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後編
思いもよらないこと 3
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フレデリックは、サロンにいた。
ワインを、しこたま飲んでいる。
ように見せかけている。
実際には、フレデリックは、酔わない。
常に、酔わないための薬を服用しているからだ。
14歳でハインリヒの「お守り」をするようになって以来、そうした措置をとることにした。
酔った勢いでヘマをしたり、酔っている間に重要な事柄を見逃したりするのは、「公爵様の下僕」に、あってはならない失態だと思っている。
「それにしても、あなた、とてもうまくやったようね」
フレデリックの両脇に、マチルダとマクシミリアンが座っていた。
サロン代は、マクシミリアンの「奢り」だ。
頼んでもいないのに。
「だから、言っただろ? あの女を落とすのなんて、わけないってさ」
少し舌足らずな口調で言う。
マクシミリアンが、愉快そうに笑っていた。
2人は、たいして酔ってはいない。
フレデリックだけを酔わせようとしている。
(それで、僕から情報を訊き出そうとしているわけか……使い古され過ぎていて、乗ってやらなきゃ可哀想に思えてくるよな)
単なる情報だけなら、いくらでも渡せた。
どうせフレデリックは嘘しかつかないのだ。
嘘の中に、本当を混ぜたりはしない。
どこにもないことばかりを、あたかも事実であるかのごとく語る。
フレデリックは、公爵のためなら、いくらでも道化になれた。
罪悪感の欠片もない。
フレデリックにとっての生きる「軸」は、公爵なのだ。
役に立てるのなら、どんなことでも、する。
「あの女の様子はどうなの?」
「決まっているじゃないか。僕に夢中だよ」
「長く泊まっているみたいだものな」
「何度か、帰ろうとしたけれどね。ちょっと甘い言葉を言って引き留めれば、またひと晩、次のひと晩ってな具合さ」
言って、アハハと馬鹿っぽく笑った。
酔いも手伝い、口が滑りまくっています、といった調子だ。
時折、マクシミリアンとマチルダが目配せをしているのには気づいている。
が、あえて気づかない振りで、逆にマチルダにしなだれかかっていた。
フレデリックに寄りかかられ、マチルダは嫌気がさしているだろう。
マチルダには嫌悪されていると知っている。
ある意味、フレデリック流の嫌がらせだ。
フレデリックだって、マチルダにくっつくなんて「趣味」ではない。
「公爵様から、なにも言われていないの?」
「さぁね。彼女は言われているかもしれないけど、僕の知ったことじゃない」
「お前に直接は、なにも言って来ないのか、フリッツ?」
酔った勢いで、気が大きくなっているという態度を作る。
マクシミリアンに、呆れ顔をしてみせた。
「おいおい、マックス。きみにも、わかるはずじゃないか。公爵は、僕に愛妾……おっと、婚約者だったな、婚約者」
なにも面白いことはないのだが、さも面白いとばかりに膝を叩いて笑う。
マチルダが、フレデリックに気づかれないように、顔をしかめていた。
その甲斐もなく、気づいていたが、それはともかく。
「その婚約者を寝取られたのだぜ? 僕に、なにを言うって? 言えるはずがあるかい? 自分に魅力がないと言っているようなものじゃないか、なあ、マックス」
マクシミリアンが、心底、楽しげに声をあげて笑う。
マチルダも、隣でほくそ笑んでいた。
「それも、そうだ。ローエルハイドが、格下の若造に、婚約者を寝取られているのだからな。いいザマだ」
毒でも盛って、ぶっ殺してやりたい。
が、自分の仕事は、彼らを殺すことではないと思い直す。
フレデリックの目的は、真意を測ることだ。
マチルダは私怨かもしれないが、マクシミリアンは違う。
妹に肩入れしているのも、ティンザーに恥をかかされ報復したかったというのも目的のひとつではあるだろう。
