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最終章 彼女の会話はとめどない
等価の対極 2
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あれから1ヶ月が経つが、帝国からの連絡はない。
雪解け前には動きがあると、フィッツは言っている。
つまり、これから先の1ヶ月の間には、連絡が来る、ということだ。
この辺りでは大雪が降るのは2ヶ月とちょっと。
それを過ぎると、少しずつ雪解けが始まるらしい。
「そなたが1人とは、めずらしいではないか」
声に振り向く。
キャスは、家の裏手にいた。
ちょっとした気晴らしだ。
そこには、ガリダにしか咲かないという雪花が咲いている。
ガリダでも冬にしか咲かないと、ノノマが教えてくれた。
寒すぎても駄目だし、水気が少なくても駄目なのだそうだ。
見た目は、手のひらサイズにした蓮の花という感じ。
夜になると閉じてしまうので、昼間に見にきた。
「フィッツは……スコープの調整をするとかで、あの洞に行きました」
「銃の精度を高めるためだの」
「というより……私の腕が……」
フィッツの組み立てた銃は短距離用のもので、銃身は長くない。
近い位置からの射撃を目的としている。
止まっている的に当てることはできるようになってきた。
だが、動く的にすると、途端に当たらなくなる。
(スコープって、望遠鏡っぽいイメージだったし、間違いじゃないんだけど……)
それ以前の問題だった。
銃の扱いそのものが、キャスのイメージとは違ったのだ。
フィッツから説明を受けている間、頭の中はハテナでいっぱい。
はっきり言って、自動車教習所の座学のほうが、まだ理解できた。
(身分証明書になるから取りに行こうってくらいの気持ちだったのに、合格できたもんなぁ。運転も、なんとかなったしさ……運動できないわけじゃないよね……)
とは思うのだが、いかんせん「銃」なんてものの知識がない。
銃弾はまっすぐ飛ぶものだと思っていたが、実は放物線を描いて飛んでいるとか、それも弾速によって描く曲線が違うとか、スコープで「距離を測る」だとか。
知らないことが多過ぎた。
(止まってれば、距離測って照準合わせて弾道決めてって手順を踏めなくもない。でも、撃たれるのを待ってくれる相手なんかいるわけないんだよ!)
いくら止まっている的に当てられても、それでは実戦で役に立つとは思えない。
そう言って気落ちしているキャスのため、フィッツはスコープの改良に着手。
だから、今、ここにいないのだ。
「あやつがおれば、そなたが戦うことはあるまい?」
キャスは、雪花の近くにしゃがみこむ。
広がった薄緑色の葉に、指先で軽くふれた。
寒さから葉を守るためなのか、細かい産毛に覆われている。
そのため、緑の葉が薄く見えるのだろう。
「フィッツは、ああいう人なので……誰も、フィッツを守れないんです」
「そなたは、あやつを守りたいのだな」
「言っちゃ駄目ですよ? フィッツにとって、それは……」
「恥となるか」
「それ以上です。死ぬとか言い出すので、困るんですよ」
キャスは、力なく笑ってみせた。
フィッツの存在意義を否定したくはない。
けれど「ティニカの教え」以外の存在意義を持っているのに、と思うのだ。
たとえ守ってくれない相手であっても、キャスはフィッツを必要としている。
「極端な男よな、あれは。しかし……あやつとそなたの想いは別と思うが」
「そうですね。フィッツは、私を好きだから守ってるとか世話を焼いているとか、そういうのじゃないんですよ」
「キャス、余が想像しておることは間違っておるか?」
キャスは、ザイードの顔を見上げた。
瞳孔が、少し狭まっている。
フィッツに負けず、ザイードも勘の鋭いところがあった。
フィッツのいなかった時期の自分の姿も見られている。
「間違ってないと思います」
ゆっくりと立ち上がり、ザイードの目を見つめた。
黒い瞳に金の瞳孔。
大きくて、ギザギザの歯をしているのに、怖いと思ったことは1度もない。
そして、意外なほど、あたたかい手をしていると知っていた。
