綾音と風音

王太白

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 風音は出発の準備を整えると、温泉を目指して出発させた。プレイヤーたちの中には、「もうカザネの指揮には従えねえよ!」と毒づく者も多かったが、そんなときは綾音が、「じゃあ、あんたはモンスターが上空から襲ってくるって、予想できていたの?」と一喝して黙らせた。幸い、温泉までは平地の道が多く、強風も吹かない地域が多い。ただ、終盤にさしかかると山道になるため、風音にはそれが心配だった。重傷者を抱えたまま、強いモンスターの守る山道を踏破できるだろうか。
案の定、三日間も歩くと平地が終わり、山道にさしかかったので、風音は戦士職を前方と後方に配置し、戦士職に守られるような形で攻撃魔法職を配置し、中央に回復魔法職と重傷者を配置した。この頃になると、回復魔法職の治療が少し効いてきたのか、重傷者も何とか杖をつきながらも歩けるほどに回復してきたのだ。もちろん戦闘や魔法の使用はまだまだ無理だったが。風音はというと、戦士職のクラーシンとともに先頭を進んでいた。
 山道では、最初に危惧された強大なモンスターの襲撃もなく、弱いモンスターが散発的に襲ってくるだけだった。かなり警戒しながら進んでいた風音は、かえって拍子抜けしたぐらいだ。そのうち日が暮れてきたので、生い茂った木々の間の開けた草原で野営することにした。
「風音、くれぐれも油断は禁物よ。周囲にどんなモンスターが潜んでいるか、まるでわからないわ。念のため、できるだけ物音を立てず、灯りもつけず、食事は事前に用意した弁当と水だけで済ませるように、皆に言ってはいるけど。とにかく見張りだけは厳重にしておいて」
 プレイヤーたちは、冷めきって美味くも何ともない食事をモソモソと食べ、水で胃に流し込むと、見張りを残して眠ってしまった。もっとも、見張りも退屈しきって、あくびばかりしていたが。
「ヘイロンの地図によれば、明日の夕方には温泉に着ける距離だと書いているから、今夜が正念場ね。ウチが襲うとしたら、深夜になって見張りが退屈で居眠りし始めた頃かな。攻撃する側は自分の好きな時間帯を選べるけど、守る側は時間帯を選べず、いつでも緊張して警戒してなきゃならないから、いつだって守るほうが不利なのよ」
「それは言えますね。わたしも、ようやく魔力が回復したとはいえ、防御の結界を何時間も張り続けることはできませんから、攻撃されたときに限定して使うしかないですし」
 風音は火属性の魔法で湯をわかしては、見張りにふるまっていた。退屈で寝てしまわないようにとする、せめてもの心づくしである。見張りは湯を美味そうに飲んで、緊張感を持続させ続けた。
 だが、風音が何度目かに火属性の魔法で、鍋の中の水を温めようとしたとき、いきなり鍋が爆発したのだ。
「ぎゃっ! ちょっと……いったい、何が起こったの?」
「シッ! 伏せて。たぶん、狙撃兵よ。こちらの一挙手一投足を狙って、撃ってきてるわ」
 綾音が言うが早いか、攻撃魔法が防御の結界の表面で炸裂する。もちろん、ニーナがあわてて防御の結界を張ったのだ。
「敵はかなり練度が高いですね。わたしが見た限りでは、一キロ先から攻撃魔法を撃ってきていますよ。こちらの攻撃魔法の射程距離は、せいぜい二百メートルだっていうのに」
「おまけに、周囲は木々に覆われた漆黒の闇だから、なおさらウチらが不利だわ。何とかして、こちらから近づいて攻撃しないと」
 そうこうするうちに、逆方向から攻撃魔法が撃ち込まれて、防御の結界を震わせる。
「とりあえず、最低でも二人は狙撃兵がいるってことね。このままじゃ、ウチらはジリ貧だわ。とにかく、二人の狙撃兵だけでも倒さないと」
「だったら、一人目は俺が倒そう」
 ふいにクラーシンが手を上げる。
「今、カザネの指揮に不満を持たずに従える戦士職は、俺とアヤネぐらいのものだ。そして、敵が攻撃魔法職なら、接近戦にもちこみさえすれば、戦士職のほうが有利だしな」