とはいえ、それだけで、マクシミリアンが危うい橋を渡るとは思えなかった。
マクシミリアンは三男なのだ。
なにか些細な失態を冒せば、簡単に切り捨てられる立場にいる。
仮に、公爵からやり返されれば、マクシミリアンは、サロンに顔を出せない程度ではすまない傷を負う。
「今は、あの女が自分から戻るのを待っているということか?」
「さあ? 僕に訊かれたって、そこは公爵次第だろ? 婚約の解消を、考えているかもしれないし?」
「そうなれば、いいのに」
フレデリックは、マチルダのほうに体をさらに寄せ、その手を握った。
甘えるように、マチルダを見上げる。
「ねえ、もしかして、彼女のあとを狙っているわけじゃないよね?」
自分との約束は、どうなるのか。
暗に、ほのめかした。
マチルダは、サマンサを公爵から引き離せば、フレデリックに「感謝」を示すと言ったのだ。
もっとも、それを言ったのはマクシミリアンだけれども。
「まさか……あれほど恥をかかされたのよ? 未練などあるはずがないわ」
「それを聞いて安心したよ」
マチルダの手に口づける。
マチルダは、ゾッとしたように手を引きたがっていた。
とはいえ、ゾッとしたのは、フレデリックも同じだ。
表情では、マチルダに対し、あからさまな欲を浮かべていても、心は冷たく冴えている。
「僕が、きみに、どれほど関心を持っているか、もちろん、わかっているだろ?」
「え、ええ……わかっているわ。私も、同じ気持ちだから」
マチルダが、フレデリックに微笑みかけてきた。
その顔が引き攣っているのにも、酔っているから気づかない、という体だ。
フレデリックは、いよいよマチルダに好色な視線を向ける。
「きみは、本当に美しいよ」
ゆらゆらした手つきで、マチルダの髪を撫でた。
フレデリックは「赤毛に目がない」のだ。
マチルダは、さぞ心の中で、自分を罵っているだろう。
思うと、小気味がいい。
殺せないなりに、嫌がらせする方法は、いくらでもある。
「そういえば、フリッツ」
「……もうあの女の話はいいだろ、マックス」
せっかくのマチルダとの時間を邪魔するな。
そう示すため、フレデリックは、いかにも不愉快と言った口調で言った。
だが、内心では、やっと来たか、と思っている。
ここからが本題なのだ。
「いや、あの女のことはもういい。それより、お前は、次の当主に決まっているのだったよな?」
「一応……そういうことになってはいるけれど、それが?」
「一応ってのは……弟に家督が行きそうなのか?」
「実は……父上は、バービーに譲るつもりだよ」
「お前が長男だろう? どうして弟に?」
「さぁね。バービーのほうが当主に向いてると思っているのだろ。ほら、僕と弟は年が1つしか違わないんだぜ? さっさとバービーに婚姻させて継がせるのじゃないか? 僕は、まだ婚姻する気なんてないもの」
父の内心がどうあれ、フレデリックが家督を継ぐことは決まっている。
公爵が、そう望んでくれたからだ。
フレデリックは、公爵に勧められれば、相手がどういう女性だろうが、いつでも婚姻するつもりだった。
子を成し、後継者を育てろと言われても、そうする。
およそフレデリックに、公爵に対する「否」はない。
さりとて、そんなことは、ひと言たりとも口には出さずにいた。
表情でも態度でも、家督などどうでもいいと示してみせる。
マクシミリアンが顔をしかめていたからだ。
どうやらフレデリックに家督を継がせたいと考えているらしい。
「いや、フリッツ。ラペルは、お前が継ぐべきだ」
「どうしてさ? 家督を継がなくても、今まで通り、なにも変わりやしないさ」
「お前は、モードと婚姻したくないのか?」
「えっ? こ、婚姻……そ、それは……その……」
マチルダに、視線をチラチラと向ける。
それは、吝かではないという仕草だ。
「そ、そりゃあ……婚姻する気はないと言ったけれど……彼女となら……」
フレデリックが、その気になったとみるやマクシミリアンがたたみかけてくる。
身を乗り出し、ひそひそと話しかけてきた。
