いつかの空を見る日まで

たつみ

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第2章 彼女の話は通じない

理不尽さはとめどなく 2

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 信じられない光景に、思わず膝が崩れた。
 瞬間、がさっという音が辺りに響く。
 だが、もう隠れようという気持ちさえ残っていない。
 
「これは……やはり、僕には運が味方をしているようだな……お久しぶりです、カサンドラ王女様。次にお会いする時は陛下と3人。確か、そうでしたね?」
 
 足音が近づいて来る。
 立ち上がろうとは思うのに、体が動かなかった。
 目の前に迫る人物より、リニメアの中にいる2人に視線を向けたままでいる。
 ジュポナで別れて以来、消息は知らずにいた。
 
 バレスタンの屋敷を爆破したのち、ほとぼりがさめるまで、地下に潜ると言っていたはずだ。
 なのに、なぜ、その2人が、ここにいるのか。
 しかも、目は虚ろで、意識があるのかもわからない。
 
「そう言えば、貴女はバレスタンと交流があったようで、驚きましたよ」
 
 リニメアは「壁」を造る装置を搭載していた。
 現実に、今も薄い灰色が広がっている。
 嫌な推測に、頭がキリキリした。
 耳も、なにかが詰まったように、音や声がくぐもって聞こえる。
 
「ラーザの民は隠れるのが上手い。ですが、こちらも、それなりに追う手段がありましてね。鼠は猫に捕まえさせるのが1番。そう思いませんか?」
 
 その言葉に、キャスは、ようやく顔をロキティスのほうへと向けた。
 相変わらず、嫌な笑みを口元に浮かべている。
 
 聖魔の国にいた時とは違い、感情が大きく乱れていた。
 ラフロは、性根の悪い奴ではあっても「悪意」はない。
 もちろん、そこにタチの悪さも含まれているのだが、ロキティスのように悪意に満ちた者とは違う。
 
 ロキティスの薄っぺらな笑みが、心底、嫌味に感じられた。
 そして、気持ちが悪かった。
 ロキティスが、彼らを「なにに使ったのか」察しがついていたからだ。
 認めたくはなくても「壁」が、それを証している。
 
「……ラーザの民を……」
「お察しの通り、活用させていただきました。ですが、彼らは罪人です。なにも問題はないでしょう」
 
 なにか言い返したいのに、言葉が出てこない。
 それほどショックを受けており、頭が働かなかった。
 キャスは、フード姿たちに取り囲まれている。
 だが、身の危険さえ感じられなくなっていた。
 
「これで貴女の亡骸を陛下の元にとどけられます。貴女の望み通り、3人でお会いできますよ。彼がいないのは気になりますが、いないのなら、それはそれでかまいませんしね」
 
 ロキティスに命を狙われていたことには気づいている。
 坑道で初めて見たフード姿たちは、中間種だった。
 その中間種を「作って」いたのは、ロキティスで間違いない。
 
 なぜ自分の命を狙っているのかは知らないが、そのせいで、フィッツも殺されることになったのだ。
 
 ポケットに入れている、ひし形を意識する。
 途端、激しい怒りがわいてきた。
 ロキティスを、きつくにらみ上げる。
 
「私を殺したいってだけで……どれだけ周りを巻き込むつもり?」
「どれだけでも、と言っておきましょうか。それと、貴女を殺したいだけ、というわけではありませんよ。考えてみれば、サレス卿に殺させなくてよかったのかもしれません。ここで殺されたことになるほうが、利になりますからね」
「……あんたが……ベンジーをそそのかしたの?」
「人聞きの悪いことを言わないでください。彼は自らの信念を貫いただけです。幼馴染みの大事な皇太子を皇帝にするために、貴女が邪魔だったのですよ」
 
 ベンジャミンに嫌われていたのは、わかっていた。
 それでも、戦車試合のあと、少し関係性は良くなっていたように思う。
 フィッツに褒められたことを、ベンジャミンは喜んでいたのだ。
 そもそもティトーヴァが皇帝になることは、彼女の中では「決まっていた」ことでもある。
 
「貴女が陛下のお気持ちを受け入れていればねぇ。サレス卿も思い詰めることはなかったでしょうに。ご存知ないようですが、貴女が皇宮を去ってから、陛下は、帝位を捨てることすらいとわないといった、ご様子だったのです」
 
 心臓が、ばくっと波打った。
 ティトーヴァが、そこまで自分に執着しているとは考えていなかったのだ。
 
 彼女は「カサンドラ」から聞いた話でしか「その後」のことを判断していない。
 前皇帝キリヴァンが崩御し、ティトーヴァが帝位を継ぐ。
 それが、予定調和として頭にあった。
 
「無駄話は、ここまでにしましょうか。実は、あまり時間がないもので」
 
 フード姿たちが、じわりと輪を狭めて来た。
 なぜか「逃げる」とか「戦う」という発想が浮かばない。
 ティトーヴァの執着がベンジャミンを思い詰めさせ、あの日の出来事を起こしたのだとすれば。
 
(私のせい……私が皇宮を逃げたせいで……フィッツが……)
 