「でも、敵だってバカじゃないと思うよ。攻撃魔法職の周囲は、護衛の戦士職が固めてる可能性だってあるし。ウチは、数人でパーティーを組んで攻撃すべきだと思う」
「だから、パーティーのメンバーを選ぶ時間があるのかって話だよ。今、皆はグッスリ眠ってるし、無理矢理たたき起こして騒ぎ立てれば、敵の攻撃魔法の絶好の的だ。そして、夜が明けて視界が良くなれば、もう狙い放題だぜ。防御の結界を張るニーナの魔力だって、いつまでももつわけがないし。つまり、狙撃兵を倒すのは、俺たちも敵も闇を利用できる、夜の時間帯しかないんだよ」
 クラーシンの説明に、綾音も風音も納得した。
「わかったわ。なら、ウチは前方の狙撃兵を倒すから、クラーシンは逆方向の狙撃兵を倒して」
 綾音は周囲の丈の高い草の中を突っ切り、木々の生い茂る林の中に入ると、木々の間に身を隠しながら、攻撃魔法の撃ち出される音を頼りに進んでいく。だが、歩いていると、いきなり足元が陥没して、体ごと落下しかけた。
「ぎゃっ!」
 もっとも、綾音も縄を結んだクナイをとっさに近くの木に投げ、クナイが重りになって近くの木に縄が巻きついたので、辛うじて落下をまぬがれた。綾音が恐る恐る下をのぞきこむと、何と無数の竹槍が上に向かって突き出されているではないか。綾音は顔面蒼白になり、冷たい汗が全身に吹き出るのを抑えられなかった。
「……どうやら、敵さんはかなりの頭脳派みたいね。そういえば、ベトナム戦争のルポで、『少しでも自然のままの状態ではない場所には、必ずゲリラの罠がしかけてある』と書いてたっけ」
 それからの綾音は、慎重に進んだ。もちろんクラーシンにも、フレンドチャットで連絡済みだ。実際、罠があると思って周囲を見回してみれば、怪しい所ばかりである。
「あそこの木の枝は不自然にたわんでるから、近づいたら矢が撃ち出されるな。こっちの崖には、木で細工してるから、近づいたら岩が落ちてくるな」
 綾音は知っている限りのジャングル戦の知識を総動員しながら、ゆっくりと進んだ。といっても、あまりグズグズしていたら、夜が明けてしまうから、時間との戦いでもある。綾音は気ばかり焦っていた。そうやって、ゆっくり進むこと数時間。綾音は精神的な緊張と足の疲労で、倒れこみそうだった。
 歩いていると、大きな池があった。疲れ果てていた綾音は、池の水をすくって飲むが、生ぬるくて飲んだ気がしないので、わかして飲みたくなる。かといって、こんな敵陣の近くで火をたけば、敵に見つかる恐れがあるので、綾音は枯れた枝を拾いながら考えた。
「とりあえず、この池には不自然に手を加えた様子がないから、潜って中に空洞がないかどうか、見てみよう。枯れ枝は革袋に入れて、ぬれないようにして持って行けば良いし」
 綾音が池に潜ると、ちょうど空洞があったので、革袋に入れておいた枯れ枝で火をたき、湯をわかして飲んだ。ひと時でも緊張を解くことができた綾音は、池から出て先に進んだ。そのうち、前方でかすかに人の声がし始める。
「…………」
「……!」
 まだ何を言っているのか聞き取れる距離ではなかったが、少なくとも味方の声ではないのは明らかだ。声には、明らかに訓練されたプロらしい、きびきびした調子がみてとれるからだ。綾音も自分の気配を悟られないように、無駄な動きをできるだけしないように注意する。
(どうやら敵は複数いるようね。まずは、だいたいの配置や人数を把握しないと。こりゃ、ウチ一人で来て正解だったわ。素人が複数で来てたら、統制の乱れでウチらが発見されて、攻撃魔法のえじきだ)
 綾音は草木があまり生い茂っていない所へ移動した。プロなら、草木の葉ずれの音でも、敵の接近に気づくからだ。実際、横山光輝『隻眼の竜』では、武家屋敷の庭に落ち葉を敷きつめて、侵入者が落ち葉を踏む音で気づけるようにした話がある。
(暗くて、全部で何人いるかまでは、把握できないわ。ウチ一人で、どうやって攻撃したものか……?)
