不機嫌領主と、嫌われ令嬢

たつみ

文字の大きさ
30 / 64

対話の対価 2

しおりを挟む
 夜会の日から、6日が経っていた。
 ドリエルダが夢を見たのは、ちょうど20日前になる。
 最悪の事態は回避できた、と言えるだろう。
 
 彼女は夜会で大恥をさらしはしなかったし、今のところ、婚約解消についての悪い噂は聞こえてこない。
 悪い流れは悪いほうに、良い流れは良いほうに流れる。
 今回は、後者だ。
 
 恋のなんたるかも知らない14歳での、家同士が決めた政略的な婚約。
 2年という長い婚約期間。
 それらは、ドリエルダとタガートともに、婚約に前向きではなかったことを示唆している。
 
「その2人に、お互い現れた運命の人、だなんて……」
 
 仕組んだ通りに、事が運んだのは喜ばしい。
 とはいえ、貴族たちの身勝手さには、呆れるばかりだ。
 ちょっと前まで、ドリエルダを悪く言っていた人たちまでもが、彼女を好意的に評している。
 
 まるで「奇行」なんてなかったかのごとく、話題にならなくなっていた。
 それよりも「劇的なロマンス」のほうが、重大事らしい。
 周囲は、あっけないほど簡単に手のひらを返している。
 もちろん、シャートレー家にとっては、いいことだ。
 悪評などは、なければないほうがいいのだから。
 
「……ブラッドは、絶対に来るって言ってたけど……それこそ、いつになるのかがわからないんじゃ落ち着かないわ」
 
 夜会の翌日、タガートが訪ねてきたら、なにを話せばいいのかと、ドリエルダは緊張していた。
 ブラッドが教えてくれなかったからだ。
 きっと、ブラッドは、タガートがなにをしに来るのかまで予想がついている。
 けれど、その予想を話してくれていない。
 
 帰り際、ブラッドは「自分が手を貸すのはここまで」と、線引きをしてきた。
 ここまでだって、十分以上に手を貸してもらっている。
 さすがに、引かれた線を乗り越えるのははばかられた。
 正直、頼りたい気持ちはあるのだけれども。
 
「ともかく……彼が来たらって話よね。もう6日目。来ないってことも…」
 
 あるかもしれないと、不安を口にしかけた。
 その言葉が、扉を叩く音に、消えていく。
 いつものソファから、飛びあがるようにして立ち上がった。
 扉に駆け寄り、急いで開く。
 
 廊下に立っていた執事が、ドリエルダの勢いに驚いていた。
 が、シャートレーの屋敷をとりまとめている執事なだけはあり、すぐに気を取り直したようだ。
 落ち着いた仕草で、ドリエルダに告げる。
 
「ベルゼンド侯爵家のタガート様が、いらっしゃいました」
 
 どうするか、とは訊ねてこない。
 その答えを委ねるために、執事はドリエルダの元に来た。
 自らで判断できる場合、執事のみで対処することも多々あるのだ。
 つまり、不要な問いかけはしない。
 
「お会いするわ。ええっと、あの……客室に、お通ししてくれる?」
「かしこまりました」
 
 執事が礼をして、去っていく。
 いったん室内に戻り、ほう…と溜め息をついた。
 これから、タガートに会うのだと思うと、息が苦しくなる。
 不安と緊張に、指先が震えていた。
 
「小ホールのほうが良かった? でも、小っていうほど小さくないのよね。2人で話すには広過ぎるから……やっぱり客室で良かったのよ」
 
 などと、緊張を紛らわせるために、独り言をつぶやく。
 シャートレーの屋敷は、そもそもが広い。
 小ホールも、伯爵家とは比較にならないくらいの大きさなのだ。
 2人で座っても、ぽつんといった雰囲気になるのは、なんとも居心地が悪い。
 
 その点、客室は懇意な人しか招かない、比較的、こじんまりした部屋だった。
 メイドたちも、最初にお茶などを出したあとは、気を利かせて席を外す。
 本当に、よほどのことがない限り、呼ばれなければ声をかけてくることもない。
 きっと婚約解消の話になるので、人がいないほうがお互いに望ましいはずだ。
 
「婚約解消に異論ってことは、有り得ない。文句を言いに? いいえ、彼は、そういう人じゃないもの。それなら、なに? まったくわからないわ……」
 
 婚約解消は、上位貴族である公爵家側から通知されている。
 侯爵家が異論を唱えることは考えられなかった。
 どれほど理不尽な要求でも、上位の貴族には逆らえない。
 貴族のようを、シャートレーの養女となってから、なんとなく、わかるようになっていた。
 
 大きく深呼吸をして、ドリエルダは部屋を出る。
 タガートの話がなんであれ、聞いてみなければ最終的な解決にはならないのだ。
 ずっと、いじいじ考えこむより、なんらかの結果が得られたほうがいい。
 良い結果が有り得ないとしても。
 
 客室の前で、再び深呼吸する。
 それから、思いきって扉を開いた。
 
(……ゲイリー……)
 
 タガートは、イスに座ってはおらず、立っている。
 扉を開いた瞬間、まるで「待ち焦がれていた」とでもいうように、ふっとこちらに顔を向けたのだ。
 待っていたのはともかく「焦がれていた」との印象は、自分の願望から来るものだろうと、自嘲気味に考え直す。
 
