いつかの空を見る日まで

たつみ

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最終章 彼女の会話はとめどない

会心の一手 2

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 ザイードは、手加減をしているのではない。
 が、中に魔人がいるせいか、この前の戦で相手をした兵たちと明らかに異なる。
 こちらの動きが読まれているのだ。
 その上、さっきは魔人の力も使った。
 
 繰り返し使えるとは思えない。
 だが、2度目がないと断定もできない。
 
 相手は、魔人。
 なにをしてくるか、予測がつかなかった。
 
 なので、頭の隅では、フィッツを気にしておく必要がある。
 魔人に体を乗っ取られる可能性があることを忘れてはならないのだ。
 そして、ザイードは魔力を使えない。
 
「お前らは、それ以上、近づくな! 陛下に近づけさせなきゃ、それでいい!」
 
 魔人のくせに、もっともらしいことを言っている。
 人の「振り」をするのも上手いらしい、と呆れた。
 
 魔物の国で、ザイードは、この魔人を見ている。
 離れていた時は、魔人だと気づかなかったほど「人間」にしか見えなかった。
 
(人を操ることにかけては、さすが魔人よの。あれほど頭の切れる皇帝ですらも、騙されておる)
 
 戦場で、狂気じみた突撃をしてきた兵たちを思い出す。
 
 本人は後方に控え、いくつかの言葉を投げかけただけだ。
 だが、その声により、兵は目の色を変えた。
 死をもいとわず、突っ込んできたのだ。
 精神干渉を受けていたわけでもないのに。
 
「なぁ、ちょっとだけ見逃してくれねぇか?」
 
 魔人が、ザイードの攻撃をけながら、小声で話しかけてくる。
 会話は人語でなされていたが、フィッツが現れて以降、さらに理解できるようになっていた。
 
 フィッツは魔物と会話ができる。
 とはいえ、キャスとは人語で話すのだ。
 同じ場にいて、自分だけ理解できないのが嫌だった。
 なので、キャスとフィッツ、2人から人語を学んでいる。
 
「俺があいつの体を借りたがってんのは、わかってるよな」
 
 キンッと、ザイードの爪が、魔人の持っている剣で弾かれた。
 剣の刃がギザギザになっている。
 ザイードの攻撃を弾くたび、欠けているからだ。
 
 ろくな装備もまとっていないため、腕や足からは血も流れていた。
 けれど、魔人は気にもめていない。
 近寄っては、平気で話しかけてくる。
 周りから見れば、必死の攻勢をかけているように思えるだろう。
 
「俺はあいつになっても、あの女に手出しはしねえ」
 
 ぴくっと、指先が反応した。
 自然に、キャスの顔が浮かんだのだ。
 
「お前、あの小娘に惚れてんだろ?」
 
 ザイードは答えない。
 こんなところで、こんな状況で、自分の心と向き合う気はなかった。
 だいたい、キャスに対する想いは、すでに自覚済みだ。
 
「けどよ、あいつがいる限り、お前に見込みはねぇぞ」
 
 だったらなんだ、と思う。
 そんなことは、言われなくてもわかっていた。
 
 というより、フィッツがいなくても「見込み」なんてない。
 
 キャスの想いの深さを、ザイードは誰よりも知っている。
 想われているフィッツ自身よりも。
 
「なんなら俺は消えてやってもいいんだぜ? そうすりゃ……っ……」
 
 ザイードは、近づいて来た魔人の横腹を蹴り飛ばした。
 吹っ飛んだ先に跳躍し、爪で振り薙ぐ。
 ガツっという硬い感触がした。
 が、致命傷にならなかったのを、すぐに悟る。
 
「ゼノクル殿っ!!」
「新しい剣を寄越せ! それと、そいつの足を止めろ!」
 
 着地したところで、足が鎖に絡め取られた。
 壁側にいたザイードと魔人を囲んでいた騎士たちが、鎖を放ったのだ。
 ジュポナの時にかけられたものと同じだろう。
 
 人型でなければ、すぐに引きちぎれたのだが、変化へんげしていると、やはり思うようには体が動かない。
 
 魔人が刃のこぼれた剣を捨て、新しい剣を握っている。
 騎士たちは、ザイードに鎖をかけながらも、遠巻きだ。
 
「その姿でやるのは、キツいんじゃねぇか? 向こうも、キツそうだしな」
「お前の話など聞くに値せぬ」
 
 ザイードは人語を使っていない。
 それでも魔人にだけは通じる。
 にもかかわらず、周りに対する演技なのか、魔人は首をかしげていた。
 そして、騎士たちに「人語」で言う。
 
