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第1章 暗い闇と蒼い薔薇
心の傷痕 4
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月代結奈の名を捨てるわけではない。
忘れるつもりもなかった。
けれど、この世界で生きていく限りにおいて彼女は別の名を持つ。
(私はレティシア・ローエルハイド。ジョシュア・ローエルハイドの孫娘)
別人だとわかっていても、自分を望んでくれた祖父。
それが、とても嬉しかった。
月代結奈としての肉親ではなくても、祖父の「愛」は本物の無償の愛だ。
だから、彼の孫娘でいたいと思う。
(やっぱりお祖父さま、素敵だよなぁ。ぜーったい勝てないや)
結奈は、レティシアとして目を開いた。
目の前に祖父がいる。
感動の目覚め。
が、しかし。
「うはっ!! さむっ!! なに、この部屋……っ?!」
がばあっと体を起こした。
と、同時に極寒の室内に、体を、ぶるっと震わせる。
見れば、霜が降りていた。
部屋の中に霜とはいったい。
「レ、レティシア様……っ!」
声のほうに視線を向けると、サリーが大粒の涙をこぼしている。
その手から煙のようなものが出ていた。
この霜を作っているのはサリーの魔術らしい。
サリーが魔術を使えるとは知らなかったけれど。
周囲を見回すと屋敷のみんながレティシアを取り囲んでいる。
マギーやマリエッタ、アリシア、それにマルクもテオもいた。
とにかく、みんなが泣いている。
「グレイは泣いてないね」
「私は……クールですから」
言ったあと眼鏡を押し上げ、くるりとレティシアに背を向けた。
少し笑ってしまいそうになる。
(泣いてるんじゃないの? グレイ、全然クールじゃないよなー)
帰ってきたことに、ホッとしていた。
ここが、今は自分の「ウチ」なのだと実感する。
貴族生活に馴染めるとは思えないが、家族は家族だし、身内は身内だ。
これまでの2ヶ月半と、なにも変わらない。
「それじゃ、クールなグレイに部屋を暖めてもらうとしよう」
「へ? グレイって、そんなことできるの?」
「これでもグレイは元魔術騎士ですから」
「これでも……という言い方はどうなんだ、サリー」
小声で文句を言ってから、グレイが小さく息を吐く。
シュワワワと周りから音と蒸気が上がった。
みるみる霜が解け、消えていく。
室内の温度も上がってきた。
「すごいね。サリーとグレイがいれば、冷暖房完備だ」
「れいだん……?」
現代用語、日本語表現は直りそうにない。
首をかしげるサリーに、いつものごとく解説する。
「寒くしたりあったかくしたり、自由自在ってこと」
言いながら、思った。
(やっぱりサリーのほうが、クールじゃん)
いつも通りのやりとり。
これからも、ずっとこんな毎日が続くのだ。
もう自分は1人ではない。
「あ、あれ……?」
レティシアの小声に祖父は気づいたのだろう。
理由にも思い至っているのか、笑っている。
「マルク、レティはお腹が減っているみたいでね。おウチご飯を用意してもらえるかな?」
「う、う……お祖父さま、そんなはっきりと……」
お腹が音を立てる前に言ってもらったことを感謝すべきか。
しかし、みんなに腹ペコ星人だと知られてしまったのは恥ずかしい。
自分で「お腹すいたー」と言うことに抵抗はないのに、人から、それも祖父に指摘されると、恥ずかしくていたたまれなくなる。
「レティシア様が目を覚まされた時のために、ちゃんと作ってありますよ」
マルクの、その言葉に、レティシアの目がきらんと光った。
恥ずかしさなど吹き飛んでしまう。
「も、もしかして……」
「ええ、もちろん」
「ぃやったー! もういくらでも食べられそうだよー!」
きっとマルクは自分の好物を用意してくれているに違いない。
年頃の女子として涎は垂らさないが、涎を垂らさんばかりにはなっている。
さっそく食堂に、と思った。
そのレティシアの体を、祖父がふわりと抱き上げる。
「お、お祖父さま?」
「多少は動けても、食堂まで歩くのは無理だよ、レティ」
なんでもないことのように言う祖父は、相変わらず孫娘に甘い。
変わらない愛情に、レティシアは祖父の首に抱き着く。
「お祖父さま、大好き」
食堂に向かって歩きながらも、祖父が軽く額にキスを落としてくれた。
そして、優しい瞳にレティシアを映して言う。
「私もお前が大好きだよ、レティ」
幸せだなぁと、ほんわかしていたのだが、ハッと思い出すことがあった。
そもそも、こんなことになった原因だ。
食堂のイスにレティシアを座らせ、祖父は向かいの席に座る。
どう切り出そうか考え中にも、祖父から声がかかった。