「どうぞ。遠慮せず、おかけになってください」
 
 ドリエルダは、タガートにイスを勧めながら、テーブルのほうに歩み寄った。
 促されても、彼はドリエルダが座るまで腰かける気はないようだ。
 ずっと立たせっ放しにしておくのは気が引けるので、そそくさと座ろうとする。
 そのドリエルダのイスを、タガートが引いてくれた。
 
「ありがとうございます……」
 
 小声で礼を言う。
 彼女がエスコートを頼んだ夜会でも、タガートは、いつも礼儀正しかった。
 そっけない態度と弾まない会話ではあったが、礼を失したこととはない。
 最後の対話となるかもしれない日であれ、彼は変わらないのだろう。
 タガートは、堅物と言われるくらい真面目なのだ。
 
 メイドが入ってきて、お茶とケーキを2人の前に置く。
 それがすむと、すぐに出て行き、扉がパタンと閉められた。
 客室が、ドリエルダとタガートの2人きりになる。
 先に口を開いたのは、タガートだ。
 
「婚約解消の通知を受け取りましたので、その承諾書を、お持ちいたしました」
「……わざわざ……申し訳ありません……」
 
 さらに小声になった。
 ドリエルダは、タガートの顔を見られず、うつむく。
 涙はこぼすまいと、必死にこらえていた
 
 お互いの、よそよそしい口調に、胸がずきずきする。
 悪い話にしかならないだろうと、覚悟はしていた。
 それでも、実際に「終わり」を前にすると、悲しくてつらくなる。
 お互いにとって、最善の回避策だったのは、わかっているのだけれど。
 
「それと……今さらだが、きみに謝罪をしたい。私の行いは不当だった」
「え……?」
 
 タガートは、堅苦しい言いかたをやめている。
 顔を上げ、彼の顔を見つめた。
 青色の瞳が、ドリエルダを見つめ返す。
 繋がった視線に、敵意はなかった。
 
「たくさん、きみを傷つけてしまって、申し訳なかった」
「そんな……私の噂を聞けば……誰だって嫌な気分になるわ。ましてや、あなたは婚約者という立場だったのだから、なおさら……」
「だとしても、きみに厳しく当たり過ぎたのは、間違いだったと思っている」
 
 どくどくと、心臓が大きく波打つ。
 タガートが謝罪をしてくるとは思っていなかった。
 表情を見ればわかる。
 上面だけの、言葉でしかない詫びではない。
 
 彼の謝罪は「本物」だ。
 
 ドリエルダは、なにを言えばいいのか、わからなくなった。
 許すと言えばいいのか、言うべきなのか。
 とはいえ、そもそも、彼女は、タガートが悪いと考えたことは、1度もない。
 謝られて困惑しているくらいだ。
 
「もっと早く、きみに、婚約の解消をするよう促していれば、必要以上に、きみを傷つけることにはならなかっただろうな」
「そ、そうね……私、ちっとも……ちっとも、気が回らなくて……」
 
 タガートが婚約を望んでいないと、薄々は気づいていた。
 なのに、繋がりが切れるのを恐れ、すがりつき、彼を縛っている。
 やはり、詫びるべきなのは、タガートではなく、自分なのだ。
 
 ドリエルダは、テーブルに手を伸ばすことができずにいる。
 手が震えて、承諾書を落としてしまいそうだった。
 膝に置いた両手を、強く握り締める。
 早く受け取り、終わらせるのが最善だとわかっているのに。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。 泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。 まだ八歳。 それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。 並ぶのは、かわいい雑貨。 そして、かわいい魔法の雑貨。 お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、 冷めないティーカップ、 時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。 静かに広がる評判の裏で、 かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。 ざまぁは控えめ、日常はやさしく。 かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。 --- この文面は ✔ アルファポリス向け文字数 ✔ 女子読者に刺さるワード配置 ✔ ネタバレしすぎない ✔ ほのぼの感キープ を全部満たしています。 次は 👉 タグ案 👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字) どちらにしますか?

未来で処刑さけれるはずだった令嬢は、氷の王子を選びました~ 巻き戻り令嬢の婚約から始まる逆転人生〜

あんこ
恋愛
男爵令嬢リズは、第一王子――セシル・アーデルリヒと正式に婚約していたが、聖女が現れると、セシルの心は聖女へと傾き、ついには「聖女への嫌がらせ」という濡れ衣を着せられ、処刑される運命にあった。 だが目を覚ますと、すべてが始まる十年前――王宮主催の夜会で、同盟国第一王子の来訪と、若き貴族たちのお披露目を兼ねた未来を決めるための宴の日――だった。 未来の元婚約者である第一王子に見つかれば、同じ運命を辿る。 そう察したリズが咄嗟に選んだ“逃げ道”は、同盟国の第一王子――リヒト・ヴァイスハイム、感情を見せない「氷の王子」への突然の婚約申し込みだった――。 これは、定められた未来を覆し、新しい人生を掴み取ろうとする少女の逆転ロマンスファンタジー。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

【完結】愛人の子を育てろと言われた契約結婚の伯爵夫人、幼なじみに溺愛されて成り上がり、夫を追い出します

深山きらら
恋愛
政略結婚でレンフォード伯爵家に嫁いだセシリア。しかし初夜、夫のルパートから「君を愛するつもりはない」と告げられる。さらに義母から残酷な命令が。「愛人ロザリンドの子を、あなたの子として育てなさい」。屈辱に耐える日々の中、偶然再会した幼なじみの商人リオンが、セシリアの才能を信じて事業を支援してくれる。

処理中です...