いつかの空を見る日まで

たつみ

文字の大きさ
210 / 300
最終章 彼女の会話はとめどない

感性の法則にて 2

しおりを挟む
 キャスのところまではとどいていないが、床の板敷に割れ目が入っている。
 ダイスが魔力を使ったようだ。
 
 みんな、驚いて茶を飲む手を止めていた。
 茶を運んできたノノマとシュザも、おかわりを注ぐ手を止めている。
 
 ザイードだけが、尾を左右に小さく振りつつ、ダイスへと歩み寄っていた。
 近くには、フィッツもいる。
 
 ダイスがフィッツにちょっかいをかけていることに気づいていたが、持ち前の好奇心を発揮しているのだろうと、放っておいたのだ。
 キャスも、すんすんされたことがあったので。
 
 あまり冷たくあしらわなければいいなと思っていたのだが、案外、普通に話している様子だったため、なおさら放っておいた。
 魔物たちの中で、フィッツが孤立するのは望ましくない。
 さっきのように、一触即発といった雰囲気になるのはけたかった。
 
 フィッツが気にしなくても、キャスは気にする。
 だから、様子見をしていたのだけれども。
 
「なにやってんの、フィッツ」
 
 キャスもザイードの後を追って、フィッツとダイスに駆け寄った。
 ダイスは床に体を落とし、両の前脚を前に投げ出して、へたっとなっている。
 まさに、くぅんっといった感じだ。
 大きな目が、心なし潤んでいる。
 
「尾を調べていました」
「尾? なんで?」
「ルーポは尾で亀裂を作ります。その構造を知っておきたかったので」
「それは……まぁ……必要な、ことであろう、な……」
 
 ザイードが、なにやら微妙な顔つきをしていた。
 振り向くと、ほかのおさたちも、曖昧な表情を浮かべている。
 
 笑いたそうな、同情しているような。
 けれど、やはり笑うのを耐えているような。
 
「お前ら、こいつは容赦ねぇぞ! 次は、お前らのばんだからな!」
 
 ダイスの言葉に、全員が、ハッとしたような顔をした。
 同時に、そわそわし始める。
 ザイードまでもが、なぜか尾をフィッツから遠ざけるように高く掲げた。
 それぞれに体を隠そうとしている。
 
「お、俺は断る! 絶対に、お断りだ!」
 
 アヴィオが怒鳴った。
 隠しようもないのに、両手で角を掴んでいる。
 
 いったい何事かと、キャスは、きょろきょろと視線をさまよわせた。
 ミネリネはほとんど透明化しているし、いつもは足を横にしているナニャも、居心地が悪そうに正座をしている。
 
「な、なに……? どうしたんですか……?」
 
 そろりといったふうに訊いたキャスに、ザイードが視線をそらせた。
 それから、細く薄く口を開く。
 
「……我らの魔力というのは、本能と結びついておるのだ」
 
 キャスは、自分の魔力を意識したことがない。
 だが、言われてみれば、そんな気もする。
 無意識にでも使えるのは、本能的な部分に繋がっているからだと考えれば不思議ではないのだ。
 
「生き物にとって生存というのは、非常に強い本能なのですよ、姫様」
「まぁ……そうだろうけど…………あ……」
 
 反射的に、ダイスを見た。
 ダイスが情けない顔で、耳をへたらせている。
 
「ちょ……フィッツ……知ってたんだよね?」
「知っていました」
 
 それがなにか?という顔ができるのが、フィッツなのだ。
 平然としているフィッツを見ていると、ダイスが気の毒になってくる。
 
(そりゃあ、みんな、嫌がるよ……あ、いや、でもなぁ……)
 
「あのねぇ、みんなは、私とは違うんだよ? 私は、四六時中、見られてたしさ、フィッツに見られてないとこなんてないわけだけど……」
「なんと……っ……?!」
 
 皇宮にいた頃は、あまりに自然になっていたので、うっかり口が滑っていた。
 あの時のフィッツは、360度の眼を持っていて、見られているといった意識もなかったのだ。
 少々、頭のイカれたフィッツに、慣れていたこともある。
 
(そう言えば……アイシャもびっくりしてた、っていうか、怒ってたっけ……)
 
 指摘された時の、フィッツの狼狽ぶりを思い出して、寂しい気持ちになった。
 フィッツには「普通」を教えないほうがいいのだ。
 それも、フィッツを変える要素のひとつだったのだから。
 
「人の国で、私が暮らしてた場所は、いろいろと危険なこともあったので、用心のために見張っていただけです。フィッツには下心なんてありませんし……」
 
 自分の言葉に、自分で傷つく。
 馬鹿な話だ、と思った。
 が、それを助長するように、フィッツがうなずいている。
 
「当然です。私は姫様をお守りする立場。下心などいだくはずがありません」
「……わかってるよ……フィッツに下心なんてない。ないない、絶対にないっ」
 
 ザイードが、驚きに、ぱかりと開いていた口を、ゆっくりと閉じた。
 瞳孔は、少しだけ狭められている。
 なにか思案している時の顔だ。
 
「あの、フィッツ様!」
 
 すくっと立ち上がったノノマが、こっちに駆けて来る。
 ノノマはフィッツが苦手らしかった。
 怖がっているというよりは、なにか気後れした様子を見せるのだ。
 こうしてノノマから話しかける姿は、初めて見る。
 
