若輩当主と、ひよっこ令嬢

たつみ

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彼女と彼は 4

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 ハインリヒは食堂で昼食を取りながら、向かい側に座る従姉妹を意識している。
 貴族では、金髪の女を好む男が多い。
 だが、彼は、アシュリーの髪色が、自分のそれと似ているのが気に入っていた。
 宝石のように美しい青色の瞳もお気に入りだ。
 
 14歳なりの愛らしさも、16歳になる頃には、麗しさに変化するに違いない。
 ハインリヒは、当然のごとくアシュリーと婚姻する気でいる。
 彼は、15歳の時から、そう決めていた。
 当時、彼女は、まだ9歳だったが、関係ない。
 むしろ、産まれた時点で決まっていたことだと思っている。
 
(今すぐ婚姻してもかまわねぇけど、まだ俺の相手はできねぇからなあ)
 
 もう少し成長してからのほうが、心置きなく楽しめるはずだ。
 どの道、アシュリーは自分のものなのだから、急ぐ必要はない。
 あと2年ほど、ほかの女と遊ぶ時間もできる。
 後腐れのない相手とベッドをともにしているうちに、あっという間に時間は過ぎ去るだろう。
 
 ハインリヒは、アシュリーを気に入っていた。
 婚姻したのちは、ほかの女と関係を結ぶ気はない。
 今は、婚姻の時期としては早い、というだけの話なのだ。
 
「いいか、アシュリー。お前が頼りにできるのは、俺だけなんだからな。しっかり覚えとけよ」
「いつも……頼りにしているわ、ヘンリー」
 
 返事に気を良くして、食事を続ける。
 アシュリーも理解しているに違いない。
 彼女の両親が、いかに娘に関心がないか。
 ハインリヒは、そのことを、アシュリーよりも、もっと知っている。
 
 彼らは、ハインリヒの両親と取引をしていた。
 ハインリヒに家督を譲る代わりに、多額の資産を譲渡されることになっている。
 平たく言えば、己の家督を分家に「売った」のだ。
 彼らは、家督よりも贅沢な暮らしを望んでいた。
 
 ハインリヒの母は、貴族ではない。
 商人の娘だ。
 実家は、かなりの資産家だった。
 セシエヴィル子爵家に娘を嫁がせたのは「格」がほしかったからに過ぎない。
 
 さりとて、商人は商人だ。
 いくら娘を嫁がせたところで、貴族には成りえない。
 しかも、分家では後継者にはなれないのが常識だった。
 
(それが、あの爺さんのずる賢いところだぜ)
 
 我が祖父ながら呆れそうになる。
 セシエヴィル子爵家を選んだのにも意味があったのだ。
 アシュリーの両親が、どういった性質の者たちかを見極めていた。
 
 まずは分家に入り込み、男子をもうけさせる。
 もちろん、こればかりは運任せなところもあったわけだが、幸運なことに、母はハインリヒを産んだ。
 その子に子爵家の家督を継がせれば、血筋的に本物の「格」が手に入る。
 
 自らは商人を生業としながらも、さらに貴族の「格」を梃子てこにして、より大きな富を築くのが、祖父の狙いだった。
 祖父は、貴族になりたいわけではない。
 ひたすら貪欲に財を増やすことしか考えられない、根っからの商人なのだ。
 
 だが、ハインリヒは違う。
 分家とはいえ貴族の家に産まれたのだ。
 金で買った爵位だなどと言われるのは、自尊心が許さない。
 彼の心を満たすには名実ともにセシエヴィル子爵家の当主となる必要があった。
 
(アシュリーと婚姻すれば正式な子爵家当主だ。金じゃなくて血筋だからな。誰も陰口なんぞ叩けねぇだろ)
 
 もっとも、アシュリーが、どうしようもなく「好みではない」女であれば、その気も失せていたかもしれない。
 だが、年々、彼女はハインリヒ好みに育っている。
 
「この間の夜会、俺がパートナーで、お前も鼻が高かったんじゃねぇか?」
「ヘンリーはダンスが上手いし、ほかの女の子たちに羨ましがられたわ」
「そうだろ? でも、俺は、ほかの女とは踊らなかった」
「そうね……大勢を断るのは大変だったでしょう?」
「お前のエスコートでなきゃ、あんな年下ばっかりの夜会になんか行くかよ」
 
