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最終章 彼女の会話はとめどない
未知の覚悟 4
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クヴァットは、シャノンと一緒に、昼食を取っている。
あと少しで目的地に着くというところで、腹ごしらえをしているのだ。
この辺りには、缶詰や乾食より、まともな食材が豊富にある。
現地調達して正解だった、と思った。
「おい、口が汚れてるぞ」
シャノンの顎をつかみ、袋から布を出して顔を拭ってやる。
帝国を出た時には、多少、薄汚れていたが、今は、ほぼピカピカだ。
手間はかかったが、洗ってやった。
シャノンは「身繕い」なんてものをしないので、クヴァットが手をかけている。
今も、不思議そうな顔をしていた。
顔の汚れを気にするクヴァットの心理が、理解できないのだ。
最初は、耳や尾を隠さずにいるのを、シャノンは気にしていた。
身ぎれいにすることより「人と違う」姿のほうが、シャノンにとっては気にするべきことだったに違いない。
ロキティスが、そうさせたのだ。
とはいえ、耳や尾に関しては、もう気にしなくなっている。
隠すためには魔力を使わなければならず、魔力を使うと獣くさくなるのだ。
むしろ、今は、そっちを気にしている。
クヴァットが、獣くさいのを嫌っているからだろう。
「お前、魔力を使いてぇか?」
「いえ、あんまり使いたくない、です」
「なんでだ? 本来、お前の持ってる力じゃねぇか。俺は、人の体を借りてる間、ほとんど魔力が使えねえ。不便でしょうがねぇぞ?」
「魔力を使ってできるのは、隠すだけ、なので? 不便じゃない、です」
「魔力が使えなくても嫌じゃねぇってことだな?」
「嫌じゃ、ないです」
クヴァットは、獣くさいのが大嫌いだ。
だから、シャノンにも薬を飲ませている。
でなければ、近くに置くなんて、とてもできない。
最初に、そう言って、薬を飲むのを義務とした。
とはいえ、それでは、耳や尾を隠すように命じていたロキティスと同じなのではないか、と思ったのだ。
逆ではあるが、なにかを「強要」していることに変わりはない。
なので、ふと気になって聞いてみた。
「ま、お前がいいなら、いいんだけどよ」
「ご、ご主人様の近くにいられなく、なるのが、嫌です」
「じゃあ、しかたねぇな。薬、飲んどけ」
「はい、ご主人様」
ここは、イホラの領地の端。
ガリダの国境近くだ。
帝国を出て、壁を抜け、かなりの遠回りをしている。
なにしろ、元ラーザの領土付近から北東を、ぐるっと半周。
コルコの領地の裏手から魔物の国に入ったのだ。
魔獣の住処もおかまいなしに、できるだけ魔物の国から離れた経路を使った。
もちろん、魔獣はクヴァットが倒し、食糧にしている。
魔獣の住んでいる場所は、あらかた砂漠だが、途中には大きな湖がいくつか点在していた。
そこで水を調達したり、シャノンを洗ったりしたのだ。
クヴァットは、3百年を生きている。
人の国で遊べていたのは、百年ほど。
壁ができる前までだ。
その後は、聖魔の国から人の国を見ていたりもしたのだが、退屈に過ぎた。
そのため、獣くさいのを我慢して、しばしば魔物の国に出入りしている。
魔力で消し飛ばされない程度に、からかったりもしていた。
なので、魔物の国の周辺や種族については大まかに知っている。
いつ消し飛ばされるかわからないという危険と隣合わせだったため、人との関係ほど深くはないし、詳細まではわからない。
ただ、魔物が絶対に聖魔と交わることはない、というのだけは確信している。
魔物は聖者と「取引」はせず、魔人の「娯楽」にもつきあわないからだ。
「ま、あいつらは心が強えからな。つまんねぇ生き物だぜ」
魔物は、クヴァットの「駒」にはならない。
だから、面白くない。
魔物の国への出入りを、早々にやめたのも、それが原因だ。
とにかく、つまらなかった。
人への「憎悪」を吹き込んでも、魔物は知らん顔。
どんな形であれ、人と関わること自体を拒んでいた。
人を皆殺しにできると言ってさえ、無視されたのだ。
「壁があったし、あえて関わることねぇって思ってたってことか」
「ま、魔物?」
「そうそ。あいつらにとっちゃ、人に関わんねぇのが1番ってこった」
「でも、戦を、しました、よ?」
「そこなんだよなぁ。今回、初めて魔物のほうから撃って出た。元は、人から手を出したわけだが」
というより、クヴァットが手を出させるよう仕向けたのだが、それはともかく。
