に入ってもらったら困…うげ!」

奥から出てきたキャナタさんが、不審者の肩を掴んだ瞬間、キャナタさんの体は宙を飛んでいた。
吹き飛ばされたキャナタさんは、机や椅子をなぎ倒して壁に激突してしまう。

「な!お前なにして…」

「おっさんが気安く私に触れるんじゃないよ!」

先程までの猫撫で声から一変して、不審者の声色が低くなる。
俺の腕から手を離した不審者は、キャナタさんの倒れている方に歩き出し、腰に下げた鞄から何かを取り出す。

「は?…おい…おいおいおい!何してんだあんた!」

取り出した、自分の身長を超える体に見合わない大きな斧を、肩に担ぐようにして構えると、不審者はそれを頭上に持ち上げて振り下ろそうと力を込める。

「うらー!!」

「おいこら!麻痺毒枷パラライバンド!!」

「に…!ぎぎぎ…!」

斧を振り上げた不審者は、そのままの姿勢で横にバタンと倒れた。

「何してんだあんた!殺す気かよ!って重!」

倒れた不審者に走り寄り、斧を取り上げようと手をかけたが、凄まじい重量で持ち上がりもしなかった。
これをなんでもないように振り回していたこの女…化け物か?

その後、カウンターの奥から出てきたロールさんに事情を説明していると、後ろから声をかけられた。

「おは…おい?何してるんだ?」

「あら、ノノーキル…ちょうど良かったわ。この人あなたのお知り合いでしょ?昨夜一緒にいたものね?」

ロールさんの表情は変わらず笑顔だったが、雰囲気が変わっている…
その顔を見ていると、何故だか寒気がした…
ノノーキルも同じだったようで、小さく悲鳴を上げている。

「ひ…あ、いや、何が…」

しどろもどろになるノノーキルに、ロールさんが今俺から聞いたことを説明する。
声を荒げないだけで、ロールさんが相当頭にきているのは俺でも分かる…

「…という訳らしいの。どうしてくれるのかしら?」

「それはルルが…」

「あなたの知り合いよね?」

「う…はい…」

ノノーキルの顔が青ざめ、俯いてしまった所で、店に入ってきた人がいた。
タイミングがいいのか悪いのか…入ってきたのは、冒険者のもう1人だった。

「お邪魔する。昨夜は…どうしたのだ?」

「ガジャノ…またルルがやらかしたらしいんだ…なんとかしてくれ…」

彼もノノーキルの表情と、室内の雰囲気で不味い状況なのが分かったのだろう。

「連れが無礼を働いたのなら謝る。この通り、申し訳ない。
何か壊したなら弁償しよう。怪我をさせたなら治療費を支払う。それくらいしかできないが、どうか許して欲しい。」

男はすぐに頭を下げて謝罪する。
さっきの調子だと、他でも同じようなことをしている気もするので、謝り慣れてしまったんだろう…妙に慣れているというか、貫禄すらある頭の下げっぷりだった。

「…ふぅ…そう言っていただけるなら、これ以上責めることはしません。
この方を連れて帰ってくださるかしら?営業の邪魔になりますから。
それと金額は後でまとめておきます。ノノーキルが夕方にでも寄ってくださるかしら?」

ロールさんは、男の謝りっぷりに免じてなのか、普段の感じに戻っていた。

「わか、分かった。」

「それでは、気をつけてお帰りください。」

ペコリと頭を下げると、ロールさんはキャナタさんを介抱し始めた。
もう、彼らに興味がなくなったのだろう。

冒険者の男は、麻痺毒で小さく痙攣している不審者を斧と一緒に担ぎ上げ、もう一度頭を下げてから店を後にした。
朝から騒々しいことだ…

「…っと、優子マメ、キャナタさんにヒール、怪我してるかもしれないからな。」

「ん。待っててー。」

まだ気を失ってるようなキャナタさんに、優子マメが近づいてヒールを唱える。
キャナタさんの体が薄く光を放ち、光が収まるとキャナタさんは目を覚ました。

「…ん?あれ?俺は何を…ロール?」

心配そうに見ていたロールさんは、目を覚ましたキャナタさんに抱きついていた。
うん、仲よさそうで結構なことだ。

その後は無事だった机と椅子を立て直し、壊れたものを片付けた。
ゆっくり朝ご飯を食べられると思ったのに…



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作者です。
もうすぐこの村ともお別れです。
感想その他、お時間あれば是非。
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