綾音と風音

王太白

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。「……それで、捕虜を二人も連れてきちゃったの? いつ裏切るかもわからないのに」
 野営地に戻るなり、風音は綾音に盛大に文句を言う。既に夜は明けており、アレクサンドラとイズムルードは取り囲まれて、朝食を終えた戦士職たちに剣を突きつけられていた。
「でも、ウチが見る限り、うそをついているようには見えなかったよ。信用して良いんじゃないかな?」
 綾音が必死で弁護するが、同じ頃に野営地に戻ってきたクラーシンは、あくまで二人を疑っていた。
「へっ、アヤネは甘ちゃんだな。俺は敵陣にいた敵プレイヤーを、皆殺しにしてきたぜ。向こうは五人以上はいたもんでな、アヤネと同様に敵陣に煙を充満させて、一気に皆殺しにしてきた。俺はアヤネよりレベルが上だからこそ、短時間で皆殺しにできたんだが。そもそも、いつ裏切るかわからないやつらを部隊内にかかえてるなんて、懐に爆弾をかかえて最前線を歩いているようなもんだぜ」
「なら、ニーナと話をさせれば? ニーナなら参謀だし、このゲーム内のNPCだから、あたしたちじゃ気づかないことまで気づくことができるんじゃない?」
 風音の提案に、クラーシンはようやく納得した。やがて、朝食を終えたニーナが、アレクサンドラとイズムルードの前に現れる。ほぼ徹夜で防御の結界を張り続けてきたので、ニーナは寝不足なのか、軽くあくびをしていた。それを見たアレクサンドラは、露骨に不快そうな顔をする。
「はぁ? こんなガキが参謀なわけ? どう見たって、高校生ぐらいにしか見えないじゃん。こいつが、ちゃんとシスターの修行したっていう証拠はあるの?」
「失敬な! わたしだって、遊ぶ暇もないぐらい真面目に修行してきたんですよ! だいたい、見た目で相手の力量を決めつけるなんて、そっちのほうがガキくさくないですか?」
 そのまま、互いに「何だと?」だの「何ですって?」だのと言い合いになった。
「まあまあ、シスターなら魔法ぐらい使えるでしょう? ぼくは魔法さえ見せていただければ、充分に納得しますよ」
 イズムルードがなだめるように言うので、ニーナはとりあえず光属性の魔法を使う。とたんに周囲は白い光に包まれ、綾音や風音を始め、皆は体が芯から温かくなる心地よさにウットリとした。やがて、光はおさまり、ニーナがニッコリ笑いながら言う。
「どうですか? 首筋の違和感が消えた感じがしませんか?」
 言われてみて、アレクサンドラとイズムルードは改めて首筋をなで回し、驚いたようにつぶやく。
「どうなってんだ……? 魔法の爆弾が埋まっていた場所が……すっかり平らになっている……。まさか……爆弾は……?」
「その通りです。爆弾のほうは、わたしが光属性魔法で撤去させていただきました」
 ニーナの手のひらには、小さな平べったい物体が二つあった。そのまま、空中に放り投げると、風音の火属性魔法で、空中で起爆させて処分する。アレクサンドラとイズムルードが涙を流して喜んだのは、言うまでもない。
「とにかく、まずは温泉まで行きませんか? 温泉で重傷者を治すことを優先しましょう。お二人の処遇は、改めて考えるとして」
 風音とニーナを先頭にして、一行は温泉を目指して進んだ。もちろん、アレクサンドラとイズムルードはまだ捕虜扱いで監視つきだが。ただ、温泉の入口の谷を守っているのは、二匹のガーゴイルだったので、前回のトラウマから逃げ腰になるプレイヤーが多かった。ガーゴイルのうち一匹は空中に舞い上がり、上空から攻撃しようと距離をとるが、それはイズムルードが狙撃して撃ち落とす。とたんにプレイヤーたちから歓声があがった。残る一匹は、綾音が「ここで倒すことでトラウマを克服しなさい」と言って、皆で攻撃させて倒させる。その後には、湯煙のたつ温泉がひかえていた。温泉は男女用の二つの広い湯船に分かれており、中央の細長い神殿が、二つの湯船のついたてになっている。プレイヤーたちは我先にと、温泉につかって傷を癒す。
「とりあえず、ここで重傷者をきちんと治療しよう。ついでに皆の緊張もほぐして、英気を養ったほうが良い」
