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その夜のうちに、ルーナは戦士職に小型の盾の使い方も教えると、翌朝、風音にプレイヤーを編成させてワッサムの街へ出発させた。街道は、最初はそよ風が吹く程度だったが、進むにつれて風が強くなり、夕方に山岳地帯の入口にさしかかる頃には、ビュウビュウと強風が吹くようになっていた。
「夜に山岳地帯に分け入るのは危険だわ。今日はここで野営よ」
風音は一行に、夕食用に付近のモンスターを狩りに行かせると、ニーナと今後の作戦を協議し始めた。
「山岳地帯は、わたしにとっては未知の領域です。もちろん、他の冒険者にとっても、平地での戦闘とは違う以上、いきなり奥地に進むのは危険です。まずは、進軍の速度をゆるめ、山岳地帯のモンスターとの戦闘の経験をつませることで、徐々に進ませるのが良いでしょう」
「あたしも同意見だわ。とにかく、見張りだけは厳重にしておかないと、モンスターの急襲があるかもしれないし。敵も、あたしたちがワッサムの街に向かっていることは、わかっているはずだしね。マカンルの街みたいに、夜中に各個撃破されたら、たまったもんじゃない」
ニーナは光属性魔法を野営地のあちこちに灯し、風音もプレイヤーに枯れ木を拾ってこさせて、たき火をさせる。
「風音が警戒を厳重にしたがるのはわかるけどさ、平地にいるのに、こんなに明るかったら、逆にウチらは敵から丸見えだよ。攻撃魔法や弓矢で狙われたら、いい的になるじゃん」
綾音は不安そうに言うが、風音はとりあわなかった。
「山岳地帯のモンスターには、夜目がきくのもいるかもしれないでしょう。暗い場所で、夜目がきくモンスターに襲われたら、あたしたちはなす術も無いじゃん。明るいにこしたことはないわ」
それでも綾音は不安そうだったが、疲れていたのもあり、それ以上、反論しようともしなかった。プレイヤーたちは、イノシシのモンスターを大量に狩ってきて、それらをニーナが料理し、皆でワイワイ歓談しながら食べる。いつものように食べ終わると、交代でたき火の番をすることにして、一行は寝入ってしまった。もちろん、風音も寝られるうちに寝ておく。夜中はモンスターの鳴き声もあまり聞こえず、付近は静かなものだった。
「何だ、思ったより静かじゃねえか。山が近いから、もっと獣のほえる声とか、聞こえるかと思ったのによ。意外と、山のモンスターどもは、凶暴でもないんじゃねえか?」
「本当だな。この分だと、明日からの山越えは、案外楽勝かもな」
プレイヤーの中には、このような楽観的な空気が漂い始めていた。それが綾音には、不安でしかなかった。
(違う。これは、嵐の前の静けさだ。攻撃前の猛獣が、隠れて牙をといでいるようなものだ。近いうちに、とんでもない攻撃が来るに違いない……)
それでも、綾音一人では、できることが何もないのが実情である。せいぜい、警戒を怠らずにいることぐらいのものだ。
どれぐらい時間がたっただろう。いきなり野営地に、攻撃魔法と矢の雨が、大量に降り注いだ。
「ぐわあああっ!」
「ぎゃああああっ! 痛えよぉっ!」
「くそっ! いつの間に野営地に近づかれた? 見張りは何をしていたんだ?」
プレイヤーたちの悲鳴があちこちで響き渡る。風音も起き出して周囲を見回したが、周囲から攻撃している様子はない。それもそのはず。攻撃魔法と矢は、上空から降り注いでいるのだ。上空を見た風音は一瞬、状況が理解できずに、固まってしまった。
上空にいるのは、翼を持つ巨大な鬼のモンスター、ガーゴイルの集団だったのだ。数は数十匹もいるだろうか。月明かりだけでは、正確な数までは把握できない。
「とにかく、たき火を消さないと。遮蔽物の無い平地では、上空から爆撃されたら、ひとたまりもないわ」
風音はたき火を消して回るが、あちこちでプレイヤーたちが右往左往して大混乱に陥っている以上、もはや身動きがとれる状況ではない。
