口下手公爵と、ひたむき令嬢

たつみ

文字の大きさ
上 下
36 / 84

不完結な対話 4

しおりを挟む
 彼は、店から少し離れた場所にあるベンチに腰かけている。
 彼の造っているベンチのような飾り細工などはないが、頑丈ではあった。
 ほんのわずか魔術を使い、広場にあるベンチを修復しておく。
 頑丈とはいえ、路上に置かれているベンチは雨風にさらされ、傷んでいたからだ。
 
 シェルニティが座ることになるかもしれない。
 小さなささくれにより、彼女が怪我をするのを危惧した。
 シェルニティにはまた「過保護だ」と言われるのだろうけれども。
 
(森に帰ったら、ちゃんと話しておかなければな)
 
 屋敷での態度のことも、アビゲイルのことも、順序立てて話す必要がある。
 彼は、感傷や感情から、シェルニティを遠ざけているわけではないのだ。
 もちろん、話す機会はあった。
 が、話せずにいる。
 
(カイルは信用ならない。不審な点はない、と断言できればよかったのだが)
 
 その懸念から、シェルニティに、わざとよそよそしくしていた。
 彼女を傷つける可能性を加味しても、だ。
 この先、より危険なことに巻き込むよりはいいと判断している。
 シェルニティを信頼し、信用しているからでもあった。
 
(まぁ……なんというか……傲慢であるのは、間違いないがね)
 
 彼の愛を、シェルニティは疑わない。
 そう信じている。
 そして、彼もまた、シェルニティの愛を信じていた。
 
 理由を話せば、理解してもらえるに違いない。
 彼とて、本当には、シェルニティを、ほんの少しも傷つけたくはなかったのだ。
 話せるものなら、昨夜のうちに話していた。
 屋敷からも引き上げて、森の家に帰りたいくらいだったのだから。
 
 ただ、カイルに対しての警戒心が払拭できないので、行動を制限している。
 屋敷に残ったのも、そのためだ。
 
 彼のシェルニティに対する想いが、どれほどのものか。
 
 カイルに誤った判断材料を、少しでも与えておきたかった。
 もっとも、彼は、シェルニティを救うため、レックスモアの領地をほとんど吹き飛ばし、血族も皆殺している。
 助かったのは、キサティーロが、息子2人に指示して非難させた勤め人だけだ。
 彼は、勤め人のことなど頭の片隅にもなかった。
 
 表向き、彼のしたことは「自然災害」扱いになっている。
 国王は事実を知っているが、アーヴィングは知らないはずだ。
 彼の幼馴染みは、秘匿事項については、身内であろうと話しはしない。
 けれど、カイルは、レックスモアを吹き飛ばしたのが、彼だと知っている気がした。
 
 それでも、確定的な「原因」までは知られていないだろう。
 シェルニティが殺されかけた時、その場にいたのは3人で、その内、2人は、現在、地中深くにいる。
 生きてはいるが、話せる状態ではないのだ。
 
(私は、アビーの時……あの男を刻み殺しているしな)
 
 前妻が、真に愛していた男。
 そして、前妻を刺した男でもある。
 その男を、なんの躊躇もなく殺した。
 彼が、愛する者のためならなんでもすると証したような出来事だ。
 
 アビゲイルが死んだのち、彼は放蕩をするようになった。
 周囲の者たちが、どう噂していたかは知っている。
 前妻と子供を失った際に負った心の傷を癒やすため、だと。
 
 そうした一連のことも、カイルには知られているではなかろうか。
 
 まだ婚姻の話は、イノックエルにしかしていない。
 イノックエルが、彼に先んじて周囲に漏らすなど有り得なかった。
 その情報は出回っていないと断言できる。
 だとするならば、カイルの目的がなんであれ、彼の想いの「程度」を知ろうとするだろう。
 
