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最終章 彼女の会話はとめどない
会談の階段 4
しおりを挟む「これは、いったい、どういうことだ……っ……!」
ティトーヴァが立ち上がる姿が見えた。
映像と音声は別々に処理されているはずだが、少しも、そんなふうに感じない。
この世界には「動画編集ソフト」なんてないのに。
キャスたちは、あの建屋に戻っている。
ひとまず交渉は、明日まで引き延ばされた。
今は、フィッツの「編集」したらしき「動画」を見ている。
ティトーヴァの激昂する姿に「知らなかった」ことを確信した。
「どういうも、こういうもないんだよ、まったく!」
画面の中のティトーヴァに言ってもしかたがない。
だが、それまでのやりとりを見ていて、キャスは腹を立てていたのだ。
もしかしたら、ティトーヴァは「子」について知らないのかもしれないと思っていたからだ。
(知ってて、交渉のカードにしてくるなんて……)
ティトーヴァのことは好きではないし、どちらかというと嫌いだ。
だとしても「悪い奴」ではないと、どこかで思っていた。
皇宮で、あのボロ小屋に足繁く通ってきて、ズレてはいたが「カサンドラ」に、気遣いを見せていた。
無関心でいたことを詫びてもいたのだ。
だから、人格に問題はあるものの、悪人ではないと感じていた。
人を作るのは資質だけではない。
環境にも左右される。
ティトーヴァは皇太子という立場でありながら、前皇帝には憎まれていた。
母親のこともある。
そういう、色々がティトーヴァの人格を歪めたのだと。
「この者は帝国の騎士ではないっ! 誰が、こんな真似をさせた?!」
ティトーヴァは、テントに引きずられて来た男を見て、怒鳴っている。
その男は、黒い騎士服を着ていた。
とすると、近衛騎士ということになるのだけれども。
「近衛騎士なのに、こいつ、知らないみたいだね」
「近衛騎士ではありませんからね」
「え? 違うの?」
「違います。騎士服だけ調達したのでしょう」
近衛騎士隊は、主に皇太子の管轄にある。
元はベンジャミンが率いていたので、ティトーヴァが知らないはずがなかった。
画面の中で、ティトーヴァは、その男の襟首を掴み上げている。
本気で怒っているのが、よくわかった。
「危うく証人を殺されるかと思いました」
「そんな感じだね」
「己の知らぬところで動かれてはな」
「見事に、皇帝の顔に泥が塗られたわけです」
「我らのほうが、よほど統率が取れておる」
魔物は、日頃、個で動いている。
が、ひとたびまとまると、長の言うことに従って、一斉に動くのだ。
勝手な動きをするものはいない。
ましてや、黙って陰で動いたりはしないのだ。
「言え! 誰に言われて、こんな真似をした?!」
「誰でもかまわん! そんなことは、こっちには関係ない! あとにしろ!」
ティトーヴァの怒りに歪んだ顔が画面に映っている。
フィッツの言う通り、今にも男を「ファツデ」で切り刻みそうな形相だ。
しかし、男から手を離す。
バサっと腰をついた男を親衛隊が押さえつけた。
「これを見ろ」
ガリダのものが、映像装置を取り出す。
男と一緒に、ルーポが届けたものだ。
昨夜、その男は、ガリダに向かっていたらしい。
その途中で道がわからなくなったのか、さまよっていたところを捕らえている。
そこから夜通し駆けたルーポが、男と証拠映像を陣に届けた。
ティトーヴァは席に戻り、映し出された映像を見ている。
表情が険しくなっていた。
人間側が不利になったのを悟ったのだろう。
(そもそも……子供を盾にしようなんて考えるほうが悪いんじゃん……)
確かに、キャスはシュザに「人間にとっては大人も子供もない」と言いはした。
だとしても、ティトーヴァが盾にするのは「大人」だけだと思い込んでいたのだ。
子供がいると、ティトーヴァは知らないのではないかという期待があった。
それが覆され、ティトーヴァに対しての嫌悪感が募る。
(皇帝だから帝国民の命に責任を持たなきゃいけないっていうのはわかる。でも、感情を利用するっていうのは違う……ゼノクルの言ってたことも本当だった)
ティトーヴァは、聖魔と魔物の絶滅を目指しているのだ。
だから「子供」を見ても、なんとも思わない。
ティトーヴァにとって、魔物は「絶滅させるべき」生き物に過ぎなかった。
それが、大人でも子供でも関係なく、殺せる。
「交渉の前日だぞ。お前たちこそ、交渉をすると言って、我らを騙そうとしていたのではないか」
「それは違う。こいつのことは、こちら側では……把握していなかった」
「知らなかったですむと思うか? こいつも、人であることに違いはない。我らにとっては、お前たちと同じだ」
ティトーヴァが、テーブルの上に乗せた両手を、握り締めていた。
唇も、きつく引き結ばれている。
魔物側も黙っていた。
話しているのはフィッツなのだが、それはともかく。
「アルフォンソじゃなかったんだ」
「指示したのは間違いないと思いますが、皇帝と面識があるので、自ら出向くのは避けたのでしょう」
フィッツも、アルフォンソの顔は知らないのだそうだ。
ベンジャミンの弟ではあっても、皇宮への出入りはしていなかったらしい。
フィッツは、皇宮を出てからのことは忘れているが、皇宮にいた頃のことなら、なにもかも覚えている。
1度でも皇宮に出入りした者であれば、使用人から商人まで顔も名前も知っている、と言っていた。
(仲が悪かったのかなぁ……だったら、私を殺したいほど恨んだりする?)