「我らの攻撃方法は、じゃ、弱点にも成り得るところにござりまする。そ、それを知らねばならぬ、り、理由があるのでござりましょう?」
「たとえば、ルーポ族は、耳がちぎれても戦えますが、尾がなければ戦えません。そして、おそらく、ちぎれた尾は、ファニでも癒すことができない」
 
 ちらっと、フィッツが同意を求めるように、視線をミネリネに投げた。
 ミネリネは黙ってうなずく。
 ラフロも、そんなようなことを言っていた。
 あの時のザイードは、脚と尾がちぎれていたのだ。
 
「で、では、フィッツ様は、それができるのでござりまするか?」
「構造がわかっていれば、たいていの部位はくっつけられますね」
 
(フィッツ、言いかた……部位って……)
 
 言葉を選ばないフィッツのこだわりのなさに、がっくりきそうになる。
 が、ノノマは気にしていない。
 瞳孔を拡縮させながら、前のめりになっていた。
 
「そういう技術を持っておられると?」
「技術というより施術をするだけですよ。切り落とされた指をくっつけることは、人の国でも、よくあることですし」
 
 いや、よくあること、というのは言い過ぎだ。
 とはいえ、確かに「ないことはない」と言える。
 
「で、では……私の尾も……」
「駄目! ノノマは駄目だよ、女の子なんだから!」
「さようにございます!」
 
 割り込んできたのは、シュザだ。
 全身が緑の鱗で覆われているので、正直、顔色はわからない。
 
 だが、言うなれば「真っ青になっている」状態であることはわかる。
 下心の有る無しに関わらず、好きな相手の「本能」に関わる部分にさわられたくない、という気持ちは理解できた。
 
「私は、どなたでもかまいませんよ? 基本は同じでしょうから」
「なれば、私が!」
 
 シュザが、おそらく「真っ青な顔」で、ずいっと前に進み出る。
 命でもとられるのかというほどの、決死の覚悟が漂っていた。
 そんなシュザにも、フィッツの表情は微動だにしない。
 相変わらずの無表情。
 
(でもなぁ、いざって時に、くっつけられるっていうのは大事かも……先々の暮らしにも影響があるだろうし……不便ってだけじゃないもんね)
 
 会話や変化へんげはできても、いろんなことができなくなる。
 ルーポであれば、家が造れなくなったりするはずだ。
 なにより、精神的に大きなショックを受けるのは間違いない。
 治せる手段があるのなら、手に入れておくべきだろう。
 
「な、ならば、俺は、後日、別の奴を来させる。選り抜きの奴をな」
「私も、そうしよう」
「私たちには必要なさそうだけれど、調べたいことはあるのでしょうし……誰か、こちらに寄越すことにしておくわ」
 
 アヴィオ、ナニャ、ミネリネが口をそろえて言った。
 誰でもいいのなら、自分たちでなくてもいいと、判断したようだ。
 
 早い話、逃げた。
 
「この……っ……お前ら、ズリぃぞ! なに逃げてんだよ!」
「逃げるだなんて、おかしなことを言うわねぇ。その者が、誰でもいいと言うから私より適任がいると考えただけじゃないの」
「ミネリネの言う通りだ。いかに下心がなくとも、私の性別は女。その者も少しは気を遣うかもしれない。どちらかといえば、男のほうが、気兼ねがないはずだ」
「いや、逆に、そいつだって男だ。どうせさわるのなら、男より女と思うかもしれないだろう。コルコは広く募り、行きたがるものを行かせることにする」
 
 みんな、それぞれに言い訳をしているが、間違いなく「逃げた」のだ。
 ともあれ、種族のおさが言うのだから、その判断を尊重する。
 最初に「被害」にあったダイスは気の毒ではあるけれども。
 
「そもそも、お前のは自業自得だ、ダイス」
「どういう意味だ、ナニャ! オレは、こいつに話しかけただけだぞ!」
「それそれ、それよぉ」
「どれだ?」
下手へたに好奇心を振り回すから痛い目に合う、と言っているんだよ」
 
 ナニャもミネリネもアヴィオも、こういう時は息ぴったりだ。
 完全に、ダイスの旗色が悪くなっている。
 わかっているのか、ダイスも低く唸るばかり。
 言い返す言葉もないらしい。
 
「あ…………」
 
 キャスは、ノノマの手を掴む。
 相手が誰であろうと、フィッツは容赦しない。
 必要な情報を手に入れるまでは、ほどほどでやめる、なんて手加減もしない。
 
「ちょっと外に出てよっか」
「かしこまりましてござりまする」
 
 ノノマは、きょとんとした顔をしつつも、キャスについてきた。
 家を出たところで、中からシュザの悲痛な叫びが。
 
(一応……私たちが外に出るまでは、待ってくれたんだ……フィッツ……)
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

処理中です...