「とにかく、散れッ! 固まるなッ! 固まれば、モンスターの的になるだけよッ!」
綾音は統制をとろうとするが、やはり無理なものは無理だ。
「仕方ないわね。戦士職は、小型の盾を取り出して、頭上にかまえてッ! 使い方は、ルーナに教わったでしょう!」
綾音は、自分の小型の盾を取り出すと、明るいたき火の前で頭上にかまえて見せる。
「こうするのよ! いい加減、理解しなさいよ! 頭悪いの?」
相かわらず右往左往しているプレイヤーたちだったが、綾音の頭上の盾で、攻撃魔法や矢がことごとく防がれているのを見ると、徐々に真似をして、頭上に小型の盾をかまえる者が出始める。
「そうよ! それで良いのよ! 攻撃が終わるまで、ひたすら防御に徹しなさい! いずれ、モンスターどもの魔力も矢も尽きるから!」
それから一時間ほど、皆はひたすら頭上に盾をかまえて防御に徹した。既に周囲はプレイヤーたちの屍がいくつも転がっており、火属性の攻撃魔法で放たれた火が、風にあおられて火災が起きており、野営地には煙がたちこめて皆の肺を圧迫し、疲労は限界に達していた。
「もうすぐよ! だんだんと盾に感じる重みが弱くなってきた。モンスターどもも、弾切れになってきたとみえるわ」
やがて、攻撃魔法と矢の雨はやんだ。もっとも、皆がホッとする暇もないまま、上空から風を切るような音がして、ガーゴイルの集団が降下してくる。近づくとはっきり見えるが、その手には鋭い爪がはえていた。
「接近戦に備えよ! いつもの訓練を思い出し、統制を乱さず戦って、いったん退却よ!」
風音は退却を命じるしかなかった。とにかく、態勢を立て直さねば、下手したら全滅しかねない。
(でも、逃げるったって、どこへ逃げれば良いの? あたしには、この付近の地理は全くわからないのに。それに、退路にもモンスターが待ち伏せしてるかもしれない……)
絶望とは、このことを言うのだろうか。風音は泣きたいのを必死でこらえている状態だ。
「来た道を引き返して! このあたりの地理がわからない以上、それしか打つ手が無いわ! 死にたくなけりゃ急いで!」
こういうときには頭脳派の綾音のほうが、よほど頼りになる。皆は綾音の後に続いて、何とか隊列を整えながら退却し始めた。もちろん、しんがりは風音とニーナだ。
(あたしの作戦ミスでこうなった以上、あたしの命にかえても、一人でも多く逃がしてみせる)
ニーナが防御の結界を張り、風音が攻撃魔法を撃ち出すことで、接近戦にもちこもうとしたガーゴイルは出鼻をくじかれた。ガーゴイルの中には、再び空中に舞い上がってプレイヤーたちを追おうとする輩もいたが、上空に舞い上がれずに、見えない壁にぶつかって地表に落ちてしまう。
「わたしの防御の結界の威力をナメてもらっちゃ困りますよ。この結界は、かなり広範囲に張ることもできて、同時にだんだんと範囲を狭めていくこともできるんです。ガーゴイルどもは野営地に降りてきた時点で、袋のネズミですよ。ただ、この魔法は、めちゃくちゃ魔力を消耗しますけどね。下手したら、二、三日は起き上がれないほどに」
防御の結界はだんだんと縮まってきているので、ガーゴイルどもは、徐々に一ヵ所にかためられてきている。ただ、かなりの魔力を消費しているのか、ニーナの顔には玉のような汗が浮かんでいて、見るからに苦しそうだった。それでもニーナは不敵に笑っている。
「カザネはまだ魔力が残っていますね。ガーゴイルどもに向かって、ありったけの攻撃魔法を撃ち込んでください。防御の結界の中ですから、ふたをした鍋の中で肉を煮るように、攻撃魔法の威力は数倍になってガーゴイルどもを一網打尽にできます」
風音は何度もウォーターフロストをガーゴイルに向かって放つ。風音の魔力が尽きる頃には、ガーゴイルどもはなすすべも無く全滅した。
「……良かった……。これで……当面の危機は乗り切れましたね……」
つぶやくと同時に、ニーナは地面に倒れて意識を失ってしまった。呼吸は荒く、顔中にびっしょりと汗をかいている。風音にも、一目でただごとではないとわかった。
