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それから数時間後、アレクサンドラがようやく目覚めると、冷たい石の床の上だった。
「しまった。また飲みすぎて、路上で寝てしまったかな……。昨日の飲み屋での記憶が、途中からなくなってるし……。しかし、ここはどこだ? 見かけない建物の中だな」
そこまで考えて、ふいに部屋の入口と窓に鉄格子がはめられているのを見て、ここは牢屋だと気づき、アレクサンドラは慄然とした。もちろん、剣も懐の小石も没収された後だ。
「ようやくお目覚めかな? この裏切り者が」
入口のほうに人影が見えたので、そちらに目をやると、腹心とウェイトレス二人がいた。腹心の目には侮蔑の色が満ちており、ウェイトレスの目からは申し訳なさがうかがえた。
「昨日、この二人が貴様を密告してくれたんだ。貴様も知っていると思うが、ワッサムの街の法律では、『魔王様への反逆行為を目撃した場合、密告しなければ、そいつも同罪』だからな」
腹心はそこで、ウェイトレス二人に、「おい、何してる? さっさとボタンを押せ」と命じた。ウェイトレス二人は、しばらくためらっていたが、やがて意を決したように、部屋の外の廊下にある赤いボタンを押した。とたんにアレクサンドラの体に高圧電流が流れる。
「ぎゃああああああああっ!」
あまりの激痛に、アレクサンドラは悲鳴をあげて倒れこむ。
「痛いか? 貴様だけは、楽には殺さないからな。安心しろ。最後まで仲間が助けに来るという希望を抱きながら死んでいけ。まあ、ワッサムの街には、魔王様側のプレイヤーが百人はいるんだ。それに対し、アライドがワッサムに差し向けたプレイヤーはおそらく百五十人。そのうち、わしがガーゴイルを差し向け、爆撃で殺したのが五十人近くいる。たとえ温泉で重傷者を完璧に回復させたとしても、戦えるプレイヤーは百人ぐらいだろう。なら、ワッサム付近の地理を知り尽くしており、手駒として使えるモンスターもまだ残っているわしのほうが有利だ。こちらには、ワッサム付近のモンスターを使役できる、召喚術師もいるんだからな」
腹心は高笑いした。アレクサンドラは、腹心に向かって、ペッと唾を吐きかける。
「ほう、まだ、つっぱる元気があるのか。おい、もう一回、ボタンを押せ」
再び高圧電流が流れ、アレクサンドラは今度こそ、立ち上がる気力も失われた。
「これから毎日、何度も貴様の泣きっ面を拝みに来てやるから、楽しみにしておけ」
去りぎわに腹心は、アレクサンドラの体を好色そうに眺め回すと、ようやく去っていった。ウェイトレス二人は申し訳なさのためか、アレクサンドラと視線を合わせないようにして、そそくさと去っていく。腹心の好色そうな視線を思い出すにつけ、アレクサンドラは気持ち悪すぎて鳥肌がたってきた。
「い……いやだ……。初体験があんなゲスだなんて、死んだほうがマシだ……」
とにかく綾音や風音に連絡をとろうとして、フレンドチャットを開こうとしたが、どうしても開けない。どうやら、牢屋の中では、あらゆる魔法が使えないみたいだ。アレクサンドラは絶望するとともに、己の軽率さを死ぬほど後悔した。人は絶望したうえに、孤独で話し相手もいない状態だと、自殺したくなることすらあるものだ。アレクサンドラも例外ではなく、舌をかみ切って死のうかとも思ったが、そのとき、ふいに中空に白い光に包まれた人影が現れた。背丈や体つきからして、たぶん幼い女の子だろう。
「……アレクサンドラ……このワッサムの解放のために戻ってきてくれて、感謝の言葉もありません……。今でこそ、捕らわれの不運をかこつ身でしょうが……いずれ、わらわが顕現した暁には……腹心は必ず打倒され、ワッサムは悪政から解放されます……。わらわは、この牢屋の別の房に捕らわれており……魔法もほぼ封じられた身……。ただ、ワッサムの街を守護する風の妖精、パイロンとだけ、名乗っておきましょう……」
話すうちに、パイロンの姿は、だんだんとはっきりしてきた。華奢な体つきで銀髪の女の子だ。差し出された両手からは、アレクサンドラを包み込むように白い光がほとばしり、高圧電流で痛めつけられた体が、徐々に楽になっていくのが感じられた。
「……とにかく、最後には必ず助けが来ます……。希望だけは捨ててはいけません……。わらわにできるのは、微々たることですが……できる限りの支援はいたしますので……」
そこで、パイロンの気配は消えたが、アレクサンドラの胸はほんのりと温かくなり、心は満たされていた。
「よし、アタイは生きられるだけ生き抜いて、腹心の野郎に抵抗してやる。もう、軽々しく自殺なんてしてやらないぞ」
