20 / 64
お加減手加減匙加減 4
しおりを挟む
どうしよう、とセラフィーナは焦っている。
ナルの予想では、ネイサンからテーブルに誘われる予定だったのだ。
そこで軽い「お喋り」をしたのち、ダンスをする。
時間的に、スローなダンス曲が流れる可能性が高いため、複雑なステップができないセラフィーナには都合がいい。
はずだった。
(ど、どうすればいいの?! 助けてよ、ナル!!)
ネイサンが手を差し出してくる。
その手を取るべきか否か。
なんとか表情だけは保っていたが、背中に冷や汗が滲むのを感じた。
(聞こえても声はあげないでくださいよ?)
思わず、声をあげそうになるのを我慢する。
頭に響いたのは、ナルの声で間違いない。
瞬間的に、魔術だと悟った。
魔術師ではないので、それがどういう魔術かはわからないけれども。
(頭の中で返事をすれば、伝わります。わかりましたか?)
(わ、わかった……これで、大丈夫?)
(ええ。聞こえています)
(それで? どうすればいい?)
頭に声が響く不自然さなど気にならなかった。
聞き慣れたナルの淡々とした口調に、気分が落ち着いている。
ナルがいれば大丈夫との安心感もあった。
(手を取らず、今は断ってください)
(断るって、どうやって?)
(ほかの女性たちに対して不公平だから、と)
なるほど、そうやってかわすのか。
セラフィーナは、まるで他人事のように思っている。
正直、ネイサンには興味がない。
はっきり言って、どうでもいいのだ。
「ダンスは、のちほど……私ばかりがネイサン様を独占しては、ほかの候補者の方々に対して不公平というものでしょう?」
「謙虚さは美徳だけれど、気にする必要はないさ。彼女たちは、きみとのダンスが終わるまで、待ってくれるだろうからね」
ネイサンは、かなりの自信家らしい。
外見がいいのは認めるところだが、女性を適当に扱う言いかたが鼻につく。
ナルの意地悪な言い草のほうがマシだと感じた。
(引きそうにないわよ?)
(いちいち指示するのは面倒なので、このまま話してください。くれぐれも、表情だけは忘れないように)
(作ってるでしょ?! 見えているくせに!)
ナルは、ネイサンの動きを把握しているようだった。
だとすれば、ここが見えているに違いない。
セラフィーナの「勘」は、たいていは正しいのだ。
(ネイサン様のお心遣いはありがたいのですが、爵位の高い方々を差し置いて、列に割り込むわけにはまいりませんわ)
ナルの言葉に合わせ、そのままを言う。
ネイサンが、少し不満そうな表情を浮かべ、手をおろした。
気分を害したのかもしれないが、セラフィーナは気にしない。
やはり、どうでもよかったからだ。
「きみは、頑固者だと言われないかい?」
(体裁を重んじるのが、貴族ですもの)
「確かに、きみの言う通りだよ。彼女たちの不興はかいたくないものだ」
(私は大人しく列の後ろに並んで待っておりますわ)
セラフィーナは、ナルの言葉を口にしながら、吹き出しそうになっている。
淡々とした口調であるにもかかわらず、ナルが女性の言葉を使っているからだ。
(あなたは、ご自分の立場がわかっていないようですね。笑っている場合ではないでしょう? 屋敷に戻ったら、しっかりと、深く反省していただきますから、そのおつもりで)
(なによ。ナルが言えって言うから、言っているのに)
(黙って、後ろにいる男性たちに視線を向けなさい)
言われ、セラフィーナは、なにかあるのかと思い、壁際に立っている男性たちにちらっと視線を向ける。
談笑しているだけで、これといって何かしている様子はない。
どういう意味があるのか聞こうと思うそばから、ナルの言葉が聞こえた。
(ネイサン様が、壁際の花を、お忘れにならないことを願っております)
また笑いそうになる。
が、笑えば、なにもかもが台無しだ。
奥歯を噛みしめ、必死で耐える。
(軽く会釈をして、立ち去りなさい)
ナルは、ちょっぴり不機嫌そうだった。
言いたくもない女性言葉を使っているせいかもしれない。
逆に、セラフィーナは、小気味よく感じている。
窮地を救ってくれたとわかっていても、乗馬鞭の恨みがあったからだ。
今までの意地悪から換算すれば、この程度では、お釣りも出ない。
さりとて、ナルに「不本意」なことをさせることができて、気分はよかった。
足取りも軽く、ネイサンから離れる。
(それで、この後は、どうするの? このままだと、あの人たちのところに行ってしまうじゃない)
(ご心配にはおよびません。すぐに呼び止められますから)
ナルの言葉が終わると同時、セラフィーナの腕が掴まれた。
ハッとして振り向く。
ネイサンが、真面目な顔をしてセラフィーナを見ていた。
さっきまでの嘘くさい笑みは消えている。
「ダンスより、きみと話がしたくなったのでね。飲み物でもどうかな?」
内心、セラフィーナは驚いていた。
なぜネイサンが呼び止める気になったのかも理解できずにいる。
予定していた方向に軌道修正がなされたのはわかっていたけれども。
「ええ。ちょうど飲み物をいただこうと思っておりましたの」
「さっきの言葉は撤回するよ。きみは、頑固者などではないね」
いいえ、頑固者です。
そう言えたら、どんなすっきりするだろうか。
ちょっぴり考えはしたが、しくじりは許されないのだ。
表情を作り、渋々、ネイサンの腕に手をかける。
(ねえ、ナル。このまま繋いでてよ? さっきみたいなことがあったら困るから)
(初日にも言いましたが、あなたの首の上にあるのはカボチャですか?)
