綾音と風音

王太白

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 一方、ここは綾音と風音のいる温泉。
「アレクサンドラとの通信が途絶えちゃったわね。こりゃ、何かあったか、裏切られたかだわ。だから、あたし、もともと敵なんか信用してなかったのよ」
「ちょっと、いきなり裏切りだなんて決めつけるのは、風音の悪いところよ。もともと、敵地であるワッサムへの潜入という任務は、危険を伴うってことぐらい、風音にもわかっていたはずでしょう? とにかく、こちらの重傷者が完全に回復していない今は、ウチらは待つしかないわ」
 そんなとき、ワッサムのほうを見張っていたクラーシンから、「敵襲!」とフレンドチャットで知らせが入ったので、二人は急いで温泉からあがり、服と鎧と装備を身につける。
「前回はいずれも夜襲だったのに、今回は白昼堂々と攻めてくるとは、敵もあたしらが夜襲を警戒しているって知ってるんだな」
「それより、敵の数とか、具体的なことはわからない? 情報が出そろわないと、ウチらも動けないわ」
「俺が見る限り、今回はモンスターどもの混成の地上部隊だな。巨人、狼に騎乗したゴブリンなどだな。狼のほうは機動力があるから、もう野営地に近づく頃だ」
 言うが早いか、温泉に矢の雨が降り注ぐ。
「皆、小型の盾を頭上にかまえて! おそらく、敵はかなり射程距離の長い弓で、矢を上空に打ち上げて、上空から温泉に落下させ、その間に騎兵が槍で突撃するつもりだ! こうなると、ウチらは上空と正面と二つの方向からの攻撃に対処しなきゃならない!」
 こうなると、ヨッフェの出番だ。ヨッフェはあわてて回復魔法職を十数人集めると、広範囲の防御魔法である聖壁を張る。以前、シリベシ洞窟で使ったが、聖壁はモンスターだけを通さない防御魔法で、回復魔法職が十人以上いないと使えないのだ。一週間に一度しか使えない貴重な魔法だが、ニーナの魔力にも限界がある以上、あまりニーナにばかり防御の結界を使わせて負担をかけるわけにはいかないので、ヨッフェは思い切って聖壁を使うことにした。だいたい、遠くから見ても、ゴブリンの数が少なくとも数百騎はいるのだ。
「とにかく騎兵の突撃を防げ! 聖壁でくいとめている間に、攻撃魔法職はありったけの攻撃魔法を撃ちこめ! その隙を突いて戦士職は斬り込み、敵を寸断して撃破しろ!」
 そう叫ぶクラーシンも、自ら先頭に立って斬り込みを繰り返した。
「こいつらは寄せ集めらしく、統制は取れていないが、数が多すぎる。経験を積んだ戦士職の俺でも、この数はキツいぜ」
「ぼくが見る限り、敵には召喚術師がいるみたいですね。これだけのモンスターを操る以上、複数の召喚術師がいると思います。まずは召喚術師を倒さないと」
「でも、召喚術師は敵の司令塔だから、そんなに簡単に見つかるような場所にいるとは、ウチには思えないわ。後方の安全地帯で指揮をとっていると思う」
「せめて位置さえ割り出せれば、ぼくが狙撃で倒せるんですが。たぶん、この温泉から一キロ以内には陣取っているはずですから、ぼくの狙撃の射程距離内です」
 イズムルードの申し出は、皆にはありがたかったが、何しろ敵の召喚術師の居場所がわからない。
「わたしが位置を割り出してみましょうか? 回復魔法職の皆さんが聖壁でモンスターをくいとめてくれていますから、わたしが付近の鳥たちと意思疎通して、鳥たちから情報を聞いて召喚術師の位置を割り出そうと思います」
 もはや皆は、ニーナに頼るしかなかった。ニーナは早速、礼拝の姿勢をとり、鳥たちと意思疎通を試みる。そのまま、石のように硬直してしまい、ニーナは身じろぎ一つしなかった。鳥たちは、だんだんとニーナの近くに集まって旋回するようになり、そのうちしめしあわせたように、周辺へと散っていった。その間にも、ゴブリンどもへ攻撃魔法は絶え間なく撃ち出され、戦士職による斬り込みは繰り返される。