フィッツでなくとも、アルフォンソの感情の機微はわからない。
どんな感情があったのか、とは思うが、それは問題ではなかった。
結果が、すべてだ。
アルフォンソ・ルティエは、カサンドラ・ヴェスキルを殺そうとしている。
男を引きずり入れた際、セウテルも驚いていた。
つまり、セウテルも知らなかった、ということになる。
今も、映像の中で皇帝の横に立ち、渋い顔をしていた。
男の存在を、苦々しく思っているのは間違いない。
「まぁ、セウテル・リュドサイオは、皇帝に忠実ですからね。兄のこともあって、今では、本気でティトーヴァ・ヴァルキアに仕えているはずです」
「あいつに黙って動く可能性は低かったってこと?」
「そうですね。可能性としては3%くらいでした」
キャスは無視してもいいと思うが、フィッツにとっては無視できない数値だ。
それは、知っている。
なににしろ用心するに越したことはない。
思い込みは危険だ。
そう思うことにする。
「……お前たちの言う通りだ」
「陛下……」
「黙っていろ」
ティトーヴァが、さらに、ぎゅっと手を握り締める。
それから。
「え…………」
魔物に向かって、頭を下げていた。
その光景に、キャスは驚く。
魔物は、ティトーヴァが、絶滅させたいほど憎悪感情を持っている相手なのだ。
まさか頭を下げるとは思いもしなかった。
「当然ですね。こうするしか、この場をおさめることはできません」
「そうだの。この皇帝なればこそ、頭を下げるのを否とはすまい」
「え、ぇえ~……そうかなぁ……自尊心とか高そうだけど……」
フィッツとザイードの平然とした言いように、自分だけ驚いてしまったと、少し取り残された気分になる。
なぜ当然なのかが、キャスにはわからなかったのだ。
「ここで頭を下げたからといって奴の自尊心が傷つくことはありません。むしろ、あの男の存在自体のほうが、皇帝の自尊心を傷つけるものになっています」
「この皇帝には潔さがないからの。頭を下げ、事がおさまるのなれば、いくらでも下げようぞ。こうなれば、なんとしても停戦を成し遂げ、のちに数倍にして返すと心の中では思うておるのだ」
「……なるほど……それは、あるかもね……」
心の中で、数年後には皆殺しだ、と思っていても不思議はない。
そのためなら、今ここで頭をさげることに、少しの痛みも感じないのだろう。
「我らの条件は、2つ」
「聞こう。その2つとは、なんだ」
「子らは、すべて解放しろ。107すべてだ」
「代わりに、成体は残すのだな」
「そうだ。だが、我らの国に近い場所……今回、お前たちが出て来た壁の内側に、居住地を造り、そこに住まわせろ」
「見張りはつけさせてもらうぞ」
「わかった」
ティトーヴァは、無表情になっている。
さっきまでの怒りは消えたかのように見えた。
腹の中がどうかは知らないが。
「受け渡しについては、明日、書面にして渡す。こちらも調整が必要だ」
「よかろう。続きは明日とする」
「その男は、こちらに引き渡してもらおう」
「殺しても、その男がしたことは、なかったことにはならん」
「わかっている。殺しは、しない」
言って、サッとティトーヴァが立ち上がる。
セウテルが後に続いた。
その途中、騎士に目で「命じて」いる。
3人の騎士が、男を引きずって出て行った。
そこで、映像が、ぷつりと切れる。
「本当に返してくれるよね?」
「返しますよ、必ず」
「皇帝の言葉が偽りになれば、交渉は意味をなさなくなる。それでも良いとできるほど、帝国には我らに対抗するすべはない。今のところはな」
「頭を下げたからには、時間を稼がなければなりませんしね」
フィッツは、相変わらず淡々としていた。
あの「動画」で話していたのがフィッツだと信じられないほどの変わりようだ。
不意に、ザイードと目が合った。
キャスと同じように感じていたらしい。
(フィッツって、ホント、なんでもできちゃうんだよなぁ)
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