「まだ本調子ではないお前に聞くのは、本意ではないのだがね。先々のこともあるから、早目に聞いておきたいのだよ」
「なんで私が倒れたかってこと?」
「そうだね。直前にサイラスとした話が原因だろうとは思うが、どうかな?」
こくんと、うなずく。
祖父に隠し事はできない。
できたとしても、したくはなかった。
「お祖父さまと私が噂になってるって言われたんだよね。すっごく馬鹿馬鹿しいんだけど……お祖父さまが私を後添えにしようとしてるって噂らしくて」
「へえ。それはなんとも光栄だねえ」
「お祖父さま……」
「いや、ごめんよ。それほど仲睦まじく見えたのかと思ったのさ」
思った通りだ。
祖父は、笑い飛ばすのだろうとの予感はあった。
気にもしないのだろうし、英雄の栄誉など欲しがる人でもないと。
「お2人を、そのような目で見る者がいるなど、私は許せませんね」
グレイが不愉快そうに言う。
隣でサリーも口を「へ」の字にしていた。
「王宮のことは、ザックとフラニーに任せておけばいいのだよ。噂は噂に過ぎないのだからね。それに、気にすればサイラスの思う壺ってやつさ」
「あの人、単なる意地悪で言ったんじゃないの? 私が王子様に肘鉄食らわせたから」
ぷっと、祖父が吹き出す。
グレイとサリーも思い出したように、口元を緩めた。
「ああ、惜しいことをした。レティが殿下に肘鉄を食らわせるところを、見逃すなんてね」
「それはもう見事でございましたのよ、大公様」
「本当にお見事にございました」
2人の言葉に、祖父は嬉しそうに、ニコニコしている。
そんなふうに言われると、なんともバツが悪い。
あれが正解だったのかわからないし、後先を考えない言動だったとも思っていたからだ。
「サイラスは、レティの魔力を顕現させようとしたのだろうね」
「そうなの?」
「そうだよ。だから、気にしたら負けなんだ。いいかい?」
祖父が言うのだから、そうなのだろうと納得する。
うなずいた時、また別のことで、ハッとした。
「あの部屋、霜だらけだったけど、お祖父さまの写真は……っ?」
「私が別の部屋に移しましたので、問題ございません」
グレイの言葉に、ホッとしたあと。
祖父の笑顔に気づく。
「慌てていたから気づかなかったが、レティは部屋に私の写真を飾ってくれていたのだね」
言うつもりのなかったことを、自らゲロってしまった。
にこやかな祖父には勝てないし、かなわない。
やはり隠しごとなどできはしないのだと、レティシアは思う。
忘れるつもりもなかった。
けれど、この世界で生きていく限りにおいて彼女は別の名を持つ。
(私はレティシア・ローエルハイド。ジョシュア・ローエルハイドの孫娘)
別人だとわかっていても、自分を望んでくれた祖父。
それが、とても嬉しかった。
月代結奈としての肉親ではなくても、祖父の「愛」は本物の無償の愛だ。
だから、彼の孫娘でいたいと思う。
(やっぱりお祖父さま、素敵だよなぁ。ぜーったい勝てないや)
結奈は、レティシアとして目を開いた。
目の前に祖父がいる。
感動の目覚め。
が、しかし。
「うはっ!! さむっ!! なに、この部屋……っ?!」
がばあっと体を起こした。
と、同時に極寒の室内に、体を、ぶるっと震わせる。
見れば、霜が降りていた。
部屋の中に霜とはいったい。
「レ、レティシア様……っ!」
声のほうに視線を向けると、サリーが大粒の涙をこぼしている。
その手から煙のようなものが出ていた。
この霜を作っているのはサリーの魔術らしい。
サリーが魔術を使えるとは知らなかったけれど。
周囲を見回すと屋敷のみんながレティシアを取り囲んでいる。
マギーやマリエッタ、アリシア、それにマルクもテオもいた。
とにかく、みんなが泣いている。
「グレイは泣いてないね」
「私は……クールですから」
言ったあと眼鏡を押し上げ、くるりとレティシアに背を向けた。
少し笑ってしまいそうになる。
(泣いてるんじゃないの? グレイ、全然クールじゃないよなー)
帰ってきたことに、ホッとしていた。
ここが、今は自分の「ウチ」なのだと実感する。
貴族生活に馴染めるとは思えないが、家族は家族だし、身内は身内だ。
これまでの2ヶ月半と、なにも変わらない。
「それじゃ、クールなグレイに部屋を暖めてもらうとしよう」
「へ? グレイって、そんなことできるの?」
「これでもグレイは元魔術騎士ですから」
「これでも……という言い方はどうなんだ、サリー」
小声で文句を言ってから、グレイが小さく息を吐く。
シュワワワと周りから音と蒸気が上がった。
みるみる霜が解け、消えていく。
室内の温度も上がってきた。
「すごいね。サリーとグレイがいれば、冷暖房完備だ」
「れいだん……?」
現代用語、日本語表現は直りそうにない。