「とにかく、皆と合流して回復魔法をかけてもらわないと。ヨッフェ、聞こえる? ニーナが危険な状態なの。あたしが背負って行くから、現在位置を教えて」
風音はフレンドチャットでヨッフェに呼びかける。
「僕たちは今、野営地の少し東に集結しているけど、回復魔法職は全員、負傷者の手当てでてんてこまいだ。治療のための魔力が足りるかどうかさえ、わからない状況だよ。悪いけど、ニーナまで回復させるほどの余裕はない……」
ヨッフェの悲痛な声に、風音は絶望しかけたが、とにかくプレイヤーたちと合流せねばならないので、そのまま走り続けていると、すぐに合流地点に着く。さすがにモンスターの襲撃を警戒して、灯りはほとんど無かったが、あちこちから重傷者たちのうめき声が聞こえてきた。同時に、作戦ミスをした風音を責めるような視線が、風音の肌を刺す。風音はいたたまれなくなり、ニーナを地面に寝かせると、そそくさと綾音のところへ逃げていってしまった。
「気に病まないことね。勝敗は兵家の常よ。それよりも、この状況をどうひっくり返すかを考えないと。それが今の風音のやるべきことでしょう」
綾音はあくまで優しく言ったが、風音にはどうして良いかさえ、わからなかった。確認できただけでも、死者及び行方不明者は三分の一、重傷者も三分の一にのぼる。つまり、使える兵力は残りの三分の一がいいところだ。
「そんなこと言われても、あたしだって、ここから戦局をどうひっくり返せば良いのか、わからないよぉ……」
「なら、ウチから一つアドバイスしてあげるわ。さっき、風音がやったのは正攻法。言うなれば正面突破ね。ウチなら、敵の裏をかくことを考える。ためしに、ワッサムの周囲の地形でも、入念に調べてみなさい。ひょっとしたら、そこから思わぬ突破口が見つかるかもしれないよ。とにかく、今日はもう休みな。こんなに心が落ち込んでいる状態だと、上手くいくはずのことも上手くいかなくなるからね。皆にも、ウチから休むように言っておくから」
綾音に言われた通り、風音はいったん地面に横になって眠ることにした。既に長かった夜が明けかけており、朝日が昇り始めている。地面は固くて寝心地は悪かったが、夜通し戦い続けた緊張の糸が切れたためか、ヨッフェが近くの川からくんできた水を飲み干すと、風音はすぐに眠りに落ちた。
どれぐらい時間がたっただろう。ふいに風音は、自分がシリベシ洞窟の中にいることに気づいた。風音の前には、ヘイロンがいる。
「何やってんですか? せっかくボクが半永久的な能力強化の精霊魔法をかけてあげたのに……」
ヘイロンは、そこで思いっきり嘆息した。
「そりゃ、あたしだって油断はあったけど、まさか上空から爆撃されるなんて、思いもよらなかったもん」
「やれやれ……皆さんはまだ、この世界がゲームではなく現実だという意識が抜けきらないんですね。その分だと、ワッサムの街の周囲の地形すら、ろくに調べてないんでしょう。ワッサムの北側には、傷を治す効能のある温泉がわいています。重傷者をそこまで背負って行ければ、温泉で回復させることができますよ。ただ、この温泉は山間の谷間にあり、その入口を守るモンスターがいます。この際、死者及び行方不明者は捨て置き、生きている重傷者を確実に回復させることを考えましょう。では、温泉までの地図を、そちらに転送させていただきます」
そこで風音の意識は途絶えた。再び気がつくと、皆のいる野営地だった。一昼夜は寝ていたのか、既に夜は明けている。相かわらず、周囲には重傷者たちのうめき声がしていて、風音を責めるような視線も感じられるが、眠る前よりは、いくぶん視線が柔らかくなった気がした。プレイヤーたちも時間を置いたことで、少し落ち着いたのだろう。
同時に、風音は自分の両手に、紙の手触りを感じた。ふと両手に視線を移すと、何と温泉までの道が書かれた地図があるではないか。ヘイロンが魔法で転送してくれたのだろう。風音は無意識に地図を持ち上げると、地図に向かって頭を下げていた。
