ウソつき殿下と、ふつつか令嬢

たつみ

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令嬢劣等生 3

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 セラフィーナが、不機嫌を隠そうともせず、イスに座っている。
 背もたれに深く体をあずけ、いかにも「ムカついています」という態度だ。
 テーブルを挟み、向かいに座っているナルに、分かり易く意思を示している。
 そんな姿を見ても、ナルは、落胆もしないし、動揺もしない。
 
「なにが、それほど気にいらないのですか?」
 
 わかっていることを、涼しい顔で訊ねてみた。
 昨日、セラフィーナから指摘されたので、フードは外している。
 なので、ナルの表情は、はっきりと見えるはずだ。
 セラフィーナが、ちらっと視線を投げてくる。
 
「デビーが止めたのに、あなたが私の部屋に入ってきたこととか?」
「デボラは忠誠心に厚く、働き者ですね。彼女は朝早くから働いていて、あなたはベッドの中」
 
 ぴくりと、彼女の眉が引き攣った。
 セラフィーナが、デボラを「友人」に見ているのは知っている。
 知っているからこそ、言う。
 
「ああ、もちろん、あなたは伯爵家のご令嬢で、デボラは勤め人です。あなたとは身分が違うことは、わかっていますよ?」
「私は……っ……」
 
 彼女は、朝早くから叩き起こされたことに腹を立てていたのだ。
 デボラには止められたが、ナルは、それを軽く受け流した。
 そして、セラフィーナの部屋に入り、彼女を叩き起こしている。
 勝手に部屋に入られたことにも、もちろん、セラフィーナは怒っていた。
 が、今は、その怒りが、どこかにいっている。
 
(デボラとの友情は本物のようですね)
 
 友人が働いている間、眠っていた自分に、少なからず罪悪感をいだいている様子が見て取れた。
 どうやら、彼女が「本領発揮」するのは、追いはらいたい相手だけのようだ。
 たとえば、ナルとか。
 
「もっとも、あなたが家から出されれば優雅に朝寝坊もできなくなるわけですし、今のうちに楽しんでおくのも悪くはないでしょう」
「家から出されるって決まったような言いかたね」
「現時点で、その可能性が高い、との自覚がない、などと言わないでくださいね」
 
 ナルは、わざとらしくも、にっこりしてみせた。
 セラフィーナが、ものすごく嫌そうな顔をする。
 自覚はあるらしい。
 
「……それで? 今日は、なにするの?」
「前向きになっていただけて、なによりです。いかんせん、あなたには後がないのですから」
「いちいち、ひと言、多いんだけど……」
「これは失礼」
 
 言いながらも、詫びる気持ちは、まったくない。
 口調も軽く、頭も下げなかった。
 セラフィーナは不機嫌だが、ナルの態度は無視することにしたらしい。
 さりとて、ナルはナルで、無視させるつもりはないのだ。
 無視なんていう簡単な手段で、逃がしはしない。
 
「今日は、診断から行います」
「診断……?」
「ええ。あなたが、どのくらい“令嬢”であるかの診断です」
「意味が、わからないわ」
「簡単に言えば、あなたの“名ばかり令嬢”の度合いを調べるということですね」
 
 わなわなっとセラフィーナの唇が震えた。
 瞳にも、怒りの炎が燃え上がっている。
 見頃の薔薇のごとく真っ赤な髪と相まって、本当に炎の精のようだ。
 これで炎系魔術が使えたら完璧なのに、と内心でナルは思っていた。
 しかし、残念ながらセラフィーナは魔力顕現けんげんしていない。
 
 ロズウェルド王国は、この大陸で唯一、魔術師のいる国だ。
 なぜだか、ロズウェルド王国生まれの者だけが、体の中に、魔力を蓄えておける器を持っているからだった。
 ただし、器を持っているだけでは、魔術師にはなれない。
 魔力顕現して初めて魔力の蓄積が可能となり、結果、魔術を扱えるようになる。
 それが、魔術師と呼ばれる存在なのだ。
 
「よろしいですか?」
 
 セラフィーナは、ちっともよろしくない、といった態度だが、無視した。
 もとより、正しくご令嬢ができているならば、先ほどの言葉くらい、簡単に受け流せる。
 感情に任せている時点で、彼女は「ご令嬢」失格と言えた。
 だから、無視する。
 
「まず、公爵夫人が身につけていなければならないものとはなんでしょう?」
「知識、教養、マナーかしら」
 
 ナルは、眉を、ついっと上げた。
 セラフィーナに冷たい視線を注ぐ。
 しばしの間のあと、溜め息をついた。
 とたん、セラフィーナが動揺したように瞳を揺らがせる。
 ナルは気にいらないが、令嬢失格の烙印を押されるのも不本意なのだろう。
 
「知識、教養、マナーは公爵家の正妻候補でなくとも、身につけて……いえ、身についていて、あたり前のことですよ。耳はついていますか? 首の上に乗っているのは、まさかカボチャではないでしょうね?」
 
 セラフィーナは、ものすごく言い返したそうな表情を浮かべていた。
 それでも、言い返す言葉などないのだ。
 
「私は、公爵夫人と言ったのですよ? そこを踏まえて、もう1度、どうぞ」
 
 手のひらで指し示すも、彼女が答えられないことは、先刻承知。
 令嬢として必要なことですら3つしかあげられなかったのだから。
 なったこともない「夫人」の心得なんて、セラフィーナにわかるはずがない。
 
「…………ない……」
「なんでしょう? 聞こえませんでしたが」
「わ、か、ら、な、い!と、言ったのよ!!」
「そんなに大声を出すことはありません。私の耳は、あなたの耳とは違い、必要なことは、きちんと聞こえます」
 
 ナルは、右手を軽く振り、魔術で1枚の書類を取り出す。
 細々とした文字が並んでいる、その紙をセラフィーナに渡した。
 
「な、なにこれ……」
「これから、学ぶべきことです。ああ、それは、あなたに合わせて、基本的な事柄しか記載しておりません」
「き、基本的……これが……?」
「どんどん、進めていくことになりますよ。応用に辿り着く前に、夜会の日がきてしまっては目も当てられませんから」
 
 セラフィーナは、貴族教育というものを簡単に考えていたのかもしれない。
 が、貴族教育とは、通常、数年という単位で学んで行くべきものなのだ。
 内容が多岐に渡るし、些細なことにまで求められるものは多かった。
 そのため、けして簡単ではない。
 遊んでいるように見えて、貴族令嬢は努力の果てに、それぞれの家風にあった、立ち居振る舞いを身につけている。
 
「とはいえ、先に、あなたの地力を見せていただきませんとね」
「……見せるって……どうやって?」
「もちろん、試験をするに決まっているでしょう」
 
 冷ややかな、にっこり笑顔のナルに、セラフィーナが顔を蒼褪めさせていた。
 ここまでは、予定通り、首尾は上々。
 
(あなたの泣き顔が見られるのは、いつ頃になるか。それが楽しみですよ)
 
 彼女は負けず嫌いなので、そこそこ耐えるだろうが、時間の問題だと思う。
 ナルは、セラフィーナをいじめるために、この屋敷に来たのだから。
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