元バスケ部員の少女が異世界に召喚?

王太白

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 ほどなくして雨はやんだが、一行はずぶぬれで、ルイズも高熱を出していた。
「まずいわね。どうにかして暖をとらないと、ルイズが死んじゃう」
 有子はルイズをおんぶすると、元いた街道に戻り、パウを道案内にして歩き始めた。何しろ、ルイズが高熱で意識ももうろうとしている以上、パウが標識を読みながら先導するしかないのだ。
「こう言っては何だけど、ルイズの他に荷物も背負わなきゃならないから、重い……。早く次の村に着かないかな……」
 既に日は暮れかけていて、西の山に沈んでいく太陽の残光がわずかに見えるだけだ。
「このまま野宿なんてことになったら、間違いなくルイズが死んじゃう」
 有子が諦めかけたとき、ふいにパウが街道を一目散に駆け出した。何事かと思った有子がついていくと、そこは宿場町で、旅人目当ての宿も数軒あった。
「ラッキー。今日はここで泊まろう」
 有子が小躍りしていると、周囲のにぎわいで意識が戻ったルイズが、懐から銅貨を数枚取り出して、安そうな木造の宿を指差す。築数十年はたっているとみえて、見るからに壁も出入り口も、ニスがはげて薄汚れていた。
「ボロい宿ですが、あそこに泊まりましょう。徒歩で移動する以上、宿賃はなるべく節約しなければなりませんから」
 有子は、「だったら、都で賄賂なんか使わなきゃ良いのに」と毒づきながら、しぶしぶ安い宿に入り、泊まる手続きをする。ルイズをベッドで寝かせると、有子も疲れ果てていたので、すぐにベッドで眠り込んでしまった。
 その夜、有子は夢を見た。夢には、小学校で親友だったエッちゃんが出てきたのだ。
「エッちゃん、会いたかったよぉ。今、どうしてるの?」
 だが、有子の問いかけに、エッちゃんは悲しげな笑みを浮かべるだけだった。
「どうしたの、エッちゃん? あたしのこと、忘れちゃったの?」
「忘れてないよ。ただ、有子に危険が迫ってるから、それを伝えに来ただけ。お願いだから、今すぐ起きて」
 そう言うと、エッちゃんはスーッと消えていった。
「エッちゃん、行かないで!」
 そう叫んだひょうしに、有子は目覚める。目覚めてから体が熱い。寝汗をびっしょりとかいていた。布団の上には、パウがうずくまっており、一心に何かを念じているようだった。
「パウ、どうしたの? あたし、何かまずいことになってた?」
 有子の問いかけに、パウは隣のルイズのベッドへ首を向けた。見ると、ルイズの顔は真っ青で、ハァハァと荒い息をしている。
「ルイズ、どうしたの? 苦しいの? 何か薬が欲しいの?」
 有子のベッドにいたパウが、ルイズのベッドに乗ってきて、「ニャーゴ……ニャーゴ……」と鳴いている。鳴きながら、しきりに額を有子のほうに突き出すので、有子は「どうしたの? あたしに何をして欲しいの?」とパウに向き直ると、パウは飛び跳ねて有子の額にゴチンと額をぶつける。
有子が「きゃっ!」と叫んで後ろに転ぶと、とたんに周囲は薄暗い室内から真っ白い空間に変わる。空間には地面が無く、有子はただフワフワと浮いているだけだ。やがて、立っている黒猫が、空間を割って現れる。
「パウ? あなた、パウなの?」
「そうにゃ。僕はパウだにゃ。ここは僕の精神世界にゃ。何なら、僕の存在を確かめるために、触っても良いにゃ」
 有子がパウの前足を触ってみると、確かに触り慣れた肉球の感触がする。
「確かめられたかにゃ? それじゃ、僕の主であるルイズ様を助けに行くにゃ。今、ルイズ様は、敵の魔術師の差し向けた夢魔の魔法で苦しんでるにゃ。ここからは僕についてきてにゃ。さあ、活路を開くにゃ」