3百年の間で、初めてのことだった。
魔物が国を出てまで、人を攻撃したのは。
「つまり、だ。上手くやりゃ、あいつらも動かせる」
それから考えると、アルフォンソの動きは、最高の一手だったはずだ。
魔物は「子」を犠牲にされた。
報復する理由には十分だ。
今となっては、人を攻撃する手段も手に入れている。
が、しかし。
道すがら、魔物と出くわさないようにはしていたものの、静か過ぎるのだ。
報復に目の色を変えているのなら、国全体が、ざわついている。
その様子が感じられない。
「まさか、あんなことになっても、まだ大人しくしてる気かよ」
クヴァットが大きく迂回してまで、コルコの裏側に入ったのには理由があった。
魔物の国は、その外側を「ファニ」の領土で覆われている。
踏み込めば、たちまち伝わってしまうのだ。
クヴァットは、経験則から、それを知っている。
ファニは大気から生じた魔物らしく、日頃は具現化していない。
そのせいで、気づきにくかった。
クヴァットは、ファニから連絡を受けたと思しき魔物に追いかけ回されたことが何度もある。
とはいえ、なににだって「抜け道」というものはあった。
偶然には過ぎないが、ある時、コルコの裏側で「それ」を見つけている。
コルコの領土は岩場が多い。
それが理由かはともかく、ファニが避けているらしき場所があったのだ。
たまたま、そこを抜けた時に、クヴァットは見つかることなく、魔物の国に入ることができた。
その場所から、今回、魔物の国に入ったので、見つかってはいないだろう。
だとしても、警戒が緩過ぎる。
コルコ、イホラと抜けて来たが、領土内に殺気立った空気はなかった。
とりたてて、巡回が厳しくなっている様子もない。
「なぁんか妙だな」
クヴァットは、口を汚させないため、焼いて切り分けた肉をフォークに刺し、シャノンに食べさせる。
シャノンは、相変わらず、食べるのに夢中だ。
味にたいしてこだわりはないが、食べることには熱心だった。
食べられる時に食べておかないと、という習慣が抜けていないのかもしれない。
そんなシャノンを見つつ、考える。
(アルフォンソは確実に捕まってるよな。それで手を打った、とか? まさかな)
首謀者を捕まえたところで、なにも変わらない。
魔物からすれば「人間のしたこと」に違いはないのだ。
誰だろうと関係ない。
そして、仮に引き渡しを要求しても、それは通らない。
(そんなことすりゃ、帝国の威信はガタ落ちだ。魔物に人を渡すってのは、まずあり得ねえ。たとえ罪人であっても、だ)
ならば、なにをもって手を打ったのか。
当然「成体の魔物の解放」だとしか考えられなかった。
人間側は、魔物に人を引き渡しはしないだろうが、魔物であれば別だ。
けれど、それを皇帝が肯とするだろうか。
「いや……待てよ。あいつ、確か……」
最後に、ベンジャミンに会いに来た日。
ティトーヴァは嘘をついたのだ。
アルフォンソが首謀者だと判明していたのに、それを隠した。
そして、こうも言っていた。
『しばらく様子見するしかない。ほかに手がないか、考えることにする』
チッと、クヴァットは舌打ちする。
嘘をつかれていたことに、気を取られ過ぎていた。
ほかの言葉に含まれた意味に、気づいていなかったのだ。
「ティトーヴァ・ヴァルキア……お前が、そんな馬鹿だったとは思わなかったぜ」
ティトーヴァ・ヴァルキアは、頭の出来の「質」がいい。
全体を俯瞰し、先を見据え、次の行動を選ぶことのできる男だ。
感情に任せ、後先を考えない行動に走るとは思っていなかった。
ベンジャミン・サレス。
皇帝という立場になりながら、それでもなお、友のために走ったのだ。
ベンジャミンが、本当に、かつての友ではないことを確認しようとした。
おそらく、単独で魔物の国に行ったに違いない。
そこでカサンドラと会話をしたのは、想像するまでもなかった。
事実を知っているのは、カサンドラだけなのだ。
クヴァットは、低く嗤う。
魔物とは違い、人はこれだから面白い。
駒を配置し、盤面を読んでいても、予想外の動きをする。
「いいじゃねぇか。そうか、そうかよ。なら、俺も気合い入れて楽しまねぇとな」
皇帝は、魔物を返すことにしたのだろう。
死んだものたちを悼みつつも、魔物は自然の摂理に則って状況を受け入れた。
だから魔物たちは静かなのだ。
人と魔物の「戦争」は、いったん終着した。
クヴァットは、それを理解する。
だが、自分の舞台の終幕ではない。
人と魔物が殺し合えば、より楽しめはしたはずだ。
しかし、それは「おまけ」だった。
「そろそろ行くぞ、シャノン」
「はい、ご主人様」
