元バスケ部員の少女が異世界に召喚?

王太白

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 道中は晴れていてポカポカ陽気だった。しかし、一行は街道を避けて、ルイズの知っている裏道を通っていった。
「私たちの宿に魔術師の魔法が届いている以上、目立つ街道を進むのは危険です。山歩きになりますが、我慢してください」
 もっとも、今朝、宿のおかみさんに焼いてもらったパンがあるので、有子は険しい裏道を歩かされても、文句を言わなかった。
 街道が山を迂回しているのに対し、裏道は険しい山越えである。有子はふだんからバスケ部の練習で走り回っているとはいえ、急勾配の山道を登ったり下りたりするのは、さすがに骨が折れた。ルイズが息一つ乱さずに悠々と通っているのが不思議なくらいだ。昼頃になって、ようやくルイズが木陰で休憩を入れた頃には、有子はクタクタになっていた。あまりに疲れきっていて、ふだんなら美味いはずのパンものどを通らない。
「初めての方には、かなり体力的にきつかったみたいですね。長めに休憩を取りますから、水を飲んで休んでいてください」
 有子は革袋の水をのどを鳴らして飲むと、バタリと倒れて、大の字になって寝転がった。
 どれぐらい時間が過ぎただろう。太陽が照っていてポカポカ陽気だった天候は、厚い黒雲に覆われて、今にも雨が降り出しそうだった。雷のゴロゴロ鳴る音が聞こえる。
「まずいですね。これは魔術師の攻撃です。前回は夢魔の攻撃でしたが、今回は天候を操って攻撃してくる系統の魔法ですね」
 ルイズの声が響く。同時にパウがフーッとうなり、全身の毛を逆立てる。ほどなくして雨が強く地面をたたき始めた。
「天候を操る魔法の場合、最も警戒すべきは雷です。木陰にいては雷の直撃を受けますから、雨が降っていても木陰からは離れるべきです」
 一行は木陰を離れ、雨の中を進み始めた。有子は疲れも取れないうちに、大雨の中を駆け出さざるを得なくなったことで、泣きたい気持ちだった。その直後に、有子が今までいた木陰に落雷し、木が轟音をたてて裂ける。
「いやああぁ……! あたし、もう元の世界に帰りたいッ!」
「バカなことを言わないで、逃げるのに集中してください! 死にたいんですか!」
 いつにも増して厳しい口調のルイズに、有子はすっかり気圧されてしまい、黙って大雨の中を走り続けた。付近の木々には、次々に落雷し、木々が燃えながら倒れてくる。有子はルイズの後について、雷を避けながら、必死で駆けていった。そうこうするうちに、前方に洞窟が見えてくる。
「やった! 九死に一生を得たわ。洞窟なら、雷も雨もしのげるはず……」
 有子が嬉々として洞窟に駆け込もうとすると、ルイズが手を掴んで叱責した。
「お待ちください! このタイミングで洞窟に出くわすなんて、都合が良すぎます。これは敵の罠である可能性が高いです」
「でも、このままじゃ、逃げる場所が無くなっちゃうよ。あたしたちがどこまで逃げても、雷は追ってこられるんだから……」
 有子はすっかり弱気になって、ルイズの手をふりほどいてでも洞窟に駆け込もうとする。
「……わかりました。パウを避雷針に変身させて、当面の雷を防ぎましょう。その間に、私たちは雷の射程距離から離れるのです」
 パウが避雷針に変身すると、ルイズはリュックから折りたたんだ厚い黄土色の布を取り出すと、広げ始めた。広げ終わった布は、ゆうに三人は乗れそうな大きさだ。ルイズは呪文を唱え始める。呪文を唱えるうちに、布は金色に輝き始め、フワリと宙に浮いた。
「これは魔法の敷物です。これに乗って空を飛び続け、ボルフガング元国王の隠れている村まで一気に飛びましょう。さあ、乗ってください」