 パウは奥に向かって、空間を一直線に飛んでいく。有子もその後をついて飛んでいく。もっとも当初は、空間の中を飛ぶ方法がわからなかったが、何となく頭の中でイメージしてみると案外、自由に飛び回ることができた。そのまま、パウの後について飛んでいく。
 しかし、敵もすんなり通してくれるわけではなく、前方から赤い光線が発射された。「よけてにゃ!」と叫ぶパウの声に合わせて、有子もパウと同じ方向に飛んでよける。
「僕らが敵の姿を認識できないように、敵もまだ僕らの姿を視界にとらえることはできないにゃ。ただのめくら撃ちだから、今は当たらないけど、これから射撃はどんどん正確になるから、注意してにゃ」
 パウはどんどん前へ前へと速度を上げて飛んでいく。有子はついていくだけで精一杯だ。赤い光線は前方からだけでなく、上下左右から奇襲のように発射されることもあり、よけるのは至難だ。一度など、光線が二の腕をかすめて、やけどのようになったものだ。
「有子さんも慣れない攻撃に戸惑うのはわかるけど、旅を続けていけば、これぐらいの攻撃は今後、いくらでも遭遇するにゃ。今はどんどん場数を踏むことで、慣れてほしいにゃ。この先、僕やルイズ様がずっと有子さんを守っていけるとは限らないにゃ。自分の身も守れないなら、有子さんは、この弱肉強食の世界では生き残れないにゃ」
 パウの厳しい言葉に、有子は弱気になっていた自分が恥ずかしくなってきた。
(そうだ。あたしはずっとルイズに守ってもらってばかりだった。でも、それだけじゃ、あたしは強くなれないんだ)
 有子は両手で顔をパンとたたくと、キッと前方を見据えた。
「そうにゃ。良い顔になったにゃ。そうやって、敵に呑まれないようにしてにゃ」
 精神世界だけに、有子の覚悟さえ定まれば、自然に飛ぶ速度も上がり、パウも速度を上げやすくなる。有子は何度も赤い光線を体にかすめて、痛いやけどを作りながらも、臆せずにパウについていった。
 どれくらい飛び続けただろう。それまで白一色だった世界が突然、毒々しい赤に塗りつぶされていった。それによって、周囲と同色である赤い光線は、よけるのが難しくなる。有子は光線をかすめることが多くなり、一度、右手に光線が直撃したものだ。右手はひどいやけどを負ってしまい、動かすことすらできない。右手をかばいながら飛んでいると、気のせいか、速度まで落ちてきた。
「もう少しで夢魔の巣食う中心までたどり着けるから、我慢してにゃ。夢魔さえ討ち取れば、負った傷は治るけど、ここでやられたら、現実世界でも死んでしまうにゃ」
「そんなこと言ったって、やけどしたら、めちゃくちゃ痛いんだもん。だいたい、そんなこと言われたら、あたしはまだ死にたくないから、正面ぎって戦えないよ」
「戦わなけりゃ、どのみち僕たちは、赤い光線に撃たれて死ぬしかないにゃ。ここまで来たら、前進あるのみにゃ。死中に活を求めるんだにゃ」
 それでも有子は前に出る気にならなかった。パウは仕方なさそうにつぶやく。
「仕方ないにゃ。赤い光線が怖いなら、心中で『バリヤー』とつぶやくんだにゃ。そうすれば、一時的に赤い光線を防御できるにゃ。ただし、すごく精神力と体力を消耗して、何度も使うと気を失ってしまうから、使いどころは考えてにゃ」
 ちょうどそのとき、有子の目の前に、巨大な赤い光線が飛んできた。大きすぎてよけるのは不可能だ。有子は、とっさに目を閉じてしまい、心中で「バリヤー」と叫んだ。そうすると、急に体中が柔らかいぬくもりに包まれた気がした。不思議に思った有子が、恐る恐る目を開けてみると、直撃したはずの赤い光線は消えており、有子の傷も増えていなかった。そのかわり、直後に激しい疲労感と目まいに襲われる。