この先、少しの間、別行動することになるが、心配はしていない。
シャノンは、クヴァットの最高の玩具なのだ。
あと少しで目的地に着くというところで、腹ごしらえをしているのだ。
この辺りには、缶詰や乾食より、まともな食材が豊富にある。
現地調達して正解だった、と思った。
「おい、口が汚れてるぞ」
シャノンの顎をつかみ、袋から布を出して顔を拭ってやる。
帝国を出た時には、多少、薄汚れていたが、今は、ほぼピカピカだ。
手間はかかったが、洗ってやった。
シャノンは「身繕い」なんてものをしないので、クヴァットが手をかけている。
今も、不思議そうな顔をしていた。
顔の汚れを気にするクヴァットの心理が、理解できないのだ。
最初は、耳や尾を隠さずにいるのを、シャノンは気にしていた。
身ぎれいにすることより「人と違う」姿のほうが、シャノンにとっては気にするべきことだったに違いない。
ロキティスが、そうさせたのだ。
とはいえ、耳や尾に関しては、もう気にしなくなっている。
隠すためには魔力を使わなければならず、魔力を使うと獣くさくなるのだ。
むしろ、今は、そっちを気にしている。
クヴァットが、獣くさいのを嫌っているからだろう。
「お前、魔力を使いてぇか?」
「いえ、あんまり使いたくない、です」
「なんでだ? 本来、お前の持ってる力じゃねぇか。俺は、人の体を借りてる間、ほとんど魔力が使えねえ。不便でしょうがねぇぞ?」
「魔力を使ってできるのは、隠すだけ、なので? 不便じゃない、です」
「魔力が使えなくても嫌じゃねぇってことだな?」
「嫌じゃ、ないです」
クヴァットは、獣くさいのが大嫌いだ。
だから、シャノンにも薬を飲ませている。
でなければ、近くに置くなんて、とてもできない。
最初に、そう言って、薬を飲むのを義務とした。
とはいえ、それでは、耳や尾を隠すように命じていたロキティスと同じなのではないか、と思ったのだ。
逆ではあるが、なにかを「強要」していることに変わりはない。
なので、ふと気になって聞いてみた。
「ま、お前がいいなら、いいんだけどよ」
「ご、ご主人様の近くにいられなく、なるのが、嫌です」
「じゃあ、しかたねぇな。薬、飲んどけ」
「はい、ご主人様」
ここは、イホラの領地の端。
ガリダの国境近くだ。
帝国を出て、壁を抜け、かなりの遠回りをしている。
なにしろ、元ラーザの領土付近から北東を、ぐるっと半周。
コルコの領地の裏手から魔物の国に入ったのだ。
魔獣の住処もおかまいなしに、できるだけ魔物の国から離れた経路を使った。
もちろん、魔獣はクヴァットが倒し、食糧にしている。
魔獣の住んでいる場所は、あらかた砂漠だが、途中には大きな湖がいくつか点在していた。
そこで水を調達したり、シャノンを洗ったりしたのだ。
クヴァットは、3百年を生きている。
人の国で遊べていたのは、百年ほど。
壁ができる前までだ。
その後は、聖魔の国から人の国を見ていたりもしたのだが、退屈に過ぎた。
そのため、獣くさいのを我慢して、しばしば魔物の国に出入りしている。
魔力で消し飛ばされない程度に、からかったりもしていた。
なので、魔物の国の周辺や種族については大まかに知っている。
いつ消し飛ばされるかわからないという危険と隣合わせだったため、人との関係ほど深くはないし、詳細まではわからない。
ただ、魔物が絶対に聖魔と交わることはない、というのだけは確信している。
魔物は聖者と「取引」はせず、魔人の「娯楽」にもつきあわないからだ。
「ま、あいつらは心が強えからな。つまんねぇ生き物だぜ」
魔物は、クヴァットの「駒」にはならない。
だから、面白くない。
魔物の国への出入りを、早々にやめたのも、それが原因だ。
とにかく、つまらなかった。
人への「憎悪」を吹き込んでも、魔物は知らん顔。
どんな形であれ、人と関わること自体を拒んでいた。
人を皆殺しにできると言ってさえ、無視されたのだ。
「壁があったし、あえて関わることねぇって思ってたってことか」
「ま、魔物?」
「そうそ。あいつらにとっちゃ、人に関わんねぇのが1番ってこった」
「でも、戦を、しました、よ?」
「そこなんだよなぁ。今回、初めて魔物のほうから撃って出た。元は、人から手を出したわけだが」
というより、クヴァットが手を出させるよう仕向けたのだが、それはともかく。
3百年の間で、初めてのことだった。
魔物が国を出てまで、人を攻撃したのは。
「つまり、だ。上手くやりゃ、あいつらも動かせる」
それから考えると、アルフォンソの動きは、最高の一手だったはずだ。
魔物は「子」を犠牲にされた。