 この間の夜会というのは、アシュリーも含めて、社交界デビューの女の子たちのために開催されたものだ。
 ハインリヒからすれば、アシュリー以外は、ただの「小娘」でしかない。
 率先してエスコート役をかって出たのも、ほかの男を寄せつけないためだった。
 
「無理をさせて、ごめんなさい」
「いいさ。お前のエスコートをする男なんか、ほかにいやしねぇんだ。親族として恥をかかすわけにはいかねぇからな」
「……優しいのね。気を遣ってくれてありがとう」
 
 アシュリーの言葉に、ますますハインリヒは気分が良くなる。
 彼女の周囲から男を排除しているのは、ハインリヒだ。
 アシュリーの両親が不在がちなのをいいことに、貴族学校にも通わせなかった。
 ハインリヒが選んだ女教師を雇い入れ、アシュリーの貴族教育をさせている。
 
 だが、そんなことは、おくびにも出さない。
 アシュリーには、自分以外に頼れる者はいないのだと思わせておきたかった。
 同性の友達もおらず、異性からは相手にもされない存在なのだと。
 
(あいつを早目に始末しといたのは、間違ってなかったな)
 
 4年前まで、アシュリーには、世話係がついていた。
 アシュリーが産まれた時から、べったりくっついていて、常に一緒にいた存在。
 邪魔以外の、なにものでもない。
 だから「始末」している。
 
 ハインリヒの後ろには資産家の祖父がついていた。
 魔術師を雇い、その「世話係」を消すように依頼したのだ。
 途中、なにか手違いがあったらしいが、結果としては上々。
 
 生死はともかく、その世話役は消息不明となっている。
 遺体がなかったため、おそらく瀕死の状態で逃げたのだろうということだった。
 そして、襲われた恐怖によるものなのか、アシュリーの記憶から、その世話役はすっぽりと抜け落ちている。
 
 ハインリヒ自身も、世話役のことは、あまりよく覚えていない。
 記憶にあるのは、薄茶色の髪をした、穏やかそうな人物だったことくらいだ。
 年上だったことも覚えてはいたが、そのほかは忘れている。
 生死もわからず、アシュリーの記憶からも消えた男のことを、あえて覚えておく必要はなかった。
 
 あれから4年。
 
 アシュリーの身近にいる男は、ハインリヒだけだ。
 そのことに、彼は満足している。
 あとは現状を維持しつつ、2年待てばいい。
 
 そうすれば、心身ともに、アシュリーは自分だけのものになるのだ。
 
 アシュリーの両親は、簡単に認めるだろう。
 ロズウェルドでは、婚姻などに際して、女性の意思が尊重される。
 だとしても、アシュリーにだって選択肢などない。
 ハインリヒ以外の男が近づく余地を与えないよう、ほぼ隔離状態にしている。
 
 たったひとつ、気になることがあるとすれば、あの森だ。
 
 万が一にも、アシュリーが森に行き、魔術師のことや、あの世話役のことを思い出すようなことがあってはならない。
 あの時の魔術師は、大金を渡して追いはらっている。
 今、雇っているのは、別の魔術師だ。
 だから、確たる証拠はないのだが、アシュリーに猜疑心や警戒心を持たれれば、厄介なことになる。
 
(ま、大丈夫だろ。今まで、散々、あの森には行くなって言い聞かせてきたしな)
 
 わずかな懸念を、ハインリヒは一蹴した。
 アシュリーは、この4年間、ハインリヒに、口ごたえしたことはない。
 実は、それが彼に対する苦手意識からきているとは、気づかずにいる。
 
 ハインリヒの中では、未来は決定づけられていた。
 22歳の自分と、16歳のアシュリーの婚姻。
 同時に、子爵家を継ぎ、当主となる。
 思い描いた暮らしは、黙っていても2年後に訪れると信じていた。
 
「デザートはあとにしろ。行くぞ、アシュリー」
 
 言って、さっさと席を立つ。
 アシュリーが、食事にほとんど手をつけていないことなど、ハインリヒは気にもめていなかった。
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