 そんなとき、綾音は周囲に風がビュウビュウと吹いていることを、ふいに思い出した。この付近もワッサムの街から近い以上、風はそれなりに吹いているのだ。
(よし。作戦は決まった)
 綾音は風上の木々が生い茂っているあたりに移動すると、木々や下草に火をつけた。そのまま、盛大に燃やして、山火事を起こす。生木だけに煙がもうもうと出て、綾音の肺を圧迫したが、そんなことを言っていられる場合ではない。とにかく大量の煙を敵にぶつけねばならないのだ。案の定、大量の煙は風に乗って風下に流れてゆき、敵の陣を包み込む。
(思った通りだわ。煙が消えないうちに、敵陣に斬り込まないと)
 綾音は煙に紛れて、敵の陣に侵入する。敵は混乱しているとみえて、あちこちで怒号が聞こえた。
「何だ、この煙は? ちくしょう、息ができない……」
「おそらく敵襲だ! うろたえたら、敵の思う壺だぞ!」
「とにかく点呼を!」
 煙の中で、右往左往する人影が見えたので、綾音は剣を抜くと、必殺の一撃をくらわせる。
「ぐわあああっ!」
 人影が悲鳴をあげた。声からして、野太い男だろうから、女である綾音は長引くと不利だ。不意を突いているうちに倒しきろうと、綾音は必殺技を浴びせ続ける。
「があああああっ! くそっ、貴様、何者だ?」
 ここで答えて正体をさらすほど、綾音もバカではない。無言でとどめの一撃をくらわせる。男は「ぐぎゃああああっ!」という断末魔の悲鳴をあげて倒れる。とたんに「Dead」という表示が浮かび上がり、男が死んだことがわかる。
「どうした、リューリック?」
 他方で別の男が怒鳴る。綾音が足音をたてないように注意しなくても、既に周囲は男たちの怒号と足音で騒がしく、綾音はそれに紛れて動き回ることができた。そうこうするうちに、煙の中に別の人影が見えてくる。
「誰だ? その背丈だと、イズムルードか?」
 綾音は有無を言わさずに必殺技を連発した。もっとも、戦士職にも魔力が与えられており、必殺技を使うごとに魔力が減っていくのだが、今は出し惜しみしていられる場合ではない。男は「ぎゃあああっ! 貴様、どこの誰だ?」と断末魔の悲鳴をあげて倒れる。そして、やはり「Dead」という表示が浮かび上がる。
(こりゃ、一人のウチが絶対に有利だわ。敵は複数だから、いちいち仲間かどうか、確認してから戦わなきゃならないけど、ウチからしたら、周囲は全部敵だもん。やりやすいわ)
「グロムボイがやられた! 皆、一ヵ所にかたまれ! 散らばってたら、敵の思う壺だ!」
(かたまる時間なんか、あげないわよ。その前に全員、斬り殺してあげるわ)
 煙の中に三人目の人影を見つけた綾音は、人影めがけて斬りかかる。三人目も同様にして、あっさり斬り殺された。ろくに反撃もしてこなかったのを考えると、おそらく回復魔法職か付与術師だろう。だが、四人目の人影を見つける頃には、だんだんと煙が薄れてきたのだ。おそらく、山火事がおさまってきたのだろう。
(こりゃ、急がないといけないな)
 綾音が四人目を見つけて斬りかかったが、何と今回はきちんと反撃してきたのだ。綾音が必殺技を繰り出しても、きちんと防御してくる。
「いつまでも、いい気にならないことね。子猫ちゃん」
 ふいに若い女の声が聞こえる。どうやら、今回の相手は女らしい。
「五人しかいない仲間を、三人も斬ってくれちゃってさぁ、どうしてくれるわけ?」
 口調には、明らかに威圧感がある。必殺技を出し続けてきたうえに、今回は必殺技も防がれて、綾音にはもう魔力が残っていなかった。
「まあ、アタイらの屈強な男の戦士職と、高レベルの回復魔法職を斬ったのは褒めてやるけどさ、低レベルとはいえ、戦士職のアタイを斬れなかったのは、残念だったねぇ。まだ攻撃魔法職のイズムルードが残っているから、今のままでも狙撃はできるけど。どっちみち、アタイを倒さなきゃ、イズムルードは斬らせないよ」
