若輩当主と、ひよっこ令嬢

たつみ

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夜に戸惑い 2

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 アシュリーは大勢の人の間から2人を見ていた。
 中央で踊る、公爵とサマンサの姿に見惚みとれている。
 サマンサの薄い紫色のドレスが、ひらひらと揺れていた。
 アシュリーの頬は少し熱くなっている。
 
 優雅、ではあった。
 だが、なんとも言えない艶っぽさも漂っているのだ。
 要は、色っぽい、ということ。
 アシュリーに自覚があるわけではないが、無意識に「性的」なものを感じている。
 
 見てはいけないものを見ているような、そんな恥ずかしさがあった。
 
 周囲の人々が、嘲笑含みな顔つきをしているのにも気づかない。
 ただただ、2人に視線をそそいでいる。
 
(やっぱり、お2人は大人なのだわ……とっても素敵……サマンサ様はダンスがお上手だし、ジェレミー様もリードが上手くて、息もぴったりね)
 
 とはいえ、見ていると、どうしても恥ずかしさを感じた。
 こんなに、まじまじと見ていいものだろうかと思いつつ、目を離せずにいる。
 そのため、無意識に、隣に手を伸ばした。
 ジョバンニの袖を、そっと掴む。
 
「大丈夫ですか、姫様?」
 
 声をかけられ、ハッとなった。
 ようやく2人から視線を外し、ジョバンニを見上げる。
 彼は、なぜだか心配そうな表情を浮かべていた。
 とたん、ちょっぴりムっとする。
 
 屋敷では、ジョバンニは、サマンサのことを「あちらのかた」と呼んでいた。
 だが、ここでは違う。
 きっと名で呼んでいたはずだ。
 なのに、自分のことは、相変わらず「姫様」と呼ぶ。
 その違いに、ムッとした。
 
 自分が子供なのは自覚している。
 30歳のジョバンニから見れば、14歳など子供と見做みなされてもしかたがない。
 それでも、子供扱いされるのが、無性に気に入らなかった。
 少なくとも、ここは屋敷ではなく、夜会の会場なのだ。
 
 公爵だって、ここでは彼女を「淑女」として扱ってくれている。
 アシュリーを「可愛い小さなお姫様」だなんて言わなかった。
 ジョバンニの「姫様」という呼びかたは、「この子」と言うのに等しい。
 せっかくリビーが大人っぽく仕上げてくれたのに、ちっとも通用していないことが悔しくなる。
 
「ジョバンニもサマンサ様と踊りたかったのでしょうに、残念ね」
「いえ……私は……」
「わかっているわ。ジョバンニの立場じゃ、子守りを任されるのが不服でも、そうとは言えないってことくらい」
「姫様……なにか、私が気に入らないことをいたしましたか?」
「……違うの……私が……勝手に怒っているだけ……」
 
 ジョバンニといると、時々、こうなる。
 感情が浮き沈みするのだ。
 腹が立っていたはずなのに、今度は、しょんぼりしてしまう。
 心配してくれているジョバンニに、八つ当たりした自分に落胆していた。
 
(私が14歳で、子供なのは、ジョバンニのせいじゃないもの……私がジョバンニより、うんと遅く産まれたというだけで……)
 
 自分が子供なのも、ジョバンニが大人なのも、しかたがないことなのだ。
 大人な彼に、子供扱いされることだって。
 
「私が大人だったら……踊れたわ。少しずつだけど、背も伸びているし……」
 
 今はジョバンニの肩ほどまでしかない身長も、あと2年すれば、もう少し高くなっているだろう。
 踵の高い靴を履くことだってできる。
 そうなれば、ジョバンニと釣り合いのとれるバートナーになれるに違いない。
 ただ、今がそうではない、というだけだ。
 
「姫…………アシュリー様、私でよろしければ、1曲お願いできますでしょうか」
「え……? あの……でも……背が……」
「そのようなご心配は無用にございます」
「ジョバンニは嫌ではないの?」
 