「お前、アドラントの話を知っているか?」
「アドラント……? なんの話だい?」
「近々、領地返還の採決が行われるって話だ」
「え……けど、あそこは……」
「わかっている。ローエルハイドの直轄領だが、採決で決まったことなら従うよりしかたないだろ? ローエルハイドだって、ロズウェルドの貴族なのだからな」
マクシミリアンが嫌な笑みを浮かべている。
フレデリックは、話が見えないというように「馬鹿」の振りをした。
焦れたように、マクシミリアンは、ぐいっとフレデリックの肩を掴む。
「いいか。領地返還されたアドラントはどうなると思う? 割譲されて、各公爵家に割り振られることになる。ラペルにも、おこぼれが来るってことだ」
「そ、それじゃ……税収が……」
「増えるに決まっている。アドラントは裕福な土地だからな」
ごくっと、フレデリックは、ワインを飲み干した。
マクシミリアンの話に興味津々といった顔をする。
「その採決には票がいる。ラペルがこっちに着くとなれば……」
「ちょ……待ってくれよ。父上がローエルハイドに歯向かえるわけが……」
「だから、お前が早々に家督を継げって言っているのさ」
顔をしかめ、考えているそぶりをしてみた。
実際には、その件については、なにも考えていないのだけれど。
「……アドラントの領地返還の話は本当なのかい? にわかには信じがたい……」
「間違いない。父上が話しているのを、メイドが聞いている。そのメイドと私は、それなりの仲でね。ラウズワースも噛んでいるってことだったし、間違いはない。ティムが、あの女と婚姻しようとしていたのもティンザーの票のためだったのさ」
フレデリックは、ハッとした表情を浮かべる。
それから、決意でも固めたように、深くうなずいた。
マクシミリアンは、ラペルの票を取り込むことで、点数稼ぎがしたいのだ。
そのためには、フレデリックに妹を差し出すのも厭わないのだろう。
浅知恵もいいところだと、フレデリックは冷めた心で、思っていた。
(まぁ、いいや。僕がこの女と婚姻する前に、公爵様が始末をつけてくださるさ)
ワインを、しこたま飲んでいる。
ように見せかけている。
実際には、フレデリックは、酔わない。
常に、酔わないための薬を服用しているからだ。
14歳でハインリヒの「お守り」をするようになって以来、そうした措置をとることにした。
酔った勢いでヘマをしたり、酔っている間に重要な事柄を見逃したりするのは、「公爵様の下僕」に、あってはならない失態だと思っている。
「それにしても、あなた、とてもうまくやったようね」
フレデリックの両脇に、マチルダとマクシミリアンが座っていた。
サロン代は、マクシミリアンの「奢り」だ。
頼んでもいないのに。
「だから、言っただろ? あの女を落とすのなんて、わけないってさ」
少し舌足らずな口調で言う。
マクシミリアンが、愉快そうに笑っていた。
2人は、たいして酔ってはいない。
フレデリックだけを酔わせようとしている。
(それで、僕から情報を訊き出そうとしているわけか……使い古され過ぎていて、乗ってやらなきゃ可哀想に思えてくるよな)
単なる情報だけなら、いくらでも渡せた。
どうせフレデリックは嘘しかつかないのだ。
嘘の中に、本当を混ぜたりはしない。
どこにもないことばかりを、あたかも事実であるかのごとく語る。
フレデリックは、公爵のためなら、いくらでも道化になれた。
罪悪感の欠片もない。
フレデリックにとっての生きる「軸」は、公爵なのだ。
役に立てるのなら、どんなことでも、する。
「あの女の様子はどうなの?」
「決まっているじゃないか。僕に夢中だよ」
「長く泊まっているみたいだものな」
「何度か、帰ろうとしたけれどね。ちょっと甘い言葉を言って引き留めれば、またひと晩、次のひと晩ってな具合さ」
言って、アハハと馬鹿っぽく笑った。
酔いも手伝い、口が滑りまくっています、といった調子だ。
時折、マクシミリアンとマチルダが目配せをしているのには気づいている。
