人でなし主と、じゃじゃ馬令嬢

たつみ

文字の大きさ
98 / 164
後編

過ぎていく日々に 2

しおりを挟む
 サマンサは朝早くに目が覚めた。
 ベッドから出て、床に立つ。
 板敷の床だ。
 置いてある室内履きに足を入れる。
 
(ここに女性は住んでいなかったというのは本当だわ)
 
 レジーから、そう聞かされていた。
 室内履きは大きくて、サマンサには、ぶかぶかだ。
 服については、女性用の寝間着と民服が数着ある。
 どこかから、レジーが調達してきてくれたのだ。
 買い出しに行ってきたついでに、手にいれてくれたのだろう。
 
 とりあえずだと、レジーは言っていた。
 必要なものがあれば用意するとのことだったが、あまり迷惑もかけられない。
 記憶はなくても、買い物に金がいるのは、わかっている。
 サマンサは、現状、1銅貨も持っていないのだ。
 
(室内履きだもの。大きくたって履けないわけじゃないし、困りはしないわよ)
 
 寝間着から民服に着替え、リスのベッドに近づく。
 リスは、まだ眠っていた。
 起こさないよう、そうっと髪を撫でる。
 やわらかな感触に、自然と口元に笑みが浮かんだ。
 
(子供の髪って、やわらかいのね……本当に、可愛らしいわ……)
 
 リスの両親が、リスを愛していないことが信じられない。
 普通の4歳の子が、どういうふうかは知らないが、リスは「いい子」だ。
 いい子過ぎて、暴れたり、我儘を言ったりしないことに、せつなくなる。
 記憶がなく、子供を扱うのが初めてだと感じていても、子供というのは、もっと「やんちゃ」なものなのではないかと思うのだ。
 
 リスから手を放し、サマンサは部屋を出る。
 そこは、一応「居間」と呼べる空間になっていた。
 小屋には、サマンサとリスが眠っている部屋、レジーの部屋、調理室兼食堂。
 それと、ここだ。
 
 部屋から出ると、ソファに座っているレジーの頭が見える。
 ソファの向こうにテーブルがあり、その少し先に入り口の扉があった。
 サマンサが出て来た部屋の横にはチェストがあり、その上に花瓶がある。
 だが、使ってはいないらしく、花が生けられているのは見ていない。
 
 なにかが、ふわっとサマンサの心を横切った。
 サマンサは、ほんの少しの間、その花瓶を眺める。
 掴めそうだった「なにか」は消えていた。
 記憶を取り戻すきっかけがあったのかもしれないが、すでに捉え損ねている。
 
 サマンサは諦めて、花瓶から視線をソファに移した。
 思い出そうとしても思い出せないのだから、しかたがない。
 それに、なぜか「帰る場所がない」という気がする。
 日常的な生活にかかること以外は覚えておらず、帰る場所があるのかどうかなんてわからないはずなのに。
 
「おはよう、レジー」
「おー、起きたのか。早いな」
 
 ソファの右横には暖炉があった。
 その横には薪が積んである。
 暖炉には火が入っており、室内は暖かかった。
 レジーは早起きらしく、サマンサが起きる頃には、たいてい起きている。
 そして、室内は暖かい。
 
「あなたほどじゃないわ。いつも部屋が暖かいもの」
 
 言いながら、レジーの隣に、ぽすんと腰かけた。
 暖炉に火を入れても、すぐに部屋が温まるはずはない。
 かなり早くから火を起こしているのだろうと、想像はつく。
 
「お世話になりっ放しね」
「たいして世話なんかしてねぇよ。自分で動いてくれるだけでもありがたい」
「抱っこをせがむ歳じゃない……と思うわ。自分が何歳かもわからないけれど」
 
 サマンサは肩をすくめてみせた。
 レジーが小さく笑う。
 リスを起こさないよう、さっきから2人は小声で話していた。
 大雑把に見えて、レジーは細やかな気遣いをする人なのだ。
 
「ま、いいんじゃねぇか? 歳なんて、たいして意味あるかぁ?」
「そりゃ、レジーは男性だから歳を気にする必要はないでしょうね」
「あー、女は子供のことがあるからな」
 
 言葉に、どきっとする。
 なにか胸がざわついていた。
 自分は子供がほしかったのだろうか。
 考えても、答えは出ない。
 なにかあったのだとしても、思い出せなかったからだ。
 
「なぁ、サム」
「なに?」
「思い出せねぇのは、しょうがねぇだろ? いずれ思い出すかもしれねぇし、その逆も有り得る。だから、考えんのはやめたらどうだ?」
 
 そうしたい気持ちはある。
 だが、記憶がない、というのは、落ち着かないものなのだ。
 
「自分のことがわからないなんて……すごく不安になるのよ……」
「前の自分のことは、思い出してから考えればいいのさ。それまでは、サムは今のサムでいろ。新しい自分として生きてりゃいいんだ」
「新しい、自分……」
「前の自分はどうしてたかなんてことは考えずに、今やりたいことをやる」
 
