いつかの空を見る日まで

たつみ

文字の大きさ
264 / 300
最終章 彼女の会話はとめどない

会談の階段 4

しおりを挟む
 
「これは、いったい、どういうことだ……っ……!」
 
 ティトーヴァが立ち上がる姿が見えた。
 映像と音声は別々に処理されているはずだが、少しも、そんなふうに感じない。
 この世界には「動画編集ソフト」なんてないのに。
 
 キャスたちは、あの建屋に戻っている。
 ひとまず交渉は、明日まで引き延ばされた。
 今は、フィッツの「編集」したらしき「動画」を見ている。
 ティトーヴァの激昂する姿に「知らなかった」ことを確信した。
 
「どういうも、こういうもないんだよ、まったく!」
 
 画面の中のティトーヴァに言ってもしかたがない。
 だが、それまでのやりとりを見ていて、キャスは腹を立てていたのだ。
 もしかしたら、ティトーヴァは「子」について知らないのかもしれないと思っていたからだ。
 
(知ってて、交渉のカードにしてくるなんて……)
 
 ティトーヴァのことは好きではないし、どちらかというと嫌いだ。
 だとしても「悪い奴」ではないと、どこかで思っていた。
 
 皇宮で、あのボロ小屋に足繁く通ってきて、ズレてはいたが「カサンドラ」に、気遣いを見せていた。
 無関心でいたことを詫びてもいたのだ。
 
 だから、人格に問題はあるものの、悪人ではないと感じていた。
 人を作るのは資質だけではない。
 環境にも左右される。
 
 ティトーヴァは皇太子という立場でありながら、前皇帝には憎まれていた。
 母親のこともある。
 そういう、色々がティトーヴァの人格を歪めたのだと。
 
「この者は帝国の騎士ではないっ! 誰が、こんな真似をさせた?!」
 
 ティトーヴァは、テントに引きずられて来た男を見て、怒鳴っている。
 その男は、黒い騎士服を着ていた。
 とすると、近衛騎士ということになるのだけれども。
 
「近衛騎士なのに、こいつ、知らないみたいだね」
「近衛騎士ではありませんからね」
「え? 違うの?」
「違います。騎士服だけ調達したのでしょう」
 
 近衛騎士隊は、主に皇太子の管轄にある。
 元はベンジャミンが率いていたので、ティトーヴァが知らないはずがなかった。
 画面の中で、ティトーヴァは、その男の襟首を掴み上げている。
 本気で怒っているのが、よくわかった。
 
「危うく証人を殺されるかと思いました」
「そんな感じだね」
「己の知らぬところで動かれてはな」
「見事に、皇帝の顔に泥が塗られたわけです」
「我らのほうが、よほど統率が取れておる」
 
 魔物は、日頃、個で動いている。
 が、ひとたびまとまると、おさの言うことに従って、一斉に動くのだ。
 勝手な動きをするものはいない。
 ましてや、黙って陰で動いたりはしないのだ。
 
「言え! 誰に言われて、こんな真似をした?!」
「誰でもかまわん! そんなことは、こっちには関係ない! あとにしろ!」
 
 ティトーヴァの怒りに歪んだ顔が画面に映っている。
 フィッツの言う通り、今にも男を「ファツデ」で切り刻みそうな形相だ。
 しかし、男から手を離す。
 バサっと腰をついた男を親衛隊が押さえつけた。
 
「これを見ろ」
 
 ガリダのものが、映像装置を取り出す。
 男と一緒に、ルーポが届けたものだ。
 
 昨夜、その男は、ガリダに向かっていたらしい。
 その途中で道がわからなくなったのか、さまよっていたところを捕らえている。
 そこから夜通し駆けたルーポが、男と証拠映像を陣に届けた。
 
 ティトーヴァは席に戻り、映し出された映像を見ている。
 表情が険しくなっていた。
 人間側が不利になったのを悟ったのだろう。
 
(そもそも……子供を盾にしようなんて考えるほうが悪いんじゃん……)
 
 確かに、キャスはシュザに「人間にとっては大人も子供もない」と言いはした。
 だとしても、ティトーヴァが盾にするのは「大人」だけだと思い込んでいたのだ。
 子供がいると、ティトーヴァは知らないのではないかという期待があった。
 それが覆され、ティトーヴァに対しての嫌悪感が募る。
 
(皇帝だから帝国民の命に責任を持たなきゃいけないっていうのはわかる。でも、感情を利用するっていうのは違う……ゼノクルの言ってたことも本当だった)
 
 ティトーヴァは、聖魔と魔物の絶滅を目指しているのだ。
 だから「子供」を見ても、なんとも思わない。
 ティトーヴァにとって、魔物は「絶滅させるべき」生き物に過ぎなかった。
 それが、大人でも子供でも関係なく、殺せる。
 