(いいえ、違うわ)
ナルの溜め息にも、セラフィーナは動じなかった。
ネイサンと薄ら寒い会話をするより、ナルと話しているほうがいい。
嫌味や皮肉も、すでに日常と化しているので、落ち着ける。
(私の頭には、ピーマンが詰まっているのよ)
ふっと、ナルが笑った気がした。
姿は見えないものの、気配は感じられる。
1度だけ見たナルの笑顔を思い出していた。
あの時、セラフィーナは、ナルを「素敵、かもしれない」と思ったのだ。
ナルの予想では、ネイサンからテーブルに誘われる予定だったのだ。
そこで軽い「お喋り」をしたのち、ダンスをする。
時間的に、スローなダンス曲が流れる可能性が高いため、複雑なステップができないセラフィーナには都合がいい。
はずだった。
(ど、どうすればいいの?! 助けてよ、ナル!!)
ネイサンが手を差し出してくる。
その手を取るべきか否か。
なんとか表情だけは保っていたが、背中に冷や汗が滲むのを感じた。
(聞こえても声はあげないでくださいよ?)
思わず、声をあげそうになるのを我慢する。
頭に響いたのは、ナルの声で間違いない。
瞬間的に、魔術だと悟った。
魔術師ではないので、それがどういう魔術かはわからないけれども。
(頭の中で返事をすれば、伝わります。わかりましたか?)
(わ、わかった……これで、大丈夫?)
(ええ。聞こえています)
(それで? どうすればいい?)
頭に声が響く不自然さなど気にならなかった。
聞き慣れたナルの淡々とした口調に、気分が落ち着いている。
ナルがいれば大丈夫との安心感もあった。
(手を取らず、今は断ってください)
(断るって、どうやって?)
(ほかの女性たちに対して不公平だから、と)
なるほど、そうやってかわすのか。
セラフィーナは、まるで他人事のように思っている。
正直、ネイサンには興味がない。
はっきり言って、どうでもいいのだ。
「ダンスは、のちほど……私ばかりがネイサン様を独占しては、ほかの候補者の方々に対して不公平というものでしょう?」
「謙虚さは美徳だけれど、気にする必要はないさ。彼女たちは、きみとのダンスが終わるまで、待ってくれるだろうからね」
ネイサンは、かなりの自信家らしい。
外見がいいのは認めるところだが、女性を適当に扱う言いかたが鼻につく。
ナルの意地悪な言い草のほうがマシだと感じた。
(引きそうにないわよ?)
(いちいち指示するのは面倒なので、このまま話してください。くれぐれも、表情だけは忘れないように)
(作ってるでしょ?! 見えているくせに!)