報復する理由には十分だ。
今となっては、人を攻撃する手段も手に入れている。
が、しかし。
道すがら、魔物と出くわさないようにはしていたものの、静か過ぎるのだ。
報復に目の色を変えているのなら、国全体が、ざわついている。
その様子が感じられない。
「まさか、あんなことになっても、まだ大人しくしてる気かよ」
クヴァットが大きく迂回してまで、コルコの裏側に入ったのには理由があった。
魔物の国は、その外側を「ファニ」の領土で覆われている。
踏み込めば、たちまち伝わってしまうのだ。
クヴァットは、経験則から、それを知っている。
ファニは大気から生じた魔物らしく、日頃は具現化していない。
そのせいで、気づきにくかった。
クヴァットは、ファニから連絡を受けたと思しき魔物に追いかけ回されたことが何度もある。
とはいえ、なににだって「抜け道」というものはあった。
偶然には過ぎないが、ある時、コルコの裏側で「それ」を見つけている。
コルコの領土は岩場が多い。
それが理由かはともかく、ファニが避けているらしき場所があったのだ。
たまたま、そこを抜けた時に、クヴァットは見つかることなく、魔物の国に入ることができた。
その場所から、今回、魔物の国に入ったので、見つかってはいないだろう。
だとしても、警戒が緩過ぎる。
コルコ、イホラと抜けて来たが、領土内に殺気立った空気はなかった。
とりたてて、巡回が厳しくなっている様子もない。
「なぁんか妙だな」
クヴァットは、口を汚させないため、焼いて切り分けた肉をフォークに刺し、シャノンに食べさせる。
シャノンは、相変わらず、食べるのに夢中だ。
味にたいしてこだわりはないが、食べることには熱心だった。
食べられる時に食べておかないと、という習慣が抜けていないのかもしれない。
そんなシャノンを見つつ、考える。
(アルフォンソは確実に捕まってるよな。それで手を打った、とか? まさかな)
首謀者を捕まえたところで、なにも変わらない。
魔物からすれば「人間のしたこと」に違いはないのだ。
誰だろうと関係ない。
そして、仮に引き渡しを要求しても、それは通らない。
(そんなことすりゃ、帝国の威信はガタ落ちだ。魔物に人を渡すってのは、まずあり得ねえ。たとえ罪人であっても、だ)
ならば、なにをもって手を打ったのか。
当然「成体の魔物の解放」だとしか考えられなかった。
人間側は、魔物に人を引き渡しはしないだろうが、魔物であれば別だ。
けれど、それを皇帝が肯とするだろうか。
「いや……待てよ。あいつ、確か……」
最後に、ベンジャミンに会いに来た日。
ティトーヴァは嘘をついたのだ。
アルフォンソが首謀者だと判明していたのに、それを隠した。
そして、こうも言っていた。
『しばらく様子見するしかない。ほかに手がないか、考えることにする』
チッと、クヴァットは舌打ちする。
嘘をつかれていたことに、気を取られ過ぎていた。
ほかの言葉に含まれた意味に、気づいていなかったのだ。
「ティトーヴァ・ヴァルキア……お前が、そんな馬鹿だったとは思わなかったぜ」
ティトーヴァ・ヴァルキアは、頭の出来の「質」がいい。
全体を俯瞰し、先を見据え、次の行動を選ぶことのできる男だ。
感情に任せ、後先を考えない行動に走るとは思っていなかった。
ベンジャミン・サレス。
皇帝という立場になりながら、それでもなお、友のために走ったのだ。
ベンジャミンが、本当に、かつての友ではないことを確認しようとした。
おそらく、単独で魔物の国に行ったに違いない。
そこでカサンドラと会話をしたのは、想像するまでもなかった。
事実を知っているのは、カサンドラだけなのだ。
クヴァットは、低く嗤う。
魔物とは違い、人はこれだから面白い。
駒を配置し、盤面を読んでいても、予想外の動きをする。
「いいじゃねぇか。そうか、そうかよ。なら、俺も気合い入れて楽しまねぇとな」
皇帝は、魔物を返すことにしたのだろう。
死んだものたちを悼みつつも、魔物は自然の摂理に則って状況を受け入れた。
だから魔物たちは静かなのだ。
人と魔物の「戦争」は、いったん終着した。
クヴァットは、それを理解する。
だが、自分の舞台の終幕ではない。
人と魔物が殺し合えば、より楽しめはしたはずだ。
しかし、それは「おまけ」だった。
「そろそろ行くぞ、シャノン」
「はい、ご主人様」
この先、少しの間、別行動することになるが、心配はしていない。
シャノンは、クヴァットの最高の玩具なのだ。
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