 言うが早いか、ルイズはパウを抱いて飛び乗る。有子が恐る恐る敷物に乗ると、敷物はまるで生きているようにピクッと身をふるわせると、まるで飛行機のような速度で飛び始めた。高高度を音速で飛んでいるはずなのに、有子は風圧を感じず、普通に息が出来た。
「すごい……。何で、こんな便利な敷物を、今まで使わなかったの?」
「この敷物は、魔力の消費量が半端じゃないんですよ。私たちが出発してから、行程の三分の一まで来たからこそ、使わせていただきましたが、都から全行程を飛び続ければ、私は魔力が尽きて死んでしまいます」
 ルイズの顔には、玉のような汗が浮かんでおり、見るからに苦しそうだった。
「心配なさらなくても、ここからは敷物の行く手を阻むような高山は無いです。私の魔法なら、七百メートル級の山なら敷物で飛び越えられますから。まあ、任せてください」
 敷物は当初は順調に飛んでいたが、山を越えて集落が見え始めた頃、特大の雷が、避雷針に変身したパウに直撃した。とたんにパウは変身が解けて、全身にヤケドを負った姿で元に戻る。同時に敷物の高度が下がってきたので、ルイズは必死の形相で呪文を唱える。
「パウは避雷針に変身していたから、雷を下方に受け流せるのに、なぜヤケドを負ったの?」
「……攻撃の時間帯が、パウの変身が解ける時間だったからですよ……」
 ルイズが苦しそうにつぶやく。呪文を新たに唱えたことで、さらに魔力を消費したようだ。しかし、呪文を唱えたにもかかわらず、敷物はどんどん高度を落としていく。
「……以前も言った通り、パウの変身できるのは十五分です……。私もこの調子だと、十五分ギリギリでボルフガング元国王の隠れている集落にたどり着けるかと楽観視していましたが、敵は変身が解けるギリギリの時間を狙って攻撃を仕掛けてきました……。これでは、集落に入る前の山中に不時着することになります……」
 ルイズが言い終わらないうちに、敷物は斜面に高くそびえている広葉樹に衝突し、一行は宙に投げ出される。有子は「きゃああああっ!」と悲鳴をあげながらも、幸運にも枝や下草をクッション代わりにして、落下の勢いが弱まったのもあり、すり傷程度で済んだ。
「……い……いったたた……。ここ、どこなのよぉ? ルイズはどこ? パウは……?」
 既に上空には雷雲が覆いかぶさっており、あたりは昼間なのに、薄暮のように暗い。有子はどんどん心細くなってきた。思えば、異世界に来て以来、ルイズやパウと離れ離れになったのは初めてだった。
 もっとも、雷は相かわらず盛んに落ちてくるが、有子のいる場所から外れた地点に落ちており、全く有子には当たらない。パニックになりかけていた有子は、雷が遠のいたことで、わずかながら心の平静を取り戻すことができた。
(とりあえず、山の向こうに集落が見えたのは確かだから、山を越えさえすれば、助けを求められる。そうしたら、別れ別れになったルイズとパウの捜索も頼める)
 有子は斜面を登り始めた。落下した際に衣服はあちこち擦り切れ、おまけに雨でびしょぬれだ。走り回ったことでのどもカラカラなので、リュックから革袋を出して水を飲む。のどが潤うと、少しは元気が出たので、草木を掴んだり足をかけたりしながら、道も無い斜面を登った。
 どれぐらい登り続けただろう……。有子には既に手足の感覚が無い。何も考えずに、ただ足を前に出すだけだ。そのうち、木々が生えていない山頂らしい部分が、おぼろげながら見えてくる。有子はホッと一息つくと、自然に足取りも軽くなる。
 ところが、山頂に着く頃になると、いきなり雷が山頂付近の木に落ちた。有子は「きゃあああっ!」と悲鳴をあげて、後ろに転ぶ。