「しまった。また飲みすぎて、路上で寝てしまったかな……。昨日の飲み屋での記憶が、途中からなくなってるし……。しかし、ここはどこだ? 見かけない建物の中だな」
そこまで考えて、ふいに部屋の入口と窓に鉄格子がはめられているのを見て、ここは牢屋だと気づき、アレクサンドラは慄然とした。もちろん、剣も懐の小石も没収された後だ。
「ようやくお目覚めかな? この裏切り者が」
入口のほうに人影が見えたので、そちらに目をやると、腹心とウェイトレス二人がいた。腹心の目には侮蔑の色が満ちており、ウェイトレスの目からは申し訳なさがうかがえた。
「昨日、この二人が貴様を密告してくれたんだ。貴様も知っていると思うが、ワッサムの街の法律では、『魔王様への反逆行為を目撃した場合、密告しなければ、そいつも同罪』だからな」
腹心はそこで、ウェイトレス二人に、「おい、何してる? さっさとボタンを押せ」と命じた。ウェイトレス二人は、しばらくためらっていたが、やがて意を決したように、部屋の外の廊下にある赤いボタンを押した。とたんにアレクサンドラの体に高圧電流が流れる。
「ぎゃああああああああっ!」
あまりの激痛に、アレクサンドラは悲鳴をあげて倒れこむ。
「痛いか? 貴様だけは、楽には殺さないからな。安心しろ。最後まで仲間が助けに来るという希望を抱きながら死んでいけ。まあ、ワッサムの街には、魔王様側のプレイヤーが百人はいるんだ。それに対し、アライドがワッサムに差し向けたプレイヤーはおそらく百五十人。そのうち、わしがガーゴイルを差し向け、爆撃で殺したのが五十人近くいる。たとえ温泉で重傷者を完璧に回復させたとしても、戦えるプレイヤーは百人ぐらいだろう。なら、ワッサム付近の地理を知り尽くしており、手駒として使えるモンスターもまだ残っているわしのほうが有利だ。こちらには、ワッサム付近のモンスターを使役できる、召喚術師もいるんだからな」
腹心は高笑いした。アレクサンドラは、腹心に向かって、ペッと唾を吐きかける。
「ほう、まだ、つっぱる元気があるのか。おい、もう一回、ボタンを押せ」
再び高圧電流が流れ、アレクサンドラは今度こそ、立ち上がる気力も失われた。
「これから毎日、何度も貴様の泣きっ面を拝みに来てやるから、楽しみにしておけ」
去りぎわに腹心は、アレクサンドラの体を好色そうに眺め回すと、ようやく去っていった。ウェイトレス二人は申し訳なさのためか、アレクサンドラと視線を合わせないようにして、そそくさと去っていく。腹心の好色そうな視線を思い出すにつけ、アレクサンドラは気持ち悪すぎて鳥肌がたってきた。
「い……いやだ……。初体験があんなゲスだなんて、死んだほうがマシだ……」
とにかく綾音や風音に連絡をとろうとして、フレンドチャットを開こうとしたが、どうしても開けない。どうやら、牢屋の中では、あらゆる魔法が使えないみたいだ。アレクサンドラは絶望するとともに、己の軽率さを死ぬほど後悔した。人は絶望したうえに、孤独で話し相手もいない状態だと、自殺したくなることすらあるものだ。アレクサンドラも例外ではなく、舌をかみ切って死のうかとも思ったが、そのとき、ふいに中空に白い光に包まれた人影が現れた。背丈や体つきからして、たぶん幼い女の子だろう。
「……アレクサンドラ……このワッサムの解放のために戻ってきてくれて、感謝の言葉もありません……。今でこそ、捕らわれの不運をかこつ身でしょうが……いずれ、わらわが顕現した暁には……腹心は必ず打倒され、ワッサムは悪政から解放されます……。わらわは、この牢屋の別の房に捕らわれており……魔法もほぼ封じられた身……。ただ、ワッサムの街を守護する風の妖精、パイロンとだけ、名乗っておきましょう……」
話すうちに、パイロンの姿は、だんだんとはっきりしてきた。華奢な体つきで銀髪の女の子だ。差し出された両手からは、アレクサンドラを包み込むように白い光がほとばしり、高圧電流で痛めつけられた体が、徐々に楽になっていくのが感じられた。
「……とにかく、最後には必ず助けが来ます……。希望だけは捨ててはいけません……。わらわにできるのは、微々たることですが……できる限りの支援はいたしますので……」
そこで、パイロンの気配は消えたが、アレクサンドラの胸はほんのりと温かくなり、心は満たされていた。
「よし、アタイは生きられるだけ生き抜いて、腹心の野郎に抵抗してやる。もう、軽々しく自殺なんてしてやらないぞ」
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