 綾音の提案に、風音やニーナも納得する。もとより風音は、温泉を心から楽しんでいた。
「問題はここからね。この温泉郷からもワッサムの街に入れるけど、たぶん魔王側のプレイヤーがまだまだ配置されているだろうし、そいつらをいちいち捕まえて、ニーナに爆弾を取り出してもらうのは不可能だわ。おそらく魔王の腹心のお膝元となると、アレクサンドラ以上に腕の立つ戦士職も数多く配置されているだろうし」
 綾音はあくまでも慎重だったのに対し、風音は楽観的だった。
「なら、イズムルードが遠くから狙撃で戦士職を倒し、残った連中はアレクサンドラに説得させて寝返らせれば良いんじゃない? こっちの力を見せたうえで懐柔すれば、向こうだって乗ってくるでしょう。もともと魔王に忠誠心なんかないやつらだし」
「違う、違う。ウチが言っているのは、魔王がそんな簡単に、プレイヤーを寝返らせてくれるかなってことよ。アレクサンドラとイズムルードの場合は、遠方に派遣されていたから、万が一、寝返っても被害は大きくならない。でも、ワッサムの街で反乱なんか起こされたら、魔王の腹心にとっても致命的だから、簡単に寝返らせないために、何らかの予防措置は講じてあるはずよ。風音の悪いところは、ものごとを簡単に考えすぎること。そんな簡単に正義が勝てるなら、戦争ももっと簡単に終わって、世界はとっくに平和になってるはずよ」
 二人は考えこんでしまう。そのとき、「あのさ、ちょっといいか?」とアレクサンドラがふいに手を挙げた。
「アタイが腹心への不満や愚痴を言い合っていた仲間ならいるぜ。どこまで信用できるか、あるいは寝返って一緒に戦ってくれるかまでは、わからないけどさ。何なら、アタイが首筋の爆弾を撤去してもらった痕を見せることで、説得して皆の前に連れてきても良い。腹心のほうはまだ、アタイが寝返ったことを知らないはずだし、アタイは長髪だから、髪の毛で首筋は腹心から隠したまま、ワッサムの街を歩けるしな」
「なるほど。じゃあ、それでいくとしましょう。アレクサンドラは、ウチらと戦って仲間を全員斬り殺され、死にかけたので温泉で回復して戻ったことにすれば良いわ」
 綾音が許可したので、一行が温泉で一息ついている最中に、アレクサンドラは単身、ワッサムの街へ戻った。もちろん剣は風音から返されている。
 ワッサムの街は、強風が吹き続けているため、建物は全て強固な石造だった。家々の窓も小さく、露店も無い。商店は木の看板こそ出してあるが、表で声を張り上げる客引きもおらず、どことなく寂しい街だ。アレクサンドラは街の外の検問所に着くと、「アタイだ。アレクサンドラだ。アライドの軍勢との戦いの報告に戻った」と門衛に告げると、門を開けてもらい、街に入った。すぐにでも仲間に会いに行きたいところだったが、まずは腹心に報告せねばならないため、中央通りの神殿に赴く。
 神殿では、取次ぎのプレイヤーによって礼拝堂に通される。礼拝堂は広く、遮蔽物になりそうな机もいすも撤去されているために、戦闘になれば隠れる場所がない。アレクサンドラが十五分ほどひざまずいて待っていると、魔王の腹心が多くのプレイヤーを連れて悠々と現れた。腹心は攻撃魔法職で、水色のローブを着て眼鏡をかけた大柄な男だ。周囲は戦士職や攻撃魔法職がかためている。口を開くやいなや、横柄な口調でなじり始めた。
「アレクサンドラ、他の四人を殺されて、おめおめと逃げ帰ってくるとは、わしをナメているのか? しかも、温泉で傷を治してから帰るとは、余裕だな」
(ちっ……他人を十五分もひざまずかせて待たせておきながら、自分は『待たせて悪かった』の一言もなしかよ。おまけに、戦いの過程は全く聞かず、結果だけを見て他人の働きぶりを評価するのか。人間的にゲスなのにも程があるぜ)
 アレクサンドラは心中で毒づきながらも、つとめて冷静さをよそおって答えた。