「交渉の前日だぞ。お前たちこそ、交渉をすると言って、我らを騙そうとしていたのではないか」
「それは違う。こいつのことは、こちら側では……把握していなかった」
「知らなかったですむと思うか? こいつも、人であることに違いはない。我らにとっては、お前たちと同じだ」
 
 ティトーヴァが、テーブルの上に乗せた両手を、握り締めていた。
 唇も、きつく引き結ばれている。
 魔物側も黙っていた。
 話しているのはフィッツなのだが、それはともかく。
 
「アルフォンソじゃなかったんだ」
「指示したのは間違いないと思いますが、皇帝と面識があるので、自ら出向くのはけたのでしょう」
 
 フィッツも、アルフォンソの顔は知らないのだそうだ。
 ベンジャミンの弟ではあっても、皇宮への出入りはしていなかったらしい。
 
 フィッツは、皇宮を出てからのことは忘れているが、皇宮にいた頃のことなら、なにもかも覚えている。
 1度でも皇宮に出入りした者であれば、使用人から商人まで顔も名前も知っている、と言っていた。
 
(仲が悪かったのかなぁ……だったら、私を殺したいほど恨んだりする?)
 
 フィッツでなくとも、アルフォンソの感情の機微はわからない。
 どんな感情があったのか、とは思うが、それは問題ではなかった。
 結果が、すべてだ。
 
 アルフォンソ・ルティエは、カサンドラ・ヴェスキルを殺そうとしている。
 
 男を引きずり入れた際、セウテルも驚いていた。
 つまり、セウテルも知らなかった、ということになる。
 今も、映像の中で皇帝の横に立ち、渋い顔をしていた。
 男の存在を、苦々しく思っているのは間違いない。
 
「まぁ、セウテル・リュドサイオは、皇帝に忠実ですからね。兄のこともあって、今では、本気でティトーヴァ・ヴァルキアに仕えているはずです」
「あいつに黙って動く可能性は低かったってこと?」
「そうですね。可能性としては3%くらいでした」
 
 キャスは無視してもいいと思うが、フィッツにとっては無視できない数値だ。
 それは、知っている。
 
 なににしろ用心するに越したことはない。
 思い込みは危険だ。
 そう思うことにする。
 
「……お前たちの言う通りだ」
「陛下……」
「黙っていろ」
 
 ティトーヴァが、さらに、ぎゅっと手を握り締める。
 それから。
 
「え…………」
 
 魔物に向かって、頭を下げていた。
 その光景に、キャスは驚く。
 魔物は、ティトーヴァが、絶滅させたいほど憎悪感情を持っている相手なのだ。
 まさか頭を下げるとは思いもしなかった。
 
「当然ですね。こうするしか、この場をおさめることはできません」
「そうだの。この皇帝なればこそ、頭を下げるのを否とはすまい」
「え、ぇえ~……そうかなぁ……自尊心とか高そうだけど……」
 
 フィッツとザイードの平然とした言いように、自分だけ驚いてしまったと、少し取り残された気分になる。
 なぜ当然なのかが、キャスにはわからなかったのだ。
 
「ここで頭を下げたからといって奴の自尊心が傷つくことはありません。むしろ、あの男の存在自体のほうが、皇帝の自尊心を傷つけるものになっています」
「この皇帝には潔さがないからの。頭を下げ、事がおさまるのなれば、いくらでも下げようぞ。こうなれば、なんとしても停戦を成し遂げ、のちに数倍にして返すと心の中では思うておるのだ」
「……なるほど……それは、あるかもね……」
 
 心の中で、数年後には皆殺しだ、と思っていても不思議はない。
 そのためなら、今ここで頭をさげることに、少しの痛みも感じないのだろう。
 
「我らの条件は、2つ」
「聞こう。その2つとは、なんだ」
「子らは、すべて解放しろ。107すべてだ」
「代わりに、成体は残すのだな」
「そうだ。だが、我らの国に近い場所……今回、お前たちが出て来た壁の内側に、居住地を造り、そこに住まわせろ」
「見張りはつけさせてもらうぞ」
「わかった」
 
 ティトーヴァは、無表情になっている。
 さっきまでの怒りは消えたかのように見えた。
 腹の中がどうかは知らないが。
 
「受け渡しについては、明日、書面にして渡す。こちらも調整が必要だ」
「よかろう。続きは明日とする」
「その男は、こちらに引き渡してもらおう」
「殺しても、その男がしたことは、なかったことにはならん」
「わかっている。殺しは、しない」
 
