いつかの空を見る日まで

たつみ

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最終章 彼女の会話はとめどない

感性の法則にて 1

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 茶を飲みながらアヴィオと話しているザイードを、フィッツは見ていた。
 さっきの提案は、勘案すると「最善」だと言える。
 
 フィッツの提案が、最も効率的に帝国を潰す方法ではあった。
 無差別に狙われるとわかれば、帝国内は大混乱に陥る。
 人の利は、戦力となる人間の数が多いことと技術力だ。
 だが、同時に、人数の多さが不利益にもなる。
 
 自らも巻き込まれると知った民は、国に助けを求めるだろう。
 国も、それを無視することはできない。
 民を守るために、それなりの人員を割くことになる。
 恐怖や猜疑心から、民は互いに些細なことでもいさかいを起こし、そこにまた人手が取られる。
 
 そうした状況下、帝位についたばかりのティトーヴァでは、安定した国の統制は難しい。
 戦争に勝利できると信頼できるに足る力を見せなければ、民どころか属国にも、そっぽを向かれる。
 
 とはいえ、現状、帝国には、そこまでの技術力はない。
 飛距離が決まっているので、こちらに被害を与えられる着弾地点は限られていた。
 それがわかってさえいれば、フィッツ1人で対処できる。
 魔物の国への攻撃手段がないと民衆が悟った頃合いを見計らい、第2撃、3撃を加えれば、終わりだ。
 
 帝国の威信は失墜し、内側から崩壊する。
 
 雨をしのげない傘など誰が欲するだろう。
 邪魔になるだけで、捨てられるに決まっていた。
 もちろん、そのためには大勢の「犠牲」を必要とする。
 
 民というのは、自らに関わりがない範囲では、日常を優先するからだ。
 家族や身内、友人が犠牲にでもならなければ、現状維持を肯定する。
 それでも、民衆を扇動すれば、こちら側の犠牲を抑えながらも、短期間で帝国に勝利できると、フィッツは判断した。
 
(姫様は犠牲を好まれない。言われていたはずなのに……なぜ忘れていた……?)
 
 皇宮で、カサンドラに「自分は姫様ではない」と言われ始めた頃からだ。
 何度か「目障り」だったり、「無礼」だったりする者を殺そうとしたことがある。
 念のため、彼女に承諾を得ようとしたのだが、いずれも却下された。
 それまでは「フィッツの好きになさい」としか言われていなかったので、ほんのわずか戸惑ったのを覚えている。
 
 だが、カサンドラはヴェスキルの後継者であり、姫様は姫様だった。
 フィッツにとっては、性格や資質が変わろうと、なにも影響はない。
 
 ただ、その頃から確実に、彼女は犠牲を肯としなくなっている。
 その犠牲には、敵も味方もない。
 わかっていたはずなのに、フィッツから、その「条件」が抜け落ちていた。
 
 最善を求め過ぎたのだ。
 
 カサンドラの安全を最優先とするなら、当然、戦争での勝利が絶対条件となる。
 さらに、早い決着が、勝利への最短距離だった。
 
 ザイードの提案に似た策を考えなかったわけではない。
 帝都の技術開発地域や軍の基地を狙うことは考えた。
 ただ、それでは「遅い」と感じ、その策を「最善」とはしなかったのだ。
 
 声をかけられるまで、彼女が犠牲を嫌うのを忘れていた。
 
 結果として、カサンドラの意思を無視したことになる。
 現時点で、フィッツは、魔物の国のほうが有利と見ていた。
 つまり、たちまちカサンドラの命がおびやかされる状況ではない。
 なのに、自分は「あるじ」の意思を無視したのだ。
 
(最近は、失態続きだな。これでは、姫様に置き去りにされてもしかたがない)
 
 置き去りにしないでほしいと頼んではいたが、結局のところ、自分は置き去りにされたのではないか。
 
 フィッツは、そう考えていた。
 でなければ、皇宮でカサンドラを見失ったことに、理由がつけられない。
 
 いつも、1番、近くにいた。
 地下室でも、そうだ。
 けれど、見失った。
 
 そこにカサンドラの意思が介在していないとは考えられない。
 
 だとしても、フィッツは、それをカサンドラに問えなかった。
 彼女の判断には理由があるのだ。
 たとえば、自分が役立たずだったとか、足手まといだったとか。
 さっきのことで、また役立たずだと思われたに違いない。
 
(こんなざまでは、おそばにもいさせてもらえなくなってしまう)
 
 カサンドラの母フェリシア・ヴェスキルは、長くティニカを遠ざけていたことがあると聞く。
 女王がラーザを去る際に死んだティニカの代わりを頑として不要とし、連絡もエガルベ経由でしか許さなかったらしい。
 詳細は不明で、なにか大失態をしたとしか考えられないとだけ聞かされていた。
 
(女王についていたティニカは、自死をしたのだろうな。私も……姫様に不要だと言われれば、死を選ぶ)
 