「ありがたい。これでまた、あたしは戦える。全て、ヘイロンや、支えてくれる皆のおかげよ」
「夜に山岳地帯に分け入るのは危険だわ。今日はここで野営よ」
風音は一行に、夕食用に付近のモンスターを狩りに行かせると、ニーナと今後の作戦を協議し始めた。
「山岳地帯は、わたしにとっては未知の領域です。もちろん、他の冒険者にとっても、平地での戦闘とは違う以上、いきなり奥地に進むのは危険です。まずは、進軍の速度をゆるめ、山岳地帯のモンスターとの戦闘の経験をつませることで、徐々に進ませるのが良いでしょう」
「あたしも同意見だわ。とにかく、見張りだけは厳重にしておかないと、モンスターの急襲があるかもしれないし。敵も、あたしたちがワッサムの街に向かっていることは、わかっているはずだしね。マカンルの街みたいに、夜中に各個撃破されたら、たまったもんじゃない」
ニーナは光属性魔法を野営地のあちこちに灯し、風音もプレイヤーに枯れ木を拾ってこさせて、たき火をさせる。
「風音が警戒を厳重にしたがるのはわかるけどさ、平地にいるのに、こんなに明るかったら、逆にウチらは敵から丸見えだよ。攻撃魔法や弓矢で狙われたら、いい的になるじゃん」
綾音は不安そうに言うが、風音はとりあわなかった。
「山岳地帯のモンスターには、夜目がきくのもいるかもしれないでしょう。暗い場所で、夜目がきくモンスターに襲われたら、あたしたちはなす術も無いじゃん。明るいにこしたことはないわ」
それでも綾音は不安そうだったが、疲れていたのもあり、それ以上、反論しようともしなかった。プレイヤーたちは、イノシシのモンスターを大量に狩ってきて、それらをニーナが料理し、皆でワイワイ歓談しながら食べる。いつものように食べ終わると、交代でたき火の番をすることにして、一行は寝入ってしまった。もちろん、風音も寝られるうちに寝ておく。夜中はモンスターの鳴き声もあまり聞こえず、付近は静かなものだった。
「何だ、思ったより静かじゃねえか。山が近いから、もっと獣のほえる声とか、聞こえるかと思ったのによ。意外と、山のモンスターどもは、凶暴でもないんじゃねえか?」
「本当だな。この分だと、明日からの山越えは、案外楽勝かもな」
プレイヤーの中には、このような楽観的な空気が漂い始めていた。それが綾音には、不安でしかなかった。
(違う。これは、嵐の前の静けさだ。攻撃前の猛獣が、隠れて牙をといでいるようなものだ。近いうちに、とんでもない攻撃が来るに違いない……)
それでも、綾音一人では、できることが何もないのが実情である。せいぜい、警戒を怠らずにいることぐらいのものだ。
どれぐらい時間がたっただろう。いきなり野営地に、攻撃魔法と矢の雨が、大量に降り注いだ。
「ぐわあああっ!」
「ぎゃああああっ! 痛えよぉっ!」
「くそっ! いつの間に野営地に近づかれた? 見張りは何をしていたんだ?」
プレイヤーたちの悲鳴があちこちで響き渡る。風音も起き出して周囲を見回したが、周囲から攻撃している様子はない。それもそのはず。攻撃魔法と矢は、上空から降り注いでいるのだ。上空を見た風音は一瞬、状況が理解できずに、固まってしまった。
上空にいるのは、翼を持つ巨大な鬼のモンスター、ガーゴイルの集団だったのだ。数は数十匹もいるだろうか。月明かりだけでは、正確な数までは把握できない。
「とにかく、たき火を消さないと。遮蔽物の無い平地では、上空から爆撃されたら、ひとたまりもないわ」
風音はたき火を消して回るが、あちこちでプレイヤーたちが右往左往して大混乱に陥っている以上、もはや身動きがとれる状況ではない。
「とにかく、散れッ! 固まるなッ! 固まれば、モンスターの的になるだけよッ!」
綾音は統制をとろうとするが、やはり無理なものは無理だ。
「仕方ないわね。戦士職は、小型の盾を取り出して、頭上にかまえてッ! 使い方は、ルーナに教わったでしょう!」