「もう、それ一回限りでやめといたほうが良いにゃ。次は確実に気を失うにゃ」
 有子は、闇に呑まれそうな意識を、両手で顔をパンッとたたくことで、必死で現実に呼び戻す。有子を気遣って、パウは飛ぶ速度をゆるめていたが、それでも有子はついていくだけで精一杯だった。
 疲労感と目まいと傷の痛みに耐えながら、赤い光線をパウの言うがままによけ、既に気力だけで飛んでいくうちに、正面に赤紫の人影が見えてきた。長いひげをはやした人影は立って合掌し、集中して何かを念じているようだったが、有子とパウに気づくと、とたんに両目をカッと見開き、両手を前に突き出すと、巨大な赤い光線を二筋、発射した。有子はキッと人影を見据えると、怒りのイメージをふくらませた。
(こいつがルイズを苦しめ、あたしにいくつもやけどを負わせた張本人なんだ。憎い! ここで倒したい!)
 そのまま、左手を前に突き出し、怒りのイメージを具現化させると、左手の先に白い光の弾が作られた。
「すごいにゃ! 僕が何も教えなくても、これだけの光弾を作るだけの魔力があるんだにゃ。これは想像以上の魔術師になれるにゃ。さあ、光の弾をもっと大きくして発射するんだにゃ」
 有子は言われた通り、白い光の弾をイメージでどんどん大きくしていき、巨大な赤い光線に向かって発射する。一方では、パウも同様に白い光の弾を発射する。人影が発射した二筋の巨大な赤い光線は、爆発するような轟音とともに、白い光の弾で相殺されて消えた。
「何だと? わしの魔法を相殺したのか」
 人影は驚愕する。その隙を見逃さず、パウは速度を上げて飛び、人影に肉薄すると、両手に剣型の白い光を一本ずつ作り、人影に向かって突き出す。人影は応戦するだけの時間が足りなかったのか、一本の赤い剣を作ってパウの右手の剣を受け止めるが、同時にパウは左手の剣で人影の腹を斬り裂く。
「ぐわああああぁっ……!」
 人影が断末魔の悲鳴をあげながら、数歩後ろによろめく。パウはすかさず踏み込んで、首を斬り落とす。
「お……おのれぇ……! トログリム国王に仇なす輩めがぁ……」
 人影の断末魔の悲鳴とともに、空間はぐにゃりとゆがみ、有子の意識は混濁していった。
 気がつくと、元の宿の一室だった。既に陽は昇っており、廊下をパタパタと走り回る音が聞こえる。ふと有子が体中を見回すと、やけどはもちろん、服が焼け焦げた痕跡も無かった。
「ようやく、お目覚めになりましたね。昨夜は私のために、敵の魔術師と戦っていただき、ありがとうございます」
 横でパンとスープを食べているルイズが、ニッコリと笑みを浮かべて言った。
「ルイズ、体の具合は、もう良いの?」
「はい。ご心配をおかけしました。昨夜の熱は、敵の魔術師のせいでもあるのです。魔術師さえ倒せば、後は手持ちの丸薬で治せます。昨夜、パウが魔術師にとどめを刺しましたから、今頃、魔術師は精神をやられて、魔法を使えなくなっているでしょう」
 ルイズのベッドの布団では、パウがパンをかじっていた。心なしか、パウが有子にほほえんでいるように見える。嬉しくなった有子は、思わずルイズに抱きついた。
「何をなさいますか? 食事中に……」
「だって、ルイズが生きていてくれただけでも嬉しいんだもん」
 ルイズもまんざら嫌がってはいなかった。その後、一行は食事を終えると、出発した。
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