「ひるむな! 少しでも敵の数を減らしておかないと、そのうち巨人まで到着してしまう! 腕力もあって体も大きい巨人どもに突撃されたら、聖壁がもたなくなるぞ!」
 クラーシンも綾音も自ら先頭に立って斬り込みを繰り返す。斬り込みのたびに、戦士職はだんだんと体力を削られて後方に引っ込まざるを得なくなり、結局は攻撃魔法を撃ち出すだけになってくる。
「ちくしょう、このままじゃ、全滅するのは時間の問題だぞ」
 クラーシンが舌打ちする。既に味方の魔力は尽きかけていて、攻撃魔法も後何回撃てるかわからない状態だ。そんなとき、ふいに一羽のカラスがニーナのもとに戻ってきた。それまで身じろぎもしなかったニーナは、ようやく口を開いて、カラスと小声で話し合う。やがて、ニッと笑うと、皆のほうを向いた。
「ようやく、召喚術師のうちの一人の居場所がわかりましたよ。あの丘の上です。もっとも、周囲を護衛のモンスターが固めているので、並みの攻撃魔法では護衛だけ倒して終わりです。丘を吹き飛ばすぐらいの攻撃魔法で、思いっきり狙撃してください」
 とたんに、それまで沈黙していた付与術師たちが、イズムルードにありったけの攻撃力強化の魔法をかける。イズムルードは、ニーナの指差した丘の上に狙いを定めると、最大出力の風属性の攻撃魔法で狙撃した。攻撃魔法は周囲のモンスターを片っ端から巻き込んで倒しながら、丘の上へと迫り、寸分過たずに着弾した。とたんにゴブリンの半分が、いきなり攻撃をやめて、右往左往し始める。味方からは「やったぞ!」などと歓声があがった。同時に、ニーナはバッタリと倒れてしまう。顔色は真っ青で、汗びっしょりだった。肩で荒い息をしている。
「魔力の使いすぎだ。これ以上、鳥たちと会話し続けると、命にかかわるぞ。すぐに休ませないと」
 ヨッフェがあわてて休ませようとするのを、ニーナは「いえ、大丈夫です」と固辞した。
「……付与術師たちは、わたしに強化魔法をかけてください……。身体強化、魔力増大、体力増大などの強化魔法さえかけてもらえれば……まだ魔法を使えます……。とにかく、ここで……敵の召喚術師を全滅させなければ……わたしたちの負けですから……。戦いに勝てたら、後は温泉でゆっくり療養させてもらいますから……今だけ、魔法を限界まで使わせてください……」
「でも、NPCに強化魔法は毒なのよ。プレイヤーでいえば、麻薬で身体能力を一時的に強化するようなものだから。効き目が切れたら、ものすごい副作用が出るわ」
 ザスーリッチはオロオロし始める。
「……かまいません……。ここで全滅するよりはマシです……」
 ニーナの必死な形相に気圧されたザスーリッチは、「わかった。高レベルの付与術師として、ありったけの強化魔法をかけてあげる」と言って、ニーナに強化魔法をかける。もちろん、他の付与術師たちも、それにならう。ニーナは起き上がると、再び礼拝の姿勢をとり、鳥たちを再び周辺に散らせる。そのうち、二人目の召喚術師の居場所も判明した。
「……あっちの窪地のほうです……。窪地だけに、塹壕みたいな地形になっており……攻撃魔法の軌道を一度、湾曲させないと……中に潜んでいる召喚術師まで直撃しませんね……。厄介な地形です……」
「うーん……ぼくの風属性の攻撃魔法は、直進が基本ですから、軌道を湾曲させるとなると、ぼくのレベルじゃ無理ですね」
 皆は考えこんでしまう。そんな中で、風音はふいにとんでもない提案をした。
「そうだ。空中に風属性の魔法で、台風でも発生させるのはどう? 台風と風属性の攻撃魔法を反発させれば、軌道が湾曲して窪地の中に当たるんじゃない?」
「風音ってバカなの? そもそも、台風を発生させる魔法なんて、ゲームには無かったのよ。どうやって発生させるの?」
