ウソつき殿下と、ふつつか令嬢

たつみ

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お加減手加減匙加減 4

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 どうしよう、とセラフィーナは焦っている。
 ナルの予想では、ネイサンからテーブルに誘われる予定だったのだ。
 そこで軽い「お喋り」をしたのち、ダンスをする。
 時間的に、スローなダンス曲が流れる可能性が高いため、複雑なステップができないセラフィーナには都合がいい。
 はずだった。
 
(ど、どうすればいいの?! 助けてよ、ナル!!)
 
 ネイサンが手を差し出してくる。
 その手を取るべきか否か。
 なんとか表情だけは保っていたが、背中に冷や汗が滲むのを感じた。
 
(聞こえても声はあげないでくださいよ?)
 
 思わず、声をあげそうになるのを我慢する。
 頭に響いたのは、ナルの声で間違いない。
 瞬間的に、魔術だと悟った。
 魔術師ではないので、それがどういう魔術かはわからないけれども。
 
(頭の中で返事をすれば、伝わります。わかりましたか?)
(わ、わかった……これで、大丈夫?)
(ええ。聞こえています)
(それで? どうすればいい?)
 
 頭に声が響く不自然さなど気にならなかった。
 聞き慣れたナルの淡々とした口調に、気分が落ち着いている。
 ナルがいれば大丈夫との安心感もあった。
 
(手を取らず、今は断ってください)
(断るって、どうやって?)
(ほかの女性たちに対して不公平だから、と)
 
 なるほど、そうやってかわすのか。
 セラフィーナは、まるで他人事ひとごとのように思っている。
 正直、ネイサンには興味がない。
 はっきり言って、どうでもいいのだ。
 
「ダンスは、のちほど……私ばかりがネイサン様を独占しては、ほかの候補者の方々に対して不公平というものでしょう?」
「謙虚さは美徳だけれど、気にする必要はないさ。彼女たちは、きみとのダンスが終わるまで、待ってくれるだろうからね」
 
 ネイサンは、かなりの自信家らしい。
 外見がいいのは認めるところだが、女性を適当に扱う言いかたが鼻につく。
 ナルの意地悪な言い草のほうがマシだと感じた。
 
(引きそうにないわよ?)
(いちいち指示するのは面倒なので、このまま話してください。くれぐれも、表情だけは忘れないように)
(作ってるでしょ?! 見えているくせに!)
 
 ナルは、ネイサンの動きを把握しているようだった。
 だとすれば、ここが見えているに違いない。
 セラフィーナの「勘」は、たいていは正しいのだ。
 
(ネイサン様のお心遣いはありがたいのですが、爵位の高い方々を差し置いて、列に割り込むわけにはまいりませんわ)
 
 ナルの言葉に合わせ、そのままを言う。
 ネイサンが、少し不満そうな表情を浮かべ、手をおろした。
 気分を害したのかもしれないが、セラフィーナは気にしない。
 やはり、どうでもよかったからだ。
 
「きみは、頑固者だと言われないかい?」
(体裁を重んじるのが、貴族ですもの)
「確かに、きみの言う通りだよ。彼女たちの不興はかいたくないものだ」
(私は大人しく列の後ろに並んで待っておりますわ)
 
 セラフィーナは、ナルの言葉を口にしながら、吹き出しそうになっている。
 淡々とした口調であるにもかかわらず、ナルが女性の言葉を使っているからだ。
 
(あなたは、ご自分の立場がわかっていないようですね。笑っている場合ではないでしょう? 屋敷に戻ったら、しっかりと、深く反省していただきますから、そのおつもりで)
(なによ。ナルが言えって言うから、言っているのに)
(黙って、後ろにいる男性たちに視線を向けなさい)
 
 言われ、セラフィーナは、なにかあるのかと思い、壁際に立っている男性たちにちらっと視線を向ける。
 談笑しているだけで、これといって何かしている様子はない。
 どういう意味があるのか聞こうと思うそばから、ナルの言葉が聞こえた。
 
(ネイサン様が、壁際の花を、お忘れにならないことを願っております)
 
 また笑いそうになる。
 が、笑えば、なにもかもが台無しだ。
 奥歯を噛みしめ、必死で耐える。
 
(軽く会釈をして、立ち去りなさい)
 
 ナルは、ちょっぴり不機嫌そうだった。
 言いたくもない女性言葉を使っているせいかもしれない。
 逆に、セラフィーナは、小気味よく感じている。
 
 窮地を救ってくれたとわかっていても、乗馬鞭の恨みがあったからだ。
 今までの意地悪から換算すれば、この程度では、お釣りも出ない。
 さりとて、ナルに「不本意」なことをさせることができて、気分はよかった。
 足取りも軽く、ネイサンから離れる。
 
(それで、この後は、どうするの? このままだと、あの人たちのところに行ってしまうじゃない)
(ご心配にはおよびません。すぐに呼び止められますから)
 
 ナルの言葉が終わると同時、セラフィーナの腕が掴まれた。
 ハッとして振り向く。
 ネイサンが、真面目な顔をしてセラフィーナを見ていた。
 さっきまでの嘘くさい笑みは消えている。
 
「ダンスより、きみと話がしたくなったのでね。飲み物でもどうかな?」
 
 内心、セラフィーナは驚いていた。
 なぜネイサンが呼び止める気になったのかも理解できずにいる。
 予定していた方向に軌道修正がなされたのはわかっていたけれども。
 
「ええ。ちょうど飲み物をいただこうと思っておりましたの」
「さっきの言葉は撤回するよ。きみは、頑固者などではないね」
 
 いいえ、頑固者です。
 
 そう言えたら、どんなすっきりするだろうか。
 ちょっぴり考えはしたが、しくじりは許されないのだ。
 表情を作り、渋々、ネイサンの腕に手をかける。
 
(ねえ、ナル。このまま繋いでてよ? さっきみたいなことがあったら困るから)
(初日にも言いましたが、あなたの首の上にあるのはカボチャですか?)
(いいえ、違うわ)
 
 ナルの溜め息にも、セラフィーナは動じなかった。
 ネイサンと薄ら寒い会話をするより、ナルと話しているほうがいい。
 嫌味や皮肉も、すでに日常と化しているので、落ち着ける。
 
(私の頭には、ピーマンが詰まっているのよ)
 
 ふっと、ナルが笑った気がした。
 姿は見えないものの、気配は感じられる。
 1度だけ見たナルの笑顔を思い出していた。
 あの時、セラフィーナは、ナルを「素敵、かもしれない」と思ったのだ。
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