が、あえて気づかない振りで、逆にマチルダにしなだれかかっていた。
フレデリックに寄りかかられ、マチルダは嫌気がさしているだろう。
マチルダには嫌悪されていると知っている。
ある意味、フレデリック流の嫌がらせだ。
フレデリックだって、マチルダにくっつくなんて「趣味」ではない。
「公爵様から、なにも言われていないの?」
「さぁね。彼女は言われているかもしれないけど、僕の知ったことじゃない」
「お前に直接は、なにも言って来ないのか、フリッツ?」
酔った勢いで、気が大きくなっているという態度を作る。
マクシミリアンに、呆れ顔をしてみせた。
「おいおい、マックス。きみにも、わかるはずじゃないか。公爵は、僕に愛妾……おっと、婚約者だったな、婚約者」
なにも面白いことはないのだが、さも面白いとばかりに膝を叩いて笑う。
マチルダが、フレデリックに気づかれないように、顔をしかめていた。
その甲斐もなく、気づいていたが、それはともかく。
「その婚約者を寝取られたのだぜ? 僕に、なにを言うって? 言えるはずがあるかい? 自分に魅力がないと言っているようなものじゃないか、なあ、マックス」
マクシミリアンが、心底、楽しげに声をあげて笑う。
マチルダも、隣でほくそ笑んでいた。
「それも、そうだ。ローエルハイドが、格下の若造に、婚約者を寝取られているのだからな。いいザマだ」
毒でも盛って、ぶっ殺してやりたい。
が、自分の仕事は、彼らを殺すことではないと思い直す。
フレデリックの目的は、真意を測ることだ。
マチルダは私怨かもしれないが、マクシミリアンは違う。
妹に肩入れしているのも、ティンザーに恥をかかされ報復したかったというのも目的のひとつではあるだろう。
とはいえ、それだけで、マクシミリアンが危うい橋を渡るとは思えなかった。
マクシミリアンは三男なのだ。
なにか些細な失態を冒せば、簡単に切り捨てられる立場にいる。
仮に、公爵からやり返されれば、マクシミリアンは、サロンに顔を出せない程度ではすまない傷を負う。
「今は、あの女が自分から戻るのを待っているということか?」
「さあ? 僕に訊かれたって、そこは公爵次第だろ? 婚約の解消を、考えているかもしれないし?」
「そうなれば、いいのに」
フレデリックは、マチルダのほうに体をさらに寄せ、その手を握った。
甘えるように、マチルダを見上げる。
「ねえ、もしかして、彼女のあとを狙っているわけじゃないよね?」
自分との約束は、どうなるのか。
暗に、ほのめかした。
マチルダは、サマンサを公爵から引き離せば、フレデリックに「感謝」を示すと言ったのだ。
もっとも、それを言ったのはマクシミリアンだけれども。
「まさか……あれほど恥をかかされたのよ? 未練などあるはずがないわ」
「それを聞いて安心したよ」
マチルダの手に口づける。
マチルダは、ゾッとしたように手を引きたがっていた。
とはいえ、ゾッとしたのは、フレデリックも同じだ。
表情では、マチルダに対し、あからさまな欲を浮かべていても、心は冷たく冴えている。
「僕が、きみに、どれほど関心を持っているか、もちろん、わかっているだろ?」
「え、ええ……わかっているわ。私も、同じ気持ちだから」
マチルダが、フレデリックに微笑みかけてきた。
その顔が引き攣っているのにも、酔っているから気づかない、という体だ。
フレデリックは、いよいよマチルダに好色な視線を向ける。
「きみは、本当に美しいよ」
ゆらゆらした手つきで、マチルダの髪を撫でた。
フレデリックは「赤毛に目がない」のだ。
マチルダは、さぞ心の中で、自分を罵っているだろう。
思うと、小気味がいい。
殺せないなりに、嫌がらせする方法は、いくらでもある。
「そういえば、フリッツ」
「……もうあの女の話はいいだろ、マックス」
せっかくのマチルダとの時間を邪魔するな。
そう示すため、フレデリックは、いかにも不愉快と言った口調で言った。
だが、内心では、やっと来たか、と思っている。