「ふはははは! 待ちくたびれたぞ。ルイズの敷物さえ撃ち落とせば、必ず歩いて山を越えてくるだろうと思っていたが、実にわかりやすいやつだな」
 哄笑が聞こえた山頂付近をあおぎみると、茶色の毛皮の上着を着た中年の男が、ニタニタ笑いながらたたずんでいた。助かると安堵しかけていた矢先の攻撃に、有子は心が折れそうだった。
「ははははは……。獲物は狩りで追いつめながら、逃げ道に追い込み、逃げ切ったと思わせたところで、とどめを刺すのが、最も気分が良いものだ。貴様の絶望にゆがんだ顔、実に好きだ。もっと苦痛にゆがんだ顔を見せて、オレを楽しませてくれ」
 言い終わらないうちに、有子の左側の木に落雷し、木の大きな破片が飛び散ると、有子の左足に刺さる。有子は「ひぎいいいっ!」と情けない悲鳴をあげてしまった。
「オラオラ、どうした? それでも異世界から召喚された大天使か? 少しは骨のあるところを見せてくれないと、オレも殺し甲斐が無いぞ」
 今度は有子の右側の木に落雷し、大きな破片が有子の右足に刺さる。有子は両足をかかえたまま、地面をゴロゴロ転がって、痛みにのたうつ。既に目からは戦意が失われていた。
「あ~あ、ガッカリさせてくれるじゃねえか。この程度、痛めつけただけで、もう戦意喪失か? これ以上、痛めつけても、後味が悪いってもんだぜ。もう楽にしてやるよ」
 中年の男は、雷を落とす呪文なのか、小声でブツブツとつぶやき始める。有子は目をつむって観念した。斜面を駆け下って逃げたいところだが、足が動かない。
だが、いつまでたっても雷は落ちてこなかった。不審に思った有子が目を開けると、中年の男の背後から剣が突き刺さっているではないか。男は立ったまま、「……ぐっ……があぁっ……!」と断末魔の悲鳴をあげる。男が振り返った視線の先には、ルイズがいて、背後から両手で剣を、男の心臓めがけて突き刺していたのだ。
「前にばかり気をとられすぎましたね……。私は一度、地元の猟師しか知らない獣道を通って山を越えてから、逆方向に歩いて再び山頂に来たのです……。あなたの行動はわかりやすいんですよ」
「き……貴様ぁ……」
 男は、ひとしきりうめき、ルイズに向かって呪文を唱えようとしたが、ルイズは右手だけで剣を押さえ、空いた左手で男の首に短剣を刺す。男は呪文を唱えることもできなくなり、絶命した。ルイズは男の体から剣と短剣を抜くと、有子に向かって深々と頭を下げた。
「私もパウもついていないのに、よく山を越えようと正しい判断をなされましたね……。私もこの集落で生活していた経験上、獣道という地の利があったとはいえ、あなたが魔術師の注意を引きつけてくれたおかげで、魔術師を討ち取ることができました……。もう私がいなくても、戦えそうですね。嬉しいですよ……」
 ニッコリ笑って言うと、ルイズは倒れてしまった。
「きゃっ、ルイズ、どうしたの? もう魔力も体力も残ってないの?」
「残念ながら、その通りです……。ここからは、あなただけでも集落にたどり着けますから、どうか急いでください……」
 ルイズの顔は血の気が失せて蒼白だった。ここまで命を削ってがんばったのかと思うと、有子は涙があふれそうだった。
「ダメ! ルイズも一緒に集落に入って、医者にかかるのよ! そうでなきゃ、あたしが許さないからね!」
 有子は両足の痛みも忘れて、ルイズに肩を貸すと、二人で山を下り、集落へ向かい始める。魔術師を討ち取ったことで、上空の雷雲はだんだんと薄くなり始め、雨も少しずつ小降りになってきた。集落がだんだん近づいてきたことで、有子の足取りもどんどん軽くなっていった。
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