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朝食をすませたすぐあとのことだ。
ナルは、勉強部屋になっている客室に向かいかけていた。
セラフィーナに厳しくはしている。
が、朝食は、しっかり取らせていた。
ダンスの練習中に、空腹でぶっ倒れられても困るからだ。
彼女は、まだ食堂に残っている。
少しくらいの休憩時間は必要だと、ナルも、そこは見過ごしにしていた。
「どういたしましょう?」
ナルに問いかけているのは、執事のトバイアス・ダリードだ。
薄茶の髪と瞳に、小柄な体格をしている。
小さな目は垂れ目で、自前の気の弱さを助長させていた。
人は好いのだが、執事としては判断能力に欠けているところがある。
屋敷を切り回すには、力不足が否めない。
「どうするもなにも、彼女が決めるべきことかと」
「ですが……」
言葉を濁すトバイアスに、ナルは、ひょこんと眉を上げる。
勉強の邪魔をしたらナルの不興をかうのではと、心配しているらしい。
ナルは、ただの教育係だ。
トバイアスに命令したり、叱責したりする立場ではなかった。
だから、気にする必要はないのだけれども。
(彼は、気にするのでしょうね)
ナルは、トバイアスに「外向け」の笑顔を見せる。
最近、セラフィーナは、ナルの「使い分け」を区別できるようになっていた。
今のような笑みを浮かべると「外面だけはいい」といったような顔をする。
「私から、お伝えしましょうか?」
「そうしていただけると、助かります」
あからさまに、トバイアスがホッとした声で言った。
トバイアスから変に「高評価」されないように気を付けなければ、と思う。
この上、執事教育まで任されては、かなわない。
トバイアスを残し、食堂のほうに引き返した。
セラフィーナは、まだデボラやほかのメイドたちと話している。
貴族令嬢としての姿はなく、大きな口を開けて笑っていた。
とても自然で、気楽な様子の彼女に、一瞬、声をかけるのを忘れる。
(可愛げは……あるのですね)
自分の前でだけ、可愛げがなくなるのだ。
ナルの「指図」に従っているのは、勘当から逃れるために過ぎない。
従順になったと勘違いすれば、たちまち噛みつかれる。
繰り返し、へし折っても、セラフィーナの鼻っ柱は、高いままだった。
「あら? もう時間?」
セラフィーナが表情を変え、ナルに話しかけてくる。
先に声をかけられてしまったのを誤魔化すため、ナルは、なんでもなさそうに、のんびりと、彼女に歩み寄った。
「いいえ。あなたに、お客様が来ていると、お伝えに来ただけですよ」
「お客様? 誰?」
皮肉のひとつも言いたくなったが、周りには家人がいる。
外面を保つため、ある程度は感じ良く振る舞わなければならない。
セラフィーナには感づかれると知りつつも、外向き笑顔を作った。
案の定、セラフィーナの眉が、ぴくりと吊り上がる。
「ネイサン・アドルーリット様です」
「ネイサン……様……? なにをしに来たの?」
「それは、ご自分でお聞きください。私は来客をお伝えに来ただけですから」
セラフィーナが、目で訴えてきた。
ネイサンとは会いたくないのだろう。
が、ナルは、スッと視線をそらせ、彼女の訴えを無視。
とたん、ガタンッというイスを引っ繰り返さんばかりの音が聞こえた。
「わかったわ! 会います! 広いほうの客室に、お通しして!」
セラフィーナは、ナルが無視したことに腹を立てている。
頭から湯気を出しそうな勢いで、ナルの横を通り抜けた。
その背中に声をかける。
「表情を作るのを、お忘れになっては……」
「言われなくても、できるわよっ!」
「これは失礼」
足を止め、セラフィーナが、キッと睨んできた。
軽く受け流し、ナルは、セラフィーナ用の「にっこり」をする。
ものすごく嫌そうな顔をして、セラフィーナは、食堂から出て行った。
ナルは「狭いほうの客室」に向かうことにする。
セラフィーナがネイサンと出かけてしまう可能性はあったが、それはともかく。
「あの、ナル……」
「どうしました?」
デボラが、透明感のある青色の瞳を、不安げに揺らがせていた。
どの道、セラフィーナがネイサンの相手をしている間は、用事がない。