 言って、サッとティトーヴァが立ち上がる。
 セウテルが後に続いた。
 
 その途中、騎士に目で「命じて」いる。
 3人の騎士が、男を引きずって出て行った。
 そこで、映像が、ぷつりと切れる。
 
「本当に返してくれるよね?」
「返しますよ、必ず」
「皇帝の言葉が偽りになれば、交渉は意味をなさなくなる。それでも良いとできるほど、帝国には我らに対抗するすべはない。今のところはな」
「頭を下げたからには、時間を稼がなければなりませんしね」
 
 フィッツは、相変わらず淡々としていた。
 あの「動画」で話していたのがフィッツだと信じられないほどの変わりようだ。
 不意に、ザイードと目が合った。
 キャスと同じように感じていたらしい。
 
(フィッツって、ホント、なんでもできちゃうんだよなぁ)
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

【完結】処刑後転生した悪女は、狼男と山奥でスローライフを満喫するようです。〜皇帝陛下、今更愛に気づいてももう遅い〜

二位関りをん
恋愛
ナターシャは皇太子の妃だったが、数々の悪逆な行為が皇帝と皇太子にバレて火あぶりの刑となった。 処刑後、農民の娘に転生した彼女は山の中をさまよっていると、狼男のリークと出会う。 口数は少ないが親切なリークとのほのぼのスローライフを満喫するナターシャだったが、ナターシャへかつての皇太子で今は皇帝に即位したキムの魔の手が迫り来る… ※表紙はaiartで生成したものを使用しています。

王子、侍女となって妃を選ぶ

夏笆(なつは)
恋愛
ジャンル変更しました。 ラングゥエ王国唯一の王子であるシリルは、働くことが大嫌いで、王子として課される仕事は側近任せ、やがて迎える妃も働けと言わない女がいいと思っている体たらくぶり。 そんなシリルに、ある日母である王妃は、候補のなかから自分自身で妃を選んでいい、という信じられない提案をしてくる。 一生怠けていたい王子は、自分と同じ意識を持つ伯爵令嬢アリス ハッカーを選ぼうとするも、母王妃に条件を出される。 それは、母王妃の魔法によって侍女と化し、それぞれの妃候補の元へ行き、彼女らの本質を見極める、というものだった。 問答無用で美少女化させられる王子シリル。 更に、母王妃は、彼女らがシリルを騙している、と言うのだが、その真相とは一体。 本編完結済。 小説家になろうにも掲載しています。

【完結】身代わり皇妃は処刑を逃れたい

マロン株式
恋愛
「おまえは前提条件が悪すぎる。皇妃になる前に、離縁してくれ。」 新婚初夜に皇太子に告げられた言葉。 1度目の人生で聖女を害した罪により皇妃となった妹が処刑された。 2度目の人生は妹の代わりに私が皇妃候補として王宮へ行く事になった。 そんな中での離縁の申し出に喜ぶテリアだったがー… 別サイトにて、コミックアラカルト漫画原作大賞最終候補28作品ノミネート

伝える前に振られてしまった私の恋

喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋 母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。 第二部:ジュディスの恋 王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。 周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。 「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」 誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。 第三章:王太子の想い 友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。 ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。 すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。 コベット国のふたりの王子たちの恋模様

2度目の結婚は貴方と

朧霧
恋愛
 前世では冷たい夫と結婚してしまい子供を幸せにしたい一心で結婚生活を耐えていた私。気がついたときには異世界で「リオナ」という女性に生まれ変わっていた。6歳で記憶が蘇り悲惨な結婚生活を思い出すと今世では結婚願望すらなくなってしまうが騎士団長のレオナードに出会うことで運命が変わっていく。過去のトラウマを乗り越えて無事にリオナは前世から数えて2度目の結婚をすることになるのか? 魔法、魔術、妖精など全くありません。基本的に日常感溢れるほのぼの系作品になります。 重複投稿作品です。(小説家になろう)

妾に恋をした

はなまる
恋愛
 ミーシャは22歳の子爵令嬢。でも結婚歴がある。夫との結婚生活は半年。おまけに相手は子持ちの再婚。  そして前妻を愛するあまり不能だった。実家に出戻って来たミーシャは再婚も考えたが何しろ子爵領は超貧乏、それに弟と妹の学費もかさむ。ある日妾の応募を目にしてこれだと思ってしまう。  早速面接に行って経験者だと思われて採用決定。  実際は純潔の乙女なのだがそこは何とかなるだろうと。  だが実際のお相手ネイトは妻とうまくいっておらずその日のうちに純潔を散らされる。ネイトはそれを知って狼狽える。そしてミーシャに好意を寄せてしまい話はおかしな方向に動き始める。  ミーシャは無事ミッションを成せるのか?  それとも玉砕されて追い出されるのか?  ネイトの恋心はどうなってしまうのか?  カオスなガストン侯爵家は一体どうなるのか?  

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...