「人の姿に似せていても、魔物は魔物。人じゃあねえ」
 
 騎士たちの顔つきが厳しいものに変わった。
 鎖にかかる力も強くなる。
 魔人という以上に、厄介な相手だ。
 人を「言葉」で操っている。
 
「余は、お前と取引はせぬ。それだけは覚えておけ」
 
 キャスが愛しいのだと気づいてからも、ザイードは求愛せずにいた。
 ダイスに、いくら尻を叩かれても、だ。
 キャスの心に「想い人」がいると知っていた。
 そこに自分の入る余地があるとも思ってはいなかった。
 
 ミサイルが落ちてくる空を、キャスと見上げた時でさえ、心のうちを隠している。
 一緒に生き、死ねるのであれば満足だと、そう思えた。
 
 この世には、自分の思うようにならないこともある。
 生き死にもそうだし、心や想いだって、そうだ。
 自分の行動や気持ちだって、思い通りにはならない。
 
 だが、ザイードは魔物だった。
 
 あるがままに、生きている。
 なるべくしてなる、ということわりの中で生きているのだ。
 キャスが想いを寄せてくれるとしても、作られた結果であってはならない。
 己の努力が実を結ぶのと、魔人の手を貸りるのとでは、まるで意味が違う。
 
 キャスの心を手っ取り早く自分のものにする方法を取るのは、ザイードの理に反するのだ。
 
 ザイードは、鎖のかけられている片方の足を大きく横に振った。
 がしゃんっと鎖がふつかりあう音がする。
 同時に、たわんだ鎖を爪で断ち切った。
 
 そこに魔人が突っかけてくる。
 剣先が眼前に迫っていた。
 かまわず、腕ではらう。
 
 変化していても、見えないだけで鱗に体は覆われている。
 刃に傷つけられることはない。
 
 跳ね返された魔人が、後方に飛んでいた。
 ザイードは、その姿を見つめる。
 銀色の髪をした男だ。
 
(こやつは、なんとしても殺さねばならん)
 
 反対の足に絡んでいた鎖も爪で断ち切る。
 素早く魔人の間合いに踏み込んだ。
 
 さっきの攻撃で、魔人の肩は砕けていた。
 左手は使えなくなっている。
 
 ザイードは懐から小型のナイフを出した。
 両手から、それを腹目掛けて投げる。
 魔人が右手に持った剣で、ナイフを弾き返した。
 それを狙っていたのだ。
 
 ナイフを手放した両手で、魔人の頭を狙う。
 その腕が強く引っ張られた。
 体が横にかしぐ。
 
「ゼノクルを囲め! 殺させてはならんっ!」
 
 腕に、わずかな擦過傷ができていた。
 皇帝の武器でつけられたものだと、すぐにわかる。

 騎士たちがゼノクルを囲み、剣を構えていた。
 ちらっと横目で、フィッツを窺う。
 
 対角となる反対の壁際に追い込まれている姿が見えた。
 焦っている様子はないが、フィッツは常に無表情なので、心中は不明だ。
 とはいえ、フィッツが焦るところも想像はできないのだが、それはともかく。
 
「陛下、申し訳ありません!」
「かまわん。もう少しの辛抱だぞ、ゼノクル。セウテルが着くまで耐えろ」
 
 多勢に無勢などと言う気はない。
 ここは敵陣の真ん中なのだ。
 来る前から、こうなることは予測できていた。
 
(ザイードさん)
 
 フィッツが、通信で呼びかけてくる。

 これは帝国にあるものとは違うのだそうだ。
 そのため、似たようなものをつけていても、聞かれる心配はない。
 魔力での会話は、魔人に盗み聞かれるため控えておく。
 
(姫様から、退却し終えたと、ご連絡がありました)
 
 聞こえてはいても、ザイードは黙っていた。
 こちらが互いにやりとりをしていると察知されないためだ。
 適度に騎士たちを攻撃しつつ、フィッツの言葉に意識を向ける。
 
(そろそろ頃合いですが、どうしますか?)
 
 もう我慢をする必要はない。
 完全な魔力抑制は窮屈さを感じるのだ。
 攻撃をやめ、ザイードは目を細める。
 
「お前だけは生かしてはおかぬ」
 
 魔人を見て、言った。
 だが、それはフィッツに対しての「伝達」だ。
 たとえ「頃合い」であろうとも、ただでは逃げない、という。
 
 ぶわっと風が巻き起こる。

 ザイードは魔力を解き放った。
 そして「龍」になる。
 見えない場所にいる、キャスに思いを馳せた。
 
(そなたのためにも、ここで奴を殺しておかねばならぬのだ)
 
 ごうっと、口から炎を吹き出す。
 その隙に、駆け寄ってきたフィッツが背に飛び乗ったのを感じた。
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