「私が持ってた、ひし形……あれがフィッツの魂でした。でも、ゼノクル……魔人に壊されちゃって……そのせいだろうと思うんですが、フィッツには途中の記憶がないみたいなんです」
「そなたと想いが通じておった頃の、であろうな」
「フィッツは、元々、ああいう人だったんですよね。色々あって変わって、一緒に生きていこうとしてて……」
じわ…と、涙がこみあげてくる。
フィッツの前では、キャスは、けして泣けない。
理由を説明できなかったし、説明しても理解してもらえないことで傷つきたくもなかったからだ。
「その最中に、あやつは……命を賭して、そなたを守った」
「私は置き去りです。自分は置き去りにしないでくれって言ってたくせに……」
「そなたが、あやつに守るなと言うは、そのせいか」
「2回目はないでしょう? それが嫌で取引をしなかったくらいですしね」
「それゆえ、あやつと距離を取っておるのだな」
こくっと、うなずく。
キャスの目の縁に、涙が浮かんでいた。
それでも、胸の裡を明かせることに、少しだけ安心している。
独りでかかえているのが、ずっとつらかったのだ。
「今のフィッツは、最善が選べるフィッツなんです。私のことばっかり優先してるところは同じだとしても、私に寄り添おうとするフィッツじゃないので。以前の私は、よくわかってなくて……まぁ、今も変わらないところはありますが」
「無差別を肯とできぬところだの」
魔物と人の理は違うとしつつも、ザイードはキャスの心情を読み解いている。
軽く頭を撫でられ、その手のあたたかさに、涙がこぼれた。
「アヴィオの言う通りなのに……犠牲のない戦争なんて……ない……」
「そうさな。どちらかに犠牲を強いることにはなろうし、そのどちらかを選ばねばならぬこともある。守りたきものがおれば、戦わねばならぬのだ」
「私は……フィッツのことも、みんなのことも……大事です」
「そなたは人として生きてきたゆえ、割り切れぬことも多かろう。だがな、自らの正しさに縛られる必要はない。余とて、自然の理に反することもしておる。生きるためであったり、守るためであったり、状況次第で正しきものを変える」
自分の正しさ、という言葉に、ハッとする。
この世界で生きながらも、元の世界の正しさを、自分の正しさとしてきたのではなかっただろうか。
倫理観や道徳観は、簡単には変えられない。
どうしても、人殺しは人殺しだと考えてしまう。
目の前で戦争が起きていてですら。
「むろん、敵に犠牲を強いるのを良いことだとは、余も思うてはおらぬ。それでも人が我らの殲滅をはかるのなれば、余は人を殺す。それを悪いとは思わぬ。抗わず淘汰されるなぞもってのほか。余は、魔物なのでな。やりたきことやる。それが、余にとっての正しさとなっていくゆえ」
「後づけなんですね」
「正しさなぞは、その程度でよい。余は、あやつのように先を見通すことはできぬのでな。正しさで押し切るよりも、流れに合うた正しさを選ぶだけぞ」
なんとなく、わかる。
あとで間違っていたと後悔することは、たくさんあった。
だが、その時その時の選択では、それが正しいと信じていた。
ザイードは、結果が伴わなくても、振り向かないと言っているのだ。
『先に起こることを予見できたとしても、避けられぬこともある。避けたと思うても、その先に異なる障害が待っておることもある。ゆえに、我らがせねばならぬことは、ひとつだけなのだ』
以前、ザイードの言った言葉が思い出される。
キャスがジュポナに行くと決め、ザイードが同行すると言った時のことだ。
『行き止まりが見えたら、別の道を探す。これだけだ』
『過ぎた時を戻ることはできぬのでな。別の道を辿って行くしかあるまい』
『辿った道が前に進んでおるとは限らぬし、また行き止まりかもしれぬ。進んでみねばわからぬ、ということだ』
これからも、元の世界の倫理観の正しさに縛られ続けるかもしれない。
自分の思う正しさに苦しめられることもあるだろう。
進めど進めど、行き止まりばかりの道だという可能性もある。
だとしても、道は、ひとつではない。
きっと自分の持つ正しさも、ひとつでなくてもいいのだ。
もとより感情なんて、なにかに集約できるものではない。