「いや、そこは、強風の吹いている街だからさ、台風ぐらい発生させられるんじゃないかと思っただけよ」
 そこで、ふいにニーナが発言する。
「……まあ、できない相談ではありませんよ……。この温泉のどこかには、パラムシルの街の、ラウスの神殿の地下にあったような、宝玉が祀られているはずです……。着いたときから、宝玉と同じ神聖な気配を感じていますから……。宝玉の力を使えば、攻撃魔法の軌道を変えられるかもしれません……。宝玉を見つけたら、手を触れてください……。それで、宝玉の力の所有権は、わたしたちのほうに移ります……」
「つまり、宝玉を探すしかないってことね。でも、宝玉を見たことがあるのは、プレイヤーの中では、あたししかいないから、あたしが探しに行くわ」
「……お願いします……。宝玉の気配は、中央の細長い神殿からします……」
「それなら、クナイも持っていきな。何かの役に立つかも」
 綾音はクナイを渡す。受け取ると、風音は神殿の隅にある正面入口から中に入った。
 中は薄暗くて、温泉の熱気が伝わらないほどヒンヤリしている。風音が奥に向かって歩いていると、数匹の血吸いコウモリが襲ってきた。
「へえ、宝玉を守っているのか、それとも逆に宝玉を奪いに来たのか。いずれにしても、相手させてもらうわ」
 風音は詠唱時間の短い魔法、オーラバーンで、血吸いコウモリを一匹ずつ倒していく。時間はかかり、風音自身もあちこちかみつかれて体力が減ったが、難なく血吸いコウモリを全滅させた。そのまま奥へと進んでいく。進むにつれて、神殿内はだんだんと暗くなっていく。そのうち、矢が飛んできた。風音はあわてて杖で防ぐ。最初、一本しか飛んでこなかった矢は、そのうち二本、三本と複数飛んでくるようになる。矢が飛んでくる方向はわかっているので、防御しながら向かうしかなかった。
「矢を杖で防いでいたら、攻撃魔法が撃てない。でも、防がなきゃ体力を削られる。仕方ないわ」
 細長い建物なのが幸いしたのか、矢は同じ方向からしか飛んでこない。敵は一ヵ所にしか隠れられないとみえる。近づくにつれて、敵の姿がだんだんと見えるようになってくる。敵はダークエルフの弓矢職だった。風音は早速、オーラバーンをくらわせる。矢をつがえていたダークエルフは、後ろに吹き飛ばされた。
「弓矢職と攻撃魔法職か。互いに戦士職の背後から攻撃する火砲タイプだね。でも、攻撃魔法職は魔力を消費するが、弓矢職は財布の中の金貨を消費するんだ。一回撃つごとに金貨一枚という具合にね。オレは金貨が後千枚はある。君は後百発も攻撃魔法を撃てないだろう。オレが有利だな」
 ダークエルフは勝利を確信したようにニヤリと笑う。
「神殿自身が門番として常に配置してある血吸いコウモリを撃破したんなら、君はそれなりのレベルだろう。とりあえず、戦えばどちらかが死ぬから、今のうちに名乗っておかないか? オレはミシチェンコ。君は?」
「あたしは風音。ミシチェンコも魔王側のプレイヤーなの?」
「そうさ。のっぴきならない事情で、魔王様の下についている。可能なら、ここの宝玉をワッサムの街まで持ち帰りたいんだが、あいにく動かし方がわからないもんでね。仕方なく、守っているってわけさ」
「そうだろうね。こればかりは、ニーナぐらいしか知らないもん」
 言うが早いか、風音は杖を、ミシチェンコは弓矢をかまえる。ミシチェンコは矢を連射してくるので、風音は何本も連続で杖で防ぐことができず、ある程度はオーラバーンで矢を撃ち落とさざるを得ない。
(こりゃ、接近戦にもちこむしかないわね。攻撃魔法職にとって接近戦は難しいけど、やらなきゃ、どっちみち、あたしの負けだ)
 風音は矢を防ぎながら、徐々にミシチェンコとの距離をつめていく。
「なるほど。オレと接近戦にもちこめば、飛び道具で攻撃されないと思ったか。甘いな。オレはゼロ距離射撃もできるんだぜ」
