若輩当主と、ひよっこ令嬢

たつみ

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後日談

若さゆえに

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「質のいいリンゴが入ったらしいんだよ」
「まあ! だったら、早く行かないと売り切れてしまうわ」
 
 ジョバンニは、2人が話しているのを見かけて足を止めていた。
 昼間の光景としては、めずらしくない。
 アシュリーは、ローエルハイドの勤め人として働いている。
 婚姻し、正式にコルデア侯爵夫人となるまで、勤め人を続けると言われていた。
 
 そのため、屋敷内のほかの勤め人と話す姿は日常的なことなのだ。
 とりたてて気にするほどのことではない。
 なのに、親しげな様子に、ジョバンニの心がざわめいている。
 
 焦げ茶の髪と同じ色をした大きな瞳のマークは、21歳。
 アシュリーとは5歳違いだった。
 対して、ジョバンニとは16歳も違う。
 実のところ、それを気にしていた。
 
 ロズウェルドでは、ほとんど年の差に意味はない。
 女性のほうが男性より寿命が20年も短いこともあって、夫婦の歳が離れているのは、一般的でもある。
 妻に先立たれた男性が、年下の後妻を迎えるのも当然とされていた。
 むしろ、年上の女性を妻にするのは、先に独り身になる覚悟が必要となるのだ。
 
 それを考えれば、ジョバンニとアシュリーの歳の差は、ある意味では理想的。
 男性の寿命が70歳前後だとしても、ジョバンニが、そのくらいの歳になる頃、アシュリーは50歳。
 女性の平均寿命と近しい歳と言える。
 どちらが先に逝くかはともかく、そう長く独りの時間を過ごさずにすむだろう。
 
 とはいえ。
 
 今は、先々のことより目先のことで、ジョバンニの心は乱されていた。
 婚約をしていても、人の心を縛ることはできないからだ。
 とくに、アシュリーは若い。
 2年前とは違い、視野も広がっている。
 
「これから街に行くけど、一緒に行くか?」
「そうね。私も時間が空いているし、せっかくなら見ておきたいわ」
 
 アシュリーが、マークと一緒に歩いて行く。
 馬車で出かけるつもりだと察せられた。
 マークは料理人の見習いだが、街への買い出しに行くこともある。
 馬の扱いにも慣れていた。
 
(だが……彼女の身に危険がないとは言い切れない……)
 
 こっそりと、ついて行こうか。
 
 思った、ジョバンニの肩が軽く叩かれる。
 ハッとして振り返った。
 そこには、憮然とした表情のリビーが立っている。
 淡い金髪を後ろでひっつめていて、薄茶の瞳にジョバンニを映していた。
 
 リビーは、アシュリー付きのメイドだ。
 アシュリーの1歳上で、とてもしっかりしている。
 そして、ジョバンニにはとても厳しい。
 
「まさか2人を尾行けるつもりではないでしょうね?」
「尾行けるとは、人聞きが悪い。私には、姫様の身の安全を確保する義務がある」
 
 正当な理由を口にしたはずなのに、リビーは、はなはだ疑わしいと言わんばかりの視線を向けてきた。
 目を細め、眉をついっと上げている。
 
「そうでしょうか? 私には嫉妬に駆られた男性にしか見えませんが」
「嫉妬などしてはいないよ、リビー」
 
 するはずがないし、する必要もない。
 ジョバンニは、自らの心の乱れを否定し、抑えつける。
 歳若い婚約者を相手に嫉妬なんて、あまりにもみっともない。
 そう感じて、自覚したくなかったのだ。
 
「姫様が、小さい頃に、ご存知だった男性は3人だけ。その中から、誰かを選ぶとなれば、あなた以外にはいなかったはずです。私だって、その3人なら……しかたなく、あなたを選びますよ」
 
 ぐさっ。
 
 リビーは、平気でジョバンニの痛いところを突いてくる。
 選択肢がなかったのは、ジョバンニにもわかっていた。
 公爵と従兄弟、そして自分の3択だったのだから。
 
「今の姫様が新たな選択をしたとしても、横槍を入れる権利はないでしょう?」
「わかっているさ」
 
 ジョバンニは、そっけなく言う。
 表情には出していないが、内心では「肯定したくない」と思っていた。
 アシュリーの瞳が、別の誰かを映すのを嫌だと感じている。
 相手が誰であろうとも、彼女の1番近くの席を譲りたくはないのだ。
 
「それなら、コソコソと2人の後を尾行けたりしないことです」
「私が気にしているのは、護衛もつけずに外に出ることだ」
「アドラントは、すでに平和ですよ」
「わからないじゃないか。街には粗野な者もいるのだし……」
「マークは、ちゃんと対処できます。それに、この街で姫様がローエルハイドの者だと知らない民はいません」
 
 リビーの言葉は、ことごとく正しい。
 2年前ならいざ知らず、今のアドラントは平和そのもの。
 落ち着いていて、小さないざこざも少なくなっていた。
 苦境に陥った際、みんなで助け合ったことが幸いとなったのだ。
 以前のアドラントより、よほど統制が取れている。
 
 大きな枠組みは、ローエルハイドとアドラント王族で改革を行った。
 皇女であったマルフリートは、腐敗の進んでいたアドラント王族を見事に仕切り直したのだ。
 今では女王として君臨し、権威の象徴となっている。
 
 そして、民の生活に関わる、細々とした規範作りは、ジョバンニとアシュリーが行った。
 もちろん公爵の名のもとであったため、2人がローエルハイドの下位貴族だと、領民にも知られている。
 
「そのくらいにしてやってくれないか、リビー」
 
 陽気な笑い声とともに、公爵が現れた。
 かっちりとした貴族服が似合う、ジョバンニのあるじだ。
 すぐさまひざまずこうとしたジョバンニを、公爵が手で制する。
 隣には、公爵夫人となったサマンサを連れていた。
 
「あら。彼女の言うことはもっともだし、まだ手ぬるいくらいだわね」
 
 サマンサの言葉に、ジョバンニは顔をしかめそうになる。
 どうにもサマンサとは折り合いが悪い。
 主の妻だとわかっているのに、角を突き合わせずにはいられないのだ。
 
「アシュリー様は、この野暮執事にはもったいないもの」
「きみは、相変わらずジョバンニをいじめるのが好きだねえ」
 
 公爵は笑っているが、ジョバンニは笑えずにいた。
 サマンサが「本気」だとわかっている。
 アシュリーには、ほかの男性のほうが相応しいと考えているのだろう。
 ジョバンニ自身、そう思うところもあるので、よけいに心がざわつく。
 
「いい頃合いじゃない? アシュリー様も16歳になられるのだし、自らのお心で選択をすべきだと思うわ」
「アシュリーが心変わりしたとでも言うのかい?」
「可能性の話よ。このまま婚姻まで一直線だなんて、あまりにも不利だわ。選択の余地がないもの」
 
 見れば、リビーもうなずいていた。
 日頃は、リビーとてサマンサの味方などしないくせに、と思う。
 
「それもそうだ。1度、ここいらで、はっきりさせておくべきだな」
「我がき……だ、旦那様、それは……」
 
 公爵が、ジョバンニに向かって穏やかに微笑んだ。
 その笑みに、絶望的な気分になる。
 この流れは止められない。
 公爵はサマンサに同意したのではなく、事の成り行きを「楽しんで」いる。
 
「アシュリーが、どういう選択をするか。ちょいと確認してみようじゃないか」
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