箱に閉じ込めていた「正しい正義感」を、自分はかかえこんでいたのだろう。
それにそぐわないことを、内心では「間違い」だと、断じてきた。
「ザイードに、綺麗事は通じませんね」
「綺麗でないより、綺麗なほうがよいがな」
ザイードが、目を細める。
瞳孔が狭まるのとは違い、穏やかな眼差しだった。
「綺麗でおれるうちは、綺麗でおればよいさ」
抑えつけていたものが解放されたせいか、気持ちが軽くなっている。
不安や心配はあるものの、その片隅に「安心」も芽生え始めていた。
ザイードは、無条件でキャスの言葉を肯定はしない。
同情したり慰めたりすることも少なかった。
どちらかと言えば、印象に残っているのは厳しい言葉のほうが多い。
(でも、手とおんなじで……あったかい……)
こぼれていた涙が止まっている。
頬に残っていた涙は、ザイードが拭ってくれた。
「よいか、キャス。仮に、余が、そなたを庇うて死んだとしても、それは自然の理なのだ。己の責と思うてはならぬ。余は、死ぬ時も、魔物として死ぬる。そなたのせいとすれば、余は自然の理の中で死ねぬのでな」
「ザイード……」
「ミサイルの時も、そうであったろう? あやつが対処し、我らは生きておるが、フィッツを呼び戻したのは、そなただ。しかも、それは意図したものではない」
「生き返らせようとしたわけじゃないっていうのは、ありますね」
「しかし、結果はどうか。あやつは生き返り、我らを助け、我らは生きておる。そなたも余も、まだ死に時ではなかったのだ。死に時であったなれば、どのようなことが起きても死んでおったさ」
キャスの気持ちが、さっきよりも明るくなる。
魔物は祈ったりはしないが、ザイードの言う自然の理というのは、キャスが思う「大いなる意志」に似ているのかもしれない。
どんなに祈っても、天秤の傾きを変えることができないことはあるのだ。
「キャスよ……」
ふわっと、ザイードに抱きしめられる。
どうしたのかと、キャスは、ザイードの腕の中で、きょとんとしていた。
「いずれ良き時が訪れる。それまで、苦しき時は、苦しいと言えばよい」
雪解け前には動きがあると、フィッツは言っている。
つまり、これから先の1ヶ月の間には、連絡が来る、ということだ。
この辺りでは大雪が降るのは2ヶ月とちょっと。
それを過ぎると、少しずつ雪解けが始まるらしい。
「そなたが1人とは、めずらしいではないか」
声に振り向く。
キャスは、家の裏手にいた。
ちょっとした気晴らしだ。
そこには、ガリダにしか咲かないという雪花が咲いている。
ガリダでも冬にしか咲かないと、ノノマが教えてくれた。
寒すぎても駄目だし、水気が少なくても駄目なのだそうだ。
見た目は、手のひらサイズにした蓮の花という感じ。
夜になると閉じてしまうので、昼間に見にきた。
「フィッツは……スコープの調整をするとかで、あの洞に行きました」
「銃の精度を高めるためだの」
「というより……私の腕が……」
フィッツの組み立てた銃は短距離用のもので、銃身は長くない。
近い位置からの射撃を目的としている。
止まっている的に当てることはできるようになってきた。
だが、動く的にすると、途端に当たらなくなる。
(スコープって、望遠鏡っぽいイメージだったし、間違いじゃないんだけど……)
それ以前の問題だった。
銃の扱いそのものが、キャスのイメージとは違ったのだ。
フィッツから説明を受けている間、頭の中はハテナでいっぱい。
はっきり言って、自動車教習所の座学のほうが、まだ理解できた。
(身分証明書になるから取りに行こうってくらいの気持ちだったのに、合格できたもんなぁ。運転も、なんとかなったしさ……運動できないわけじゃないよね……)
とは思うのだが、いかんせん「銃」なんてものの知識がない。
銃弾はまっすぐ飛ぶものだと思っていたが、実は放物線を描いて飛んでいるとか、それも弾速によって描く曲線が違うとか、スコープで「距離を測る」だとか。
知らないことが多過ぎた。
(止まってれば、距離測って照準合わせて弾道決めてって手順を踏めなくもない。でも、撃たれるのを待ってくれる相手なんかいるわけないんだよ!)