 やがて、風に吹き流されて、煙はほぼ消えた。綾音の目の前には、赤い鎧をつけた、長髪の赤毛の女が、剣をなめ回しながら、後方の白いローブを着た小柄な攻撃魔法職の少年を守るように立っている。
「ここまでアタイらの罠を突破してきて、仲間を三人も斬ったんだ。その度胸に免じて、名前ぐらいは教えてやるよ。アタイはアレクサンドラ。こっちの攻撃魔法職はイズムルードだ。ほら、イズムルードはボヤボヤしてないで、狙撃しな!」
 とたんに地を震わすような轟音が鳴り響いて、イズムルードの杖が風属性の攻撃魔法を撃ち出す。攻撃魔法は寸分過たずに野営地に着弾する。
「見ての通りだ。このあたりの強風は、イズムルードの風属性の攻撃魔法の飛距離を、大幅に伸ばしてくれるのさ。もっとも、狙撃にはかなりの魔力を必要とするから、あんたが回復魔法職を斬ってくれたおかげで、魔力を自然に回復させるのに、かなり時間かかるようになっちまったけどな」
 そこでアレクサンドラは剣をかまえた。
「見たところ、あんたも魔力が残ってなさそうだし、ジリ貧みたいじゃないか。まあ、アタイもあんたの攻撃を防御するために、防御の必殺技を使ったから、かなり魔力が減っちまったがな。こうなりゃ、純粋な一対一の勝負だな」
 アレクサンドラは綾音に斬りかかった。綾音はすかさず剣で防ぐ。それからしばらくは、剣で斬りあう戦士職らしい攻防が続く。
「へえ、良い腕じゃないか。さぞ経験を積んだんだろうねぇ。強いやつと斬りあえて、アタイも嬉しいよ。それでこそ、熱くなれるってもんだからな」
「おあいにくさま。ウチはあんたの趣味に付き合うつもりは無いからね。ただ、野営地の仲間を守りたいだけよ。おとなしくワッサムの街まで行かせてくれさえすれば、ウチだって、何もしないのに」
「でも、それを阻止するのが、アタイらの役目だからね。こっちだって、何が何でも通すわけにはいかないんだよ」
 アレクサンドラは、空いている左手で懐から小石を取り出すと、綾音めがけて指先で弾いた。小石は綾音の右ふとももを貫く。
「ぐああああっ!」
「どうだい? アタイのサブ職業はアサシンだからさ。暗殺術として、小石を鉄砲玉並みの速度で放つ技もあるんだよね。小石なら、弾は無数に作れるし、わずかな魔力で撃ち出せる。しかも、あんたの鎧は、初心者並みの軽装だ。おそらく、ゲーム内に取り込まれる前は、ろくにゲームもプレイせず、鎧も買ったことがないんだろう。こうなりゃ、アタイが絶対的に有利だなぁ」
 アレクサンドラは勝ち誇ったように笑いながら、小石を次々に撃ち出してくる。こうなると、剣だけの綾音は打つ手がない。次々に小石が命中して、体力を削られていく。もっとも、綾音はまだ、あきらめてはいなかった。アレクサンドラに背を向けると、全速力で林の中に逃げ込もうと走る。
「ほう。林の中なら、木々を盾にしてアタイの小石を防げると思ったか。少しは頭が回るようだな。だが、これならどうだ?」
 アレクサンドラは、魔力をより多くこめて小石を撃ち出した。何と、その小石は、木々を貫いて綾音に当たったのだ。
「しょせんは子供の浅知恵なんだよ。実戦ってのは、ルールに縛られた机上のゲームじゃないんだ。何でも有りなんだよ」
 それでも綾音は黙々と林の中を逃げ続けた。まるで、周囲の雑音が耳に入らぬかのように。既に体力もあまり残っていない。これ以上、小石の攻撃を受け続けるのは危険だ。とりあえず、近くに大きな池があったので、池に飛び込んで泳いで向こう岸に渡ろうとする。
「バカだねぇ。おおかた、アタイが重い鎧を着ているから、泳げないと思ってのことだろう。ところが、この世界では、鎧の重さとは関係なく泳げるのさ。まあ、小石は水中では撃てないから、小石の攻撃は防げるだろうがな」
 アレクサンドラも池に飛び込み、綾音を追いかけるが、綾音は向こう岸に渡ると見せかけて、どんどん深く潜ってゆく。