 ティニカの存在意義は、ヴェスキルの後継者を守り、世話をすることだ。
 その対象者から「不要」だとされるのは、存在そのものが否定されるのと同義。
 すなわち、生きている意味がない。
 
(いや、そんなことよりも、姫様のお役に立つことを考えなければ)
 
 フィッツには、自分を生かすためにカサンドラの役に立とう、なんていう考えはなかった。
 
 フィッツは、その代の「ティニカ」で、最も優秀とされている。
 だから、カサンドラに仕えることを許されたのだ。
 役立たずなままでは、彼女の側にいる資格をなくす。
 フィッツが気にしているのは、そこだけだった。
 
 すん。
 
 ふう…と、フィッツは小さく息をつく。
 
 すんすんすん。
 
 ずっと無視してはいたが、その存在には気づいていた。
 気づかないはずがない。
 
 すんすんすんすんすん。
 
「なにか?」
 
 しかたなく声をかける。
 
 休憩に入ると、すぐだった。
 茶を一気飲みし、フィッツに近づいてきたのだ。
 遠巻きに、などという可愛らしいものではない。
 
「お前、変わった匂いがするよな? 帝国ってとこの奴らとはまったく違うし、キャスの同胞とも微妙に違う。なんでだ?」
 
 ふぁさりふぁさりと、大きな尾が揺れている。
 ダイスが「変化へんげ」を解いたのだろう、狼に似た大型の獣の姿になっていた。
 四つ脚で立っているのに、背はフィッツと変わらない。
 
 すんすんしながら、フィッツに顔を近づけている。
 時折、頬にあたる鼻づらが、ひやっと冷たかった。
 
「帝国とは種族が違うからですね。同胞と言っても、私は家系が違うので、匂いも違うのではないでしょうか」
「家系でも違うのか。細かいんだな、キャスの同胞ってのは」
「私が、ティニカという特別な家系なだけですよ」
「そういや、ほかの……ラーザ?は、同じだったな」
 
 ダイスは、見た目通り鼻が利くのだろう。
 細かい差異にも敏感に気づくに違いない。
 それにしても、と思う。
 
「尾にさわっていいですか?」
「え…………」
「あなたも私の匂いを嗅いだではありませんか? 私もあなたの尾に、少々、興味があるのです」
「う……あ、ああ……まぁ…………」
 
 さっきまで揺れていた尾が、へたりと床に落ちていた。
 その尾に手を伸ばす。
 
「あ、あ~、オレたちが尾にさわ……」
「知っています」
「え……………………」
「知っています」
 
 固まっているダイスを無視して、尾を手に取った。
 予想していたよりも、遥かに、ずっしりと重い。
 深い銀色の毛に隠されてはいるが、中の骨は相当に頑丈そうだ。
 そこに魔力を溜めて、地割れを起こすのだろう。
 
 いずれにせよ、ルーポの魔力攻撃は重要な戦力になる。
 知識以上に、きちんと把握しておきたかった。
 
 骨の具合を見たくて、毛を逆撫でする。
 途端、ダイスが、ぎゃっと叫んで飛び上がった。
 が、フィッツは手を離さない。
 
「骨に関節がない……尾の先まで1本に繋がっているのか?」
 
 ズササッと毛を逆撫でしながら、尾の先まで骨を手でなぞってみる。
 まるで鉄の棒のような感触がした。
 人の骨とは構造が、まるで違う。
 
「も、もうやめてくれ……っ……こんなこと知れたら……キサラに嫌われる……」
 
 フィッツは観察していただけだが、ダイスにとっては大事おおごとらしい。
 視線を向けてみれば、ちょっぴり涙目になっている。
 銀色の瞳孔が大きく開いていた。
 
「知られなければいいことです」
「いや、お前……っ……知ってるんだろっ? 知ってるんだよな……っ?」
「知っています」
 
 言われても、だからなんだ、としか思わなかった。
 無視して、骨の具合を手で確認する。
 そのたびに、ダイスが悲鳴をあげていたが、どうでもよかった。
 
 ルーポ族は、好ましい異性にしか尾をさわらせない、と知っている。
 求愛や夜の営みで、尾を使うからだ。
 
 だが、フィッツには関係ない。
 ダイスに求愛する気はないし、そもそも異性ですらない。
 さわっているのは、観察のために過ぎないのだ。
 
「ちょっと魔力を流してもらえますか?」
「いやいや、それやったら家が……」
「程度の問題でしょう? 少しでかまいませんので」
「けど、ザイードに叱られ……」
 
 フィッツは目を細め、ぎゅっと尾を握る。
 瞬間、ダイスが大声で叫び。
 
 ビシビシビシッ!
 
 音を立てて、床に亀裂が入った。
 フィッツの見て来た「被害地」ほどの亀裂ではない。
 一応、これでも加減はしたのだろう。
 
「ダイスッ!! お前は、なにをしておるのだっ!!」
 
 3種族の長の冷たい視線の中、ザイードが尾を左右に振りながら歩いて来る。
 表情は変わらないが、怒っているのだろうことに、察しはついた。
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