いくら止まっている的に当てられても、それでは実戦で役に立つとは思えない。
そう言って気落ちしているキャスのため、フィッツはスコープの改良に着手。
だから、今、ここにいないのだ。
「あやつがおれば、そなたが戦うことはあるまい?」
キャスは、雪花の近くにしゃがみこむ。
広がった薄緑色の葉に、指先で軽くふれた。
寒さから葉を守るためなのか、細かい産毛に覆われている。
そのため、緑の葉が薄く見えるのだろう。
「フィッツは、ああいう人なので……誰も、フィッツを守れないんです」
「そなたは、あやつを守りたいのだな」
「言っちゃ駄目ですよ? フィッツにとって、それは……」
「恥となるか」
「それ以上です。死ぬとか言い出すので、困るんですよ」
キャスは、力なく笑ってみせた。
フィッツの存在意義を否定したくはない。
けれど「ティニカの教え」以外の存在意義を持っているのに、と思うのだ。
たとえ守ってくれない相手であっても、キャスはフィッツを必要としている。
「極端な男よな、あれは。しかし……あやつとそなたの想いは別と思うが」
「そうですね。フィッツは、私を好きだから守ってるとか世話を焼いているとか、そういうのじゃないんですよ」
「キャス、余が想像しておることは間違っておるか?」
キャスは、ザイードの顔を見上げた。
瞳孔が、少し狭まっている。
フィッツに負けず、ザイードも勘の鋭いところがあった。
フィッツのいなかった時期の自分の姿も見られている。
「間違ってないと思います」
ゆっくりと立ち上がり、ザイードの目を見つめた。
黒い瞳に金の瞳孔。
大きくて、ギザギザの歯をしているのに、怖いと思ったことは1度もない。
そして、意外なほど、あたたかい手をしていると知っていた。
「私が持ってた、ひし形……あれがフィッツの魂でした。でも、ゼノクル……魔人に壊されちゃって……そのせいだろうと思うんですが、フィッツには途中の記憶がないみたいなんです」
「そなたと想いが通じておった頃の、であろうな」
「フィッツは、元々、ああいう人だったんですよね。色々あって変わって、一緒に生きていこうとしてて……」
じわ…と、涙がこみあげてくる。
フィッツの前では、キャスは、けして泣けない。
理由を説明できなかったし、説明しても理解してもらえないことで傷つきたくもなかったからだ。
「その最中に、あやつは……命を賭して、そなたを守った」
「私は置き去りです。自分は置き去りにしないでくれって言ってたくせに……」
「そなたが、あやつに守るなと言うは、そのせいか」
「2回目はないでしょう? それが嫌で取引をしなかったくらいですしね」
「それゆえ、あやつと距離を取っておるのだな」
こくっと、うなずく。
キャスの目の縁に、涙が浮かんでいた。
それでも、胸の裡を明かせることに、少しだけ安心している。
独りでかかえているのが、ずっとつらかったのだ。
「今のフィッツは、最善が選べるフィッツなんです。私のことばっかり優先してるところは同じだとしても、私に寄り添おうとするフィッツじゃないので。以前の私は、よくわかってなくて……まぁ、今も変わらないところはありますが」
「無差別を肯とできぬところだの」
魔物と人の理は違うとしつつも、ザイードはキャスの心情を読み解いている。
軽く頭を撫でられ、その手のあたたかさに、涙がこぼれた。
「アヴィオの言う通りなのに……犠牲のない戦争なんて……ない……」
「そうさな。どちらかに犠牲を強いることにはなろうし、そのどちらかを選ばねばならぬこともある。守りたきものがおれば、戦わねばならぬのだ」
「私は……フィッツのことも、みんなのことも……大事です」
「そなたは人として生きてきたゆえ、割り切れぬことも多かろう。だがな、自らの正しさに縛られる必要はない。余とて、自然の理に反することもしておる。生きるためであったり、守るためであったり、状況次第で正しきものを変える」
自分の正しさ、という言葉に、ハッとする。
この世界で生きながらも、元の世界の正しさを、自分の正しさとしてきたのではなかっただろうか。
