綾音と風音

王太白

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 綾音が気づくと、元の広間だった。周囲には、風音、ニーナ、そして、手足の縄を切られたクラーシンとヨッフェがいる。
「良かった……。アヤネ、ずっと意識が戻らないから、心配していたんですよ……」
 ニーナが涙ぐみながらつぶやく。我に返った綾音は、ガバッと起き上がる。
「そういえば、火の妖精は? 魔剣から解放されたの?」
「はい。火の妖精は先ほど、ポンと音を立てて、魔剣から飛び出してきました。今、そこで、女と対峙しています。実は、アヤネが気を失っている間、あまりに苦しそうに顔を歪めていたので、わたしがクラーシンやヨッフェなどの冒険者の声を仲介して、アヤネの脳に直接、声を送り込んだのです。何にせよ、目覚めて良かったです」
 ニーナの指差すほうを綾音が見やると、体中に炎をまとったボブカットの少女が、女の前に立ちふさがり、綾音たちを後方にかばっていた。女は、先ほどまでの攻撃性はどこへ行ったのかと疑うぐらい、タジタジになっていた。
「おのれ……おのれぇ……。貴様らは、どこまで、あたいを愚弄しやがるんだぁ……?」
「これは異なことをおっしゃる。今まで、わらわを魔剣に閉じ込めて愚弄していたのは、あなたではないのですか? その間、わらわは魔剣に理不尽に魔力を吸い取られ続けたのです。それがどんなに苦しかったか、あなたにはおわかりですか? これ以上の悲劇を未然に防ぐためにも、その魔剣ごと、あなたを破壊せねばなりませんね」
 言うが早いか、火の妖精は右の手のひらを前方に突き出すと、手のひらに巨大な炎を発生させて、女に向かって発射する。
「うわあああ……やめろ……来るな……ぎゃああああ……!」
 女は断末魔の悲鳴とともに、巨大な炎に焼き尽くされてしまった。後には骨も残っていない。その様子を、プレイヤーたちは、かたずを飲んで見守っていた。女を焼き尽くしたのを確認すると、火の妖精はプレイヤーたちに向き直り、改めて挨拶する。
「先ほどは危険を冒して助けていただき、感謝の言葉もありません。わらわは、火の妖精、チンロンと申します。とにかく、ここは魔王の腹心の魔力が強すぎて、わらわも気分が悪くてたまらないので、外へ出ましょう」
 瀕死の重傷を負った者は二十数人にものぼるが、幸い死んだ者はいないので、重傷者は皆で運ぶことにした。チンロンはプレイヤーたちを先導して、広間の壁を炎で融かし、外へ出る。外は一面に火山灰の降り積もった荒野だった。見上げると、煙を噴いている火山がある。広間のあった灰色の建物は、火山のふもとに建てられていたのだ。全員が出たのを見届けると、チンロンは巨大な炎で建物を焼き尽くす。建物は灰も残さずに焼け落ちた。
「皆さんは、これから魔王を倒しに行かれるのでしょう。これから、わらわが皆さんに精霊魔法の加護を授けます。わらわから授けることのできるのは、火炎系の魔法です。これは攻撃魔法の強化にもなりますし、戦士職の武器に付与して攻撃力の強化にもなります」
 チンロンが呪文を唱えると、風音たちは体の奥底から熱いものがわきあがってくるのを感じた。これは火山の地熱が温泉をわかすときの熱だ。気づけば重傷者たちも、まるで湯治に来たかのように、傷がすっかり治っていた。
「これで、あなた方の攻撃力は、従来の三倍ぐらいに上がったはずです。どうか、魔王を倒してください。あなた方なら、できるはずです。では、健闘を祈ります」
 チンロンの姿は、煙のようにかき消えた。プレイヤーたちは、再び危地を脱したことを互いに喜び合う。
「さあ、マカンルの街まで戻るわよ。魔王の腹心の女に攻撃されて興ざめしたばっかりだもんね。埋め合わせのために、温泉宿でご馳走を食べ直さないと」
 風音の号令のもと、一行はマカンルの街まで引き返した。街に近づくにつれて、一面の荒野だった地面に、だんだんと潅木が生い茂るようになってくる。
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