「だから、どうしたの? ゼロ距離射撃なら、あたしだってできるわよ。それに、あたしの武器が攻撃魔法だけだなんて、決めつけないことね」
 距離をつめると、風音は懐からクナイを出し、ミシチェンコの脇腹を思いっきり刺した。意表を突かれたミシチェンコは、思わず後方に下がる。ここにきて、初めてミシチェンコに動揺の色が浮かんだ。これにより、ミシチェンコに一瞬の隙ができたので、風音はようやく呪文を唱える余裕が出る。風音は、詠唱時間も長いが威力も強い攻撃魔法、ウィンドストリームを、ミシチェンコに向かって放つ。
「ぐっ……ぐああああっ……!」
 ミシチェンコは体力を大きく減らされ、ガクリとひざをついて、弓矢も取り落とす。そののどもとに、風音は杖を突きつける。既にミシチェンコの体力は半分以下になっており、もう一回ウィンドストリームをくらえば、確実に倒されるのだ。
「勝負あったわね。あたしだって、無益な殺生はしたくないわ。降参しなさい」
「……わかった。降参する。オレだって、魔王にそこまで忠義立てする義理はないしな」
 こうして、ミシチェンコは弓矢を没収されて、風音の前を手を上げて歩かされた。
 それからは、モンスターにも敵にも出くわさずに進むことができた。やがて、開けた円形の空間が広がり、その中央に掘られた池の中心に、七色に輝く球が浮かんでいた。
「やった。宝玉だわ」
 風音は手を触れて、何度もなで回したうえで、ミシチェンコを連れて神殿から出る。外ではニーナが、顔を土気色にしながら、敵の召喚術師の位置を全て割り出し終えたところだった。風音はまず、ミシチェンコを戦士職に引き渡し、綾音にクナイを返す。
「……その様子だと、宝玉は無事に確保できたようですね……。捕虜の首筋の爆弾は、後で撤去するとして……まずは敵の召喚術師を倒してしまいましょう……」
 イズムルードは早速、風属性の攻撃魔法の軌道を湾曲させて、窪地に隠れている召喚術師を倒す。これで、残り半分のゴブリンも攻撃をやめて、右往左往し始める。味方には安堵の空気が広がった。
「……残りの召喚術師は二人……。あっちの林の中の大岩の後ろと……そっちの崖沿いの洞窟の中です……。後は宝玉の力で、攻撃魔法の軌道を湾曲させられますから、狙撃できるはず……」
 そこでニーナはバッタリと倒れた。肩で荒い息をしていて、今にも死にそうだ。ザスーリッチは、あわててニーナを温泉まで連れていき、衣服を脱がし始める。
「とにかく温泉で数日間の療養が必要ね。後のことは、付与術師として魔力を使い果たした私がやっておくから、皆は攻撃に集中して」
 そのまま、ニーナは温泉につけられる。イズムルードはありったけの強化魔法をかけられ、回復魔法職に魔力を回復させられると、寸分過たずにニーナの指差した地点に、風属性の攻撃魔法を撃ちこむ。とたんに、到着したばかりの巨人などのモンスターは全て、攻撃をやめて右往左往し始める。敵からの攻撃が全てやんだことを確認すると、ヨッフェはようやく長い息を吐いて緊張を解き、回復魔法職たちに聖壁を解除させた。
「攻撃をやめたモンスターどもは、ほうっておけ。これ以上、モンスターのヘイトを集めることで、よけいな敵を増やすな。警戒を厳にしつつ、重傷者を温泉で療養させろ」
 かく言うクラーシン自身も、満身創痍だった。皆は温泉で、さらに数日間の療養を余儀なくされる。結局、ある程度回復したニーナが、ミシチェンコの首筋の爆弾を撤去し、回復した重傷者たちが戦列に復帰できたのは、温泉に着いてから十日もたってからだった。一行はワッサムの街へと進撃し始めたが、それでもニーナが充分に回復していなかったので、ニーナと護衛役のザスーリッチを温泉に残していかざるを得なかった。
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