ナルは、ネイサンの動きを把握しているようだった。
だとすれば、ここが見えているに違いない。
セラフィーナの「勘」は、たいていは正しいのだ。
(ネイサン様のお心遣いはありがたいのですが、爵位の高い方々を差し置いて、列に割り込むわけにはまいりませんわ)
ナルの言葉に合わせ、そのままを言う。
ネイサンが、少し不満そうな表情を浮かべ、手をおろした。
気分を害したのかもしれないが、セラフィーナは気にしない。
やはり、どうでもよかったからだ。
「きみは、頑固者だと言われないかい?」
(体裁を重んじるのが、貴族ですもの)
「確かに、きみの言う通りだよ。彼女たちの不興はかいたくないものだ」
(私は大人しく列の後ろに並んで待っておりますわ)
セラフィーナは、ナルの言葉を口にしながら、吹き出しそうになっている。
淡々とした口調であるにもかかわらず、ナルが女性の言葉を使っているからだ。
(あなたは、ご自分の立場がわかっていないようですね。笑っている場合ではないでしょう? 屋敷に戻ったら、しっかりと、深く反省していただきますから、そのおつもりで)
(なによ。ナルが言えって言うから、言っているのに)
(黙って、後ろにいる男性たちに視線を向けなさい)
言われ、セラフィーナは、なにかあるのかと思い、壁際に立っている男性たちにちらっと視線を向ける。
談笑しているだけで、これといって何かしている様子はない。
どういう意味があるのか聞こうと思うそばから、ナルの言葉が聞こえた。
(ネイサン様が、壁際の花を、お忘れにならないことを願っております)
また笑いそうになる。
が、笑えば、なにもかもが台無しだ。
奥歯を噛みしめ、必死で耐える。
(軽く会釈をして、立ち去りなさい)
ナルは、ちょっぴり不機嫌そうだった。
言いたくもない女性言葉を使っているせいかもしれない。
逆に、セラフィーナは、小気味よく感じている。
窮地を救ってくれたとわかっていても、乗馬鞭の恨みがあったからだ。
今までの意地悪から換算すれば、この程度では、お釣りも出ない。
さりとて、ナルに「不本意」なことをさせることができて、気分はよかった。
足取りも軽く、ネイサンから離れる。
(それで、この後は、どうするの? このままだと、あの人たちのところに行ってしまうじゃない)
(ご心配にはおよびません。すぐに呼び止められますから)
ナルの言葉が終わると同時、セラフィーナの腕が掴まれた。
ハッとして振り向く。
ネイサンが、真面目な顔をしてセラフィーナを見ていた。
さっきまでの嘘くさい笑みは消えている。
「ダンスより、きみと話がしたくなったのでね。飲み物でもどうかな?」
内心、セラフィーナは驚いていた。
なぜネイサンが呼び止める気になったのかも理解できずにいる。
予定していた方向に軌道修正がなされたのはわかっていたけれども。
「ええ。ちょうど飲み物をいただこうと思っておりましたの」
「さっきの言葉は撤回するよ。きみは、頑固者などではないね」
いいえ、頑固者です。
そう言えたら、どんなすっきりするだろうか。
ちょっぴり考えはしたが、しくじりは許されないのだ。
表情を作り、渋々、ネイサンの腕に手をかける。
(ねえ、ナル。このまま繋いでてよ? さっきみたいなことがあったら困るから)
(初日にも言いましたが、あなたの首の上にあるのはカボチャですか?)
(いいえ、違うわ)
ナルの溜め息にも、セラフィーナは動じなかった。
ネイサンと薄ら寒い会話をするより、ナルと話しているほうがいい。
嫌味や皮肉も、すでに日常と化しているので、落ち着ける。
(私の頭には、ピーマンが詰まっているのよ)
ふっと、ナルが笑った気がした。
姿は見えないものの、気配は感じられる。
1度だけ見たナルの笑顔を思い出していた。
あの時、セラフィーナは、ナルを「素敵、かもしれない」と思ったのだ。
0
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
捨てられた地味な王宮修復師(実は有能)、強面辺境伯の栄養管理で溺愛され、辺境を改革する ~王都の貴重な物が失われても知りませんよ?~
水上
恋愛
「カビ臭い地味女」と王太子に婚約破棄された王宮修復師のリディア。
彼女の芸術に関する知識と修復師としての技術は、誰からも必要性を理解されていなかった。
失意の中、嫁がされたのは皆から恐れられる強面辺境伯ジェラルドだった!
しかし恐ろしい噂とは裏腹に、彼はリディアの不健康を見逃せない超・過保護で!?
絶品手料理と徹底的な体調管理で、リディアは心身ともに美しく再生していく。
一方、彼女を追放した王都では、貴重な物が失われたり、贋作騒動が起きたりとパニックになり始めて……。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~
魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。
ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!
そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!?
「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」
初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。
でもなんだか様子がおかしくて……?
不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。
※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます
※他サイトでも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる