人でなし主と、じゃじゃ馬令嬢

たつみ

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前編

思惑もそれぞれに 3

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 サマンサは、書庫の隣にある読書室で紅茶を飲みながら、本を読むことにする。
 この別邸で過ごし始めて、すでに3日が経過していた。
 破談について、彼がどう考えているのかはわからない。
 訊いても、はぐらかされてばかりいる。
 
 ともかく、彼は約束を守るはずだ。
 そう思っているとはいえ、気にはなる。
 ティモシー宛に書き上げた手紙も出さなければならないし。
 
「サマンサ様、お茶をお持ちいたしました」
 
 サマンサが来た翌日の朝には、すでに勤め人が別邸にも配置されていた。
 最初に訪れた時は見かけなかったため、交渉成立後に準備がなされたのだろう。
 
(あの無礼な執事が寄越したのだから、嫌がらせのひとつもされるかと思っていたけれど、今のところ、とても普通だわ)
 
 いや、むしろ、感じが良くて、少し気味が悪い。
 婚約者のいる相手の屋敷に乗り込んで「特別な客人」になった女。
 同じ女性の立場からしても、冷たくされて当然だと思う。
 なので、嫌な態度を取られる覚悟はしていた。
 だが、サマンサの身の周りの世話をするメイドのラナを含め、ほかの勤め人も、いたって普通なのだ。
 
「ラナ、ちょっと訊いてもいいかしら」
「はい。私にお答えできることであれば、どのようなことでも」
「答えにくいかもしれないけれど、話せる範囲でかまわないわ」
 
 ラナは、サマンサより年上と見られる栗色の髪に茶色の瞳をした女性だった。
 物静かで優しい雰囲気があるのに、とてもしっかりしている。
 てきぱきしていて、器用でもあった。
 嫌な顔もしないし、サマンサを馬鹿にするような態度も取らない。
 
「あなたたちは嫌ではない? 彼に婚約者がいることは知っているのでしょう?」
「存じてはおりますが、私たちには関係がございませんので、嫌だと感じたこともございません」
「関係がないというのは、どういうこと?」
「私たちの大半は王都の屋敷からまいりました。ですから、アドラントの本邸の者とは違い、アシュリリス姫のことを、よく存じません」
 
 そういうことか、と納得する。
 彼女のことをよく知らないため、思い入れも深くない、と言いたいのだろう。
 基本的に、彼女らはローエルハイドに仕えている。
 主の意思に従う者たちなのだ。
 
 ただし、アドラントの本邸の勤め人たちはサマンサを知らず、婚約者側への思い入れが強い。
 逆に、王都から来た者は婚約者を知らないままサマンサの元に来たので、これといって、こだわりがない。
 
(あの執事……案外、優秀なの? それとも彼の指示? まさかね。屋敷の主が人員の配置にまで指図するのなら、執事を置いている意味がないもの)
 
 ちょっぴり意外だった。
 無礼な執事ではあるが、ある程度の公平さは持ち合わせているようだ。
 
「でも、私のせいで王都から離れることになったのよ? 突然の配置換えに気分を害するのは当然に思えるわ」
「そういうこともございませんね。王都のお屋敷には、特定のかたが住まわれることはありませんでした。時々、お客様がいらしておりましたが、たいていは旦那様のご不興をかい、すぐに追いはらわれておりました」
「つまり……それほど忙しくないということかしら?」
 
 暇というと語弊がある気がしたので、遠回しな言いかたをしてみる。
 すると、ラナが小さく笑った。
 ものすごく意外だ。
 反感を持たれることはあっても、歓迎されることはないと思っていたからだ。
 
「さようにございます、サマンサ様。旦那様は、いつ戻られるか、わからないかたにございますから、準備だけはしておりました。ですが、やはりこうしてきちんとした役割があるほうが勤め甲斐がございます」
「それが、たとえ……愛妾とされる女であっても?」
「サマンサ様は旦那様のお気に召されたかたにございます。正直に申しまして、そのようなかたは、今まで、お1人もいらっしゃいませんでした」
 
 ラナの言葉に少なからず驚く。
 彼は男性として魅力的であり、爵位などとは関係なく、女性が集まってくるのは予想するまでもない。
 民服を着て、街を歩いているだけでも、熱い視線を浴びるはずだ。
 
「彼は、女性嫌いとか女性不信とかではないわよね?」
「はい。女性とのおつきあいがなかったとは申せませんが、このように屋敷に迎え入れられたのは、初めてのことにございます」
「でも、ご婚約者のかたがいらっしゃるじゃない」
 