「あんた、水中での戦いにもちこむ気かい? いったい、何が目的だ?」
 アレクサンドラの問いには答えずに、綾音はひたすら潜り続けた。そのうち、水中に空気のある洞窟があったので、綾音はそこに上陸する。もっとも、アレクサンドラも続いて上陸してきたが。
「ふん。おおかた、水中じゃ息が続かなくなって、苦し紛れにこの洞窟に避難したんだろうが、ここだとアタイの小石の攻撃は撃ち出せるんだぜ。さあ、覚悟しな」
 だが、綾音は不敵に笑うだけだったので、業を煮やしたアレクサンドラは「何がおかしい?」と怒鳴りながら、小石を連射し始めた。何発かは綾音に命中して体力が削られるが、小石は綾音の周囲に隠れていたモンスターどものヘイトを集めてしまい、モンスターどもはアレクサンドラに襲いかかる。アレクサンドラの顔に、初めて狼狽の表情が浮かんだ。
「あんた……まさか、これを狙って……」
「その通りよ。実は、林を進んでいく途中で、歩きづめで疲れちゃったから、敵に襲われずに休める場所がないかと思って、この池に潜って洞窟の中で休んでたんだ。見た感じ、この池のあたりには、自然に手を加えた痕跡が見られなかったから、罠は無いと思ってね。まあ、洞窟の中にモンスターがいるかどうかは、ウチの賭けだったけど。それじゃ、ウチは一足先に地上に戻るから、せいぜいがんばって戦ってね。バーイ」
「こっ……このクソガキッ……待ちやがれッ……!」
 言い終わるよりも早く、アレクサンドラには、数十匹の血吸いコウモリが襲いかかる。アレクサンドラは逃げる暇もなく、戦わざるを得なかった。その間に、綾音は林の中に戻ると、イズムルードのいる陣を目指して走り続ける。もう夜明けまで時間はなかった。陣まで戻ってくると、イズムルードは魔力を回復させるために、じっと座っていたが、綾音の姿を見ると、観念したように立ち上がった。
「その様子だと、アレクサンドラはやられたようですね。ぼくの護衛を一人で皆殺しにしてしまうなんて、全く大したものですよ。見たところ、あなたもぼくと同じ中学生ぐらいの年でしょうに」
 イズムルードは杖を綾音に向かってかまえる。
「とにかく、ぼくを止めたければ、殺すしかないですよ。あなたはアライドの側のプレイヤーみたいですが、ぼくはアライドと敵対する魔王側のプレイヤーなんです。実は、ワッサムの街を占領している魔王の腹心の部下には、少数ながら魔王側のプレイヤーがいるんですよ。現実の世界でぼくみたいにヒキコモリだったり、グレたりしていた人たちですね。ぼくらは魔王の甘言につられて、魔王側につきましたが、実際は単に利用されただけでした」
「待って。利用されただけなら、今からでもウチらの一員にならない? 別に魔王に未練なんか無いんでしょう?」
「それができないから、止めたければ殺すしかないと言っているんです。ぼくらの首筋には、魔法の爆弾が埋め込まれていて、ワッサムにいる魔王の腹心が呪文を唱えれば起爆する仕組みになっているんですよ。こんな状態で、どうやってアライドに寝返れと言うんですか?」
 イズムルードの杖からは、以前、パラムシルの街でシスターがオーガを倒したときのような、自爆の魔法を表す白い光が発せられていた。
「できれば、君とはもっと話したかった。敵どうしでなければ、良い友達になれそうだと思えました。でも、仕方ないんです。許してください」
「あいにくだけど、許してあげないから!」
 言うが早いか、綾音は杖から発せられていた白い光を、左手でムンズとつかんだ。もちろん自爆の魔法なので、つかんでいる左手のひらがチリチリと焼けこげている。それでも、綾音は顔をしかめながらも、杖ごとつかみ続ける。これには、イズムルードのほうが驚いていた。
「ちょっと……何してんですか? これじゃ、左手が消し飛びますよ!」