綾音は、自分の小型の盾を取り出すと、明るいたき火の前で頭上にかまえて見せる。
「こうするのよ! いい加減、理解しなさいよ! 頭悪いの?」
相かわらず右往左往しているプレイヤーたちだったが、綾音の頭上の盾で、攻撃魔法や矢がことごとく防がれているのを見ると、徐々に真似をして、頭上に小型の盾をかまえる者が出始める。
「そうよ! それで良いのよ! 攻撃が終わるまで、ひたすら防御に徹しなさい! いずれ、モンスターどもの魔力も矢も尽きるから!」
それから一時間ほど、皆はひたすら頭上に盾をかまえて防御に徹した。既に周囲はプレイヤーたちの屍がいくつも転がっており、火属性の攻撃魔法で放たれた火が、風にあおられて火災が起きており、野営地には煙がたちこめて皆の肺を圧迫し、疲労は限界に達していた。
「もうすぐよ! だんだんと盾に感じる重みが弱くなってきた。モンスターどもも、弾切れになってきたとみえるわ」
やがて、攻撃魔法と矢の雨はやんだ。もっとも、皆がホッとする暇もないまま、上空から風を切るような音がして、ガーゴイルの集団が降下してくる。近づくとはっきり見えるが、その手には鋭い爪がはえていた。
「接近戦に備えよ! いつもの訓練を思い出し、統制を乱さず戦って、いったん退却よ!」
風音は退却を命じるしかなかった。とにかく、態勢を立て直さねば、下手したら全滅しかねない。
(でも、逃げるったって、どこへ逃げれば良いの? あたしには、この付近の地理は全くわからないのに。それに、退路にもモンスターが待ち伏せしてるかもしれない……)
絶望とは、このことを言うのだろうか。風音は泣きたいのを必死でこらえている状態だ。
「来た道を引き返して! このあたりの地理がわからない以上、それしか打つ手が無いわ! 死にたくなけりゃ急いで!」
こういうときには頭脳派の綾音のほうが、よほど頼りになる。皆は綾音の後に続いて、何とか隊列を整えながら退却し始めた。もちろん、しんがりは風音とニーナだ。
(あたしの作戦ミスでこうなった以上、あたしの命にかえても、一人でも多く逃がしてみせる)
ニーナが防御の結界を張り、風音が攻撃魔法を撃ち出すことで、接近戦にもちこもうとしたガーゴイルは出鼻をくじかれた。ガーゴイルの中には、再び空中に舞い上がってプレイヤーたちを追おうとする輩もいたが、上空に舞い上がれずに、見えない壁にぶつかって地表に落ちてしまう。
「わたしの防御の結界の威力をナメてもらっちゃ困りますよ。この結界は、かなり広範囲に張ることもできて、同時にだんだんと範囲を狭めていくこともできるんです。ガーゴイルどもは野営地に降りてきた時点で、袋のネズミですよ。ただ、この魔法は、めちゃくちゃ魔力を消耗しますけどね。下手したら、二、三日は起き上がれないほどに」
防御の結界はだんだんと縮まってきているので、ガーゴイルどもは、徐々に一ヵ所にかためられてきている。ただ、かなりの魔力を消費しているのか、ニーナの顔には玉のような汗が浮かんでいて、見るからに苦しそうだった。それでもニーナは不敵に笑っている。
「カザネはまだ魔力が残っていますね。ガーゴイルどもに向かって、ありったけの攻撃魔法を撃ち込んでください。防御の結界の中ですから、ふたをした鍋の中で肉を煮るように、攻撃魔法の威力は数倍になってガーゴイルどもを一網打尽にできます」
風音は何度もウォーターフロストをガーゴイルに向かって放つ。風音の魔力が尽きる頃には、ガーゴイルどもはなすすべも無く全滅した。
「……良かった……。これで……当面の危機は乗り切れましたね……」
つぶやくと同時に、ニーナは地面に倒れて意識を失ってしまった。呼吸は荒く、顔中にびっしょりと汗をかいている。風音にも、一目でただごとではないとわかった。
「とにかく、皆と合流して回復魔法をかけてもらわないと。ヨッフェ、聞こえる? ニーナが危険な状態なの。あたしが背負って行くから、現在位置を教えて」