 ラナは、なにか考えているのか、わずかに首をかしげる。
 が、すぐに小さく頭を横に振った。
 
「旦那様が、なにを考えておられるのかは、私にはわかりかねます。ですが、ひとつ言えるのは、旦那様は14歳の少女に恋をなさるかたではない、ということです」
「私は、まだ彼女に会ったことがないの。もしかすると、ものすごく大人びたかただとか……」
「いいえ。私も、ちらりとお見掛けしただけにございますが、14歳にしては少し幼いくらいの印象がございました。ですから、現時点では、旦那様のお相手になるとは考えにくいのです」
 
 サマンサは、ラナの話を聞きつつ、紅茶を口にする。
 といっても、カップではなくグラス入りだ。
 ここに来て初めて知った、冷たい状態で飲む紅茶だった。
 冷やしたレモネードで割ったものなのだそうだ。
 
 のど越しが爽やかで、冷たいのもいい。
 夏にぴったりの飲み物だと感じられ、サマンサは気に入っている。
 もちろん敷地内の温度は、常に適温に保たれているが、印象の問題なのだ。
 いくら温度が適正でも、空は夏の色をしている。
 
「サマンサ様、このようなことを申し上げるのは差し出がましいとは存じますが、サマンサ様は、なにも引け目に感じられることはございません。少なくとも、私はサマンサ様のお世話をさせていただけて、ようやく自分の役目を果たしていると、実感できております」
「ありがとう、ラナ」
「私のほうこそ、感謝しております、サマンサ様」
 
 ラナは嘘を言っているようには見えない。
 だが、サマンサは「人のさ」により痛い目を見ている。
 全面的に信じるのは危険だと、つい自己防衛の機能が働いてしまう。
 ラナがサマンサを尊重していて、悪意を持っていないとわかっていても。
 
「あなたが私の姿をどう思っているのか、正直に言ってもらえる?」
 
 我ながら、嫌な質問をしていると思った。
 ラナを試す問いでもあるので、自己嫌悪に心がちくちくする。
 こんな時には、決まって父の教えがサマンサの頭をよぎるのだ。
 
 『心がちくちくするのは罪悪感があるからだ。では、なぜ罪悪感をいだくのか? 己の行動が正しくないものだとの自覚があるせいだろう? なにか理由があったとしても、ずっと、そのチクチクをかかえていたくなければ……』
 
 父の忠告を、サマンサは受け入れるつもりでいる。
 ただし、ラナの答えを聞いたあとで、だった。
 
「お訊きになられたいことは理解しております。サマンサ様は、確かにほかの貴族令嬢の方々とは違っておられます。ですが、少しも気にしておりません」
「それは、彼が私を選んだから?」
「ないとは言えませんが、この3日、お仕えした中で、サマンサ様がとても聡明なかたでいらっしゃると気づきました。見かけが整っていても、愚かなかたは大勢いらっしゃいますからね。そういうかたを、私は好みません」
 
 見た目ではなく、ラナは内面で判断したと、言ってくれているのだ。
 完全に警戒心を緩めてはいないが、ほわっとした喜びが胸に広がる。
 知り合って3日しか経っていないのに、ラナがいて良かったと思えた。
 
「ラナは、いつからローエルハイドに勤めているの?」
「十歳からにございます。もうかれこれ11年目になりましょうか」
「じゅ……それほど幼い時から働いていたのね」
「平民では、めずらしくないことにこざいます。もっと幼い時から仕事をする者もおります」
 
 ラナが平民だったとは知らずにいた。
 公爵家ともなると、勤め人は下位貴族の中から選ばれるのが一般的だ。
 経済的な余裕がなく平民を雇い入れることはあっても、財力があれば平民を雇うことは、まずない。
 
「私が平民ということで、お気に障られたのであれば、爵位持ちの……」
「まったく気にしていないわ。あなたが私の体型を気にしないのと同じよ」
 
 サマンサは、爵位を持つ貴族だから偉いとか立派だとか、思ってはいなかった。
 なにしろ、夜会でサマンサを嘲笑することくらいしかできない者たちだ。
 ティンザー気質な彼女にとって、それはとても「下品」な振る舞いに感じる。
 対象が自分であるため、反論すれば、ねたみだのひがみだの言われるとわかっていたので、あえて言い返さずにいただけだ。
 
「サマンサ様、グラスが空いておりますわ」
 
 ラナが、グラスに冷たいレモネード入りの紅茶を注いでくれる。
 注ぎながら言う。
 
「旦那様も、実は、これがお気に入りなのですよ?」
「え…………」
 
 彼と好みが同じだなんてと思いはするのだが、しかし。
 サマンサは、そこだけ「聞かなかった」ことにした。
 
(だって本当に気に入ってしまったのだもの……飲みたくない、とは言えないわ)
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