外面用の穏やかな笑みを浮かべて、デボラに向き直る。
「ネイサン様のことを、ご存知ですか?」
「まったく知らないというわけではありませんが、知っているのは通り一遍のことですよ。それが、なにか?」
デボラは、少し悩み深げな表情を浮かべた。
セラフィーナと仲が良いことを考えると、心配する気持ちもわかる。
セラフィーナは、きっとネイサンのことを良くは話していないだろうから。
「お嬢様はネイサン様を気に入っているとは言いがたく……こんなふうに、突然、訪ねて来られて、困っておられると思うのです」
「ですが、正妻候補としては、喜ぶべきことではないでしょうか? 興味を持っていただけたのですからね」
デボラの表情が、ますます曇った。
ナルの言うことは正しい。
さりとて、セラフィーナは正妻候補になりたくてなったのでもないのだ。
好ましいと思ってもいない男性との婚姻を、友人としては、進めさせたくないのだろう。
「ネイサン様は、お嬢様をお選びになると思いますか?」
「決めかねている、と思われます」
「……ラウズワース公爵令嬢で決まり、とは言いきれないのですね」
「夜会の前と後とで、意識が変わられたのは間違いないでしょう」
そうでもなければ、わざわざ訪ねて来たりはしない。
夜会のあと、ネイサンはセラフィーナを「格上げ」したのだ。
興味も持っているのだろうし、考えを改めてもいる。
少なくとも「品定め」する必要を、感じているに違いない。
もしかすると、キャサリン・ラウズワースより、魅力的に感じている可能性すらあった。
ネイサンは、ウィリュアートン公爵家と肩を並べたいとの虚栄心と、自己顕示欲とを天秤にかけている。
アルサリア伯爵の上位貴族は、ラペル公爵家だ。
そして、伯爵は、同じラペル公爵家の下位貴族であるセシエヴィル子爵家から、側室を迎えている。
(貴族というのは、実に、ややこしくて面倒ですねえ)
血筋や、上下関係、横の繋がり。
総合すると、どちらの令嬢を選ぶのが、より良い結果をもたらすのか。
きっと、ネイサンは簡単な選択をやめ、いちから計算し直すことにしたのだ。
ナルは、勉強部屋になっている客室に向かいかけていた。
セラフィーナに厳しくはしている。
が、朝食は、しっかり取らせていた。
ダンスの練習中に、空腹でぶっ倒れられても困るからだ。
彼女は、まだ食堂に残っている。
少しくらいの休憩時間は必要だと、ナルも、そこは見過ごしにしていた。
「どういたしましょう?」
ナルに問いかけているのは、執事のトバイアス・ダリードだ。
薄茶の髪と瞳に、小柄な体格をしている。
小さな目は垂れ目で、自前の気の弱さを助長させていた。
人は好いのだが、執事としては判断能力に欠けているところがある。
屋敷を切り回すには、力不足が否めない。
「どうするもなにも、彼女が決めるべきことかと」
「ですが……」
言葉を濁すトバイアスに、ナルは、ひょこんと眉を上げる。
勉強の邪魔をしたらナルの不興をかうのではと、心配しているらしい。
ナルは、ただの教育係だ。
トバイアスに命令したり、叱責したりする立場ではなかった。
だから、気にする必要はないのだけれども。
(彼は、気にするのでしょうね)
ナルは、トバイアスに「外向け」の笑顔を見せる。
最近、セラフィーナは、ナルの「使い分け」を区別できるようになっていた。
今のような笑みを浮かべると「外面だけはいい」といったような顔をする。
「私から、お伝えしましょうか?」
「そうしていただけると、助かります」
あからさまに、トバイアスがホッとした声で言った。
トバイアスから変に「高評価」されないように気を付けなければ、と思う。
この上、執事教育まで任されては、かなわない。
トバイアスを残し、食堂のほうに引き返した。
セラフィーナは、まだデボラやほかのメイドたちと話している。
貴族令嬢としての姿はなく、大きな口を開けて笑っていた。
とても自然で、気楽な様子の彼女に、一瞬、声をかけるのを忘れる。
(可愛げは……あるのですね)
自分の前でだけ、可愛げがなくなるのだ。
ナルの「指図」に従っているのは、勘当から逃れるために過ぎない。
従順になったと勘違いすれば、たちまち噛みつかれる。