 まだ、単なる「お気に入り」であり、心の傷を癒やすための存在なのか、それとも。
 
 カイルへの懸念が晴れるまでは「お気に入り」で通したい。
 彼は、たった1人の愛する女性のためには、どのようなことでもする。
 彼にある唯一の弱点。
 
 それは「愛」だった。
 
 彼の力の大きさを知っていてなお、その力を利用しようとする者はいる。
 彼の想いが「愛」だと知られるのは、とても危険なのだ。
 彼自身に太刀打ちできない者が、シェルニティを狙うのは容易に想像できた。
 
(なににせよ、シェリーが巻き込まれる事態は、避けなければならない)
 
 少なくとも、カイルに野心がないと判断できるまで、シェルニティの安全を優先させるべきだと考えている。
 そして、もうひとつの問題が解決するまで、婚姻は先延ばしにせざるを得ない。
 正直、非常に不本意だった。
 
(ランディの厄介事を引き寄せる体質に、いつだって振り回される。久しぶりに、白手袋でも投げつけてやろうか)
 
 本気ともつかない気持ちで思いながら、溜め息をつく。
 それから、ふと思った。
 
 女性は買い物に時間がかかる。
 とはいえ、少し遅過ぎるのではないか。
 もしかすると、店内で困ったことになっているのかもしれない。
 店員にまとわりつかれているとか。
 
 彼は、街に入った瞬間から、辺りを警戒していた。
 魔力感知を張り巡らせてもいる。
 数人の魔術師はいるようだったが、脅威になるほどでもなかった。
 
(シェリーは、買い物に慣れていないし、店員にあれこれ勧められて困っているのかもしれないな)
 
 さりとて、シェルニティが困っているのを見過ごしにする気はない。
 彼は、立ち上がり、店のほうに歩いて行く。
 そして、躊躇いなく、扉を開いて中に入った。
 髪と目の色を変えてあるので、誰も、彼が「ローエルハイド公爵」だとは思っていないだろう。
 
 それでも、男性が入って来たことで、注目の的。
 しかも、彼は、今日も民服だ。
 あからさまに嫌な顔をする令嬢もいた。
 逆に、彼に見惚みとれている令嬢も多かったけれど。
 
(店内にはいないようだ。着替えているとすれば……覗くわけにはいかないか)
 
 店の奥には、試しに身につけてみるための部屋が、いくつか並んでいる。
 外から声をかけても良かったが、別の女性に声をかけてしまうかもしれない。
 彼は、すぐさま考えを切り替え、近くの店員を呼び止めた。
 シェルニティの外見を説明し、どこにいるか訊ねる。
 その返事を聞いたとたん、彼は顔色を変えた。
 
 奥の部屋へと足早に進み、視線を走らせる。
 彼の問いに、店員は「いつの間にかいなくなっていた」と答えたのだ。
 表の扉から出て来てはいない。
 ならば、裏から出た、もしくは。
 
 さらわれた。
 
 彼の視線の先に、裏口の扉があった。
 すぐに、そこから外に出る。
 
「どうか、僕のことを信じてほしい」
 
 アーヴィングの声だと、すぐにわかった。
 シェルニティは、アーヴィングと一緒なのだ。
 思いがよぎったとたん、声がする。
 
「信じる、というのは……」
「お願いだ、これを受け取って……」
「受け取れないわ。私……」
 
 シェルニティの小さな悲鳴が聞こえた。
 彼には、それだけで十分だ。
 
 バシンッ!
 
 大きな音とともに、アーヴィングの体が地面に叩きつけられる。
 シェルニティが、驚いた顔で振り返った。
 その彼女へと歩み寄る。
 精一杯の自制でもって、口を開いた。
 アーヴィングを冷たく見つめて言う。
 
「これはどういうことだね、アーヴィ」
 
 アーヴィングが、シェルニティに惹かれていたのは知っていた。
 アーヴィングならシェルニティを傷つけはしないと信頼し、彼女をあずけようとしたことさえある。
 が、今は状況が変わったと、アーヴィングも知っているはずだ。
 
「アーヴィに手を出さないでもらおう、公爵」
 
 彼とアーヴィングの間に、カイルが割りこんでくる。
 その瞳は、彼と同じくらいに冷たかった。
しおりを挟む

処理中です...