倫理観や道徳観は、簡単には変えられない。
どうしても、人殺しは人殺しだと考えてしまう。
目の前で戦争が起きていてですら。
「むろん、敵に犠牲を強いるのを良いことだとは、余も思うてはおらぬ。それでも人が我らの殲滅をはかるのなれば、余は人を殺す。それを悪いとは思わぬ。抗わず淘汰されるなぞもってのほか。余は、魔物なのでな。やりたきことやる。それが、余にとっての正しさとなっていくゆえ」
「後づけなんですね」
「正しさなぞは、その程度でよい。余は、あやつのように先を見通すことはできぬのでな。正しさで押し切るよりも、流れに合うた正しさを選ぶだけぞ」
なんとなく、わかる。
あとで間違っていたと後悔することは、たくさんあった。
だが、その時その時の選択では、それが正しいと信じていた。
ザイードは、結果が伴わなくても、振り向かないと言っているのだ。
『先に起こることを予見できたとしても、避けられぬこともある。避けたと思うても、その先に異なる障害が待っておることもある。ゆえに、我らがせねばならぬことは、ひとつだけなのだ』
以前、ザイードの言った言葉が思い出される。
キャスがジュポナに行くと決め、ザイードが同行すると言った時のことだ。
『行き止まりが見えたら、別の道を探す。これだけだ』
『過ぎた時を戻ることはできぬのでな。別の道を辿って行くしかあるまい』
『辿った道が前に進んでおるとは限らぬし、また行き止まりかもしれぬ。進んでみねばわからぬ、ということだ』
これからも、元の世界の倫理観の正しさに縛られ続けるかもしれない。
自分の思う正しさに苦しめられることもあるだろう。
進めど進めど、行き止まりばかりの道だという可能性もある。
だとしても、道は、ひとつではない。
きっと自分の持つ正しさも、ひとつでなくてもいいのだ。
もとより感情なんて、なにかに集約できるものではない。
箱に閉じ込めていた「正しい正義感」を、自分はかかえこんでいたのだろう。
それにそぐわないことを、内心では「間違い」だと、断じてきた。
「ザイードに、綺麗事は通じませんね」
「綺麗でないより、綺麗なほうがよいがな」
ザイードが、目を細める。
瞳孔が狭まるのとは違い、穏やかな眼差しだった。
「綺麗でおれるうちは、綺麗でおればよいさ」
抑えつけていたものが解放されたせいか、気持ちが軽くなっている。
不安や心配はあるものの、その片隅に「安心」も芽生え始めていた。
ザイードは、無条件でキャスの言葉を肯定はしない。
同情したり慰めたりすることも少なかった。
どちらかと言えば、印象に残っているのは厳しい言葉のほうが多い。
(でも、手とおんなじで……あったかい……)
こぼれていた涙が止まっている。
頬に残っていた涙は、ザイードが拭ってくれた。
「よいか、キャス。仮に、余が、そなたを庇うて死んだとしても、それは自然の理なのだ。己の責と思うてはならぬ。余は、死ぬ時も、魔物として死ぬる。そなたのせいとすれば、余は自然の理の中で死ねぬのでな」
「ザイード……」
「ミサイルの時も、そうであったろう? あやつが対処し、我らは生きておるが、フィッツを呼び戻したのは、そなただ。しかも、それは意図したものではない」
「生き返らせようとしたわけじゃないっていうのは、ありますね」
「しかし、結果はどうか。あやつは生き返り、我らを助け、我らは生きておる。そなたも余も、まだ死に時ではなかったのだ。死に時であったなれば、どのようなことが起きても死んでおったさ」
キャスの気持ちが、さっきよりも明るくなる。
魔物は祈ったりはしないが、ザイードの言う自然の理というのは、キャスが思う「大いなる意志」に似ているのかもしれない。
どんなに祈っても、天秤の傾きを変えることができないことはあるのだ。
「キャスよ……」
ふわっと、ザイードに抱きしめられる。
どうしたのかと、キャスは、ザイードの腕の中で、きょとんとしていた。
「いずれ良き時が訪れる。それまで、苦しき時は、苦しいと言えばよい」
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