繰り返し、へし折っても、セラフィーナの鼻っ柱は、高いままだった。
「あら? もう時間?」
セラフィーナが表情を変え、ナルに話しかけてくる。
先に声をかけられてしまったのを誤魔化すため、ナルは、なんでもなさそうに、のんびりと、彼女に歩み寄った。
「いいえ。あなたに、お客様が来ていると、お伝えに来ただけですよ」
「お客様? 誰?」
皮肉のひとつも言いたくなったが、周りには家人がいる。
外面を保つため、ある程度は感じ良く振る舞わなければならない。
セラフィーナには感づかれると知りつつも、外向き笑顔を作った。
案の定、セラフィーナの眉が、ぴくりと吊り上がる。
「ネイサン・アドルーリット様です」
「ネイサン……様……? なにをしに来たの?」
「それは、ご自分でお聞きください。私は来客をお伝えに来ただけですから」
セラフィーナが、目で訴えてきた。
ネイサンとは会いたくないのだろう。
が、ナルは、スッと視線をそらせ、彼女の訴えを無視。
とたん、ガタンッというイスを引っ繰り返さんばかりの音が聞こえた。
「わかったわ! 会います! 広いほうの客室に、お通しして!」
セラフィーナは、ナルが無視したことに腹を立てている。
頭から湯気を出しそうな勢いで、ナルの横を通り抜けた。
その背中に声をかける。
「表情を作るのを、お忘れになっては……」
「言われなくても、できるわよっ!」
「これは失礼」
足を止め、セラフィーナが、キッと睨んできた。
軽く受け流し、ナルは、セラフィーナ用の「にっこり」をする。
ものすごく嫌そうな顔をして、セラフィーナは、食堂から出て行った。
ナルは「狭いほうの客室」に向かうことにする。
セラフィーナがネイサンと出かけてしまう可能性はあったが、それはともかく。
「あの、ナル……」
「どうしました?」
デボラが、透明感のある青色の瞳を、不安げに揺らがせていた。
どの道、セラフィーナがネイサンの相手をしている間は、用事がない。
外面用の穏やかな笑みを浮かべて、デボラに向き直る。
「ネイサン様のことを、ご存知ですか?」
「まったく知らないというわけではありませんが、知っているのは通り一遍のことですよ。それが、なにか?」
デボラは、少し悩み深げな表情を浮かべた。
セラフィーナと仲が良いことを考えると、心配する気持ちもわかる。
セラフィーナは、きっとネイサンのことを良くは話していないだろうから。
「お嬢様はネイサン様を気に入っているとは言いがたく……こんなふうに、突然、訪ねて来られて、困っておられると思うのです」
「ですが、正妻候補としては、喜ぶべきことではないでしょうか? 興味を持っていただけたのですからね」
デボラの表情が、ますます曇った。
ナルの言うことは正しい。
さりとて、セラフィーナは正妻候補になりたくてなったのでもないのだ。
好ましいと思ってもいない男性との婚姻を、友人としては、進めさせたくないのだろう。
「ネイサン様は、お嬢様をお選びになると思いますか?」
「決めかねている、と思われます」
「……ラウズワース公爵令嬢で決まり、とは言いきれないのですね」
「夜会の前と後とで、意識が変わられたのは間違いないでしょう」
そうでもなければ、わざわざ訪ねて来たりはしない。
夜会のあと、ネイサンはセラフィーナを「格上げ」したのだ。
興味も持っているのだろうし、考えを改めてもいる。
少なくとも「品定め」する必要を、感じているに違いない。
もしかすると、キャサリン・ラウズワースより、魅力的に感じている可能性すらあった。
ネイサンは、ウィリュアートン公爵家と肩を並べたいとの虚栄心と、自己顕示欲とを天秤にかけている。
アルサリア伯爵の上位貴族は、ラペル公爵家だ。
そして、伯爵は、同じラペル公爵家の下位貴族であるセシエヴィル子爵家から、側室を迎えている。
(貴族というのは、実に、ややこしくて面倒ですねえ)
血筋や、上下関係、横の繋がり。
総合すると、どちらの令嬢を選ぶのが、より良い結果をもたらすのか。
きっと、ネイサンは簡単な選択をやめ、いちから計算し直すことにしたのだ。
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