風音はフレンドチャットでヨッフェに呼びかける。
「僕たちは今、野営地の少し東に集結しているけど、回復魔法職は全員、負傷者の手当てでてんてこまいだ。治療のための魔力が足りるかどうかさえ、わからない状況だよ。悪いけど、ニーナまで回復させるほどの余裕はない……」
ヨッフェの悲痛な声に、風音は絶望しかけたが、とにかくプレイヤーたちと合流せねばならないので、そのまま走り続けていると、すぐに合流地点に着く。さすがにモンスターの襲撃を警戒して、灯りはほとんど無かったが、あちこちから重傷者たちのうめき声が聞こえてきた。同時に、作戦ミスをした風音を責めるような視線が、風音の肌を刺す。風音はいたたまれなくなり、ニーナを地面に寝かせると、そそくさと綾音のところへ逃げていってしまった。
「気に病まないことね。勝敗は兵家の常よ。それよりも、この状況をどうひっくり返すかを考えないと。それが今の風音のやるべきことでしょう」
綾音はあくまで優しく言ったが、風音にはどうして良いかさえ、わからなかった。確認できただけでも、死者及び行方不明者は三分の一、重傷者も三分の一にのぼる。つまり、使える兵力は残りの三分の一がいいところだ。
「そんなこと言われても、あたしだって、ここから戦局をどうひっくり返せば良いのか、わからないよぉ……」
「なら、ウチから一つアドバイスしてあげるわ。さっき、風音がやったのは正攻法。言うなれば正面突破ね。ウチなら、敵の裏をかくことを考える。ためしに、ワッサムの周囲の地形でも、入念に調べてみなさい。ひょっとしたら、そこから思わぬ突破口が見つかるかもしれないよ。とにかく、今日はもう休みな。こんなに心が落ち込んでいる状態だと、上手くいくはずのことも上手くいかなくなるからね。皆にも、ウチから休むように言っておくから」
綾音に言われた通り、風音はいったん地面に横になって眠ることにした。既に長かった夜が明けかけており、朝日が昇り始めている。地面は固くて寝心地は悪かったが、夜通し戦い続けた緊張の糸が切れたためか、ヨッフェが近くの川からくんできた水を飲み干すと、風音はすぐに眠りに落ちた。
どれぐらい時間がたっただろう。ふいに風音は、自分がシリベシ洞窟の中にいることに気づいた。風音の前には、ヘイロンがいる。
「何やってんですか? せっかくボクが半永久的な能力強化の精霊魔法をかけてあげたのに……」
ヘイロンは、そこで思いっきり嘆息した。
「そりゃ、あたしだって油断はあったけど、まさか上空から爆撃されるなんて、思いもよらなかったもん」
「やれやれ……皆さんはまだ、この世界がゲームではなく現実だという意識が抜けきらないんですね。その分だと、ワッサムの街の周囲の地形すら、ろくに調べてないんでしょう。ワッサムの北側には、傷を治す効能のある温泉がわいています。重傷者をそこまで背負って行ければ、温泉で回復させることができますよ。ただ、この温泉は山間の谷間にあり、その入口を守るモンスターがいます。この際、死者及び行方不明者は捨て置き、生きている重傷者を確実に回復させることを考えましょう。では、温泉までの地図を、そちらに転送させていただきます」
そこで風音の意識は途絶えた。再び気がつくと、皆のいる野営地だった。一昼夜は寝ていたのか、既に夜は明けている。相かわらず、周囲には重傷者たちのうめき声がしていて、風音を責めるような視線も感じられるが、眠る前よりは、いくぶん視線が柔らかくなった気がした。プレイヤーたちも時間を置いたことで、少し落ち着いたのだろう。
同時に、風音は自分の両手に、紙の手触りを感じた。ふと両手に視線を移すと、何と温泉までの道が書かれた地図があるではないか。ヘイロンが魔法で転送してくれたのだろう。風音は無意識に地図を持ち上げると、地図に向かって頭を下げていた。
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