 殺されることになった。
 
 あれから、何度も何度も思っている。
 自分が皇宮を逃げなければ良かったのか。
 大人しく「流れ」に沿って「カサンドラ」をしていれば良かったのか。
 そうすれば、フィッツを巻き込み、死なせずにすんだのか。
 
 繰り返し、繰り返し、考えてきたのだ。
 
 それを、ロキティスに肯定されている。
 あげく、今また新たな「犠牲」を出していた。
 なにもかもが自分を起点にしている。
 
 フィッツが殺されたのも、魔物たちやラーザの民を犠牲にしたのも。
 
 すべて自分が招いたことだった。
 事実は、ロキティスの悪意と欲が元凶であり、彼女のことは口実に過ぎない。
 けれど、そう判断できるだけの思考力が、彼女には残されていなかった。
 
 自分が間違えたのだ、という思いもあったから。
 
「魔物に殺されたというように、体に傷を残してから、殺せ」
 
 抵抗する気も失せていた。
 心が打ちのめされている。
 
 もう死んだほうがいい。
 
 そう思っていた。
 無意味どころか犠牲を増やす「死」になるとしても、キャスは、自分の命を肯定できずにいる。
 フード姿たちに体を掴まれても、なすがまま。
 
 できれば、こんなふうではなくて、あの時、フィッツと死んでいたかった。
 
 ただ、あの時も今も同じ。
 なにもかもがどうでもよくなっている。
 キャスが必死にしがみついていた幻想さえ壊れようとしていた。
 
 ぱんっ!
 
 音と同時に、フード姿が倒れこんで来る。
 続けざまに、音が響いた。
 その音とともに、フード姿が地面に倒れていく。
 
「な、なんだ、誰だ……っ……?!」
 
 ロキティスの焦った声が聞こえた。
 とはいえ、それも遠い。
 そこに、もうひとつの声が重なる。
 
「おいおい、ロッシー、抜け駆けなんて、ずいぶんな真似するじゃねぇか」
「ゼ、ゼノ……いや、これは……きみを支援しようと……」
「支援ねえ」
 
 膝をついているキャスと、その前に立っていたロキティス。
 ロキティスの横に、もう1人の人物が立っていた。
 
(……ゼノクル……リュドサイオ……)
 
 会ったのは、1度きり。
 戦車試合の日、皇太子と一緒にいた時、挨拶に来たのを覚えている。
 だが、雰囲気が、まるで違った。
 皇太子の前だったのだから当然かもしれないが、あまりに違い過ぎている。
 
「き、きみのほうこそ、酷いじゃないか……僕の……」
「こいつらが表沙汰になるのは困るって、俺、言ったよな? なに、こんなところまで連れて来てんだよ。後始末するほうの身にもなれってんだ」
「きみが黙っていてくれればすんだ話だ。どうせ、この女は殺すんだろう?」
「ああ、その話な」
 
 じわっと、キャスは顔を上げた。
 無意識に、ゼノクルを視界に映す。
 ゼノクルは、ニッと笑っていた。
 
「あれ、嘘だから。俺は、この女を殺す気なんざねぇから」
「え……? ゼ、ゼノ? きみ……きみは、なにを……」
 
 どんっと、ゼノクルが、ロキティスの首元を殴りつける。
 手にしているのは銃だ。
 その銃身を使ったのだろう、一瞬で、ロキティスが地面に倒れた。
 ゼノクルが、倒れたロキティスの体を足で蹴とばす。
 
「本当に、つまらねぇ奴だぜ。なあ、小娘、そうだろ?」
 
 無気力状態に陥っているキャスに、ゼノクルが陽気に話しかけてきた。
 頭の中がごちゃごちゃで、答える気にもなれない。
 また「死」が遠のいたことだけはわかっていたけれど。
 
「しかも、ケチくさくってよ。お前も見たよな? あの出来損ないの聖魔封じ? 大型なら百人、中型でも60人、小型だって50人は必要だって言ってたくせに、なんと大型には80人ずつ、俺のいた中型にも40人しか使ってなかったんだぜ? 信じられるか? それで、自分の小型に20人使いやがったんだからな」
 
 言われていることの意味が理解できずにいる。
 理解しようという気持ちもなかった。
 だが、キャスの状態になどおかまいなしに、ゼノクルは喋り続けている。
 
「派手にぶっ壊されちまったけど、ありゃあ、どっちみち、帰りは持たなかっただろうよ。そこにいる、そいつらより、楽に死ねてよかったんじゃねぇか? なにしろ、たった20人で長距離移動だろ? 相当、苦しんだと思うぜ?」
 
 ばくばくと、耳の奥から鼓動が聞こえてきた。
 同時に、周りの景色が見え始める。
 
 自分は、まだ生きているのだ。
 
 思ったら、現実が戻ってきた。
 周りは静かだが、国の外では、魔物たちが戦っている。
 ゼノクルが「指揮官」なのは確かだった。
 ならば、自分が倒すべき相手は、この男なのだ。
 
「にしてもよ、小娘。知らなかったとはいえ、こともあろうに、ラーザの王女が、ラーザの民を手にかけた。今の気持ちは、どうだ? 自国民をぶっ殺した気分は? なあ、王女様よ?」
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