ここからが本題なのだ。
「いや、あの女のことはもういい。それより、お前は、次の当主に決まっているのだったよな?」
「一応……そういうことになってはいるけれど、それが?」
「一応ってのは……弟に家督が行きそうなのか?」
「実は……父上は、バービーに譲るつもりだよ」
「お前が長男だろう? どうして弟に?」
「さぁね。バービーのほうが当主に向いてると思っているのだろ。ほら、僕と弟は年が1つしか違わないんだぜ? さっさとバービーに婚姻させて継がせるのじゃないか? 僕は、まだ婚姻する気なんてないもの」
父の内心がどうあれ、フレデリックが家督を継ぐことは決まっている。
公爵が、そう望んでくれたからだ。
フレデリックは、公爵に勧められれば、相手がどういう女性だろうが、いつでも婚姻するつもりだった。
子を成し、後継者を育てろと言われても、そうする。
およそフレデリックに、公爵に対する「否」はない。
さりとて、そんなことは、ひと言たりとも口には出さずにいた。
表情でも態度でも、家督などどうでもいいと示してみせる。
マクシミリアンが顔をしかめていたからだ。
どうやらフレデリックに家督を継がせたいと考えているらしい。
「いや、フリッツ。ラペルは、お前が継ぐべきだ」
「どうしてさ? 家督を継がなくても、今まで通り、なにも変わりやしないさ」
「お前は、モードと婚姻したくないのか?」
「えっ? こ、婚姻……そ、それは……その……」
マチルダに、視線をチラチラと向ける。
それは、吝かではないという仕草だ。
「そ、そりゃあ……婚姻する気はないと言ったけれど……彼女となら……」
フレデリックが、その気になったとみるやマクシミリアンがたたみかけてくる。
身を乗り出し、ひそひそと話しかけてきた。
「お前、アドラントの話を知っているか?」
「アドラント……? なんの話だい?」
「近々、領地返還の採決が行われるって話だ」
「え……けど、あそこは……」
「わかっている。ローエルハイドの直轄領だが、採決で決まったことなら従うよりしかたないだろ? ローエルハイドだって、ロズウェルドの貴族なのだからな」
マクシミリアンが嫌な笑みを浮かべている。
フレデリックは、話が見えないというように「馬鹿」の振りをした。
焦れたように、マクシミリアンは、ぐいっとフレデリックの肩を掴む。
「いいか。領地返還されたアドラントはどうなると思う? 割譲されて、各公爵家に割り振られることになる。ラペルにも、おこぼれが来るってことだ」
「そ、それじゃ……税収が……」
「増えるに決まっている。アドラントは裕福な土地だからな」
ごくっと、フレデリックは、ワインを飲み干した。
マクシミリアンの話に興味津々といった顔をする。
「その採決には票がいる。ラペルがこっちに着くとなれば……」
「ちょ……待ってくれよ。父上がローエルハイドに歯向かえるわけが……」
「だから、お前が早々に家督を継げって言っているのさ」
顔をしかめ、考えているそぶりをしてみた。
実際には、その件については、なにも考えていないのだけれど。
「……アドラントの領地返還の話は本当なのかい? にわかには信じがたい……」
「間違いない。父上が話しているのを、メイドが聞いている。そのメイドと私は、それなりの仲でね。ラウズワースも噛んでいるってことだったし、間違いはない。ティムが、あの女と婚姻しようとしていたのもティンザーの票のためだったのさ」
フレデリックは、ハッとした表情を浮かべる。
それから、決意でも固めたように、深くうなずいた。
マクシミリアンは、ラペルの票を取り込むことで、点数稼ぎがしたいのだ。
そのためには、フレデリックに妹を差し出すのも厭わないのだろう。
浅知恵もいいところだと、フレデリックは冷めた心で、思っていた。
(まぁ、いいや。僕がこの女と婚姻する前に、公爵様が始末をつけてくださるさ)
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