 ジョバンニが胸に手をあて、にっこりする。
 そして、反対の手をアシュリーに差し出してきた。
 
「私がアシュリー様と踊りたくて、お誘いしているのですよ」
 
 一応、貴族教育でダンスもひと通り習っている。
 だが、正直、ダンスには良い記憶がない。
 ハインリヒに引きずりまわされたことしか覚えていないからだ。
 それでも、差し出された手に、アシュリーは自分の手を乗せる。
 
「うまく踊れるかは、わからないけれど……」
「ダンスは上手く踊ることより楽しむことが大事なのです。私はアシュリー様と踊れるだけで、楽しめるでしょうね」
「私も……ジョバンニと踊るのは楽しいと思うわ」
 
 頬が、ぽっぽっと熱い。
 心臓は、どきどきしているが、嫌な感覚ではなかった。
 手を繋ぎ、人波を越えてホールに出る。
 今さらに気づいたが、公爵とサマンサしか踊っていない。
 
「どうして、ほかの人は踊らないのかしら?」
「さぁ? ずっと踊りっ放しで疲れているのでしょう」
「私たちが踊っても叱られない?」
「もちろん叱られたりはしませんよ」
 
 にっこりされ、アシュリーは、ほかのことを考えられなくなる。
 ジョバンニが大丈夫だと言うのだから、きっと大丈夫なのだろう。
 もし公爵に叱られるようなことがあれば、自分が我儘をしたと言えばいい。
 そう思って、しっかりとジョバンニの手を握った。
 
 曲に合わせて、すいっと足を踏み出す。
 当然、ジョバンニは体をかがませるようにしていたが、窮屈そうには見えない。
 とても自然に体が動いた。
 ハインリヒとのダンスとは、まったく違う。
 
 ターンも細かなステップも、習った時以上に軽々とできた。
 背の高さが違うのに、ジョバンニは視線を交えてくれている。
 ひどく優しく、それでいて、少しいたずらっぽい色が瞳に浮かんでいた。
 いかにも楽しげな表情に、アシュリーは嬉しくなる。
 
「とっても楽しいわ、ジョバンニ」
「私も楽しんでおります、アシュリー様」
 
 ぐっと近づいた距離に、思わず抱き着きたいような気持ちになった。
 ジョバンニに抱きしめ返されたら、どんな感じがするだろう。
 思うが、ターンで体が離れていく。
 もっと近づいて、ふれてみたかった。
 
 そして、ジョバンニに、ぎゅっとされたい。
 
 ついつい、うっとりと、そんなことを考えてしまう。
 名で呼んでもらえるのも嬉しかった。
 大人の女性として見られている気がする。
 婚約者との立場など、完全に忘れていた。
 
「ダンスが楽しいと思ったのは、初めてよ」
「私は、ダンス自体、初めてです」
「えっ?! 全然、そんなふうに思えないわ!」
「それなら安心いたしました。習いはしましたが、実践したことがなかったものですから」
 
 ふわぁっと、心が喜びに満ちていく。
 ジョバンニにとって「本物の」ダンスの相手が自分だったと思うと、たまらなく嬉しかった。
 なぜ、これほど嬉しいのか、わからないほどだ。
 
「夜会も初めて?」
「はい。旦那様は、あまり夜会を好まれないかたなので、これまで私を供につけることはございませんでした」
「そうなの……」
 
 とすると、今後、夜会に来る機会はないかもしれない。
 ジョバンニとのダンスも、最初で最後になる可能性もある。
 初めて楽しいと思えたのに、とても残念だ。
 ちょっぴり落胆しているアシュリーに、ジョバンニが微笑む。
 
「ダンスは、夜会だけでするものではありませんよ。お屋敷でもできることです」
 
 ローエルハイドの屋敷には、大きなホールがいくつもあった。
 そこでジョバンニと踊る自分を想像して、アシュリーの胸が高鳴る。
 最初で最後にならなくて良かった、と思ったのだ。
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