「そんなこと、見りゃわかるわよ。とにかく、ウチは、あんたが自爆の魔法をやめるまで、手を離してあげないから」
「わかった、わかった……! とにかく、自爆の魔法は解除するから、まずは手を離してください!」
 こうして、イズムルードは自爆の魔法を解除し、綾音も杖から手を離す。ただ、自爆の魔法を止めたことで、綾音の体力は尽きかけていた。これ以上、一発でも攻撃をくらえば、綾音は死んでしまうのだ。
「……で、ぼくをアライドのほうに寝返らせるとのことですが、具体的にどうするんですか? まさか、何の考えもなく言ったんじゃないでしょうね?」
 イズムルードはあくまでも疑っているらしく、その目は明らかに綾音のことを信用していなかった。
「とりあえず、確認のために聞くけど、魔王の腹心には、ウチらの会話までは盗聴されてないんでしょう?」
「はい。魔法の爆弾には、盗聴の機能まではないはずです。今までも仲間内でこっそり腹心の悪口を言い合ったりしましたが、全く気づかれませんでしたし」
「ちなみに、魔王の腹心の居場所はわかる? わかるなら、対策が立てられるけど」
「もちろん、知っていますよ。ワッサムの街の中央通りにある神殿です。ぼくらも、指令を受け取りに何度も会いに行ってましたから。ただ、神殿の外壁は堅固で、窓も小さいですから、ぼくが狙撃して倒そうとしても無理ですよ。一撃でしとめられなければ、ぼくの首筋の爆弾のほうが先に起爆してしまいますし」
「そうなると、寝こみを直接狙撃するのは不可能かぁ……。じゃあ、腹心がよく行く定食屋とかある? あるいは服屋とか?」
「うーん……。薬品を買いに薬屋に行くことは、ときどきありますね。あいつ、武器や防具も興味ないですし、食事も神殿内でしか食べないぐらい用心深いですが、魔法薬を調合するのは好きで、よく材料を買いに行くんです。ただ、薬屋に行くには、ぼくみたいな立場の護衛を何人も連れて行くので、ぼくが狙撃しても護衛が盾になってしまう恐れがありますよ」
 そこで、綾音はまた考えこんでしまう。
「おうおう、いつの間に仲良くなっちゃってんだよ? 楽しそうな話してんなら、アタイも混ぜろよ」
 ふいに背後から声がしたので、綾音が振り返ると、満身創痍のアレクサンドラが不敵に笑っていた。綾音は剣を抜いて身構えるが、アレクサンドラは剣も抜かずに両手を上げる。
「おっと、アタイはもう、あんたと戦う気はないよ。アタイだって、イズムルードと同じく、魔王の甘言につられて魔王側についただけ。実は、アタイはもともと高校で仲間はずれにされたりとか、無視されたりとか、いじめられててさ。それで社会に出ても友達の作り方がわからずに、仕事も長続きせずにクビになり、引きこもってたんだ。それで、魔王が『おまえをこんなにした社会に復讐したくないか?』って誘ってきたもんだから、ホイホイと乗っちゃったわけ」
 アレクサンドラは、そこで革の水筒から水を一口飲んだ。
「でも、魔王側についても、パシリみたいな扱いでさ、もう抜けたかったんだけど、首筋の爆弾が怖くて抜けられなかったんだよ。でも、あんたが予想外に強くてしたたかだったから、あんたなら、魔王からアタイらを解放できるんじゃないかと、賭けてみたくなった。とにかく、あんたの仲間に会わせてくれ。見ての通り、アタイにはもう魔力は残っていないから、小石も撃ち出せない。剣もあんたに預ける。これで信用してもらえるかい?」
 綾音はうなずき、剣を預かる。それを見たイズムルードも杖を預ける。
「とにかく、あんたの野営地の指揮官に会わせてくれ。話はそれからだ。イズムルードもそれで良いだろう? もう夜が明けるしな。野営地の仲間が起き出す頃だろう」
 こうして、綾音は二人を連れて、もと来た道を野営地に戻った
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