首をかしげるサリーに、いつものごとく解説する。
「寒くしたりあったかくしたり、自由自在ってこと」
言いながら、思った。
(やっぱりサリーのほうが、クールじゃん)
いつも通りのやりとり。
これからも、ずっとこんな毎日が続くのだ。
もう自分は1人ではない。
「あ、あれ……?」
レティシアの小声に祖父は気づいたのだろう。
理由にも思い至っているのか、笑っている。
「マルク、レティはお腹が減っているみたいでね。おウチご飯を用意してもらえるかな?」
「う、う……お祖父さま、そんなはっきりと……」
お腹が音を立てる前に言ってもらったことを感謝すべきか。
しかし、みんなに腹ペコ星人だと知られてしまったのは恥ずかしい。
自分で「お腹すいたー」と言うことに抵抗はないのに、人から、それも祖父に指摘されると、恥ずかしくていたたまれなくなる。
「レティシア様が目を覚まされた時のために、ちゃんと作ってありますよ」
マルクの、その言葉に、レティシアの目がきらんと光った。
恥ずかしさなど吹き飛んでしまう。
「も、もしかして……」
「ええ、もちろん」
「ぃやったー! もういくらでも食べられそうだよー!」
きっとマルクは自分の好物を用意してくれているに違いない。
年頃の女子として涎は垂らさないが、涎を垂らさんばかりにはなっている。
さっそく食堂に、と思った。
そのレティシアの体を、祖父がふわりと抱き上げる。
「お、お祖父さま?」
「多少は動けても、食堂まで歩くのは無理だよ、レティ」
なんでもないことのように言う祖父は、相変わらず孫娘に甘い。
変わらない愛情に、レティシアは祖父の首に抱き着く。
「お祖父さま、大好き」
食堂に向かって歩きながらも、祖父が軽く額にキスを落としてくれた。
そして、優しい瞳にレティシアを映して言う。
「私もお前が大好きだよ、レティ」
幸せだなぁと、ほんわかしていたのだが、ハッと思い出すことがあった。
そもそも、こんなことになった原因だ。
食堂のイスにレティシアを座らせ、祖父は向かいの席に座る。
どう切り出そうか考え中にも、祖父から声がかかった。
「まだ本調子ではないお前に聞くのは、本意ではないのだがね。先々のこともあるから、早目に聞いておきたいのだよ」
「なんで私が倒れたかってこと?」
「そうだね。直前にサイラスとした話が原因だろうとは思うが、どうかな?」
こくんと、うなずく。
祖父に隠し事はできない。
できたとしても、したくはなかった。
「お祖父さまと私が噂になってるって言われたんだよね。すっごく馬鹿馬鹿しいんだけど……お祖父さまが私を後添えにしようとしてるって噂らしくて」
「へえ。それはなんとも光栄だねえ」
「お祖父さま……」
「いや、ごめんよ。それほど仲睦まじく見えたのかと思ったのさ」
思った通りだ。
祖父は、笑い飛ばすのだろうとの予感はあった。
気にもしないのだろうし、英雄の栄誉など欲しがる人でもないと。
「お2人を、そのような目で見る者がいるなど、私は許せませんね」
グレイが不愉快そうに言う。
隣でサリーも口を「へ」の字にしていた。
「王宮のことは、ザックとフラニーに任せておけばいいのだよ。噂は噂に過ぎないのだからね。それに、気にすればサイラスの思う壺ってやつさ」
「あの人、単なる意地悪で言ったんじゃないの? 私が王子様に肘鉄食らわせたから」
ぷっと、祖父が吹き出す。
グレイとサリーも思い出したように、口元を緩めた。
「ああ、惜しいことをした。レティが殿下に肘鉄を食らわせるところを、見逃すなんてね」
「それはもう見事でございましたのよ、大公様」
「本当にお見事にございました」
2人の言葉に、祖父は嬉しそうに、ニコニコしている。
そんなふうに言われると、なんともバツが悪い。
あれが正解だったのかわからないし、後先を考えない言動だったとも思っていたからだ。
「サイラスは、レティの魔力を顕現させようとしたのだろうね」
「そうなの?」
「そうだよ。だから、気にしたら負けなんだ。いいかい?」
祖父が言うのだから、そうなのだろうと納得する。
うなずいた時、また別のことで、ハッとした。
「あの部屋、霜だらけだったけど、お祖父さまの写真は……っ?」
「私が別の部屋に移しましたので、問題ございません」
グレイの言葉に、ホッとしたあと。
祖父の笑顔に気づく。
「慌てていたから気づかなかったが、レティは部屋に私の写真を飾ってくれていたのだね」
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やはり隠しごとなどできはしないのだと、レティシアは思う。
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