「はっ……。おっしゃる通り、他の四人を殺されたのは、ひとえにアタイが敵をナメてかかったからです。あの夜、戦士職は林の中にしかけた罠に慢心しており、陣まで敵が近づくとは、予想だにしておりませんでした。それにより、他の四人を斬られたので、狙撃もできないアタイにできることは、もはや戦いの結果を報告に帰ることしかないと思い、逃げてきたしだいです。しかし、アタイも体力が尽きかけていたので、温泉で回復させなければ、帰る途中でアタイまで殺され、報告できる人間がいなくなると思い、温泉に立ち寄ったしだいです」
 そこでアレクサンドラは深々と一礼した。だが、いきなり顔面を蹴飛ばされる。驚いて顔を上げると、蹴ったのは腹心だった。
「てめえ、今、心中でわしのことを、バカにしただろう? ヒキコモリなどの弱者の味方であるわしを、弱者に優しくないだの、傲慢だなどと……。隠しても、わしにはわかるぞ。だいたい、いざとなれば、てめえが刺し違えてでも敵を殺すはずだし、イズムルードが自爆の魔法を使うはずだしな。そうしなかったのは、命が惜しいからだろう。『魔王様の革命のためなら命を惜しむな。革命に忠たれ。理想に殉ぜよ』と毎回言っておるではないか」
 腹心は、「フーッ……フーッ……!」と荒い息を吐いていた。
(全く面倒くさいにもほどがあるぜ。てめえみたいな言行不一致の偽善者なんか、バカにするやつはいても、尊敬するやつはいねえよ。そのくせ、被害妄想や猜疑心ばかり一人前なんだから、始末に悪いぜ。てめえなんか、権力を手放したら、犬畜生にも劣るんだよ)
 アレクサンドラは殴りかかりたいのを必死でこらえて、「まさか……。アタイがそんな不遜なことを考える身の程知らずに見えますか?」などと愛想笑いで弁解すると、「それではアタイも疲れているので、失礼させていただきます」と言い残し、そそくさと礼拝堂を後にした。
 アレクサンドラはそのまま飲み屋に向かった。仲間に会いに行く前に、ヤケ酒でもあおりたい気分だ。分厚い木の扉を開けて飲み屋に入ると、カウンターに座り、エールと羊肉を注文する。紺色のドレスを着たウェイトレスに差し出されたエールを一気にあおると、切り分けられた羊肉の一切れを口に入れた。そのまま二杯目のエールを注文して飲み干す。
「アレクサンドラちゃん、今日も荒れてるねぇ」
 ウェイトレスが親しげに声をかける。もちろん店員は皆、NPCだ。
「どうもこうもねえよ。いったい、誰が戦っているおかげで、このワッサムの街が守られているって思ってんだよ? 全部、アタイらのおかげじゃねえか。アタイらがボロ雑巾みたいに働いているおかげじゃねえかよぉ。なのに、あの腹心の野郎、アタイらに感謝やねぎらいの言葉ひとつかけやがらねぇ。それどころか、口を開けば悪口雑言の嵐だ。マジで、あの野郎、何とかならねえかな……」
「気持ちはわかるけど、よそで言っちゃダメよ。ここでは、いくら言っても良いからさ。この店は、腹心の親衛隊に賄賂を払っているから、店内にまで見回りに来させないようにしている、一種の治外法権みたいな状態だけど、店の外は親衛隊の目が光っているからね」
 そのまま三杯、四杯とエールをあおり続ける。いつの間にか、アレクサンドラはヘベレケに酔っ払っていた。
「もう、いつものことながら、しょうがないわねぇ。とりあえず、店のウェイトレス二人で、アレクサンドラちゃんのアパートまで送っていくから、残った人は店番をお願いね」
 ウェイトレス二人は、アレクサンドラを両脇からかかえるようにして立たせると、店の外に連れ出す。外は強風が吹き荒れて、あちこちで砂ぼこりが舞っていた。ウェイトレスたちは、砂ぼこりに目を細めながら、アレクサンドラをかかえて歩く。そんなとき、ふいにアレクサンドラが、とんでもないことをつぶやき始めたのだ。
「……いつもいつも、アタイのために、すまねえな……実は、今日はアタイは、ある密命を帯びて戻って来ててさ……。これが成功すれば、飲み屋の姐さんたちはもちろん……ワッサムの街のプレイヤーたちも救われるんだ……。あの腐れ外道の腹心からな……。だから、もう少しだけ、辛抱してくれ……」
 もちろん、酒に酔ってつぶやいたことは、本音と受け取られる。ウェイトレス二人は互いに目で合図しあうと、アパートへ向かうのをやめ、神殿のほうへと向きを変えた。
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