 今やりたいことをやる。
 
 その言葉に、少し気持ちが楽になった。
 レジーの言うように、どうせ思い出せないのだ。
 思い出すまでは、目の前のことだけを考えたほうがいいのかもしれない。
 
「あなたって楽観的なのね」
「おー、俺は深く物を考えるのが苦手だ」
 
 笑うサマンサに、レジーも笑っている。
 整えられていない金色の髪が、窓から射しこむ光に輝いていた。
 灰色の瞳は、改めて見ると、穏やかで優しげな雰囲気がある。
 レジーは、きっと自分より大人なのだ、と思った。
 
「今のサムは、どう思う?」
「なにが?」
「子供がほしいか?」
「そうねえ。リスを見ていると、ほしくなるわね」
「手を焼かされるぞ?」
「それでも、可愛いわ」
 
 サマンサは、かいがいしく世話を焼いてくるリスに胸を打たれている。
 リスは無償の愛というものを知らない。
 だから、必要とされたくて必死になるのだ。
 役に立たなければ見捨てられる、と思っている。
 
「そういえば、手に負えなくなると、あなたにあずけられると言っていたけれど、それはどういう意味?」
 
 レジーが頭をソファの背もたれに乗せ、天井を見上げた。
 その横顔を、サマンサは見つめている。
 レジーは真面目な表情を浮かべていた。
 
「あいつにも実家はある。けど、しばらくいると、だんだん食事をしなくなって、最後には水も飲まなくなっちまうんだよ」
「そんな……あの子は、まだ4歳なのに……」
 
 なにがあったら、そんなことになるのか。
 想像もつかなかった。
 
「あいつの母親は、あいつを父親に渡して、それっきり。父親は、別の女と婚姻。あいつには見向きもしない。勤め人たちも、仕事として接してるだけだからな」
「リスは、ひとりぼっちにされているのね……あんまりだわ……」
「あいつの実家じゃ、リスが生きてさえいればいいって思ってる奴ばかりだ。そのことを、あいつも察してる。だから、飲み食いしなくなるんじゃねぇか?」
「…………それが……かまってもらえる、方法だから……?」
 
 レジーが小さくうなずく。
 その「実家」とやらに腹も立つし、リスの気持ちを思うと泣けてきた。
 そうまでしてかまってもらおうとしているリスが悲しかったのだ。
 
「見るに見かねて、最初に手を出したのが俺だった。そん時からだな。そうなると俺のところにあずけてくんだよ」
 
 なんという無責任な親だろう。
 そこまで「いらない」のなら、誰か可愛がってくれる人に養子に出せばいい。
 たとえば、レジーとか。
 
(レジーが引き取ることはできないのかしら? でも、できるのなら、とっくにしてそうよね、レジーなら……)
 
 少なくとも、リスはレジーには懐いている。
 言いたいことも言えているようだし、安心しているのが伝わってくるのだ。
 理由があって引き取れないのかもしれないが、なんとかならないのか、と聞いてみようとした。
 
「サム~ッ! サムがいない……っ……」
 
 びくっとして、立ち上がる。
 部屋のほうから、リスの泣き声が聞こえていた。
 慌てて、部屋に駆け込む。
 
「……サム……サム……」
 
 リスが、サマンサのベッドにしがみついている。
 肩が大きく上下しているのは泣いているからだ。
 
「リス!」
 
 声をかけた瞬間、リスが振り返る。
 涙をぽろぽろとこぼしながら、サマンサに駆け寄ってきた。
 サマンサもリスの体を抱き締める。
 なだめるために、頭と背中を繰り返し撫でた。
 
「大丈夫よ、ここにいるでしょう? いなくなったりはしていないわ」
「サム……サムも……いなくなったって……」
「いなくならないわよ。リスを置いていくわけないじゃない」
 
 少し体を離し、リスの涙を手で拭う。
 その頬に口づけをした。
 リスが目を大きく見開き、驚いた顔をする。
 
「リス、私は、あなたが大好きよ」
 
 言って、額にも目元にも口づけた。
 きっと、リスは、こうした愛情表現も受けたことがない。
 少し戸惑った様子を見せながらも、サマンサに抱き着いてくる。
 
「……サム……大好き……」
「よし! それなら、俺も”チュー”して……」
「……レジーのは、嫌……なんか嫌だ……」
「お前なあ」
 
 呆れたように言ったあと、レジーが笑った。
 リスを抱きしめ、サマンサも笑う。
 これからは、リスの寝起きにはそばにいようとも、思った。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

分厚いメガネを外した令嬢は美人?

しゃーりん
恋愛
極度の近視で分厚いメガネをかけている子爵令嬢のミーシャは家族から嫌われている。 学園にも行かせてもらえず、居場所がないミーシャは教会と孤児院に通うようになる。 そこで知り合ったおじいさんと仲良くなって、話をするのが楽しみになっていた。 しかし、おじいさんが急に来なくなって心配していたところにミーシャの縁談話がきた。 会えないまま嫁いだ先にいたのは病に倒れたおじいさんで…介護要員としての縁談だった? この結婚をきっかけに、将来やりたいことを考え始める。 一人で寂しかったミーシャに、いつの間にか大切な人ができていくお話です。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

あなたが残した世界で

天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。 八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。

処理中です...